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第六話 無理難題

 勇者一行の荷物持ち第六話を掲載させて頂きました。


「ふぅ…」


 少し髭を蓄えた男は、あらかた目を通し終えた書類を机の端に置き目頭をつまむ。最近、小さい文字を見続けると目の奥が重たくなってくる。もう若く無いなと自らの加齢に辟易としてくる。


 その様子を見計らったのように、彼の手元に淹れたての紅茶が置かれた。白い陶器に華美ではないが金の模様が彩られ慎ましいバラの柄が入ったカップが一層紅茶の色を際立たせていた。


「アンナか。ありがとう。」


「旦那様。今日はもうお休みになられては?朝から講談と会議に立て続けです。それに部屋に戻られたらすぐに明日の会議資料まで。私は旦那様のお身体が心配です。」


 アンナと呼ばれるメイド服を着た女性は心配そうに言った。

 だが、彼はそんな言葉を意に介さず、アンナの淹れた紅茶を手に取りその香りを楽しむ。淹れたての紅茶の湯気が、鼻の奥に広がり優しい茶葉の香りが鼻腔をくすぐる。

 先程まで重たかった目頭も香りと共にやわらいでいくきがする。その香りの奥に微かに爽やかな果実の刺激が踊っている。


「これは、ピィレの実か?」


「はい。朝市で質の良い実が手に入りましたので皮を少々すりおろして入れております。」


 ピィレの実は彼が幼い時からの好物で食事によく出され、特に業務が嵩んだ時や疲れた時にはよく口にしている。彼女もまたそれをよく知っていたため、主人の好みに合わせお茶請けに出すこともあった。


 よくできたメイドだと思いながらアンナの淹れた紅茶を口にする。香りもさることながら、味も一級品に近い。口当たりも良く雑味がない。また、香り以上に紅茶と果実のほのかな甘酸っぱさが混ざり合っている。


「やはり、アンナの淹れたお茶がどこよりもうまいな。疲れも取れる。」


「もったいないお言葉でございます。」


 アンナの腕に感心しつつ気分転換に外の景色を眺めた。すでに日は落ち始め、暮れの薄暗さが空にに差し色のように広がり始めている。

 街の方では、ダンジョン帰りの冒険者たちが一足早く飲み始めているところもあり昼とは違う活気を見せている。


「旦那様、明日はナツエ村の…」


 アンナが話した言葉に釣られ、先ほどの書類に目を戻す。


「そうだな…色々と準備は掛かったが後はアルマが明日納品すればうまくいくさ。」


 彼はエーデルハルト伯爵。ナツエ村周辺を収める領主である。明日はアルマが回復薬を納品した後、彼とフルード王国の大臣たちとこれからの回復薬の生産などについて会議を行う予定だ。

 最初は準備に追われて大変だったが、今となってしまえば後は納品するだけ、と一安心…するには少し不安が残っていた。


「あの髭ダルマめ…」


 そう言うと忌々しそうにちょび髭を生やしたハゲ侯爵を思い浮かべる。

 なぜそうまで恨んでいるかと言うと、今回の発注はその男が発端となっていた。


 約2ヶ月前。王都から騎士団数名とハゲ侯爵が彼の邸宅のあるナツエ村へと訪れてきた。


「ご機嫌よう、エルハルト伯爵。」


「エールハルトでございます。バルト侯爵殿。本日は如何さられたのですか?」


 人を小馬鹿にしたような口調でハゲことバルト侯爵は挨拶をする。挨拶をする。エールハルト自身この男のことが心底嫌いだった。


 金にがめつくそれでいて周りの人に偉そうな態度をとる。他人の弱みを握ることで周りのものを蹴落とし、彼の策謀にかかり何人もの権力者たちが蹴落とされていった。彼が侯爵の地位につけたのもそれが一因であった。

 エールハルト自身、そういった内々の面倒臭いことが苦手なため、父から譲り受けたこの土地を守るために伯爵の地位に落ち着き、地方のナツエ村で過ごしているのである。 


 ハゲ侯爵が何の理由もなしにこんな地方の村に来る予定などもないはずだがと思いつつ彼を出迎える。


「今日は辺境の伯爵殿にとても良い仕事を任せようと思ってね。」


 そう言うと、ハゲ侯爵は後ろの騎士長に何かを持って来させる。王家の紋章が刻印された蜜蝋で封をされた書状だった。


「これは、一体?」


 エールハルトは訝しげに書状を見つつ侯爵に尋ねる。


「陛下はこの村の薬の品質を大変気に入ったようでな回復薬の買い付けをお申し付けになったのだよ。光栄なことと思いなさい。」


「回復薬ならギルドに納品していますが…なぜ急に?」

 

 ナツエ村はすでに王都のギルドに回復薬は納品している。先週にその納品を行なっていたため回復薬が不足することはほとんどあり得なかった。


「最近の議会で決まったのですよ。『勇者』様たちが円滑にクエストを行えるように優先的に支援するようにね。ああ。そもそもこんな田舎に篭っていらっしゃるので中央のことなど分かりませんか。」


 バルト侯爵がそう言うと周りの従者たちもクスクスと笑い出す。その状況に苛立ちを覚えながらエールハルトは書状の封を開ける。乱雑に広げながら中身を確認する。


「なっ…」


 書状の内容に手を振るわせながら何度も確認するように上から下へと瞳が移ろっていく。

 

