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第十八話:味噌も糞も一緒

第十八話

 由乃が忙しそうに書類からパソコン、そして再び書類へと視線を変え続ける間、俺は家事を手伝っていた。

 そんな由乃に悪戯っ子幽霊が近づこうとしている。

 俺が注意するよりも先にベランダから朱音さんが顔を出して苦笑していた。

「ごめんねーユウカちゃん。今日はそっとしておいてあげて」

「わかった」

 朱音さんがそういって洗濯物を干し、俺は茶碗を洗っている。ユウカは掃除機をかけていた。

 日曜日の午前中、ご飯が終わると家事分担をするのが日課になりつつある。

 俺の隣にやってきてユウカは首をかしげていた。

「何をしているんだろう?」

 そして、呆けたような顔でテーブルを占領している由乃を見ていた。由乃はユウカに気付いておらず、真剣そうな顔で使いこまれた手帳をめくり、頭を掻きながらパソコンに文字を打ち込んでいる。

 最近、由乃は研究部門に行っておらず、電話でやり取りを行うぐらいだ。駅前で何か見つかったらしく、そっちの調査に行っているらしい。

「仕事の納期って奴だろうよ」

「納期? 働いているわけでもないのに?」

 ユウカは学園に通っているよねと再び由乃を見た。その視線が少し心配しているようで俺は何だか嬉しくなる。

「いや、ああ見えて由乃は働いているんだよ。NKKに対しての提出資料を作ってるようだ。駅前に神社の跡地があったみたいで変な機械をもってうろうろしてるみたいだ」

「ふーん」

 俺とユウカが話している間にも書類を見ながらパソコンに何かを打ち込んでいる。そろそろ、キーボードが壊れるのではないかという速度だ。

「一体、何を……」

「あーくそっ。ユウカをどう説明すればいいのかわかんないっ」

 両手で頭を掻きむしっていた。焦った表情をする由乃を見るのは久しぶりの事だったのでユウカと共に近づいてみる。

「どう説明すればいいのかってどういう事だよ? 駅前の神社跡地はどうなったんだ?」

「跡地は今だと情報が少なすぎだってことで一旦終了。ユウカに関してはNKKに対しての説明よ、説明っ。幻にすると何でそんな幻が見えているのかという話になるし、かといって透明人間なら調査が必要……どういうタイプの透明人間なのか、幻なら脳にどのように刺激を与え続け周囲の人間に認識させ続けるのかと、他にも……」

 話が無くなりそうだったので俺は至極簡単な解決方法を由乃に提示することにした。

「もう、幽霊と書けばいいだろう?」

「嫌よっ。まだ認めてないっ」

 顔色が一瞬にして真っ青になった。今、由乃が後ろを向いたら気絶することは間違いない。ユウカめ……由乃はまだ自由になったわけじゃないんだぞ。

「認めないわっ。ええ、認めないっ……透明人間でぜーったいに説明してやるっ」

 やれやれ、頑なに信じてないなぁ。毎日驚かされているんだし、いい加減認めればいいのに。

 手帳をめくり始めたり電話を駆け始めたので俺とユウカはその場を離れる。

「なんであんなに信じてないんだろう? 何で?」

 ユウカの言葉に俺は首をすくめるしかない。

「んー、俺も由乃とは長いわけじゃないからなぁ。専門家でもいればいいんだが」

 由乃専門家なんていたらストーカーか何かだろう。しかし、専門家ではなくても他に居るもんだ。というわけで、一番詳しそうな人に聞いてみた。

「由乃があんなに幽霊の存在を否定するのは何か理由でもあるんですかね」

 洗濯物を干し終え、暇になったらしい朱音さんは少し困ったような笑顔を俺達に見せる。

「あの子があんな風になってしまったのはわたしのせいなのよ」

「……お化け屋敷に連れて行ったとか?」

 ユウカが俺の腹から出てきて首をかしげる。どろどろーとやっているが、後ろの由乃がそれを見て気絶してるぞ、おい。

「いいえ」

「怨霊を呼び出した?」

「違うの」

「じゃあ、一体……」

 後悔がありありと浮かぶ朱音さんは言うのであった。

「一週間、地下の監禁室に放置したままにしたのよ」

「……」

 そらぁ、どこかおかしく成るわな。あれ? ここって地下あったっけ。そういえば地下収納にしてはやたらでかいなーと思った板が何処かにあった気がする。

 どこだっただろうかと考えていると、朱音さんが喋り出した。

「一ヶ月間血を吸えなかったら吸血鬼は死んでしまう。一週間なら大丈夫だけれど……精神的には駄目になったみたい。夜が怖いとか、暗がりが怖いと言うのはすぐに治ったんだけれど、幽霊は駄目だったみたい。よっぽど、怖いものを見たのね」

