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「こ、こんにちは」
声を聞いて、カリンはぱちくりと瞬いてから反射的に挨拶を返していた。
目の前に立つ女性は、間違いなく以前、シャーロットに付き従っていた優雅でおっとりとしたメイド、エミリーだ。
だがその姿は、以前とはまるで印象が違っていた。
メイド服の代わりに身を包んでいるのは、冒険者や旅人のようなコートとジャケットで、長い髪をひとつに束ね、瞳には静かな覚悟が灯っている。
「エミリー。首尾はどうです?」
シャーロットが落ち着いた口調で問いかけると、エミリーは一礼し、瞬時に表情を引き締めて向き直った。
「はい。保安官との面会および現地の情報収集、それから情報の優先順位付けまで完了しております」
凛とした報告のあとに浮かべられたのは、カリンも見知った優しい微笑だった。
シャーロットは満足そうに頷き、柔らかく声を返す。
「なるほど、優秀な猟犬だ」
グラスを軽く振りながらロイが呟くのを耳ざとく聞きつけたカリンがロイの側にすすっと近寄る。
「ねぇ、どういうことなの? エミリーさんが猟犬とかハンツマンとか」
「キツネ狩りじゃ狩りの参加者より先に猟犬を放つだろ」
ロイはグラスを置き、談笑する主従を視界の端に捕らえたまま暖炉の火を眺めながらグラスをゆする。氷がカランっとロイのグラスで音を立てた。
「猟犬は狩る相手を追い詰め、捕らえやすくするのが仕事だ。主賓は最後に悠々と仕留めればいい」
カリンは思わずエミリーを見やり、その静かに立つ佇まいに再度目を細めた。
静かだが、どこか鋭い雰囲気がある。なるほど、となんとなく納得してしまいそうになる。
「ええ、ですが、これフォックスハンティングではなく、フォックスシューティングですわ、ロイ様」
シャーロットが微笑みながら告げると、空になったティーカップを絶妙なタイミングで差し出されたトレーに戻した。
「では、エミリー。皆さんにも報告を」
「はい、お嬢様」
シャーロットが促すと、エミリーが頭を下げ、全員を見渡してから語り始める。
「周辺調査と保安官への聞き取りによりますと、怪物の目撃例および被害報告は急増傾向にあります」
シャーロットが昼間馬車で確認していた資料をロイに手渡す。カリンもそれを覗き込んだ。
「特に注目すべきは、保安官や生存者たちが口をそろえて“死体が動いていた”と証言している点です」
「え、スケッチでもそんな感じだったけど……それ、本当に?」
カリンが思わず顔を上げて聞き返し、エミリーも頷いて見せた。
「はい。生存者の証言によれば暗闇から緩慢な動きで現れ、ものすごい力で近くの人間に襲い掛かったそうです。村の若者数名が何とか止めようとしていたそうですが、駆け付けた保安官助手が発砲した際には意にも解さなかったそうですので、耐久性も高いものと……」
「……そいつはねぇ、“ンズンビ”ってんですよ、冒険者さんたち」
重たい報告の空気を切るように、カウンターの奥から声が飛んだ。
振り返ると、古びたエプロン姿の老婆が、にこやかな笑顔でこちらを見ていた。
「彼女は?」
「はい。元々この村はジアンゴ革命で難民化したカリスティカ系移民の村だったとか……」
エミリーが短く説明すると、ロイが眉をひそめる。
「こんな西にか?」
「ニューオラズに馴染めなかった連中は多くてね。アッパー山脈を超えて西で商売を始めたら今度は戦争だ。西に西にと彷徨って……気が付いたらお山のすそのですよ」
刻まれた多くの皺は苦労によって刻まれたのだろう。
だが、老婆はかわらず人のよさそうな笑顔で笑っていた。
「それで、ンズンビってのは?」
「本来は罪びとなんかをねぇ、司祭様が蘇らせて働かせる呪文なんだがね?」
老婆は「おお、恐ろしい」と身震いすると小さく首を振った。
「罪人に畑を耕させて、償わせるんですわ。ただ、人を襲うなんて聞いたこともないですねぇ」
老婆が溜息を吐き出したのを見てエミリーがしっかりと報告を続ける。
「彼女や古くからの住人の情報からすると、どうやら特定の呪術や魔法が絡んでいる可能性があります。恐らく、カリスティカ海の儀式や呪文が関与しているかと」
報告を続けるエミリーに頷いて見せたロイにカリンがおずおずと耳打ちする。
「カリスティカ海って?」
「この国の東の海だ。天然痘患者の疱瘡みたいに島が散らばってる」
「……もう少し例えようはなかったの」
カリンがげっそりした顔で肩を落とすと、シャーロットが微笑みながら首を傾げた。
「カリスティカ海の宗教由来の呪術であるのなら、ロイ様の推理が当たっていましたわね」
「でも、罪人の死体を開拓に使う呪文っていうだけならそこまで危険じゃないんじゃないの? 違法なのはそうだと思うけど」
カリンが困惑した表情を浮かべながらシャーロットを見た。
「そうですわね、本来の用途ではそのようですが……今回の件は、何者かがその魔術を歪めて利用している可能性がありますわ」
「誰かがって……?」
シャーロットが真剣な表情で応じ、カリンも小さな声で繰り返しながら暖炉の火に照らされてゆらゆらと光る民族飾りを見つめていた。
「敵の大まかなの輪郭は見えてきた。 とはいえ、厄介なことに変わりはないな」
ロイが低く呟き、資料に目を落とした。
「宗教的な儀式で作られた奴隷を、怪物へと作り替える……まともな術者なら実行しない。カルトか死霊術師か。いずれにせよイカれたやつの仕業だろう」
「ええ、ロイ様の仰る通りです」
とエミリーが頷きながら応じる。
「さらに言えば、この地域では既に複数の失踪事件が起きています。怪物によるものか、それとも他の意図があるのかは定かではありませんが、住民たちの間では不安が広がっています」
「まぁ、そうだろうな」
再び訪れた気まずい沈黙を打ち払うようにロイは呟きながら立ち上がった。
「とにかくどう動くにせよ朝になってからだ」
「そうですね」
シャーロットが穏やかに頷き、エミリーとハリーも「仰る通りです」と従順に同意する。
カリンは少し気後れしたように暖炉の火を見つめながら、静かにロイに問いかけた。
「ロイ、でも……もし相手が死霊術師とかだとしたら、どう戦えばいいの?」
ロイはカリンの視線を受け止めると、肩をすくめてから立ち上がった。
「配下の死体は知らんが、術者が人間なら、やることは変わらん」
そう言い残してグラスをハリーに手渡すと、ロイは無言で階段を上っていった。
「とにかく、明日は長い一日になるだろう。今夜はしっかり休んでおけよ」




