第十九話:寝るほど楽はない
第十九話
NKKの研究部門に俺は籍を置いている。この組織の中でも研究部門所属を言い渡される吸血鬼は少ない。エリートが行く場所だとか変わり者が所属しているとかそんな噂を聞いた事がある。ここに所属している俺ではあるが、別に何かに対して突出して詳しいわけでもなく技術があるわけでもない。まぁ、研究対象プラスの雑用だな。
恵理奈の首から上をどうにかしてやろうと思った俺は、そんなNKKの研究部門の力を頼ることにする、
研究部門の知り合いも由乃以外に居るので、その人物に連絡をとることにしたのだった。
『透明人間?』
「ああ、そうだ。アリスは何か知っているか?」
吸血鬼のアリスもその調査部門所属の為(以前は由乃のパートナーであった)、知り合いでもある。本当は一番頼りたくない相手だ。しかし、他の研究部門の吸血鬼に電話したところ『今はそれどころじゃない』と言われて仕方なく電話をした。電話するかしないかで十分間悩んだ。
『透明になるんだよねっ』
「そうか、非常に参考になる答えだな」
電話をすぐさま切って窓から放り投げたくなった。
『いえいえ、どういたしまして。透明人間の事なら由乃ちゃんに聞けばいいんじゃん。何のためのパートナーかな?』
「目の保養のためだ」
『お兄ちゃんの言っている事も少しだけはわかるよ』
「やーい幼児体型……とは口が裂けてもアリスには言えないな」
電話の向こうで何かが壊れる音が聞こえてきた。
『お兄ちゃんも所詮人間だからね。詳しくない事もあるんだね』
俺の事を馬鹿にしているのがありありと見える返答であった。アリスは人間をどことなく下に見るような吸血鬼なので仕方がない事かも知れないが……。
ま、それを差し引いても自分の興味対象以外には今一つ腰が重い子だ。彼女の興味を引きだす何かが必要である。
「……一部分が透明になる透明人間って聞いたことあるか?」
『一部分?』
「そう、一部分……ま、アリスなら知ってて当然だよな」
『知っているけどどこにいるの? サンプルが欲しいからそっち、行こうかな』
「いや、まだ見つけてすらいないんだ。痕跡はあるし、もうじき移動するんじゃないかと思われる。教えてくれたら……そうだな、アリスに連絡するよ。サンプルとしてそっちに送ってもいい」
『由乃ちゃんに報告はしなくていいの?』
聞かれる事は予定通りだったので、準備していた解答を口にする。アリスがこっちに来たり、由乃に知られたら面倒な事になる事は間違いない。由乃がどう動くかは分からないが、アリスは自分の知らない事に興味を持つ。よって、もし恵理奈が捕まったりすれば………考えもしたくないな。
失敗は許されないのだ。
「別の調査対象も見つけたんで、そっちを由乃には担当してもらってる。それに、確証もないのに見つけたとか言ったら怒られるぜ」
『ふーん? 確かに由乃ちゃんだったら怒るかも』
「それで、一部分だけ透明になる理由はわかるか?」
ここで由乃だったら手帳を取り出したり資料を引っ張り出してくる時間がある。しかし、アリスは間を開けることなく喋り出した。
『透明人間はいくつか種類があって……一部分だけ透明になるとかだと否定の透明人間が可能性としてはあるかな』
透明人間に種類なんてあるのかよ。しかも、否定ってなんなんだ。
『説明要る?』
これまた俺の事を馬鹿にした感じだった。
「……ああ、お願いする」
恵理奈のためだし、どうせ知らない事だ。迷わず頭を下げる以外に教えてもらえるとは思えない。
『自己否定によって姿を消す透明人間だね。人間が人を認識するのは主に視覚、聴覚……光学迷彩みたいに姿を消す透明人間とかが他にもあるよ。それで自己否定って言うのは相手に幻覚を見せるって言ったらわかりやすいかな』
「幻覚?」
『そう、幻覚。サーモセンサーで透明人間を見れば体温でわかるよね? それに、ペイントされればどこに居てもわかる。だけどね、自己否定型の透明人間はそれとは違って見えているんだけれど、見えていない状態かな。相手の心に影響を及ぼして自分がいない幻覚を見せる。今、お兄ちゃんがいる街の駅前に神社があったんだよ。その近くじゃよく神隠しが遭ったみたい。透明人間になってそれっきりなのかも。試しにやってみれば? 神隠し』
わかるようでわかり辛い説明だ。そしてどうでもいい情報までプレゼントしてくれるなんて今日は機嫌がいいようだな。
