3-7
周囲のざわめきと、手元から響いた銃声の残響が、今も耳の奥にこびりついていた。
極寒の中、数時間も放り出されたかのように震える自分の手を、カリンはただ見つめた。
「行かなきゃ……」
連結部から続く銃声に、ハッと意識を引き戻す。
カリンは固いシートをつたって、よろよろと立ち上がった。
「大丈夫か? 撃たれたのか?」
後部の扉を開いた瞬間、警戒していたゲイリーに呼び止められる。
カリンは力なく首を振った。
ガラスに映る自分の顔は、青ざめ、唇も血の気を失って、まるで亡霊だった。
「ラッキーは?」
「さっき上に! あがるなら貨物車から行け! 上は銃撃戦中だ気を付けろ」
「ありが……きゃっ!」
頷き、連結部を乗り越えたその瞬間……列車が急に大きく揺れ、カリンは貨物車の中に転がり込んだ。
硬い床に肩を打ちつけ、息を呑む。
「いった……っ!」
薄暗がりの中、視界に映ったのはまるで本棚のお気に入りの本を探すかのように楽し気に書類棚に指を滑らせる紫色のドレス姿の女の姿があった。
「あら? カリンさん!」
「嬢ちゃん! 大丈っ……!」
ゲイリーが続いて飛び込んできた。
が、その瞬間、リッチの脇に立つ男が目にも止まらない速度で銃を抜いた。
狭い貨車内に反響される銃声。
ゲイリーが、何かを言う間もなく倒れた。
「ゲイリー!?」
カリンは思わず手を伸ばす。
だが、すんでのところで銃弾が指先をかすめ、床をはじいた。
硝煙の臭いが鼻を刺す。
「ボス、そろそろです」
「ええ、わかりました」
男のリボルバーから上がる硝煙を見やり、リッチは小さく頷く。
そして、カリンに向き直った。
「そのまま大人しくしていてね? それにしても素晴らしい勇気と機転です、カリンさん。わたくしの雇ったガンマン達には目もくれず、あなただけは私を追ってきましたもの」
だんだんと静かになっていく銃声のなか、リッチの良く通る声と拍手が貨車に響く。
「それにあの早撃ち、お見事でした。あなたさえよければワイルドバーンに……」
「耳を貸すんじゃないよ!」
光が差し込む扉から銃声が響き、弾丸がリッチの耳のすぐそばをかすめる。
すかさずリッチは隣の男のホルスターから銃を抜き、光に向かって乱射した。
「まったく、まったく、まったく!! 相変わらずタイミングの悪い!」
苛立ち交じりの叫び。
カンッ、カンッと弾丸が鉄板に跳ね返る。
「わたし。これまで人を殺したことがないことを自慢にしていましたけれど……あなたを最初にしてさしあげてもいいんですよ!?」
バンッバンッとスムーズに続けざまに発砲し、ラッキーに頭を出させない。
「ところで、カリンさん」
銃を抜いて機会を伺っていたカリンは、カリンは身体を強張らせた。
「先ほどご一緒したときに男性の匂いを感じましたけれど……その方、セックスはお上手?」
「……は?」
一瞬、何を言われたのか理解できず、カリンは間抜けな声を漏らした。
リッチは楽しそうに銃を乱射しながら、金庫の陰に隠れるカリンに微笑みかける。
「大事なことですよ、カリンさん。わたくしがこの道に入ったのはまだローティーンの頃でしたけれど……マイク・キャンディというロクデナシに出会い……『すべて』を教わったんですから」
リッチは銃を乱射しながら懐かしむような眼でカリンの隠れている金庫に微笑みかけた。
「でも、わたくしはそのロクデナシの名前を貰いこうして立っています。そういう意味で……セックスが上手いというのは重要なことですよ?」
言いながら、リッチは弾が切れた銃を隣の男に投げ渡して新しい銃を受け取り、またドアに向かって撃った。
その時だった。 奥の扉が開き、聞きなれた銃声が飛び込んできた。
「ロイ!」
リッチと男が同時に反対の敵に銃を向け、ロイとラッキーもまた即座に反応する。
一瞬、車内の空気が凍りつく。
今にも破裂しそうな膠着、それを破ったのはゆっくりと立ち上がったカリンだった。
静かにリッチに、大口径の銃口を向ける。
「形勢逆転さね、リッチ」
「そのようですね」
ラッキーの引き金に力がかかると、リッチは静かに銃をおろした。
それでも、微笑みだけは崩さない。
「でも、残念。せっかく新しいお友達を招待できると思ったのですけれど」
「友達なら保安官事務所か地獄で作りな。次の駅でアンタは縛り首さ」
そういってからロイに合図を送り、ゆっくりと近づくロイとラッキーの二人にリッチはあの張り付けたような優しい笑みを浮かべて見せた。
「あら、それも残念。わたしたちはここで失礼させていただきます」
瞬間、男が貨物用ドアを支えていた器具を蹴り飛ばし、吹き込む暴風と朝日に三人の目が眩む。
「待て!」
ラッキーが叫ぶ。
三方向からほぼ同時に銃声が轟いた。
だが……目が慣れた時には、リッチの姿も、男の姿も、そこにはなかった。
「リッチ!」
側面の開口部からラッキーが身を乗り出して銃を構える。が、汽車は小さな橋を渡り終え、これから再び森にかかろうとしているところだった。
「逃がした、か」
ラッキーが悔しげに言い、ロイは帽子を深くかぶり直した。
カリンは力が抜けたように、その場にへたり込んだ。
胸に手を当てても、鼓動の早さは収まらず、ただ、冷たい鉄の床だけが、彼女の体温を奪っていった。




