5-6
「気を抜くな」
「え?」
カリンが再び女性の方向に顔を向けると……膝から力なく崩れ落ちた女性は地面に当たる直前、溶けるように霧に消えた。
だが、その背後の夜霧の中から白いドレスの女が現れ……
「嘘でしょ……」
ざっと見えるだけで数十人はいるだろうか?
異様な光景にカリンは息を詰めたまま、心臓が耳元で大きく脈打つ音を感じていた。
そうしているうちにも霧の中から現れる女たちは数を増していく。白いドレスの清楚さとは裏腹に、その動きには冷徹な統一感があった。
一様に柔和な微笑みを浮かべているはずなのに、その表情には奇妙な無機質さが漂う。
そうして、彼女たちは一斉に手にしたライフルをゆっくりと構え……。
「伏せろ!!」
誰かが叫ぶと同時に、連続した銃声が耳を裂き、ロイとカリンも湿った地面に身を投げ出した。
頭のすぐ側を銃弾が通過したとき特有の、空気を引き裂く高い音がいくつも通り過ぎた。
「全員、塹壕の中に!」
「俺たちはウィッチの安全を確保するまでが仕事だ!」
腹ばいになりながら大男が叫ぶ。
だがロイは帽子を押さえつけながら冷静に応じた。
「無茶だよ!」
「代わりにこいつを頼む!」
「わかった、祈祷師を任せる。 こい!」
「ちょっ!? わっ!」
身体全体を地面に押し付けるようにしていたカリンが叫ぶが、大男は気にせずロイに頷くと、射撃の一瞬の切れ間にカリンを抱えて塹壕に飛び込んだ。
「戦士を援護する!」
崩れかけた塹壕に文字通り転がり込み、底に溜まった泥水が全身にまとわりつく。
が、大男は気にせず立ち上がり、塹壕の淵から矢を放った。
「ぺっ、ぺっ! ロイは!?」
不快な泥を口の中から吐き出しながら、カリンも朽ちかけた梯子に足をかけ、真新しいシルバーのリボルバーを塹壕から突き出す。
「祈祷師と一緒だ!」
「それは結構!」
激しい銃撃の中、周囲にいた戦士たちも反撃を始め、夜霧に包まれた戦場跡はまるで記憶を取り戻したかのような騒音に包まれた。
「あぁもうっ、手ごたえがないっ! ゴーストってみんなこうなの!?」
「いや……まて、それは銀か?」
「え? ううん、.45コヴェルだけど……」
カリンが頭を下げてローディングゲートから薬莢を吐き出させるカリンの様子に、大男が驚いたように振り返った。
「ただの弾丸か? だが、お前の射撃は確かに……こい!」
呟きながら大男は先ほどから数発は確かに銃弾が命中しているはずの土壁に手を滑らせ、ハッと何かに気が付いたように顔を上げた。
かと思うと、大男は手にしていた弓を背負い、代わりにリピーターライフルを携えて塹壕の中を走り始める。
「どうしたの?!」
頭を下げて帽子を押さえながらカリンも冷たい泥をはね上げて後を追う。
「馬の戦士と合流しなければならん!」
「だからなんで!もうっ、ほんと、西部の男って……!」
銃声の嵐の下、暗い塹壕を二人は駆ける。
一歩がまるで沼地を走る様に重く、明りのない夜霧をかき分けながら進むのは深い海の底を泳いでいるようだった。
「こっちだ!」
いくつかの角を曲がり、声の方向に飛び込むと、ハロナを小脇に抱えたロイが塹壕の土壁によりかかって腰を下ろしていた。
「どうしたの、まさか……!」
「いや、大丈夫だ。大丈夫だ」
ロイが小脇に抱えていた少女の肩をやさしく何度か叩く。
近くで落ち着いてみると、カリンにも青い顔をしたハロナがぎゅうっとロイのシャツを握りしめ、浅い息を繰り返しているのがわかった。
「この子を任せても?」
「ああ、感謝する馬の戦士。 それと……」
ロイがまるで手を振る様に震えているハロナの指を解きながら、大男に受け渡す。
「まて……静かになった」
ロイが大男の言葉を手で遮り……三人は並んでゆっくりと塹壕の淵から顔をのぞかせる。
「精霊よ……」
「冗談でしょ……?」
夜霧の中、先住民の戦士達やロイたちの反撃を受けても一向に減らないどころか増えてさえいる女達が整然と左右に分かれ、隊列中央に何かを押し出してくる。
