6-1
簡素な装備だけを片づけると、一行は朝日に照らされた戦場跡を、昨夜の死闘が幻だったかのように静かに後にした。
馬を走らせ、居留地との境界手前でロイが馬を止める。
「報告はしておく。報酬はいつも通り」
「ああ、馬の戦士」
「またね、ロイ! 今度は色々聞かせてね!」
そのまま馬を駆る先住民達を見送り、カリンが口を開いた。
「街まで一緒に行けばいいのに」
「……歓迎されないところに行って不快な思いはしたくないだろう」
ロイが答えて馬の方向を変え、前進を促す。
「でも、ギルドと部族は契約してるんでしょう? だったら、もっと……」
「街の人間全員がギルド員なわけじゃない」
ロイの言葉にカリンは一瞬口をつぐむが、それでもなお、彼女の目には納得のいかない光が宿っている。
欠伸をしながら前を行くロイの後を追いかけながら、カリンは一度居留地を振り返った。
森の向こうに細い煙が立ちのぼり、風の中に、戦士たちの帰還を喜ぶ子供たちの声が、かすかに混じっていたような気がした。
「でも……」
「人は、急には変われない。何万人も死んだが、結局、何も変わらなかった」
カリンは眉を寄せ、少しだけ居留地に振り返った後、黙ってロイの背中に視線を戻す。
胸の中に沈む重苦しい思いが、肌寒さを感じる澄んだ朝の空気に溶けていくのを感じながら馬を走らせていると遠くの煙は次第に視界から消え、頭上を飛ぶ白頭鷲と風に揺れる森の緑だけが二人を包み込んだ。
その後は言葉もすくなに一日荒野を歩き、街に付き馬を繋いでロイがドアを開けた瞬間、場の空気がわずかに張りつめた。
「お待ちしておりました」
……まるで計ったようなタイミングに、カリンがあからさまに顔をしかめる。
カリンが露骨に嫌そうな顔をしたのに続いて、ロイが目を向けると、場違いなほど豪奢なドレスを纏った少女と、その背後で控える屈強な執事、さらにきちんとした身なりのメイドが立っていた。
サルーンの雑然とした空気の中で、三人の姿は明らかに浮いており、遠慮がちなざわめきが彼らに向けられたものであるのは明らかだった。
「なんであなたがここにいるの?」
「ロイ様にお話がございますの」
思わず声を上げた喧嘩腰のカリンを軽く受け流し、以前一度だけあった少女。シャーロット・ウィンストレーはロイにまっすぐ視線を向けた。
「まぁ、お座りになってくださいな」
その一言に合わせ、執事が寸分の狂いもなく椅子を引く。
有無を言わさぬその様子にロイがため息をつき、引かれた椅子にはカリンが憤慨した様子でドスンと腰掛けた。
「で、何のようなの?」
「銃声に慣れ親しみすぎてお耳が遠くなってしまわれたのかしら? わたくしはロイ様にお話がございますの」
高級そうなテーブルクロスに頬杖を突き、貧乏ゆすりをしながら睨みつけるカリンを涼しい顔で受け流し、シャーロットは再び執事が引いた椅子に腰を下ろしたロイに視線を向ける。
「ゴースト退治は無事に?」
「ああ」
ロイは一言だけ言うと軽く頷き、メイドによってグラスに注がれた酒を一口飲む。
シャーロットは微笑を浮かべたまま、そんなロイの様子を伺うように目を細めた。
「よろしいですわ。実は……少し面倒な話を持ち込ませていただきたくて」
「面倒な話なら他所を当たってくれ」
ロイが間髪入れずに答え、立ち上がろうとするのをシャーロットは楽しげな笑みのまま制した。
「お疲れなのは存じ上げていますわ。でも、これを見たらお考えも変わるのではなくて? ハリー」
執事が静かに一歩前に出ると、厚紙の分厚い封筒をテーブルに置いた。
ロイは封筒に視線を落とし、ため息をつく。
「今のところ食うには困って無くてな」
「勿論! 冒険者はビジネス。このような契約の場では金銭は重要ですわね。ですが、それだけではございませんの。この仕事には……ロイ様のご経験がどうしても必要なのです」
シャーロットの言葉に、ロイの眉がわずかに動く。
カリンは訝しげな表情で二人のやり取りを見守っていたが、ついに堪えきれず声を上げた。
「待って、勝手に話を進めないでよ! ロイが関わるなら、私だって無関係じゃないんだから!」
シャーロットは一瞬カリンに視線を向けると、微笑を崩さないまま答えた。
「もちろんですわ。ですが、この話は……少々繊細なものでして」
シャーロットは意味ありげに言葉を濁し、カリンの視線をさらりとかわす。
その仕草にカリンの頬がわずかに膨らむが、シャーロットは続けた。
「ロイ様は今回のお仕事をご一緒するのに最適な方だと確信しておりますの」
「……あんたの趣味に付き合えってことか?」
ロイが飲み干した高級そうなガラスのグラスを机に置くと、シャーロットは余裕の笑みを浮かべたままだ。
「その手の道楽遊びには、興味がない」
ロイが一刀両断するように言い放ち、再び立ち上がろうとした瞬間。
「お持ちください」
シャーロットがそう言うと、メイドが素早く酒を注ぎながら巧みにロイの動きを制した。
「どうぞ、ご遠慮なく」
その仕草には奇妙な威圧感があり、ロイは仕方なく座り直した。
「まぁ、酒の趣味はいい」
「アイルウィスキーでございます、ロイ様」
注がれたグラスを傾けたロイに、メイドが優し気に微笑んで答えた。
