5-10
「んっ!」
眩しさと焼けるような痛みに目を覚ます。
右腕から伝わる鈍い痛みと、少し粘ついた感触が、昨日の出来事を思い起こさせた。
フロンティアの朝焼けに照らされ、夜のうちに降りた霜に反射して紅く宝石を散りばめたように輝いていた。
「目が覚めたか?」
「ロイ? どうなったの?」
ベッドロールの隣に腰を下ろし、いつもの本を読んでいたロイが脇に置いていた古びた手鏡のかけらを手に取った。
「それなに?」
「お前の獲物だ」
そう言って、ロイはカリンに手渡す。
カリンは何の気なしに手を伸ばし……思わず「っ!」と呻いた。
「奴らは思念や意思そのものだ。撃たれたとしても体内に弾は残らない」
運が良かったな。とでも言うように微笑むロイに、カリンは力なく頷いて見せた。
「うん。まったく動かないけど……」
とっさに身体をひねり腰を落としたからか、あるいは自分に自分は殺せなかったのか。
あの時現れたカリンの死体の弾は心臓を逸れて利き腕を撃ち抜いていた。
「弾が残ってなければどうとでもなる」
「……楽観的だね」
カリンは溜息をつきながら左腕で手鏡の破片を弄び、そっとロイによりかかった。
「これはなに?」
「マリーの鏡だ」
カリンの肩を支えながら、ロイが呟いた。
朝焼けに徹夜明けの目を細めながら、その目は周囲の戦場跡を通して遠くを見ているようだった。
「戦争中に流行った旧大陸由来の魔法の品で……強い想いを持つ相手、通常は故郷に残してきた恋人や嫁さんなんかが映る。そいつは捨てられたか持ち主が死んで忘れられたかしたんだろうが……」
「へぇ……」
カリンは弄んでいた鏡の破片に自身の顔を写してみる。が、そこには泥だらけで疲労困憊した自身の酷い顔が映るだけだった。
「何の偶然か合わせ鏡で放置されてたそいつが軍や反乱軍の強い想い。恨みや憎しみなんかをひたすらに増幅して霧に映し出してたわけだ」
「それで血濡れのマリー(ブラッディーマリー)に?」
「ああ。で、そいつをお前が撃ち抜いた事で増幅されてた魔力が一気に放出された」
ロイは静かに頷き、指でカリンの手の中のかけらを弾くような仕草をした。小さな破片が朝の光を受けてちらりと輝いた。
「鏡は想いの強さに反応する。その上、合わせ鏡は、どこまでも続く無限を象徴する象徴だからな」
カリンは目を伏せ、鏡の破片を見つめる。
「想いの強さ……でも、あれは……」
カリンが口にしようとしたことを、ロイが優しく遮った。
「お前の中に抑えきれない何かがあったんだろう。悲しみ、恐怖、あるいは後悔かもな。そいつは、それを引き出して形にした」
「……私の恐怖……」
カリンは手鏡の破片にそっと指を這わせながら、頭と胸に風穴を開けて立つ自分自身の顔が映る部分を指で覆った。
これが最初は郷愁や願望を。
そして近づいた時により強い感情、恐怖を映し出したのなら、あの時立っていたカリンはおそらく……『死』なのだろう。
「……気にするな。究極、未知の物は何だって怖いものだ」
「何が現れたかわかるの?」
「いや? ただ、人間、好むものは千差万別だが怖いものは似たり寄ったりさ」
ロイは軽く笑って答える。その声にはどこか諦めたような冷めた響きがあった。
「まぁ、重要なのはお前が生きてるってことだな。そいつが写したのがお前の恐怖そのものなら、そいつを乗り越えたんだ」
ロイはそう言って、そっとカリンの左肩に手を置いた。
その手の温かさが、彼女の冷えて疲れた体に少しだけ安らぎをもたらした。
「……ありがと、ロイ」
カリンは微笑むと、鏡の破片をそっと地面に置いた。それを拾い上げる気はもうなかった。
「ふふっ、なんだかいい気分……」
しばらく二人は言葉もなく朝日を浴びていたが、眠気と疲れで重たい頭をおもむろにロイの肩に預けた。
