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5-4

「それで、急いで着いたと思ったら待ってるだけ?」


 正午前に集落を出立した一行は、目的地である内戦の跡地に到着した。

 砂埃にまみれた馬から下りると、しばし無言で夕陽を見上げた。

 二十年近い時を越えてなお、あたりには腐臭のする塹壕線が横たわっている。


「ああ、獲物が現れるのは深夜だ」


「そうなんだ……でも、こうしてるとどっちが獲物なんだか」


 命からがら塹壕に逃げ込んだまま息絶えたのだろう。恐怖に見開かれた行商人の死体の目を閉じてやりながらカリンが呟いた。


「見つけた遺体には土をかけてやれ」

「埋葬するなら埋めてあげた方が良くない?」

「臭いがマシになる」


 その答えにカリンは目を顰める。 が、抗議を口にする前に元気な声が割り込んできた。


「あっ、ロイ!」

「わっ、ちょっと、危ないよ!?」


 よっ。っと、大胆に大人の肩ほども高さのある平行壕に飛び込んできたハロナをカリンが受け止める。


「ロイ! 兄さんが探して来いって」

「わかった」


 ロイは慣れた調子で崩れやすい塹壕をよじ登り、振り返りもせずにどこかに歩き去っていく。

 カリンはそんな背中に小さくため息をついて、腕の中の少女と向きなおった。


「ねぇ、カリン」

「何?」

「さっき、ロイに怒ってたでしょ? あれって私のせい?」


 年下の少女から浴びせられた直球の質問に、カリンは言葉に詰まる。


「ごめんね? 別に、あなたのせいじゃないよ。ただ……」


 カリンは言いかけて、少し間を置いた。


「ロイとあなたみたいな子とあんまり距離が近いとちょっと、ね」

「それって、私が『先住民』だから?」 


 ハロナが少し挑戦的な目で問い返した。

 くりくりとした大きな瞳に見据えられ、カリンは胸の奥に冷たい痛みを覚えた。

 一瞬、口ごもり……それから、強く首を振った。


「ううん、違うよ。私は南の出身だから小さい女の子と大人の男の距離があんまり近いのは……ロイは何か言ってた?」

「うん、古風だって」

「ふふっ、ロイらしい」


 微笑みながらカリンは行商人の死体から離れた位置の湿った土壁に寄りかかり足をかける場所を探す。


「それじゃ、私たちも……どうしたの?」


 塹壕をよじ登るのに手を貸そうとカリンが振り返ると、ハロナは遺体の側にしゃがみこんでいた。

 遺体に手をかざし、カリンには理解できない言葉で何事か遺体に語り掛けた。

 少女の小さな声が塹壕に響いた瞬間、周囲の空気がひやりと変わった。

 風も虫の声も、しんと息を潜める。

 ただ一つ、遺体の輪郭だけが光を帯び……そして、風に崩れ落ちるように霧散した。


「すごい……何をしたの?」

「『魂』。あー、そう。霊魂が恐怖に縛られて留まっていたから『偉大なる精霊』の元に返したんだよ」


 カリンが問いかけると、ハロナはゆっくりと立ち上がり微笑んだ。


「それが、ウィッチの力?」

「うん、ギルドの人たちはそう呼んでるね」


 そう言うとハロナは湿った塹壕の土を蹴ってカリンに駆け寄った。


「カリンは冒険は楽しい?」

「楽しい、のかな? 少なくとも退屈はしないよ?」

「そう、なんだ。 それって……」


 何とも言えない表情で微笑んだカリンをハロナはじーっと見上げ、すぐにその背後に向かって微笑んだ。

 カリンがつられて振り返ると、ロイが塹壕の上に姿を見せていた。


「そろそろウィッチの準備を始めるぞ」


 二人はロイが塹壕の上から差し出した手を握り返し、力強く引っ張り上げられたのだった。

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