6-7
「あちらです」
山の夕暮れは、まるで闇が足元をすくうように静かに訪れる。
その闇の中、ロイとカリン、そしてシャーロットたちは墓地へ向かって歩き始めた。夜風が草木を揺らし、何かが葉の間を滑る音がする
すっかり日が落ち、明りがないと足元もおぼつかない山道をエミリーの先導で一行は歩いていく。
ランタンを掲げて歩くカリンとシャーロット。その両脇には、ハリーとロイが自然な動きで護衛のように位置していた。
「それにしても墓地! なるほど、死体が動いているのであれば一番に疑ってかかるべきでしたわね」
「はい。保安官からはそのような情報はなかったのですが……」
「情報を伏せていたのか、それとも本当に知らなかったのか……どちらにせよ、良い噂ではないですな」
ハリーが口を開き、静かに歩調を合わせながら話を続ける。
「なんか怪しい儀式とかじゃないよね?」
カリンが落ち着かない様子で辺りを見回しながら口を開く。
「落ち着け。見えないものにビビっても仕方がない」
「ビビってるわけじゃないけど……?」
ロイがあくびでもしそうな表情で声をかけ、カリンは慌てたように姿勢を正す。
「そうか?」
なんでもなさそうな顔でロイが呟き、ぽんっ。とポンチョを揺らすカリンの肩を叩いてから、反対を歩くハリーに目配せした。
「明りを消しましょう」
ハリーがそう告げるが早いかロイとエミリーが素早くランプを操作し、代わりに銃を引き抜いた。
カリンとシャーロットが慌ててランプを消す中、先頭のエミリーが前方を見据えたまま手を背後に伸ばして全員を静止させる。
「……風とは違う、何かの気配を感じます」
エミリーが目を細め、風下の闇に視線を送った。
「感謝祭の酒盛りでもやってるのか?」
ロイが呆れたように呟きながら残弾を確認する。 言葉通り酒盛りのような騒々しい騒ぎが風に乗って一行のいる墓地の外まで聞こえてきた。
数人が騒がしく言い争いをするような声や何かを叩く音や不気味な呻き声が混じり、死者の眠りと静寂を乱していた。
「エミリー」
「はい、お嬢様」
シャーロットに名を呼ばれたエミリーが背負っていたライフルを構え、ロイも背負っていたレバーアクションライフルと弾帯をカリンに投げ渡してからホルスターからリボルバーを引き抜く。
「お嬢様、こちらに……」
ハリーがシャーロットをエスコートするように手を引き、カリンはレバーを操作して薬室に初弾を送り込んだ。
「大丈夫だよ、任せて」
そう言って道の側の木の陰に入ったカリンに頷き、ロイとエミリーが中腰のまま静かに、それでいて素早く歩を進める。
郊外らしい質素な墓地に近づくにつれ、中からはランプの明りが漏れ……
「駄目だ! コイツ全然いうことを聞かないぞ!」
「おい、馬鹿、ロメロ!こっちに来させるなよ!」
無数の意思を感じない唸り声と怯えたような罵声のような声も聞こえてきた。
ロイとエミリーは顔を見合わせると、音もなく墓地の境の低い石壁を乗り越え苔むした墓石の陰から顔をのぞかせた。
「なんてこと……」
「ああ、感謝祭じゃなさそうだ、パレードだったな」
それは明らかに異様だった。
いくつかのランプの明かりに照らされて墓地の中を人影が歩いていた。
淡い光に照らされた人影は、肩を不自然に揺らしながら前後にふらついている。
歩幅はひどく狭く、関節はまるで軋む人形のようにぎこちなく動いていた。
「こいつは壮観だ。死者の日だな」
冷たい夜の山風に乗って鼻を突く腐敗臭に不快そうに顔をしかめながら、ロイが小さくつぶやいた。
その間にも眠りを妨げられた死者たちは無秩序に動き回り……若者らしい騒がしい声が深夜の墓地に響き渡る。
「どうすんだよ!こいつら!」
「どうもこうもないだろ! 早くなんとかしないと……」
エミリーが眉間に皺を寄せて、銃口を騒ぎの中心に向けた。
ロイは冷静に観察しながら、周囲の状況を一瞬で把握する。
「……何かの儀式でしょうか?」
エミリーがピタッと霊廟の上で口論する数人の若者に銃口を向けたまま、静かに問いかける。
「儀式というよりは……事故か? どちらにせよ、タチの悪さは変わらなそうだが」
そう言って肩をすくめると、ロイは膝についた墓地の湿った土を叩き落としながら立ち上がった。
「よう、こんな深夜に墓あらしとは精がでるな。もっとも、この辺の死体は随分とイキがいいらしいが」
「誰だ!?」
「お、おい、よそ者だぜ」