「ロイ、カリン?」
ふと、顔を上げると相変わらず儀式の格好のままのハロナがすり鉢を持って走り寄ってきていた。
「おはよう、カリン! もう大丈夫そう?」
「うん、ハロナ……利き手以外はどこも」
「腕? 霊薬と治療ですぐに元通りになるよ」
「え?」
すり鉢を掲げて見せたハロナに、カリンが目を丸くして見せる。
「エリクサーにオウカンヨモギとノコギリソウを混ぜたから……ロイから聞いてないの?」
そう言って可愛らしく首をかしげて見せるハロナに、カリンは視線をロイに移す。
「そうなの?」
「ああ」
「もぅ!! ちゃんといってよ!」
「言ったろ。どうとでもなる」
そう言いながらカリンをベッドロールに寝かしつけ……ハロナに続いて歩み寄ってきた屈強な先住民の戦士たちと共に、カリンの身体を押さえつける。
「な、何?」
「咥えてろ」
不安そうに周囲を見渡すカリンの口に布を心なしか優しく詰め込み、ロイはハロナに合図する。
「はに!? はひするの!?(なに!?なにするの?!)」
スッとポンチョをまくり上げ、穴の開いたシャツからまだ乾ききっていない痛々しい傷口にハロナがすり鉢を近づけ……
「んんんんんんんんんっっ!!!!」
先ほどまで眠りを取り戻したかのように静かだった戦場跡に少女の絶叫がこだました。
悲痛な叫び声の後……しばらくすると、今度は姦しい怒鳴り声が朝もやを震わせる。
「何で前もって説明してくれないの!?」
「OK、エリクサーは自然治癒力を……」
「そういうことじゃない!」
カリンは顔を真っ赤にしてロイに詰め寄った。
銃撃により大きく引き裂かれたはずの右腕でロイの胸ぐらをつかみ上げ、ぐいっと引き寄せる。
怒りに任せて殴りかかっていないのが不思議な勢いだ。
「まぁ、少なくとももう問題はなさそうだな」
「おかげさまでね! 痛みで意識が飛びかけたんだけど!?」
「実際飛んでしまえば楽にはなる」
「そういう話じゃないよっ!」
更に食って掛かるカリンの手から逃れるために、ロイは彼女の腕に触れた。
傷口のあった場所を気にするように撫で、力を抜かせる。
「まぁ、『初めて』がウィッチの治療でよかったじゃないか」
ロイは苦笑いを浮かべ、ハロナの方をちらりと見た。
「ごめんね? でも、あの調合のエリクサーなら傷は残らないはずだから」
二人の様子を興味深そうに見ていたハロナが申し訳なさそうに肩を落としながら答える。
カリンはもう一度大きなため息をつき、眉を寄せたまま微笑みを形作った。
「……ううん、ハロナが悪いわけじゃないでしょ……」
諦めたように微笑むカリンの柔らかい声色に、ハロナも安心したように頷いた。
戦場跡を覆う朝の光が三人を照らす。崩れた瓦礫や焦げた草地の隙間から新しい芽が顔を覗かせている。
いずれ、塹壕は完全に風化して自然へと還り、歴史書以外から忘れ去られていくのかもしれない。
「引き上げよう。荷物を馬に」
声と共に大男が馬を引いて現れた。
その背後では、朽ちた塹壕の影が一瞬伸びたかと思うと、光に飲み込まれる。
「そういえば、あなたの名前は?」
カリンが振り返り、興味深そうに尋ねる。
「……悪意にのまれた霊魂絡みの仕事では名前を呼ぶ事を避ける」
「つまり、どういうこと?」
カリンが首をかしげると、ハロナが「兄さんは昔気質なの」と肩をすくめて笑った。
「外の人間には名乗らないってこと?」
「そういうことだ。ほら、撤収するぞ」
ロイがベッドロールを巻きながら、振り返る。
「わかった。もう聞かない」
カリンが少し微笑むと、大男は険しい顔のまま……いや、不器用に微笑みを形作って頷いた。
それが珍しい事はカリンの背後でハロナが目を丸くしていることからも明らかだった。
6-1からは週2投稿に切り替えたいと思います。




