7-9
凍える手で馬を停めると猛吹雪を背に、一行は街の中央にある一際大きな建物。
酒場兼交易所へと足を踏み入れた。
雪国の凍った分厚い樫の扉を押し開けた瞬間、ムワッとした熱気、安い油、安酒、汗、それに粗悪なタバコの葉の煙が混じったむせ返るような空気がカリンの全身を包み込んだ。
「……くさっ……」
思わず顔をしかめて咳き込むカリンだったが、骨まで凍りそうな外の空気に比べれば、ここは間違いなく天国だった。
部屋の隅で赤々と燃えるダルマストーブの熱を浴び、かじかんだ手足の先がじんじんと痛みを訴え始める。
「冬越しの肉を売りに来た」
ロイは周囲の喧騒や、よそ者を値踏みするような坑夫たちの視線を意に介することなく、カウンターの奥でグラスを磨いていた大柄な男に声をかけた。
男はロイの顔と、背後に積まれた血のにじむ麻袋を見て、片眉をピクリと上げる。
「……中尉か。また厄介なものを持ち込んだな。なんだそりゃ?」
「感謝祭の時期だ、わかるだろ」
「ターキー鳥? あんなバカでかいバケモノをこんな大雪の日に……相変わらず内戦上りはイカれてるな」
カウンターの顔役は呆れたように鼻を鳴らしたが、その目は麻袋のふくらみを計算高く値踏みしていた。
ロイと顔役がカウンター越しに無骨な交渉を始める中、カリンはようやくストーブの前の空き椅子で背もたれに顔をうずめるようにへたり込み、ふうっと長いため息を吐いた。
「さて、無粋な男たちの値踏みは放っておいて、私はお仕事に向かうとしましょうか」
いつの間にか雪に濡れた外套を脱ぎ捨て、艶やかなドレス姿を露わにしたジャクリーヌの視線の先、店の奥にはもうもうと煙が立ち込める中で、男たちが血走った目でカードを睨みつけるポーカー・テーブルがあった。
「えっ、ドクトル……休まないの? さっきあんな化け物と戦ったばかりなのに……」
「馬鹿ね、カリンさん。命のやり取りなんて最高のギャンブルに勝ったのだから流れが来ているのよ」
ジャクリーヌは悪びれもせずウィンクを飛ばすと、胸元に隠した特製のシューターの位置を確かめるように軽く触れた。
「ちょっと待て」
交渉の途中だったロイが振り返りジャクリーヌを呼び止めた。
「手切れ金代わりに、肉の代金の三割をやる。それを持ったら大人しく部屋を取って寝てろ。ここで騒ぎを起こせば、雪山に放り出されるだけじゃ済まないぞ」
「あら、心配してくれてるの? 優しい所は変わらないのね」
ジャクリーヌは振り返り、真っ赤なルージュを引いた唇を三日月のようにつり上げた。
「なんだ、お前等、ヨリを戻したのか?」
「冗談だろ……」
「ビアン・シュール・ク・ウィ (もちろんよ)」
それだけ言うと、彼女は優雅な足取りで男たちの熱気が渦巻くテーブルへと消えていった。
残されたロイは、忌々しげに舌打ちをして帽子を深くかぶり直した。
「部屋を一部屋。……カリン。部屋の鍵をもらったら、お前は先に休んでいろ」
「えっ……ロイは?」
「あのロクデナシが撃ち合いを始める前に、馬の世話をしておく」
「うっそでしょ……」
ロイの言葉に、カリンは両手で顔を覆い、今度こそ絶望的なうめき声を漏らした。
暖かいベッドでの泥のような眠りは、どうやらまだ少し先になりそうだった。




