096 巡り会い
レングランの王都に入って、その翌日。俺はフィルナと一緒に王都の見物に出掛けた。この街はあまり特徴が無かった。宿屋の主人が闘技場で魔物と剣闘士の戦いを見物してはどうかと勧めてくれたが、俺たちは日頃、もっと凄い戦いをしてきたのだ。そんな見世物を見る気もしなかった。
街の中は、雰囲気がなんとなく息苦しい感じがした。たぶん、隣国のラーフランとの戦争状態が長く続いているせいだろう。通りには通行人もたくさんいたが、皆一様に表情は暗く、立ち並んでいる店も活気が無かった。兵士の姿がやたら目立った。
結局、見物は街の中を少しぶらついただけで止めて、宿屋に戻ることにした。
「つまらない街ね」
「そうだな。見物するところは無さそうだから、この街で取引きだけでもしておこうか。狩りで溜まっている魔石や皮なんかがたくさんあるから売っておきたいし、食料品も補充しておきたいからな」
俺たちが歩いている通りには色々な店が軒を並べていた。見ると、ちょうど都合よく数軒先に小さな魔法屋があった。
「おっ! ちょうど、そこに魔法屋があるから、とりあえずあの店で魔石だけでも売っておこう」
「止めた方がいいわよ。あんな小さな店ではダイルが持っているような大魔石は買ってもらえないから。それよりもダールムで取引きしたほうが確実だし、高く買ってくれるはずよ。それに、食料品もダールムの方が美味しい物がたくさんあるし、安いと思うわ」
「それならダールムにすぐにでも行きたいけど、今夜はレングランの宿でアイラ神に会う約束をしてるからなぁ」
そうなのだ。フィルナがアイラ神に俺たちがレングランにいることを連絡したところ、重要な話があるから俺と宿屋で会いたいとアイラ神が言ってきたそうだ。重要な話の中身は分からないが、アイラ神は少し落ち込んでいるような口調だったらしい。何か困ったことが発生したのかもしれない。
「アイラ神様の重要な話って何かしら? 気になるわね」
俺たちがそんな話をしながら宿屋に向けて通りを歩いていると、なんだか急に周囲が騒がしくなってきた。
「強制徴募が始まったぞーっ!」、「徴募隊だっ! 逃げろーっ!」などと叫び声が上がり始めた。三十人くらいの兵士たちの集団が通りを近付いてくる。どうやら通りや酒場の中にいる男たちを捕まえて連行しているようだ。
「フィルナ、強制徴募って何だ?」
「街の中で流民なんかを捕まえて強制的に兵士として徴用してるのよ。戦争で兵士の数が足りなくなったのね。この国の為政者は馬鹿だわ、きっと」
俺たちが強制徴募の様子を眺めていると、数名の兵士が近付いてきた。
「おい、獣人。どうしておまえのような猫と人の雑種がレングランの王都にいるんだ? 泥棒猫のように王都に忍び込んだんじゃねぇのか? 身分証を見せてみろ!」
また、獣人差別か。面倒なことに巻き込まれるのは避けたいのだが……。
「身分証は旅の途中で無くしたが、この街の在留許可は得てるぞ。これだ」
俺が在留許可証を渡すと、兵士はそれを手に取って一瞥した。
「こんなものは身分証ではないな」
兵士はそう言いながら在留許可証をビリビリと破いて棄てた。
「おまえが流民だということは明らかだ。汚らしい獣人だが、この国の兵士として徴用してやる。こいつを連行しろっ!」
命じられた兵士が俺の腕を掴もうとした。
「ちょっと! 私の夫に何をするのっ!」
フィルナが声を荒げた。
「おんなっ! 黙って引っ込んでろっ!」
別の兵士がフィルナを突き飛ばそうとした。だが、フィルナも俺もバリアに守られている。
俺を掴もうとした兵士の手は弾かれたし、フィルナを突き飛ばそうとした兵士は逆に自身が弾き飛ばされて地面に転がった。
「おまえたち! 抵抗するのかっ!」
騒ぎを聞き付けて兵士たちが集まってきた。
「小隊長、歯向かうヤツらは見せしめに袋叩きにして良いんですよねぇ?」
「伍長、おまえの好きなようにしろ」
「よし。小隊長の許しが出たぞ」
伍長と四人の兵士たちが俺たちを取り囲んで剣を抜いた。
「バリアで守られてるのかもしれねぇが、そんなもの、すぐに破ってやらぁ。掛かれ!」
バリアを破壊しようと俺に向かって次々と剣を打ち込んでくるが、すべてが軽くバリアに弾き返されている。逆に弾き返されて倒れた兵士たち自身がダメージを受けている感じだ。もちろん、俺のバリアは全く損傷してない。
