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「おっと、よく気が付かれましたな」
「生まれてからずっと母と小さな牧場をやってたの。もっとも、母さんが亡くなった時に牧場の権利は父の従弟に移っちゃったけど」
カリンがなんと無しに言った言葉に、じいさんは「なんと……」と小さく呻いた。
「なんとも合点がいきました。それで冒険者ギルドに」
「ええ……もうっ、ここからじゃ暗くて何も見えない!」
時折、パチッと生乾きの薪を爆ぜさせる焚火の明りは周囲数ヤードを照らしているが、それより外は星と月の輝きが僅かばかりの明りを提供するだけ。
曇りガラスのようなレンズの双眼鏡では、1000フィートは離れているロイのランタンが頼りなく照らす周囲がかろうじて判別できる程度だった。
「ロイも手帳をしまった。気づいてるみたいだけど……どうして動かないの?」
「誘っておいでです。ウェンディゴ狩りの基本ですよ」
二人はじっ。と、微動だにせず星空の下で静寂に耳を澄まし、暗闇に目を凝らす。
風が草や木々を撫でる音、遠くのフクロウの鳴き声、そして、カリンが双眼鏡越しにじっと見つめる彼方のロイのシルエット……
しばらくすると、彼方のロイはおもむろに立ち上がって馬の鞍にランタンを取り付けると、鐙に足をかけ軽々と馬の背に飛び乗った。
「そうだよ。早く、早く逃げて」
「逃げる?」
遠くの暗闇から聞こえ始めた無数の唸り声に冷や汗を流しながらカリンがつぶやくが、老人はおかしそうに答えた。
「これからですよ」
ハァっ!とカリン達にまで聞こえるような気迫でロイが怯える馬に拍車をかけると、馬は暗闇に向かって疾走を始める。
二人の視線がロイを追い、カリンの手に脂汗がにじむ。
暗闇の中、狼の群れは逃げずに突っ込んできた獲物に面食らったように一瞬静かになった。 が、すぐにけたたましい吠え声と共に暗闇からランタンの明りの中へ躍り出た。
「っ! 凄い……」
飛び掛かる狼の群れの中を、林の木々でも避けているかのように縫うように疾走するロイと愛馬の姿に、一瞬惨劇に身構えたカリンが感嘆の声を上げた。
「何か持ってる? ポーション?」
狼の群れを突っ切りながら、ロイが手にした何かを鞍のランタンに近づけると、彼の手の中が明るく光を放ち……
手にした何かを、大きな人型の姿とすれ違いざまに力の限り叩きつけた。
途端に、大きな炎が周囲の枯草ごと人影のシルエットを燃え上がらせ、炎のシルエットは自身についた何かを振り払うように大きく手を振るう。
だが……
思わず見入っていたカリンの鼓膜をつんざくような轟音が隣で鳴り響き、次いでシルエットはビクッと身体を硬直させたかと思うと……すぐに力なく周囲の炎の中に倒れ込んで動かなくなった。
「火炎瓶……!?」
燃えるに任せていた油が枯草と共に燃え上がるのを遠く眺めながら、カリンは予期せぬタイミングで響いた銃声に耳鳴りする片耳を抑えながらつぶやいた。
「これが、ウィンディゴ狩りですよ、お嬢さん。この後は統率を欠いた狼が逃げるのを見送れば終了です」
「……ねぇ、その狼だけど……」
得意げに黒色火薬特有の濃い煙を払うじいさんに、カリンが双眼鏡を覗いたまま叫んだ。
「こっちに来てる!」
「なんと、そりゃいかん!」
そう叫ぶなり側に置いていたショットガンを手に立ち上がるカリンに続き、じいさんも慌てて相棒を放り出し、同じようにレバーアクションライフルを取り出して初弾を薬室に送り込むと素早く発砲した。
「何頭ですかな!?」
「暗くてわからないっ! 少なくとも一匹や二匹じゃないよ!?」
レバーアクションライフルの銃声が鳴るたびにキャンキャンという悲痛な悲鳴と、草原に重量物が倒れ伏す音が暗闇から聞こえる。
だが、恐慌状態に陥った狼たちは血路を開かんとばかりに高台に向かって疾走してくる。
カリンも焚火から燃えている薪を一本ぬきだして狼の来る方向に放る。が、薪一本の小さな火では視界はまったく広がらない。
「これではキリが……! うおっ!」
じいさんは軽快な動作で薬室から薬莢を弾き出し、明りの中に姿を現した最後の狼に引き金を引くが……弾が出ない。
ズドンッ
ついに活路を得たとばかりに、背中から血を流した狼がじいさんに躍りかかる。が、牙がその鍛え上げられた老人の腕に届くという寸前。
空中で横から殴られたような恰好で狼の軌道が逸れ、焚火の中へ薪を巻き散らすように飛び込み、しばらく悶えた後に息絶えた。
「いやはや……助かりました。流石、良い腕をお持ちですな」
じいさんは咄嗟に急所を庇っていた腕を下しながら、消炎を燻らせるダブルバレルショットガンを構えたカリンにホッとしたように微笑んだ。
瞬間、生草を踏む重い足音と獣の荒い吐息に同時に銃口を向け……
「終わりだ。日の出を待って死体を回収しよう」
馬を引きながら暗闇から現れたロイの姿に、二人は顔を見合わせて銃を降ろした。