「おい、アンタ!助けてくれよ!」
怯えきった若者たちの表情に、ロイは小さく舌打ちをした。
「本当には墓荒らしか?」
ロイの存在に気が付いたのか、霊廟を取り囲んでいた死体たちはゆっくりと振り返り、ふらふらとロイに近づいてきた。
「おい、こんな田舎にしちゃフレンドリーじゃないか。死んでるのが惜しいが。そっちの連中! こいつらどうにかできないのか?」
ロイがゆっくりと後ずさりながら問いかけると、若者たちは青い顔のまま一斉に首を横に振るだけだった。
「OK、動くな……お前もだ!」
ロイの銃が夜を引き裂く。腐臭が破裂し、沈黙が音を立てて壊れた。
周囲の野鳥が驚いて空に飛び出していく。
「おい、ふざけるなよ……急所だぞ?」
続けて二発、三発と腐った肉を飛び散らせながら死体の胸をロイの銃弾が貫く。が、死体の群れは気にも留めずに歩み寄る。
それどころか、見えていなかった範囲にまだまだいたようで……
「あの馬鹿どもはどれだけたたき起こしたんだ? エミリー!」
ライフルの銃声が響き、動く死体の頭が吹き飛ぶ……
一瞬の静寂の後。その死体はゆっくりと湿った地面に膝をついて倒れ込み、再びただの死体になった。
「ああっ!ロレンツォの爺さんが!」
若者が悲痛に叫ぶのを聞き流しながら、ロイは残りの三発を死体の群れに撃ちつつ、エミリーの隠れている墓石の影に飛び込んだ。
「銀か?」
「いえ、市販の鉛弾です」
「なら奴らの弱点は頭か。安上がりで助かる」
ロイが荒い息のまま墓石に身を隠し、震える指を抑えつつ再装填しながら、動き回る死体たちへ視線を巡らせる。
エミリーのライフルがまた一発を放ち、別の死体の頭を吹き飛ばした。
それを見届けると、ロイは静かに深呼吸し……腐敗臭に再び眉をひそめた。
「合流だ!手が足りん!」
墓地に続く道に叫ぶ。と、ランプの明りが灯り、カリンたちが墓地の入り口まで駆けてきた。
「……これは、悪夢ですわ」
夜気を切るようにシャーロットのドレスが翻る。
彼女はひと呼吸ののち、装飾を施されたホルスターから美しいバラが込まれたリボルバー銃を引き抜いた。
月明かりが金細工に反射し、彼女の横顔を一瞬、白く照らす。
「お嬢様」
ハリーがすかさず前に出る。彼の手には使い込まれた単装式の王国軍ライフル。かつての戦場の記憶を宿した銃が構えられていた。
「ロイ!」
カリンがレバーアクションを操作して発砲し……胸を貫かれた死体が一瞬呆けたように自身の穴の開いた胸を見つめ……すぐに顔を上げると、今度は一団がカリンたちに向かって歩き出した。
「まぁ……」
「冗談でしょ……」
「頭を狙え! 弾を無駄にするな!」
ロイが吠えながら墓石から身を乗り出して、リボルバーを腰だめで構えたままハンマーを手のひらで叩く。そのたびにリボルバーが暗闇を切り裂き、乾いた破裂音と共に、次々と頭部を撃ち抜いていく。
「だったら言ってよ、頭じゃないとダメって!」
レバーを操作して薬室に弾を送り込みながらカリンがぼやき、正確に頭を狙って銃を構える。
「流石はロイ様。 ハリー?」
「はい、お嬢様」
シャーロットの合図で残りの二人も引き金を引き、銃声が夜の墓地に響き、死体がひとつ、またひとつと倒れていく。
その間にも、若者たちは霊廟の上で震え、足をすくませていた。
「あの馬鹿共はこの墓地丸ごとたたき起こしたんじゃないだろうな」
「内戦の軍服らしき服装も見えます、随分と幅広くお茶をお届けしたようですね」
墓石の陰でリボルバーを二つ折りにして装填しながらロイがぼやくと、隣のエミリーがレバーアクションライフルを墓石に立てかけて、ホルスターからリボルバーを引き抜いて微笑んだ。
「ああ、火でも放っちまった方が早い」
ロイがそう呟いて若者が地面に放置していたランプを撃つ。 すると燃えていた油が四方に飛び散り、よく乾燥していた動く死体に瞬く間に引火した。
「なんてことを! 死体が無くなるのはまずいよ!」
霊廟の上で怯えていた若者の一団の誰かが叫び、ロイは銃を構えたまま片手で眉間を抑えた。
「……あいつら、自分の墓穴の深さも測れないのか?」
「とにかく、これで明りには事欠きませんね」
エミリーが発砲し、燃えていた死体が墓場の柔らかい土に膝をついた。
「ああ、まったくだ」
ロイはそうぼやくと、リボルバーを再び構えて引き金を引いた。
銃声が墓地にこだまし……動く死体の頭がまた一つ吹き飛んだ。




