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「わあ……!」
顔を貼り付けるようにして、カリンが感嘆の声を上げた。
「私、汽車って初めて!」
隣に座るロイに振り返り楽しそうに声をかける。
が、ロイは答えず、本来ならすし詰めのはずの移民客車にギルドによってこしらえられたボックス席の固いシートに深く腰掛けたまま手にしていた本のページをめくる。
「なに読んでるの?」
つまらなそうに形の良い唇を尖らせた後、カリンは再び窓の外を眺めながら呟いた。
「読んでみるか?」
「え?」
意外な一言にカリンが振り返ると、読み込まれ、年期を感じる日焼けした本が差し出された。
「黒馬……物語?」
「旧大陸のアンナ・シュウエルが書いた本だ。字は読めるだろう?」
「うん。どういう話なの?」
「馬の話だ」
パラパラとページをめくるカリンに、ロイは短く答えた
「馬?」
「ああ、馬が経験する苦難や親切な人々との出会いと別れを感傷的に書いてる。労働者階級や動物に対する扱いに対する抗議のような内容だな」
ふーん……と、呟きながらカリンは冒頭の行に指を当て、内容に目を通していく。
しばらく定期的に線路の継ぎ目で跳ね上がる列車の揺れと、動力車が景気よく蒸気を吐き出す音。そして、ページをめくる静かな音だけが二人のいるブースを支配していた。
「ねぇ」
「ラッキーのことは気にするな」
カリンがページから顔を上げずに言葉を続ける前に、アイマスクの様に帽子で顔を覆ったロイが答えた。
「でも……」
「……あいつは元逃亡奴隷だ。大方お前の南部訛りに過剰反応したんだろう」
「だからって今は自由人でしょ? それに解放だって私が生まれる前に……」
カリンは抗議するように顔を上げるが、ロイは相変わらず帽子で顔を隠したまま小さくため息をついた。
「世界はお前が生まれた瞬間に生まれたわけじゃない」
ロイの冷静な言葉に、カリンは少し気まずそうに黙り込んだ。
沈黙の中、列車の窓から流れる景色が次第に荒野から森へと変わっていく。
カリンはそんな風景に目を向け、昔、自分が想像していた冒険の世界とは少し違う現実を感じ始めていた。
やがて、静けさが戻り、再び本のページをめくる音が響く。
が、カリンは再び顔を上げ、まだ帽子で顔を覆っているロイにおずおずと尋ねた。
「……ラッキーさん、私が嫌いなのかな?」
ロイは少し帽子をあげ、彼女に視線を向けた。
「出会ったばかりで好きも嫌いもない。ただ、ああいう手合いは人を頼りにしても信用はしないだけだ。それに……」
言葉を選ぶようにロイが言葉を止める。が、カリンが考え込むように俯いたのを見て再びため息をついて帽子のつばを降ろした。
窓の外を眺めるカリンは自分の訛りが引き起こす反応について、普段はさほど意識していなかった。
だが、確かに故郷を出発してから、時折り奇妙な視線を感じることがあったのも事実で……しばらく考えてからカリンはヨシっと頷いた。
「だったら私も気にしない! 冒険者なら冒険者らしく行動で信用してもらわないと!」
そう宣言してロイに視線を向けると、心なしかいつも険しい顔をしている彼の口角が上がったように見えた。
「あとそうだ! リッチって何者なの?」
カリンが本を座席に置いて再びロイに声をかけると、彼はついに寝ることを諦めたように帽子をかぶりなおした。
「リッチ・キャンディ。強盗全般が専門の賞金首で自前のギャング団も持ってる。要するに……公共の敵だ」
「でも、ギルドの定期便を襲おうなんて……どこにいたってギルドと連邦保安官に追いかけまわされて、フロンティアどころか新大陸じゃそんな仕事もできなくなるんじゃない?」
ロイはカリン越しに広い世界の広がる窓の外を見ながら答えた。
「南から国境でも超えられれば手の長いギルドとはいえ……難しいだろうな」
その後は、いい加減寝てろ。とロイが会話を終わらせ……読書に戻ったカリンもいつの間にか寝入っていた。
汽車は1~2回駅での停車を挟んだが、それ以外は何事もなく線路を進み、夜には深い森を抜け、朝日が再び顔をのぞかせる頃には再び荒野を走っていた。
「お二人さん、起きな」
「どうした?」
ボックス席の扉が開かれ、ロイが野外向けのベッドロールから体を起こす。
「駅ぃ?」
同じくベッドロールから身を起こし、何時のまにかかけられていたロイのダスターコートを握りながら顔をこするカリンが汽車が止まっている事に気が付いた。
「いんや、停車駅まではまだ数時間はかかる。線路上に障害物だとさ」
気楽そうに扉によりかかりながらラッキーが答える。
だが、言葉の雰囲気とは裏腹に笑顔のないその顔は注意深く窓の外に向けられていた。
「例の連中は?」
「ケツのプルマンだよ、王国のライフルもって屋根にいる。アタシらは障害物を退けなきゃならないわけだ」
「見てこよう」
ロイが立ち上がり、手早くガンベルトを巻きなおす。
そうして、刺さっているリボルバーを引き抜くと、綺麗に二つ折りして銃弾の状態を確認し、抜かれていた一発を装填すると閉じて、荷物からレバーアクションライフルを肩に背負った。
「わ、私も!」
「待ちな」
ガンベルトを巻こうとしたカリンを、ラッキーが制止した。
「うちのチームから中尉に二人つける。お嬢ちゃんはアタシらとお留守番さ」
「でも……」
「俺たちの仕事は貨物車を守ることだ。仕事をしていろ、すぐに戻る」
そう言ってカリンからダスターコートを受け取ると、ロイは愛用の帽子を被り通路を走り去った。
「そういうこったね、エルマーナ。準備を済ませて後部の貨車に来な。配置を教えてやる」
「うん、ありがとう。ラッキー」
ロイの背中を名残惜しそうに見送ったカリンへラッキーが声をかけ、カリンは振り返ると微笑んで答えた。
ラッキーは少し面食らったようにしていたが、すぐに思い直したように背中を向けて仲間の守る貨車へ向かって通路を歩き出し……ふと思い出したように振り返った。
「それと、朝方は冷えるからね。風邪ひくような格好でくるんじゃないよ、カリン!」




