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098 まごころ

 アイラ神の話を聞いて呆然としていたが、俺の頭は少しずつ回り始めた。そしてその話が少し変だと気付いた。


「ちょっと待ってくれ。その話は辻褄が合わないぞ。俺たちがこの世界に召喚されて来て、まだ1年も経ってないだろ? それなのに、どうして優羽奈が受胎して2年後に子供を産めるんだ?」


「あっ! ごめんなさい。言い忘れてたけど、姉はユウナさん以外の召喚してきた人たちを石化して2年間自分の手元に置いてたのよ」


「なにーっ!? 石化を2年だって! ナゼ、そんなことを……?」


「姉は恐れたの。召喚してきた直後にその人たちを自由にすると、その人たちが異世界から無理やり連れて来られたと言って騒ぎを起こすかもしれない。その騒ぎがレング神様や第一夫人に伝わったら、姉が罰せられるだけでなく、ユウナさんも殺されるかもしれない。

 姉はそれを恐れて、ユウナさんが無事に出産するまでは召喚してきた人たちを石化したのよ。だから、あなたも石化されていたの」


「そうだったのか……」


 俺はショックを受けて、また言葉が出なくなった。優羽奈が偽装とは言え、この世界で結婚して子供まで産んでいたことも、ソウルの中に作り込まれた別の意識が表に出ていて、俺のことをすっかり忘れてしまっていることも、信じていたアイラ神が今まで俺を騙していたことも、何もかもがショックだった。


 数分の間、沈黙が続いた。その沈黙を破ったのはフィルナだ。


「アイラ神様、お聞きしてよろしいですか?」


 フィルナの言葉に、ホッとしたようにアイラ神が頷いた。


「ユウナさんは本来の意識と記憶を取り戻して、ダイルのところへ戻って来れるのでしょうか?」


 フィルナからの質問を聞いて、アイラ神は俺の方に顔を向けた。


「ダイルはどうなの? ユウナさんを戻してほしいの?」


「当たり前だ。今すぐにでも優羽奈を俺のところに戻してくれ」


「子供が小さいから今すぐはムリだと思うけど、ユウナさんを早く戻してくれるよう姉に話すわ。でも……、ユウナさんの本来の意識や記憶が取り戻せるかどうかは分からない。姉はユウナさんに掛けた暗示が簡単に解けないように何重にも暗示魔法を重ね掛けしていたらしいから……」


「よく平気な顔でそんなことが言えるな。ユウナを元どおりにしろよ!」


 俺が怒鳴ると、アイラ神は悲しそうな顔をした。


「あたしができることを精一杯するとしか言えない……。ごめんなさい」


 顔を伏せたアイラ神の頬を涙が伝っていくのが見える。


 アイラ神が悪いんじゃない。姉のミレイ神が悪いことは頭では分かっている。だが、俺は言わずにはいられなかった。


「どうして俺をずっと騙してたんだ? なぜ最初から今の話をしてくれなかった?」


 アイラ神は声を殺して泣いていた。



 ――――――― アイラ神 ―――――――


 また、ダイルの前で泣いてしまった。今日こそダイルに本当のことを打ち明けようと決心して、ここまで来たのだ。


 あたしは精一杯自分の心を込めて説明した。


 本当のことを話したけれど、ユウナさんの体に異世界から来た別の男性のソウルが入っていることだけは言えなかった。これだけはダイルのために言ってはいけないと思ったからだ。


 あたしの話を聞いても、ダイルはまだユウナさんに魅かれている。ダイルはユウナさんを心から愛しているのだ。


 だから、あたしは誤魔化してしまった。姉の暗示魔法で、ユウナさんのソウルの表面には別の意識と記憶が作り込まれていて、その人格が表に出ているから、ユウナさんの本来の意識と記憶が取り戻せるかどうか分からないと……。


 ユウナさんは浮遊ソウルになってしまったから、意識と記憶が戻ることは無いと分かっているのに……。


 ダイルはまだ希望を抱いている。僅かな希望かもしれないけれど、ユウナさんが元の状態に戻るかもしれないと思っているのだ。あたしには、その希望を打ち砕くことはできない。


 ごめんなさい。また、本当のことが言えずにダイルを騙すことになってしまった。ウソも偽りもなく、心を籠めて、あなたを支えたいのに……。



 ――――――― ダイル ―――――――


 アイラ神は泣き続けている。


「泣いてるだけじゃ分からない。どうしてホントのことを話してくれなかったんだ?」


 アイラ神は涙を手で拭いながら、俺を見つめて話し出した。


「あのとき……、あたしがダイルと初めて会ったときに、本当のことを話すかどうか迷ったの。いっそ、本当のことを話してしまおうかと思ったわ。でも、あのときの弱々しいダイルを見て、今はそのときじゃないと考え直したのよ。あたしが本当のことを話したら、ダイルはこの世界で生きていく気力を無くして、弱いまま死んでしまうかもしれない。だから、あなたが強くなるまで、本当のことは伏せて、あたしが見守って援助しようと考えた。そういうことなの……」


 たしかに……、そうかもしれない。もしあのとき、アイラ神が優羽奈について本当のことを俺に説明していたら、たぶん今の俺はいないだろう。きっと投げやりな人生になっていたに違いない。