 内容は、回復薬上級50本・中級250本・初級900本。合計1200本と解毒薬などポーション200本を王都に納品せよとのことだった。


「2ヶ月後だと??」


 驚きのあまり書状を破きそうになる。中級、初級はまだいいが、あまりにも時間がかかる上級回復薬を50本も納品しろと書かれていた。


「上級回復薬が生成できるのに何日かかるとお思いですか!?」


 声を荒げながらハゲ侯爵に詰め寄る。バルト自身どこかで虫が鳴いているような表情をしながら言った。


「そんなの知らんよ。」


「最低3日ですよ!2ヶ月なんて20本そこらだ!到底間に合うわけがない!」


 怒鳴りながらエールハルトはほとんど掴み掛かりそうな勢いでバルトに書状を突き返そうとする。

 しかし、それを阻むようにバルトの私兵たちが剣や槍を抜きエールハルトにその切先を向け威嚇する。


「おやおや、よろしいのですか?陛下の命令に逆らおうと言うのなら国賊と見做して、ここで兵に刺されても文句は言えませんよ?」


 半ば脅迫じみた事を言われ、エールハルトは握りしめた手を留まらせる。普通の商人や商談なら軽くあしらうこともできるが、相手がバルト侯爵のため下手なことはできなかった。

 その上、王の書状持ちとなれば尚のこと突き返すなど馬鹿な真似はできない。


 苦虫を潰した様な顔で睨みつける。しかし、バルト侯爵は今のエールハルトの状況を楽しんでいるようにせせら笑う。


「せめて、期間を延してはいただけませんか?先ほども申した通り、上級回復薬の生産が間に合わないのです。」


 そう苦しそうに言うエールハルトを嘲るようにバルト侯爵は髭を撫でながら勿体ぶりながら話す。


「そうですか。私も王と同じ様にあなたに期待していたんですよ。近隣諸国の中で唯一薬草の栽培に成功し回復薬の安定量産に漕ぎ着けたその功績をね。」


 バルト侯爵はわざとらしくため息をつきながら話す。エールハルトが断れない事を確信すると騎士たちの剣を下げさせた。


「わかりました。でしたら私から陛下にその様に打診しておきましょう。まあ、エールハルト殿の評価はどうなるか…。」


 悔しいが、今はコイツの言う事を聞くしかない。領地を、彼らを守るためにはこれが最善の手段だと考えていた。


「さっきから聞いていればベラベラと…旦那様を愚弄するなら誰であろうと許しませんよ!」


 話を大人しく聞いていたアンナが横槍を入れる様に庭の方から叫んでいる。もうすでに彼女の我慢の限界だった。持っていた枝切り鋏を振り翳し、バルト侯爵に襲い掛かろうとする。が、それを羽交い締めにして他のメイドたち数人がかりで止めている。


「止めないでください!旦那様がここまで馬鹿にされているのは我慢なりません!!」


 後にも先にもここまで怒るのは今日だけだけだろうなとエールハルトは思った。 

 しかし、自分以上に怒っている人を見ると当人は冷静になると言われているがどうやら本当の様である。


 騒ぎ散らかすアンナを横目にエールハルトは気持ちを落ち着かせる。

 

「従者の躾もなっとらん伯爵などたかが知れておるな」


 前言撤回だ。やっぱりこいつ気に入らん。収まりかけた怒りがまた再燃しそうになる。


「申し訳ありません。私たちで厳しく指導いたしますのでここはどうか。」


 バルト侯爵は田舎者がと言いたげに蔑んだ目でエールハルトたちを見下げる。

 気を取りなおす様に咳払いをしてエールハルトの持つ書状を指さす。


「では、そちらの言い分は私から陛下へ伝えておきましょう。受領したのですから責任を持って準備しておきなさい。それと、今日のことは特別に不問としておきましょう。」


 バルト侯爵は笑いながら騎士たちを引き連れ馬車に乗り帰っていく。エールハルトは遠のいていく馬車に舌打ちをしつつ手に持っていた書状を強く握り潰す。


「こうしてはいられん。」


 そう呟くと涙目になってへたり込むアンナの肩に手を置く。顔を上げると先ほどとは打って変わり優しく笑うエールハルトの顔があった。


「旦那様…私は…」


 瞳を涙でウルウルとさせているアンナを宥める。冷静になれたのもある意味アンナのお陰だ。


「大丈夫だ。お前のお陰で冷静になれた。」


 しかし、問題は解決していない。期間が延びるかどうかもわからない。むしろ、奴の狙いはこれかも知れない。


「早馬を用意しろ!」


 そう使用人たちに命令を下す。エールハルトの命に使用人たちがバタバタと動き出す。


「ナツエ村に行く。」


 使用人たちは手際よく準備を進めていく。数分ともせずに馬が用意されエールハルトは跨る。

 もう一度、あの青年に村を救ってもらわなければならない。

 村だけではなくエールハルト自身の領地を守ってもらうために。

 もう少しだけこの話は続きます。


『回復薬』 薬草の成分を抽出して作られます。濃度ごとに5〜15%未満までが初級回復薬、15〜25%未満までが中級回復薬、25〜50%が高級回復薬としています。

 濃度が上がればそれに応じて回復効果も高くなっていきますが、それに伴い同じように中毒症状(回復酔い)が発生しやすくなります。副作用ですね。

 回復効果も濃度を上げれば高くなると思われていましたが、実際50%以上の回復効果は得られず副作用が出やすくそして重症化しやすくなったため、高級回復薬の濃度は50%までと決められています。


 感想、ご意見お待ちしております。

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