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6-3

「こいつか……」 


 その日のうちに馬車は山間の村へ到着した。

 ロイはこれ幸いとコートをはためかせて馬車から飛び降りると、その足で村の入り口のすぐ近く。住民たちが見ないように早足で通り過ぎる民家の壁に足を向けた。

 この村の歴史の浅さを物語るような民家の真新しい木の壁には、鉄のような臭いを放つ、どす黒く変色した染料で描かれた鋭角な線と円。それらが複雑に絡み合い、不気味なまでの調和を形作っていた。

 それはスケッチに記された模様と寸分違わず、一見して適当に描いたとは思えないような精密な模様だった。


「それが、例の落書き?」

「ロイ様、いかがでしょうか?」


 白い息を吐き出しながら半日ほどの旅で硬くなった体を伸ばしていたカリンと、優雅にほこりを払っていたシャーロットがロイの背後から歩み寄る。が、ロイは小さく肩をすくめて見せた。


「まあ、少なくともわからんものであるというのがわかった」

「そうですか……」


 シャーロットは少し残念そうに溜息をついて壁の模様を一瞥する。が、すぐに目を背けた。

 どこか冷静を装っているようにも見えるが、その声はわずかに震え、冷静を装った仮面の下で何かが揺れていた。


「俺の知る限り、魔法的な素養がある人間は新大陸じゃ珍しい。それに……」


 ロイは腰から幅広のナイフを引き抜き、壁の前の湿った地面に片膝をついて幾何学模様の一部を削り取ると、指で破片をつかみ取りじっと観察する。


「部族のウィッチは道具や場を尊重する。こんな無造作になんの血かもわからん血で書きなぐるような真似はしないだろう」

「つまり?」

「まぁ、つまり……こいつは天然痘や麻疹みたいなもんだ」


 そう言って立ち上がると、ロイは手を叩きながら歩き去る。


「は?どういうこと?」


 カリンは慌ててその背中を追いかけつつも首をかしげるが、シャーロットが頷いて見せた。


「つまり、新大陸の外から持ち込まれた呪術ということですわね」


 カリンはシャーロットが出した答えに納得したようなしていないような顔をしながら、先ほどの現場を振り返る。


「じゃあ、つまり……よくわからない呪文をこの村にかけたのはよそ者ってこと?」


 カリンがピッと指を立てながら言うと、シャーロットは答えずにただ頷いた。


「……まぁ、ここの連中にとっちゃ気持ちのいい話じゃない」


 ロイは帽子を被りなおしながらつぶやいて歩き続ける。


「どうするの?」

「当たるとすれば保安官事務所だ。手に負えないなりに調べてはいるだろう。だが、まずは……」

「まずは?」


 カリンが尋ねたことに答え、ロイは少し考えてから皮肉に微笑んで見せた。


「まずは……腹を満たして、柔らかいベッドに沈みたい気分だ」

「それでしたら」

「わぁっ!?」


 唐突に現れた黒い燕尾服を着た執事に、カリンは思わず声を上げる。


「これは申し訳ありません、カリン様」

「執事さん?」


 カリンは声の主に驚きつつも、すぐにシャーロットの執事、ハリーに視線を向けた。

 いつもの通り背筋をぴんと伸ばし、どんな状況でも冷静沈着な彼は、カリンの驚きにも特に動じる様子はなかった。


「失礼しました。驚かせるつもりはございませんでした」

「驚かせるどころか、心臓が止まるかと思った……」


 カリンは胸に手を当て、肩で息をつきながら文句を言う。

 一方で、シャーロットは淡々と彼に尋ねた。


「ハリー、何か問題でも?」

「いいえ、お嬢様。宿泊の手配が整いました」


 ハリーはそう言いながら、一礼して説明を続けた。


「この辺りは鉱山開発で宿の確保が難しいのですが、村の中ほどにある宿屋を確保いたしました。多少古びてはおりますが、清潔に保たれておりますのでご安心ください。また、馬車と馬についても宿屋の裏手で預かっていただけることになっています」

「じゃあ、寝るところはバッチリなんだ!」


 カリンは安堵の表情を浮かべて、ほっと胸をなでおろす。

 冒険者として連戦の疲労が肩や背中にずっしりと重くのしかかっていた彼女にとって、まともな宿泊施設が確保できたという知らせは何よりも嬉しいものだった。


「相変わらず手が早いな」

「職務ですので」


 ハリーが淡々と答えると、ロイは肩をすくめてから続けた。


「あの落書き、なにか心当たりは?」

「いえ、あいにくながら。旧大陸の中東、クリーム半島、インディオ地方、極北の辺境――王国の剣として数多の土地を見てきましたが、この紋様のようなものは記憶にございません」

「そうか……」 


 ロイはそう言いながら、村の中央へと続く細い道を進んだ。

 彼の背後では、シャーロットが優雅な足取りでその後を追い、カリンが荷物を担ぎなおしながら二人に続く。

 途中、村人たちとすれ違うたびに彼らは目を伏せ、話しかけられないようにそそくさと足を速めていった。


「ここ、なんか変だよね」


 ロイに小走りに駆け寄ると、すれ違う人々を胡散臭そうに眺めるカリンが声を潜めて呟く。


「変というより、恐れているんだ。ただでさえ状況が悪いのに俺たちが何か悪いものを呼び込むとでも思ってるらしい。この調子じゃ保安官もなしのつぶてだろう」


 ロイは低い声でそう答えながら、まっすぐに進行方向を見たまま帽子のつばを少し下げて村人たちの視線を避けた。


「……」


 その言葉に、カリンはもう一度周囲に視線を巡らせ、ロイの背中を追い続けた。

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