攻撃を受けながら俺はフィルナに念話で話しかけていた。
『フィルナ、こいつらに反撃しても騒ぎが大きくなるだけだから、とりあえず放っておこう。兵士たちはそのうち疲れてくるだろうから』
『えぇ、そうね』
兵士たちは俺のバリアに何度も弾き飛ばされて、相手にしているのが普通の獣人ではないと気付き始めたらしい。打ち掛かってくるのを止めて、俺を囲んで剣を向けているだけになった。さっき、伍長と呼ばれていた男が小隊長のところへ行って何かを相談している。
「どうした? 終わりか? それなら囲みを解け。通行の邪魔だ!」
俺が大声を出すと、小隊長と呼ばれていた男が近寄ってきた。
「まぁ、待て。おまえは魔闘士のようだな。その生意気な態度も頷けるが、魔闘士だからと言って、おまえが強いとは限らんぞ。上には上があるってことを教えてやる」
しかし、この小隊長と呼ばれていた男はロードナイトではない。何を威張ってるんだろ? だが、すぐに男の意図に気付いた。魔力〈180〉のロードナイトが近付いてくるのが探知マップで分かったからだ。誰かが、このロードナイトを呼びに行っていたのだろう。
「おぉ、ネイラ隊長が来られた」
「待ってましたっ! 隊長」
兵士たちから声が上がる。人気があるようだ。俺の前に現れたのは艶やかな髪の女性だった。見た目は30歳くらいで、顔もスタイルも抜群だ。
「いったい何事なの?」
「大臣の命令を受けて街の中で兵士の徴用をしていたところ、この獣人がそれを拒んで歯向かって来ました。我らで捕らえようとしたのですが、こいつは魔闘士らしくて、かなり手強い。それで、隊長にご足労をお願いしたわけでして」
女の隊長は説明を受けて、俺に顔を向けた。
「獣人のロードナイトって、この辺りでは珍しいわね?」
「ネイラ隊長、この生意気な獣人を懲らしめてくだせぇ」
さっきの伍長が声を掛けた。
「分かってるわ。あたしも生意気な獣人は嫌いなの」
「早まるな! 俺が持っていた在留許可証をあんたの部下が破いて、俺を捕らえようとしてるんだ。ちゃんと調べろよ」
だが、俺の抗議を無視して女隊長は呪文を唱え始めた。バリア破壊の呪文だ。しかし、俺の方が魔力は圧倒的に上だ。この女は気付いていないが、俺のバリアの回復速度がずっと上回っている。
数分の間、女隊長はバリア破壊の魔法を放ち続けた。無抵抗な相手のバリアがなかなか破壊できないことに女隊長は苛立ってきたようだ。顔付が険しくなってきた。
「反撃して来ないなんて、ネコのくせに生意気なっ! それなら……」
女隊長は自分の剣を抜いた。
「おぉっ! 灼熱の剣だっ!」
兵士たちから声が上がった。どうやら熱打撃を付呪した剣のようだ。
女隊長は左手でバリア破壊の魔法を放ちながら、右手に持った灼熱の剣を俺に向けて打ち込んできた。だが、俺のバリアが光を放って剣を弾き返した。剣は俺のバリアを傷付けることは無かったが、周りに熱気を放射しているようだ。俺にダメージが入ってないことに気付かないのか、女隊長は攻撃の手を緩めようとしない。
周りの兵士たちや遠巻きに見ている野次馬たちはワイワイ言いながら女隊長の方を応援している。俺は何も反撃してなくて、一方的に攻撃を受けているだけの可哀そうな立場なのだが、俺に対する攻撃を止めようとする者はいない。美人が得なのか、獣人への差別が激しいのか……、たぶん、その両方だな。
『野次馬が周りに集まって来て危ないわね』
フィルナは攻撃を受けてなくて、近くで冷静に様子を見ているだけだ。
『そうだな……』
俺はそう言いながら周囲の野次馬を見渡していた。と、そのとき……。遠くからこちらを見ている女の顔を何気なく見て「あっ!?」と叫び声を上げてしまった。
今のは優羽奈か!? たしかに優羽奈の顔だった気がする。
もう一度、目を凝らした。間違いなく優羽奈だ。
優羽奈は何かを抱っこしている。赤ん坊だ。ナゼだか赤ん坊を抱いていた。
優羽奈の子供か!? いや……、そんなはずはない。まだ、この世界に来て1年にもならない。あんな大きな赤ん坊がいるはずがないのだ。たぶん、どこかの家に雇われて子守りの仕事をしてるのだろう。
まさか、こんなところで優羽奈と巡り会うなんて……。
※ 現在のダイルの魔力 オーブA〈424〉、オーブB〈328〉。
※ 現在のフィルナの魔力〈324〉。
※ 現在のハンナの魔力〈280〉。