それに、神隠しなんて神様がその気にならないと出来ないし、俺は隠されたくないね。
「……本人も自分の姿が見えなくなるのか?」
『人の心に作用するから例外はないかな。脳がその人物を見るのを拒否しているんだよ。ラジオみたいな感じで微妙に周波数をずらしたらノイズが混じるけれど、内容は聞きとれる……そのノイズが透明人間を隠していると言う事』
「つまり、ノイズをどうにかすれば透明人間を見る事が出来るってことか?」
『それでもいいけれど、必要なのは、ずらされた周波数を自分から戻す事。それが一番簡単だよ』
たとえ話を出してくれたおかげで何となくわかった気がした。
「どうすれば周波数を戻せる?」
『さっきから聞いてばっかり。たまにはお兄ちゃん自身で考えてよ。じゃあね』
一方的に別れを告げられ、電話を切られた。アリスの言っている事もその通りなので俺は自分で考えてみる。
「……とりあえず俺一人じゃ駄目だな」
放課後、校門前で恵理奈と待ち合わせをする。
「遅い……」
約束の時間を既に三十分オーバーしている。椎子が時間にルーズなのは仕方がないとして(常に五分くらいは遅刻状態)、一見すると真面目そうなあの子が遅いのは如何なものか。
やっぱり、姉妹なんだなーと思っていると恵理奈が息を切らして走ってきた。
「ご、ごめんなさいっ……夢川君に呼び出されるなんて思いもしなかったから……身だしなみ整えてたら遅れました」
「女の子だから仕方がないよ。別に怒ってはいないから気にしないでくれ」
言った後に黒子の面だから気にする必要ないんじゃないだろうかと思ったりもした。しかし、何だかそう思うのは間違っている気がした。
見られたくない何かを誰かに見られそうになったら人間は隠そうとする。
隠し方が巧妙で、一切の違和感を覚えさせないのなら……エッチな本を探そうともしないだろう。
恵理奈の顔を見たいと思えば、見る事が出来るのではないだろうか。
「……夢川君?」
「恵理奈、ちょっとこっちに来てくれないか」
「あ、ちょっと……」
俺は恵理奈の手を引いて、人がいないところへと連れて行く。近くに在ったのは公衆トイレだ。其処の個室に連れて行き、俺は恵理奈にいった。
「黒子の面を取ってくれ」
「え?」
「早く」
「そんな、無理だよ」
俺は恵理奈の顔が見てみたい。俺は、恵理奈の顔が見てみたい……。
「お願いだ。何だったら土下座して頼んでもいい」
言った後に気がついた。ここ、トイレじゃん……しかも超汚れてるし、ここで土下座はつらいかな。
恵理奈もここがトイレである事に気づいて苦笑していた。
「そんなにみたいんですか? なにもありませんよ?」
「それでも俺はみたいよ」
「夢川君がそこまで言うなら……」
恥ずかしげに黒子の面に手をつけ、恵理奈はそれをはぎ取ってくれたのだった。
「……駄目か」
やっぱり、そこには何もなかった。
「えっと、いきなりどうしたんですか?」
首の無い状態でもどこからか恵理奈の声が聞こえてくる。目をつぶって、恵理奈の顔が見たいと思って目を開ける。
「ん?」
目をこする。一瞬だけ輪郭が見えたような気がした。
「そんなに見られると少し恥ずかしいです。あの、何だか難しそうな顔をしていますけど?」
一体どういう感覚なのだろうと首をかしげながら俺は首を振った。
「ううん、何でもない。気にしないでくれ。っと、そうだ。今日は甘いものが食べたくて恵理奈を呼んだんだよ。一人じゃそういうお店に入り辛くてさ」
「なんだ、そうだったんですか……いきなりトイレに連れ込まれたのでてっきり」
「てっきり……何だ?」
「何でもないです。それじゃあ、行きましょうか」
「そうだな」
それから一緒にクレープ屋に行って時間をつぶしたのだった。
「恵理奈の顔が見たいって思うだけじゃ、駄目なのか?」
深夜零時過ぎ、ノートに思いつく限りの方法を書いてみたりした。
ぼーっと携帯電話のデータを眺めてみたりもした。写メのデータでも整理しようかと手をつけたところでふと、手がとまる。
「椎子……じゃない。これは……」
椎子にどことなく似ているが、全然違う女の子の驚いた表情が何故だか携帯電話のデータに入っていた。
一体それが誰なのか、すぐにピンときた。トイレで見た輪郭と重ねる……間違いない、これは恵理奈だ。
「可愛い顔してるけど……一体何で見えるんだ?」
時計の針はそろそろ午前一時を指そうとしている。




