099 誓い
夜はどの国も街壁の門を閉ざしている。だから夜間は街の出入りはできない。ましてや俺はレングランで騒ぎを起こしたまま脱出してきた身だ。普通に検問所を通れるとは思えない。それで、深夜にこっそりとレングランの王都へ忍び込むことにした。
浮遊魔法を使ってダールムの街壁を越えて、クドル川の水面を浮上走行の魔法で渡り、さらにレングランの街壁を越えて王都に入った。
優羽奈の結婚相手はレングランで魔法屋を営んでいるそうだ。レングランを見物したときに小さな魔法屋を見掛けたが、あれが優羽奈の家だったのだ。
俺はその魔法屋の横にある細い路地に入った。この道であればめったに人は通らないだろう。夜明けまではまだ3時間くらいある。亜空間シェルターに入って少し眠ろう。
………………
朝。通りには人が行き交っている。そろそろ魔法屋も店を開けているだろう。
俺はバンダナとマントを身に着けて獣人だと分からないようにした。
小さな魔法屋は開いていた。中に入っていくと、木のカウンターがあって、店主らしい若い男が座っていた。
この男が優羽奈の亭主か……。少し小太りだが、優しそうな顔立ちだ。
「いらっしゃい。何かご入り用ですか?」
店主が声を掛けてきた。店には他に客はいない。
俺は大魔石を10個ほど取り出した。
「ある女性からこれを預かってきた。ケイさんに渡してくれと言われてね」
ケイというのは優羽奈のソウルに作り込まれた意識が名乗っている名前だ。今はその意識が優羽奈の体を動かしていて、ケイという名前で生活しているとアイラ神から聞いていた。
カウンターの上に並んだ大魔石を見て、店主は目玉が飛び出しそうな顔をして驚いている。
「こ、これをケイに渡すって!? どういうことです?」
「ケイさんにタダで譲るってことさ」
「えっ!? お客さん、この大魔石の価値が分かってて言ってます?」
「大魔石が10個だから、ソウルオーブ20個くらいになるはずだな」
「それを知ってるんですね!? ケイは私の妻ですが、お客さん、ケイとはどういう関係ですか?」
さすがに優羽奈の亭主だけあって、俺を警戒しているようだ。
「ケイさんと俺は無関係だ。ちょっと前に俺は魔樹海で魔獣狩りをした。そのときに一時的にパーティーに参加したロードナイトの女性がいて、その人に頼まれたんだよ。レングランの小さな魔法屋にケイという20歳くらいの女性がいるから、この大魔石を全部渡してくれってな」
「その女性は、ケイとはどういう関係です?」
「さぁ、知らないな。何も言ってなかったし、その女性は名前も教えてくれなかった。自分で直接渡したらどうだって言ったんだが、ケイさんとは会えないと言ってたな」
「おかしな話ですねぇ……」
「とにかく、ケイさん本人を呼んでくれないか。この大魔石を本人に渡したいし、本人に聞けば何か分かるかもしれないだろ?」
「ちょっと待ってください……」
店主は不審そうな表情のまま奥へ入っていった。
俺の話はもちろん作り話だ。こんなことをしたのは、ケイの顔を確かめるため、そしてケイに少しでもお金を渡したいと思ったからだ。
少ししてから店主が出てきた。その後に付いて出てきた女性……、やはり優羽奈だった。赤ちゃんを抱っこしている。
「妻に尋ねましたが、全く心当たりがないと言ってます」
優羽奈が俺をじっと見つめた。そして、目を大きく見開いて、慌てて奥に引っ込んだ。もしかすると、俺を見て昨日の騒ぎの張本人だと気付いたのかもしれない。
「ともかくこの大魔石は受け取ってくれ。あんた達の物だ。じゃあ俺はこれで失礼する」
「いや、ちょっと待って! お客さん、ちょっと!」
俺は呼び止める店主を無視して店を飛び出した。
通りに出ると、兵士のような格好をした十人くらいの集団が数軒先の店の前をこちらへ歩いてくるのが目に入った。まずい……。俺はとっさに反対方向へ歩き出した。
「お客さーん! 待ってくださいっ!」
後ろから店主が俺を呼び止める声が聞こえた。俺はとっさに細い路地に飛び込んで亜空間シェルターを発動した。幸い路地には誰もいなかった。
すぐに俺を追って店主が現れた。キョロキョロと辺りを見回し俺を捜している。そこへ、さっきの兵士のような連中が来て、店主に何かを話しかけた。何事が起こったのか聞いているのだろう。亜空間シェルターには音が伝わらないから薄っすら見える周りの様子から想像するしかない。
兵士たちの数がどんどん増えて、屋根まで上がって俺を捜しているようだ。おそらく昨日の騒動の犯人が現れたという話になって、兵士が増員されたのだろう。
しばらくはこのシェルターから身動きができないな。俺はシェルターの中のテントに入ってゆっくり眠ることにした。
………………
深夜になっても、まだ兵士の姿があった。夜明け前になってようやく兵士がいなくなり、通りからも人影が消えた。
俺はシェルターから出て、街壁を越えて王都の外に出た。クドル川を渡ったところで夜が明けた。
ダールムの街壁を越えて街の中に入りたいが、日中にそんなことはできない。クドル湖畔を街壁に沿ってダールム港まで歩いて、そこの検問所から中に入ることはできるが不審がられるだろう。俺は深夜まで街壁の外で待つことにした。