 一体、その間朱音さんは何をしていたのだろう。

 俺の疑問顔に気がついたのか、朱音さんは補足するように行った。

「その頃のNKKは真っ二つに割れていてね、家を襲撃してくる吸血鬼もいてこれはあの子の為でもあったんだけど」

 本当だろうか? 舌をぺろっとだした朱音さんを信用出来はしない。

「ちなみにそれは……」

「由乃ちゃんに……由乃ちゃんにそんな過去があるだなんてっ」

 俺の言葉をさえぎって、ユウカは鼻水、涙をまきちらしながら悲しみに暮れていた。

「もう、わたし……あの子をおどろかさないっ」

「ああ、そりゃあ喜ぶだろうなぁ……」

「由乃ちゃーんっ」

 そういってユウカは由乃に飛びついていった。

「ぎゃああああっ」

「由乃ちゃん、ぐすっ、これまで本当、ホントッごめんねっ」

 パソコン画面から飛び出すような感じで由乃に抱きついたため、ひっくり返ってパンツが見えたまんま、気絶していた。ま、スカート毎日短いから何したって見えるんだけどさ。

「何やってんだか……」

 由乃を介抱しようと思い、一歩を踏み出すと朱音さんに肩を掴まれた。

「冬治君」

「何ですか?」

「あの子はとても見栄っ張りで強がりな子なの。親の私が言うのもおかしいけど頭はいいわ。でも友達を作るのは下手。冬治君がどうやって由乃と出会ったのか、わたしにはわからないし、由乃も教えてはくれない。だけど、仲良くしてくれているから……これからもお願いね?」

 子を慈しむ母親の表情はとても優しげなものだ。春の日差しに似ているかもしれない。

「そりゃあ、勿論ですよ。由乃から拒絶されるかもしれませんけどね」

「一度だけは我慢してほしいの。拒絶されてもしつこく、あの子の近くに居てあげてね」

 それは由乃に嫌われるのではないだろうか……あいつはお節介があまり好きではない。しかし、朱音さんがそう言うのならしつこくしてやろう。この家に来てわかったことはあの由乃にも頭の上がらない存在がいるということだ(ユウカもそうだが)。

「わかりました。その時がもし来ても近くにいます」

「お願いよ? 来ない事を祈っているけれど」

「ええ」

 朱音さんと約束をして由乃の元へと向かう。

「うう……」

「大丈夫か?」

「由乃ちゃーんっ。おーんおんおん」

 ユウカは未だに由乃にひっついて泣いている。どういう泣き方だよ……。

「うう、何なのっもうっこれじゃあ終わらないじゃないのっ」

 書類を天井に向けて放りだした。さっきまで朱音さんが掃除してたのにな……ほら、見てみろよ、幽霊より恐い鬼が由乃の事を見ているぜ。

 朱音さんが怒るのはおそらく後だ。今の時間に俺は思った事を由乃へと告げる。

「由乃、ユウカの事は書かなくていいだろ」

「はぁ? 何言ってるのよっ。ユウカはどう見ても人外でしょ」

 俺の言葉がよっぽど理解できなかったらしい。ユウカをひっ付けたまんま上半身を起こした。

「まだ由乃は何にも見つけちゃいないよ。ユウカはお前の友達だ」

「……友達ってこれが?」

 自分にひっついて泣いている幽霊を凝視していた。

「そうだよ。一緒の家で暮らして、一緒にご飯を食べて、風呂に入って、寝てる。朝起きたら挨拶だってしているんだ」

「友達とはこんなに密着した生活しないでしょ」

 言われてそうだなと思ってしまった。

「……じゃあ、家族だ」

「家族ぅ?」

 すごく迷惑そうな顔になった。そりゃそうか。

 内心苦笑しながらも、真面目腐った表情で俺は続ける。

「俺はユウカと一緒に住めるようになって嬉しいぜ? 由乃が驚いているところなんて初めて見るし、新鮮だ。冷徹な感じの奴だって思っていたからなおさら、そんな表情が見れて楽しい」

「……あんたはただあたしが怖がっているところを見て面白がってるんでしょ?」

 いつも怒鳴っている仕返しにね……そう由乃の目が語っている。

「だったら介抱なんてしないだろ?」

「うっ……それは、そうだけど」

 未だにひっついて泣きじゃくっているユウカを見て由乃は心が揺れているようだ。後ひと押しかな。

「一般的に見てユウカは幽霊かもしれない。由乃にとっては透明人間かもしれん。俺には一体何なのか見当もつかない。だけどまぁ、こうやって一緒に生活していれば情も湧いてくるんじゃないのか? ユウカを分類なんてする必要はないよ、ユウカはユウカ、そして由乃の家族だ」

 一生懸命な俺の言葉を聞いて納得したのか、それとも諦めたのかは分からない。由乃は書類を片付け始めた。

「やめるのか?」

「やめるわよ……あんたがそう言うんならもう消す。あー、馬鹿らしい。これ、本当は冬治が探してまとめる仕事のはずなんだからね? 女学園で人外が見つからないから仕方なくユウカを報告しようと作ってたのに」

 キーボードを操作し、由乃は書類作成を辞めてしまった。どうやら、消してしまったらしいな。

「ほら、邪魔よ」

「うう、由乃ちゃーん」

「私はもう大丈夫よっ。ほら、鼻水を拭きなさい」

「うん……」

 ユウカを引きはがし、ティッシュを鼻に押し付けると由乃は立ち上がる。

「ねぇ、冬治」

 去り際、俺のすぐ横で止まると眉根を寄せていた。

「ん?」

「あんた、あたしの事も家族って…ううん、何でもない」

 馬鹿な事を聞いたと言わんばかりの表情をして、由乃は自分の部屋に行ってしまったのだった。


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