 あのとき、アイラ神は俺に人生の選択を迫った。自分を鍛えて優羽奈を捜す道か、優羽奈の捜索は諦めて安楽に暮らす道か、どちらかを選べと言ったのだ。


 俺は自分を鍛えて強くなってから優羽奈を捜す道を選んだ。俺は自分の力で強くなってきたつもりだったが、それはアイラ神の手の中で見守られて助けられてきた道だったのだ。


「それなら、なぜ、今になって話す気になったんだ? 俺が偶然、優羽奈を見つけてしまったからか?」


「本当のことを話すのなら、それはダイルがこの世界で強くなって一人で生きていける能力を身に付けたときにしよう、そう考えていたの。

 そして、今がそのときよ。あなたは今までに色々な経験を積んで強くなったわ。もういつでも本当のことを話して大丈夫と思っていたら、フィルナからダイルと一緒にレングランに居るって連絡があった。本当のことを話してユウナさんに引き合わせるのは今しかないと思ったから、こちらから連絡したのよ。まさか、ダイルたちが偶然にユウナさんを見てしまうなんて思ってもみなかった……」


 俺はまた黙り込んだ。頭ではアイラ神の話を理解したが、俺の心がそれを拒否している。この爆発したくなるような気持ちをどこに持っていけばいいんだ!? どこかにぶつけたい。誰かに怒鳴らないと俺は変になってしまいそうだ。


「俺は所詮、あんたの手の平で踊らされてたってことか? あんたは可哀そうな異世界人を強くして楽しんでたってことだろ!?」


 俺の毒気がある言葉にアイラ神は唖然とした顔をした。だが、すぐに顔を伏せて静かに泣き始めた。


「ダイルっ! あなた、なんてことを言うの!」


 フィルナが俺を睨み付けている。


「アイラ神様がダイルに対してどれほど強い思いを持っておられるのか、あなたは考えたことがないの!」


 そう言うフィルナまでが泣き声になっている。


「アイラ神様は異世界から来たあなたを強くするために援助しただけじゃないわよ。あなたが殺されたとき、ザイダル神様と交渉してククルの体にあなたのソウルを移してくれたのはアイラ神様よ。私の失敗が原因で五条受諾の契約を結んだのも、私のためだけじゃないわ。アイラ神様はザイダル神様を嫌っていて契約なんか結びたくなかったの。でも、ダイル。あなたの命を助けるためにアイラ神様は契約を結んだのよ。あの五条受諾の契約を果たすために、どれだけアイラ神様が苦心されてるか……」


 フィルナは溜まっていた思いを吐き出すように一気に喋ると、感極まったのか涙で言葉が続かなくなった。


 だが、俺にはフィルナが言ったことは十分に伝わっていた。アイラ神が俺のために今まで尽くしてくれたことが走馬灯のように頭の中を過ぎっていった。


 そして、アイラ神が泣いている理由に初めて気が付いた。


 アイラ神は俺に対して心の底から俺を支えようとしてくれたのだ。しかし、一方で俺を騙し続けなければならなかった。きっと苦しかったに違いない。


 今日、どんな思いでアイラ神がここに来たのか……。その思いがアイラ神の涙に籠められている気がした。


 俺はアイラ神の真心を踏みにじってしまったのか……。


「すまない……。俺は優羽奈のことで頭がおかしくなっていたんだ。さっきは心にもないことを言ってしまった。わるかった。許してくれ……」


 俺はアイラ神に頭を下げた。


「あんたは心を尽くして俺を助けてくれてた。それは分かっているし、俺も心から感謝してるんだ」


 アイラ神はまた大粒の涙をポロポロと零した。泣き腫らした瞳でにっこりと微笑んで頷いた。


「フィルナ、おまえにも礼を言う。ありがとう。フィルナが諌めてくれなかったら、俺は悔やんでも悔やみ切れない大きな過ちを犯すところだった」


「うん。分かってる。ダイルの遣り切れない気持ちは……」


 フィルナは自分の涙を拭いながら、もう一方の手で俺の頬を触った。


 あれっ!? いつの間にか俺も泣いてたのか……。


 ………………


 その後、俺は優羽奈の居所をアイラ神に教えてもらった。自分の気持ちに踏ん切りを付けるために、優羽奈に会おうと思ったのだ。


 アイラ神は「ありがとう。またね……」と言って帰っていった。


 俺は優羽奈に会いに行くために、深夜に宿を抜け出すことにした。ここに戻ってくるのは明日か明後日になるだろう。宿屋の部屋は1週間分を先払いしてキープしている。フィルナは俺が留守の間は自分の実家に顔を出すが、夜は必ず宿屋で俺を待つそうだ。


「ダイル。必ず戻って来てね」


 宿から出て行こうとする俺に向かって、フィルナは少し寂しそうな顔で言った。


「心配するな。必ず戻る」


 俺はそう言って、窓から通りに飛び降りて、深夜の街を走り始めた。


 ※ 現在のダイルの魔力 オーブA〈424〉、オーブB〈328〉。

 ※ 現在のフィルナの魔力〈324〉。

 ※ 現在のハンナの魔力〈280〉。


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