097 衝撃的な話
優羽奈は俺と目が合ったのに気付いたようだ。赤ん坊を庇うようにして顔を背けた。その瞬間、時間が急に流れ出したように、ほかの野次馬が次々と間に入って優羽奈の姿が見えなくなった。
まずい。このままでは、せっかく出会えた優羽奈がどこかへ行ってしまう。
『フィルナ、この騒ぎを終わらせるぞ。見物人の中に優羽奈がいたんだ。だが、見失ってしまった。俺は今から優羽奈を捜す』
『えっ!? ユウナさんが……?』
フィルナも驚いたのか、絶句してしまった。
俺は女隊長に視線を向けた。疲れてきたのか、俺に打ち込んでくるペースは落ちている。
「もう止めろ。あんたの魔力では俺を傷付けることはできないぞ」
「あたしはレングランでも5本の指に入る魔闘士よ。おまえのようなネコ耳の獣人があたしより強いはずはないわ!」
その言葉に俺はムッとした。この女が俺たちを足止めしていて、おまけに獣人を完全に馬鹿にしている。
「止めないのなら反撃する」
俺は口パクで呪文を唱えている振りをして、バリア破壊を発動した。その間も女隊長は俺への攻撃を続けていて、自分が逆に危なくなっていることにも気付いていないようだ。
10秒ほどで「パリン」と音がして女隊長のバリアが砕けた。「きゃっ!」という悲鳴をあげて、女隊長は自分が危機的な状況になったことに初めて気付いたようだ。だが、もう遅い。俺が眠りの魔法を撃ち込むと、女隊長は地面に崩れ落ちた。
周りで見ていた兵士たちへもバリア破壊の魔法を撃ち込んでいく。ソウルオーブで張ったバリアなどシャボン玉のようなものだ。「パリン、パリン」と次々に音を発して、あっと言う間に破れていった。慌てて逃げようとする兵士たちに眠りの魔法を掛けると、兵士たちもバタバタと倒れていった。
遠巻きに見ていた野次馬たちは、事の成り行きに驚いて我先にと蜘蛛の子を散らすように逃げていった。
『やっちゃったね……』
『騒ぎを手っ取り早く終わらせるためには仕方ないさ。この女隊長が目を覚ますと鬱陶しいから無力化しておこう』
俺は倒れている女隊長の手を取ってロードオーブを停止させた。
この女隊長と部下の兵士たちにはもっと反省してもらうぞ。俺たちに今後手出しをしないようにな。
俺は全員にまとめて威圧魔法を掛けた。特に女隊長には二度と獣人を馬鹿にしないようにたっぷりと魔力を注いでやった。もう軍人としては役に立たなくなるかもしれないが、知ったこっちゃない。
優羽奈を見失ってから5分以上が過ぎている。優羽奈がいた辺りを捜してみたが見つからない。店が何軒か並んでいるだけで、通りはひっそりしていた。通行人たちは皆逃げていったのだ。
優羽奈も逃げたのだろう。俺が大輝だと分かるはずがないから、凶暴な獣人が暴れているくらいに思ったのかもしれないな……。
せっかく巡り会えたのに……。
一瞬しか見ていないが、優羽奈はたしかに赤ん坊を抱いていた。と言うことは、この周辺で住んでいて、子守のような仕事をしているってことだ。優羽奈を捜すのは難しいかもしれないが、しかし……。
「フィルナ、赤ん坊を捜そう」
「えっ? どういうこと?」
「優羽奈は赤ん坊を抱いてたんだ。たぶんこの辺りの家に住み込んで赤ん坊の子守でもしてるんだと思う。聞き込みをすれば、赤ん坊を捜すのは簡単だろ?」
勢い込んで話す俺を見て、フィルナはなんだか困ったような顔をした。
「でも、ダイル。あなた、これだけの騒ぎを起こしてるのよ」
フィルナは通りに転がっている兵士たちを指さした。歩道や道のあちこちで三十人くらいが眠っている。通りの遠く離れたところで何も知らない通行人たちが立ち止って気味悪そうにこちらを見ていた。何事が起ったのかと騒ぎ始めているようだ。
「そうだな。ここにいたらダメだな。とりあえず、この街を出よう」
俺たちは急いで街壁の東門を通って王都の外へ出た。東門にも検問所はあったが、王都の外へ出る者に対しては取り調べはしないようだ。
俺たちは隣国のダールム共和国へ向かって街道を歩き始めた。
歩きながらフィルナにアイラ神へ連絡してもらった。レングランで優羽奈を見つけたことを報告して、アイラ神の手の者に優羽奈を捜してもらおうと思ったのだ。それと、レングランの宿屋でアイラ神と今夜会う約束をしていたが、場所の変更もお願いした。
「ユウナさんをレングランで捜す件をアイラ神様にお願いしたら、実はアイラ神様の重要な話というのもその件ですって。内容は今夜会ってから話すって仰ってたわ。それと、アイラ神様と今夜会う場所だけど、ダールムの宿屋で夕食後に会うことになったの。宿屋の場所は私が知ってるから大丈夫よ」
重要な話って優羽奈のことだったのか……。もしかすると優羽奈の居所を掴んだという話かもしれないな。
俺たちはダールムに向かって道を急いだ。
