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「そんじゃ……ロイ。ちょうど昼時だ、飯でも食って来いよ」
「あっ、ロイ!」
カリンが店から出ていく背中へ声をかけたが、ロイは一瞬立ち止まり肩をすくめただけですぐに扉を開けて出て行ってしまった。
「心配しなくても3時10分。約束の時間まではあいつも動けないさ。来な」
銃の収められた箱を持ちあげたリリーに促され、カリンは何が何だか。という顔でその背中に続く。
「爺ちゃん、裏にいるよ」
カウンターに座った老人が了解とばかりに手をふり、置かれていた新聞を開いた。
リリーに促されてカウンター裏の扉をくぐると、まずはガンオイルと硝煙の強い臭いに面食らった。
「はっはっはっ! 落ち着く香りだろう? 街の香炉じゃこうはいかないね」
カリンの様子に豪快に笑いながらリリーは整理された作業机に持ってきた木箱を置く。
明り取りの天窓の明かりに周囲を見渡してみれば、そこは工房と室内射撃場が一体化したようなそれなりに広々とした部屋だった。
「さて、まずは手を出しな」
「え?はい」
「違う違う、私が押し込み強盗に見えるか? 上を向けて指を開きな」
カリンが言われた通り両手を上げて見せるが、リリーは面倒くさそうに手を胸の前に掲げ、指をぐーぱーと動かして見せた
「こう?」
「上等」
真似をしたカリンに頷き……リリーはふんわりとその手を取った。
「へっ?」
「華奢。だけど歳の割にしっかりしてるね、早撃ちの手だ」
ぶつぶつと呟きながら手をペタペタと触るリリーに、困惑しながらカリンは首をかしげる。
「あ、あの……わぷっ!」
「失礼するよ」
腕を引かれ、つんのめる様にリリーの豊満な懐に飛び込んでしまう。
「ちょっ! え、えっ、な、何!? 急に…!」
「いちいち動くんじゃないよ」
「ひゅっ!?」
わたわたと起き上がろうとするカリンを抱きしめるようにしながら、リリーが耳元でささやいた。
「……!」
そのままリリーの腕が腰に回され抱きしめられる。
カリンは思わず身を固くして目を閉じ……すぐにリリーの体温が離れた。
「いきなり何するの!?」
「なに? ……ああ、私にそっちの趣味はないぜ?」
解放されるなり、両手で身体をかばい顔を赤くしたカリンに、作業机に向き直ったリリーが何もなかったかのように言った。
「あとは、その辺に座ってな。表から適当な銃を持ってきて試し撃ちしててもいいぜ? 銃声が鳴ってた方が集中できる」
リリーの言葉にカリンはポカンとしていたが、すぐにため息をつくとシューティングレンジのカウンターによっ、と飛び乗って腰かけた。
しばらくして……
「どう、似合う?」
「ああ」
駅に着くまで、いや、着いてから汽車に乗っても何度も繰り返されたやり取り。
本を開いたまま気のない返事をするロイに、それでも嬉しそうにカリンは新品のガンベルトをポンチョの下からちらつかせる。
「ふふっ、ありがとう」
「ああ」
ロイは相変わらずの生返事だが、カリンはリリーが別れ際に言っていたことを思い出していた。
『冒険心溢れるガキも、そいつらの死体も珍しい話じゃない。だけど旧大陸のお貴族さまとくりゃ話は別だろ?』
「旧大陸の貴族って皆ああなの?」
カリンはこの列車に乗り込む前、寝台車に乗り込む自身と同年齢くらいの少女を思い出していた。
「ごきげんよう。シャーロット・ウィンストレーと申します」
シャーロットはつややかなブロンドを揺らし、真っ白なレースのドレスをひらひらと揺らしながら近づいてきた。瞳は冷徹で、でもどこか上品さを感じさせる笑顔を浮かべていた。カリンに手を差し出すその仕草も、どこか作られたように感じて、カリンは思わずその手を取るのをためらった。
その後背後で柔和な笑みを浮かべていたメイドの女性、エミリーと挨拶を交わしている間も、彼女の関心はロイに向けられていたのをありありと感じた。
カリンのことは正に眼中にないという感じでロイに……
正直、口も手も出さなかったのはカリンにとって自分を褒めてやりたい忍耐力が発揮されたといえるだろう。
「ああ」
気にせず本を読み続けていたロイだったが、カリンの手のひらが本と視界の間に差し込まれると観念したように本を閉じた
「なんだ」
「……ありがと」
不機嫌そうに顔を上げたロイだったが、カリンの柔らかい笑顔に迎えられ……小さくため息をつくと、今度は寝るために帽子を下げた。
「ちょっと、人がせっかくお礼を言ってるのに!」
頬を膨らませ……すぐに満足そうに微笑んでから、カリンは満足そうに座席に座りなおすとロイの膝の上に置かれていた本を手に取ってページをめくる。
「……無理はするな」
「うん、大丈夫。ありがとう」
返事を聞くと、帽子を深くかぶり、微かに息を整えるようにして……やがて静かな寝息に変わった。
車窓から広がる深い森は、まるで時が止まったかのように静まり返っていた。
カリンはその景色に見入っていたが、やがて静かな寝息に包まれるロイを見て、ふと心が温かくなった。彼の隣で、こんな穏やかな時間が流れることに、少しだけ幸せを感じていた。