「これがスイッツか……」
「本題に入ってくれる?」
感心したように小さくグラスをゆするロイを無視し、カリンがじろりとシャーロットを睨むがシャーロットは余裕の笑みを浮かべたままだ。
「ええ、ではご覧くださいな?」
怪しむように封筒をカリンが手に取ると、シャーロットはまるでその瞬間を待っていたかのように薄い笑みを深めた。
「お金じゃない……書類?」
カリンは分厚い封筒から数枚の紙を取り出し、パラパラとめくっていく。
「これ、なに?」
ロイがグラスを傾けながらカリンの手元を覗き込む。そこには荒れ果てた小さな町の写真と、崩れた建物のスケッチ、さらには血のように濃い赤で書かれた奇怪な紋様のスケッチがあった。
「趣味が悪いな」
そう呟いたロイがグラスの残りを飲み干すと、シャーロットは優雅に手を振りながら説明を始めた。
「新興の鉱山町なのですが、ここ数カ月で原因不明の失踪が相次ぎまして。その上、住民の何人かが……いえ、言葉で説明するのは難しいですわね。ハリー」
シャーロットが再び執事に合図を送ると、今度は一枚の絵画のようなものがテーブルに広げられた。
描かれていたのは、皮膚や肉が腐った異形の影が、建物の間を彷徨う姿だった。
「……怪談話をするために引き留めたのか?」
ロイが眉間にしわを寄せると、シャーロットはきっぱりと首を横に振った。
「いいえ、これは事実ですわ。わたくしの知る限り、少なくとも数名がすでに消息を絶っていますの。そしてその原因を探るために、優秀な冒険者がどうしても必要なのです」
ロイは紙に目を通しながらため息混じりに言った。
「正義感の強いことだな」
「これはギルドを通した正式な依頼ですわ。依頼主は連邦政府」
「ちょっとまって!」
シャーロットの答えに、カリンが呆れたように声を上げた。
「連邦政府って……州政府や連邦保安官ですらないの!?」
困惑を隠さないカリンの声がホールに響き渡り、サルーンの中のざわめきが一瞬止んだ。
「連邦政府がなんで冒険者なんかに頼むのよ? 普通、こういうのは連邦保安官とか軍隊の仕事じゃないの?」
ロイはカリンの言葉を受けて、シャーロットに視線を向けた。
彼女の表情は微動だにせず、余裕と自信に満ちている。
「おっしゃる通りですわ。ですが、これは少々複雑な問題でして」
シャーロットは微笑を崩さず、カリンの疑問に答えた。
「まず、失踪事件の被害地は新興の鉱山町として急成長を遂げた地域。いわば、フロンティアの最前線。治安維持の人員は極めて少なく、しかも連邦政府が公然と軍を派遣するのは難しい地域ですので」
「難しい地域って、どういうこと?」
カリンはさらに食い下がった。
「77年の撤退か……」
「はい。あのあたりは州の境界がはっきりしておらず……『南側』の州政府としては連邦軍の介入を許し、再び駐留をされるようなことだけはなんとしてでも避けたい。というのが本音のようですわね」
ロイはカリンの手元の写真とスケッチをもう一度見つめた。奇怪な紋様や異形の影を描いた絵画には、通常の荒くれ者や盗賊が関与しているようには思えない。
「だが、保安官じゃ持て余す。威勢よく出すもの出したがケツを拭く手がないってわけだ」
ロイは吐き捨てるように言うと肩をすくめて、椅子に深く腰掛けた。
「ご謙遜を」シャーロットは彼の言葉をかわし、カップを傾ける。
「これはただの尻拭いではなく、まさにロイ様の経験と洞察が必要な案件なのです。連邦政府としても優秀な退役軍人が解決した。というストーリーが必要なのでしょう」
カリンはその言葉にむっとしながら、「じゃあロイの経験よりも肩書が必要っていうの?」と不満そうに口をとがらせる。
州政府、連邦政府ともに自分達の手ではなく、利害関係のない冒険者にさっさと解決してほしい。ということを包み隠さず言われているわけだから無理もない。
「いいえ、ただの元連邦軍人の冒険者ではこの依頼はこなせませんわ。だからこそ、ロイ様にお声掛けをさせていただいたのです」
それだけ言うと、「これ以上のご説明は不要ですわね」とシャーロットはスッと立ち上がり、執事とメイドを従えながらロイを見下ろした。
「ロイ様、わたくしどもは明日の正午にサルーン前で馬車を用意してお待ちしております。もしお引き受けくださるのであれば、ぜひご搭乗くださいませ」
彼女は優雅に頭を下げると、カリンの怒りをよそにサルーンを後にした。
執事とメイドも無駄のない動きで彼女の後に続く。
それを見送るなり途端に再び熱気を取り戻したサルーンの中、ロイは重い息をついて華美な装飾のされたグラスを見つめた。
「どうするの、ロイ?」
カリンが苛立たしげに問い詰める。
「あんな世間知らずの金持ちのお嬢様の手のひらで踊るつもりじゃないよね?」
ロイは肩を竦め、グラスを傾けながら答える。
「とりあえず、飯と風呂にしよう。それから、ブラッディ―マリーの分の報酬だな」
その曖昧な返事に、カリンはますます不満げに顔をしかめたが、ロイは書類を回収し、残されたシルク地のテーブルクロスとグラスを片付けながら立ち上がった。
「踊るかどうかは、舞台に立ってから決めるさ」
それらを注文するためにカウンターに向かいながら、ロイは小さく呟いた。




