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しばらく後、村の中央付近。
一行はひときわ古びた木造の建物の前で何とも言えない表情を浮かべていた。
山間部の冷たい風に晒された看板にはかすれた文字で「ル・クール・ド・ラ・リベルテ」と書かれている。
「なんか……ぼろっちくない?」
「自由の心? 新興の鉱山街にしちゃ古風だな」
「少々古びてはおりますが、温かい食事のご用意もございます」
二人の態度に執事はわざとらしいくらいに恭しく首を振って見せると、しれっと答えた。
カリンに見上げられる中、ロイは先頭に立ち、山間部らしい重厚な扉を押し開けた。
中は意外にも清潔で、木の床には新しいラグが敷かれ、暖炉には火が灯っていた。
宿主と思われる初老の女性がカウンターの向こうで出迎えの笑顔を浮かべている。
「まあまあ、ようこそこんな辺鄙なところへ。冒険者様のお連れ様でしょう?」
「あっ、はい。よろしくお願いしますっ」
カリスティカ系のニュアンスの穏やかな声に、カリンも拍子抜けのように少し帽子を脱いで安心したように挨拶を返した。
「ハリー、部屋はどのように?」
「全室をご用意してございます。 お二人のお荷物もお部屋にお運びしておりますが、ご移動はご自由に」
シャーロットが満足げに頷き、カリンがそっと背伸びしてロイに耳打ちする。
「全室って言った?」
「ああ、何泊するかもわからんから下手すりゃ宿代だけで足が出る。まぁ、金持ちの道楽だからな……」
そう言ってロイは暖炉の前の揺り椅子に腰を降ろす。
「あら、良いですわね。ハリー?」
「はい、お嬢様。すぐに」
シャーロットも同じように向かいの席に腰を下ろして上品に片手をあげる。と、傍らに控えていた執事が恭しく頭を下げて席を外した。
「ふふっ、暖かい。外は凍えそうなくらい寒かったから染みるね」
カリンは二人の間、暖炉の前にしゃがみ込み揺れる火の光を見つめながら、少し頬を緩ませた。
暖かい暖炉の火に手をかざし、かじかんだ指をもみほぐしていく。
「後ろの棚、酒か?」
「ええ、ええ。ご入用かしら?」
ロイは椅子を揺らしながら、ちらりと宿主の女性の背後の棚を見た。
「ああ、どれでもいい。奥の男に一本開けてくれ」
「もちろんですよ。グラスもお持ちいたしますね」
宿主はにこやかに答え、カウンターの奥に下がっていく。
「ロイ、これから保安官事務所に行くんじゃなかったの?」
カリンが振り返り、少し眉をひそめながら言うと、ロイはいつものように肩をすくめて見せた。
「こういう雰囲気で、しかも依頼主はここの連中じゃなく連邦政府と司法省。保安官が素直に協力してくれると考える方がどうかしてる」
シャーロットがそれを聞いて、微かに眉を上げる。
「やはりロイ様は素晴らしい冒険者ですわね」
「それに……」
ロイが軽く返すと、シャーロットは静かに微笑み、紅茶でも飲むような優雅な仕草で手袋を外した。
「あんたはいいハンツマンを飼ってるらしい」
「ハンツ……?」
ロイの返事に微笑んだシャーロットと対照的にカリンが首をかしげる。
だが、そんな一行に割り込むように執事のハリーが戻ってきた。
まっすぐに背を伸ばしたまま、無駄のない動きで歩く。銀のトレーの上では、湯気の立つティーカップがまるで儀式の道具のように揺れていた。
「お嬢様、お茶でございます。お連れの方々にもご用意いたしました」
「ありがとう、ハリー。皆さま、どうぞ」
シャーロットが気品のある動作でトレーからカップを手に取り、他の二人に勧める。
続けて二人にトレーを差し出す際の動きには無駄が一切なく、まるで舞台の上で演じる役者のようだった。
「えっ、お茶も用意があるの? すごい!」
カリンは目を輝かせ、ハリーが差し出したカップを両手で受け取る。
「……洒落てるな」
ロイがグラスを持ち上げるとグラスに入れられた琥珀色の液体。その中に雪の積もる山中から持ち込まれたのだろう透明な球体が揺れてカチッと心地の良い音を立てた。
「本場スイッツでは邪道。ですが、新大陸には新大陸の楽しみ方でございますので」
「ロイ様のご苦労を癒すひとときに、少しでも貢献できたのなら光栄ですわ」
ハリーが微笑んで見せ、シャーロットもにっこりと笑いながら紅茶を飲む。
その姿があまりにも上品で、カリンは一瞬見惚れてしまった。が、目が合うと慌てて湯気を燻らせるティーカップを口に運んだ。
「それにしても、『ハンターマン』ってどういう意味?」
温かい紅茶に気を取り直したようにカリンは会話に戻り、純粋な好奇心にあふれた瞳でロイを見上げながら尋ねた。
「ハンツマン」
ロイが訂正しながらグラスを煽り、カリンが眉を顰める。
「王国では猟犬の世話をする使用人をそう呼びますの、カリンさん」
シャーロットが楽しそうに説明を引き継ぎ、カリンがキっと視線を向けた。
「だから、それが何?」
「今にわかる」
突然、外気が室内に流れ込むような気配。カリンは反射的に腰に手をやり、凍りついたように動きを止めた。
それこそ、まるで猟犬に睨まれたかのような気配に首筋の産毛を逆立たせながら、カリンはそっと姿勢を整えた。
「ご苦労様です、エミリー」
厚い扉が押し開かれると、薄暗くなりつつある山間の夕暮れを背景に巨大な猟犬のシルエットが室内に踏み入り……
「お嬢様、お待ちいたしておりました」
汚れたコートを翻し、女性が恭しく頭を下げた。
「エミリーって……メイドさんっ!?」
カリンの言葉に女性はゆっくりと顔を上げ……帽子を脱ぐと優しく微笑んで見せた。
「はい、カリン様」