それは銃の何倍もある口を開け……
「クソッ、軽12ポンドだ!」
ズドン、と雷鳴のような衝撃音。 直後には激しい耳鳴りがカリンの聴覚を支配した。
再び不快な泥だまりに叩きつけられた全身が痛み、思わずカリンの口から呻き声が漏れる。
「つうぅ……」
身体がバラバラになりそうな痛みと衝撃に自然と涙があふれ、鼻血が泥と混ざって口元を濡らす。 が、そんな様子は飛ばされていた帽子をそっと被せられたことで隠された。
「立てるか?」
「げほっ……う、うんっ!」
帽子を持ち上げながら差し出された手とロイの顔を交互に確認し、カリンは頷いて泥水で鼻血をぬぐうと力強く握り返した。
「やはり、霊魂ではない」
ハロナを庇うように抱え込み、背中を向けていた大男がゆっくりと立ち上がり、ロイと共に周囲に視線を巡らせて頷いた。
よくみると大砲が直撃したはずの塹壕は朽ち果てた姿を維持している。
銃も砲も、確かに音はした。
けれど、何も壊れていないのだ。
ただ霧だけが、濃く、深く……
「奴らの銃も同じだ。そうして、そちらの冒険者が通常の銃を使っていたが奴らは当たって倒れたように見えた……」
「……やつらは実体があるのか? ゴーストじゃなく?」
「実体? まぁ、弾は当たってるみたいに見えるよ? 効いてないけど」
ロイが大柄のリボルバーを鞄に仕舞い、普段使いしている愛銃を取り出してホルスターに収めるのを見ながらカリンは首を傾げた。
そうこうしているうちにも砲撃の音は響き、それに呼応するように女たちが前進を始めたような足音が聞こえてくる。
「霊魂ではない以上は祈祷師では対処できない。戦士を纏めて退却する」
「いや、あの人数の歩兵隊に追撃されればどっちみちだ」
「精霊よ……」
頭上を飛び交う銃弾の風切り音を聞きながらロイは帽子を押さえてため息を吐き出し、大男が頭を抱える。
泥に浸かったブーツを犯す冷たさが骨に染み、全身が震える。
バラバラに逃げて塹壕をつたい、這ってでも森に入れば馬にたどり着けるかもしれない。
銃弾が頭上を飛び交う音に鼓膜が支配され、そんな計算が脳をよぎる中、カリンは怯える自身より年下の少女とホルスターに収めた自身の銃を交互に見た。
『立派な夢だ。自分以外の命に責任を負うなんて誰でもできることじゃない。少なくとも俺には……』
目の前にいる男の言葉が脳裏をよぎる。
ぎゅっと拳を握り、夜気を深く吸い込む。冷たい息とともに、胸の迷いを吐き出した。
「ロイ……」
目の前で続く戦闘と異常な夜霧、重苦しい男たちの空気と背後で喘ぐ少女の息遣いが、これからの自分に何を求めているのかを問いかけているようだった。
「つまり……あいつらをやっつけるしかないってこと?」
カリンの言葉にその場の全員が顔を上げ……
表情を見たロイが珍しく驚いたような顔をしたかと思うと、これもめったに見せない優しい微笑みを浮かべて見せた。
「ああ、そうだ」
カリンは笑顔と言葉に背中を押されるように、再び自分の拳を握り直した。
フロンティアの冷たい夜風に晒されているのに頬が熱くなるが、戦闘の興奮だと思うことにした。
「ああいうのを相手にする時ってどうやったら勝ちなの?」
「ああいう戦い方は基本的に数が減りすぎたり、ビビッて隊列が崩れたら負けだ」
ロイがリボルバーを引き抜いて、湿った土壁に寄りかかりながら答える。
「そっちは戦士をまとめてウィッチを守ってくれ。 最悪、日の出まで耐えれば痛みわけだ」
ロイが大男に振り返って言うと、大男も頷いてハロナを抱え上げる。
「ああ、だが、どうする気だ?」
「昔気質のやり方で行く。塹壕戦だ」
「こういう戦いしたことあるの?」
「……ピッグスパークで反乱軍のデカい要塞を相手取った」
ロイはリボルバーを縦に折り曲げ、弾の状態を確認しながら「二か月はかかった」と呟くと、勢いよく閉じて顔を上げた。
「やるぞ」