クドル湖からクドル川が流れ出す岸辺に俺は立っていた。ダールムの街壁はすぐ近くにあるが、街壁からは俺の姿は見えないはずだ。岸辺のそばに生えている低木が邪魔をしているのだ。
レングランの街壁はクドル川を挟んで500モラほど離れているが、街壁に登れば俺の姿が見えるだろう。隠れた方がいいな。俺はまた亜空間シェルターの中に入って眠った。
………………
目覚めて外を見ると薄暗くなっている。夕暮れのようだ。何も考えないようにして眠ったから、よく寝た気がする。でも、もう眠くない。これ以上は寝られない。俺はシェルターから出た。
夕陽がクドル湖に落ちて行こうとしている。空も湖も茜色に染まって、湖面に映った夕陽の道がキラキラと光りながら自分の方へ伸びていた。聞こえてくるのは寄せては返す波の音だけだ。
波が打ち寄せる岸辺に俺は座った。クドル湖に落ちていく朧な夕陽を眺めてながら、優羽奈の姿を思い浮かべていた。
彼女が幸せならそれでいいじゃないか。あの小さな魔法屋の親子を見た後で、俺は一瞬そう考えた。
だが……、それは違う。
あれは優羽奈じゃない。ケイという名前の偽りの人格だ。その亭主もアイラ神の姉のミレイ神が暗示で作り出した人格だ。そして、あの赤ん坊はミレイ神の子供で、何もかもが偽りの親子だ。偽りの幸せなのだ。
いつの日か、子供をミレイ神が取り上げる時が来て、あの親子は破綻する。
そのとき、優羽奈はどうなるんだ? おそらく使い捨てられる。ミレイ神は優羽奈を放り出すだろう。
そんな優羽奈を今が幸せだからと俺までが見捨てるのか!? いや、俺は絶対に優羽奈を見捨てない!
アイラ神と話をしたとき、優羽奈の本来の意識や記憶が取り戻せるかどうか分からないと彼女は言った。
もし、優羽奈の意識が戻らなかったとしても、俺は優羽奈を見捨てない。
必ず彼女を守る。そして、幸せにする。
クドル湖に沈んでいく夕陽を見ながら、俺はあらためて心に誓った。
………………
深夜。宿屋の窓を軽くノックすると、フィルナが窓を開けてくれた。
部屋に入ると、フィルナは俺に抱き付いてきた。
「なんだか、すごく心細かったの……。ダイルが遠くに行ってしまいそうな気がして……」
フィルナを抱きしめながら俺は自分の愚かさに気が付いた。この数日間は優羽奈のことで頭がいっぱいで、自分の大切な人を疎かにしていたのだ。
俺のことを心から心配して大切に思ってくれる女性が自分にはいるのだ。恋人であり家族であるフィルナとハンナだ。
「すまない。心配を掛けたな……」
二人でベッドに入って、レングランで優羽奈とその家族に会ってきたことを俺はフィルナに語った。
「優羽奈に会った後でも、おまえやハンナに対する俺の思いは変わらない。そして、優羽奈に対しても……、俺の思いは、変わっていない」
俺は腕の中のフィルナに囁いた。そして耳元で言葉を続けた。
「それでも、おまえは今までどおり俺に付いて来てくれるか?」
フィルナは俺の胸に顔を埋めたまま、何かを語ろうとしている。
「私のダイルに対する思いも変わらないよ。ユウナさんがダイルのところに戻ってくるなら歓迎するし、ユウナさんが第一夫人で私は第二夫人、ハンナ姉が第三夫人よね。三人で仲良くしてダイルに従うって誓う。だから、居なくなったりしないでね」
俺はフィルナをぎゅっと抱きしめて、熱い口づけを交わした。
………………
俺たちはその1か月後、魔空船を乗り継いでベルドランへ帰ってきた。軍令本部でガイザ大臣への報告を済ませた後、ブライデンから戻っていたハンナと久々に再会した。家の中でくつろぎながら、お互いの出来事を話し合った。
ハンナは俺たちの話を聞いて、アーティファクトや宝の地図を見つけたことよりも、優羽奈に巡り会ったことよりも、俺とフィルナが最後まで行ってしまったことに一番驚き、一番悔しがった。
「あの絵は……? あたしの絵は効き目が無かったの?」
「いや、最初の日は効果抜群だったぞ。フィルナも俺も悪夢にうなされたし。その次の日からは……」
俺がフィルナの方を向くと、フィルナは顔を赤く染めて俯いた。
その様子を見たハンナはますます悔しがった。マンガにすると頭から湯気が出ている感じだ。
「ねぇ、私、今夜は別の部屋で寝るから、ダイルはハンナ姉に優しくしてあげて……」
フィルナが気を使ってくれて、その日の夜、俺とハンナは身も心も一つになった。後半は我慢しきれなくなったフィルナが隣の部屋から俺とハンナが寝ているベッドに突入してきた。
そして、二人はいつものように俺を抱き枕にして満足そうに眠った。
※ 現在のダイルの魔力 オーブA〈424〉、オーブB〈328〉。
※ 現在のフィルナの魔力〈324〉。
※ 現在のハンナの魔力〈280〉。
「俺はこの魔境で最強となる。シッポとヘタレ耳はご愛敬ってことで。」をお読みいただきありがとうございます。本作は主人公が異世界で行方不明になっていた恋人と再会するまでを書いています。
本作の続きは「ソウルゲートストーリー ~オレは隣の魔女~」となります。なお、ダイルが活躍するダイル視点のエピソードを書き加える作業を進めているところです。エピソード番号の頭に*マークが付いているエピソードです。