レングラン王国とダールム共和国はクドル湖から流れ出るクドル川を挟んで隣り合っている。しかし、レングランからダールムに行くためには大きく回り道をしなければならない。クドル川沿いの街道を10ギモラほど下り、そこに架かっているクドル川の橋を渡る。それから反対岸の街道をまた10ギモラほど上ってダールムの正門に至るのだ。実は船も出ているらしいが、レングランで騒ぎを起こして逃げるように出てきた俺たちは利用できるはずもない。
日が沈む前に俺たちはダールムの街に入った。街壁の正門には検問所もあったが、俺がブライデンの身分証を差し出すと問題なく中に入ることができた。
ダールムの街はさすがに商人と職人の街というだけあって活気があった。宿屋は正門の近くにあり、宿に入ると一番大きな部屋に案内された。アイラ神の手の者が手配してくれたようだ。俺たちは宿屋に入り夕食を済ませて、部屋でアイラ神が現れるのを待った。
………………
アイラ神が部屋にワープしてきたのは夜の10時頃だった。
「ダイル、久しぶりね」
アイラ神と会うのはブライデンで祭りの夜にリーナの命を救ってもらって以来だ。
「あんたと会うときは、たいてい俺が助けてもらうときだった。あんたには心から感謝してるよ」
「今夜は重要な話があるの」
心なしかアイラ神はいつもより元気が無い気がする。
「あんたの話も優羽奈のことらしいな。俺も優羽奈の件で話があるんだ。今日の昼間にレングランで優羽奈を偶然見つけたんだ。でも、すぐに見失ってしまった。だから、あんたにレングランで優羽奈を捜し出してほしいんだが……」
「ええ、そのことはフィルナから聞いてる……。でも、ユウナさんの居所はもう分かっているの。と言うより、初めから分かっていたのよ」
「えっ!? どういうことだ?」
驚いて俺が大きな声をあげると、アイラ神は顔を伏せた。
「ごめんなさい。あなたに本当のことが言えずにウソを吐いていたの……」
以前、こんな様子のアイラ神を見たことがあった。初めて俺に優羽奈の件を打ち明けたときに、アイラ神は今と同じように涙ぐんでいたのだ。
「ウソ? ウソって何だ!?」
「あたしの姉があなたたちを召喚したって話をしたでしょ。そのときにユウナさんは召喚に巻き込まれて行方不明になったと説明したけど、実はそうじゃないの。姉はユウナさんを狙って召喚しようとして、あなたや他の人たちを巻き込んでしまったのよ」
「優羽奈を狙ったって!? どうして優羽奈を狙ったんだ?」
「姉は……、姉は自分の受精卵をユウナさんのお腹に入れて代理出産をさせようとしたのよ……」
アイラ神が語った話は衝撃的だった。
神族は子供がほとんど生まれない。受精するのは数百年に一度くらいの割合で、運よく受精したとしてもその受精卵が神族の母体でうまく育たない場合が多いのだ。そこでアイラ神の姉は、自分の受精卵を違う母体で育てて代理出産させることを思い付いた。
アイラ神の姉はレングラン王国を支配するレング神の第二夫人で、名前はミレイ神だ。ミレイ神は自分の受精卵と適合する体を持った女性を探した。しかし、このウィンキアでは見つからず、異世界でようやく見つけた。それが優羽奈だったそうだ。
優羽奈を召喚して来て、ミレイ神は自分の受精卵を優羽奈のお腹に入れた。ミレイ神は代理出産だけでなく、その後の子育ても優羽奈に任せようとした。しかも、ある事情から夫のレング神や第一夫人に隠れて、目立たずに出産と子育てを行わせる必要があった。そのためには、優羽奈はこの世界の人間として普通に生活できることが望ましい。異世界人のままではダメなのだ。それで、ミレイ神は優羽奈に強い暗示魔法を掛けて、この世界の人間として生きていけるよう優羽奈のソウルに別の意識と記憶を作り込んだ。そして、その意識を表に出した。優羽奈の本来の意識は暗示魔法によってソウルの奥に閉じ込められて、深い眠りに入っているらしい。
ミレイ神は優羽奈をレングランに住まわせた。優羽奈と同じように暗示魔法を掛けた男を夫として連れて来て、優羽奈と結婚させた。偽装結婚だが、二人は本当に愛し合って結婚したと信じ込んでいる。
神族の子供は受胎して2年後に生まれる。優羽奈も2年経って、女の赤ちゃんを産んだ。その子はミレイ神の子供で神族だが、優羽奈も夫もそんなことは知らない。自分たちの子供だと信じ切っていて、レングランで普通の人族の親子として生活しているそうだ。
優羽奈はレングランで幸せな結婚をして自分の子供を産んだと思い込んでいるらしい。日本で過ごしてきたことも俺のこともすべて忘れているそうだ。
俺はアイラ神の話を聞いて、しばらくの間、言葉が出なかった。話の内容が強烈過ぎて何を考えて良いのか分からなくなったのだ。隣で聞いていたフィルナも呆然としている。
※ 現在のダイルの魔力 オーブA〈424〉、オーブB〈328〉。
※ 現在のフィルナの魔力〈324〉。
※ 現在のハンナの魔力〈280〉。




