7-14
翌朝。
あれほど猛威を振るっていた猛吹雪は嘘のように止み、分厚い雲の切れ間から覗く朝日が、新雪に覆われた開拓地を白く眩しく照らし出していた。
蝶番の外れた扉のせいで一晩中隙間風に晒されたカリンは、ロイに渡されたローブにミノムシのようにくるまったまま、ガチガチと歯を鳴らして宿屋の裏手へと転がり出た。
「さっむ。鼻水も凍りそう……」
「文句を言う暇があったら馬に乗れ。雪が解けて道が泥濘む前に峠を下るぞ」
すでに愛馬の腹帯を締め終え、カリンの馬の準備まで済ませていたロイが、白い息を吐き出しながら無愛想に言い放つ。
昨夜の大立ち回りの影響か、顔役がうまく立ち回ったのか、起きだしてきた町は静かなもので、男たちの怒号も聞こえなかった。
「おはよう、小鳥ちゃん。ロイのコート、なかなか似合ってるじゃない?」
御者台から声がかかり、カリンが顔を上げると、そこにはすでに馬車の出発準備を整えたジャクリーヌの姿があった。
彼女は雪除けのメルトンウールのコートを着込み、寒空の下でも相変わらず優雅な笑みを寒さにやや赤く染まった頬の上に浮かべている。 もしかしたら酔っているのかもしれないが……
「ドクトルは……これからどうするの?」
カリンが尋ねると、ジャクリーヌは手綱を軽く握り直し、朝日が差し込む南の空へと視線を向けた。
「私は南へ向かうわ。この街の『治療費』も十分に頂いちゃったし、そろそろ暖かい地方のカードテーブルと強いお酒が恋しいから」
「……またどこかの街で、吊るし首にされないように気をつけてね」
「ふふっ、心配してくれてありがとう。でも、私には主(Notre Père)が味方しているもの」
ジャクリーヌは悪びれもせず微笑むと、今度はロイへと視線を移した。
「あなたたちも西の街道には気をつけて」
「何かあったのか?」
「昨日、転がってた連中が言っていたのよ。バッドランズが活発化してるって……でも稼ぎ時かもしれないわね。今度一杯御馳走して頂戴」
「ふざけろ。どこかでハゲワシの餌にでもなってることを祈るよ」
「相変わらず、つれない人(Mon chéri)」
ジャクリーヌは真っ赤なルージュの唇で優雅な投げキッスを送ると、鋭く鞭を振るった。 いななきと共に、馬車が新雪を蹴立てて轍を刻み始める。
天井のバネで吊るされた『歯の看板』が、朝の冷たい空気の中でカラカラと乾いた音を鳴らし、やがて銀髪の女医を乗せた馬車は、雪山の彼方へと小さく消えていった。
その後ろ姿が見えなくなるまで見送った後、カリンはローブを引き上げてふうっと白いため息を吐き出した。
「……トルネードみたいな人だったね」
「関わるとろくなことにならん、昔からな。……行くぞ」
ロイは短く鼻を鳴らすと、馬に跨り、西へと続く雪道へ轡を向けた。
カリンもロイのコートに身を包んだまま、慌てて愛馬の手綱を握り、その後を追う。
寒風が吹きすさぶ果てなき平野。 フロンティアの厳しい冬はまだ始まったばかりだが、二人の旅路はどこまでも続く白い一本道の上へ、再び静かに刻まれていくのだった。




