095 レングランの王都へ
助けたハンターは、男がイルドで女はラウラという名前らしい。ラウラは美人で若く見えるが、女の年齢は分からない。従属の首輪をつけているからイルドの従者のようだ。
イルドが「怪我はないか?」と心配そうな顔でラウラに問いかけている。
「あたしは大丈夫です。でも、ギムダとグーリが死んで、ケザムまで殺されて……」
「火毒サソリがこれほど強いとはな……。この人たちが助けてくれなかったら、おれたちも殺されていた」
イルドは疲れた表情でそう言うと、俺たちの方を向いて「ありがとうございました」と言って手を組んで軽く頭を下げた。ラウラも一緒に頭を下げている。
「ラウラ、仲間たちの死体を土に埋める。その前に、おまえは仲間たちの遺品を回収しろ」
イルドはラウラに指示を出すと、俺たちの方に振り向いた。
「命を救ってもらったお礼をしたいのですが、おれが個人で持っているソウルオーブは2個だけです。ほかにもオーブはあるのですが、俺の持ち物ではないので差し上げることはできません。この2個は中古で魔力も使い果たしたオーブですが、これで勘弁してください」
イルドはそう言って、俺に2個のソウルオーブを差し出してきた。このイルドは実直な好漢のようだ。俺はその2個のオーブを手に取った。
「この原野でソウルオーブの魔力が空っぽでは危ないな」
俺は呪文を唱えている振りをしながら、2個のソウルオーブに魔力を充填した。
「お礼は要らない。この2個は返すよ。魔力はフルに充填したから」
俺の言葉にイルドは驚いた顔をしている。
「えっ! これはソウルオーブですよ? 少し使っているけど、まだ新品に近いから2個で10万ダール以上で売れますよ?」
「主人はね、たくさんオーブや魔石を持っているから、要らないと言ってるのよ。だから、お礼なんて気にしないで」
フィルナが横から口を挟んだ。
「奥様ですか? ありがとうございます。ご主人は凄い方だ。火毒サソリを瞬殺したし、あっと言う間にオーブへ魔力を充填した。おれは肝を潰しました。有名な高位の魔闘士様ですか?」
「いえ、私たちはなるべく目立たないようにして旅をしている夫婦です。ですから、主人が助けに入ったことは言いふらさないでください」
フィルナは「奥様」と言われて嬉しそうだ。少し自慢げに小鼻を膨らましている。
「魔闘士様たちはこれからどちらへ?」
「俺たちはレングランへ寄って、それからダールムへ行こうと思ってる」
「それならおれたちも同行させてもらえませんか? おれたちはレングランのハンターですが、二人だけで原野を戻るのはちょっと危ないので」
俺はフィルナと顔を見合わせた。フィルナは頷いている。
「仕方ないな。その代わり、俺たちの浮上走行に付き合ってもらうぞ」
その後、仲間の死体をそのまま土に埋めると言うのを止めさせて、分解魔法で土に戻してから埋めた。サソリも分解して土に戻した。出てきた魔石はイルドに渡した。
後始末を手早く済ませて出発した。言ったとおり、俺たちは浮上走行の魔法を使って、レングランに向けて真っすぐに走った。イルドたちは俺とフィルナがそれぞれ念力魔法で持ち上げて運んだ。何か叫び声を上げているが無視して走り通した。
3時間ほど走って俺たちはレングランの王都が一望できる丘の上に立った。ここで遅い昼食を取った。
イルドもラウラも座り込んでしまって、昼飯を食べる元気もないようだ。
「ひるメシ!? ウェッ! 吐きそうです……。まさか、空中で浮かんだまま引っ張られるなんて……」
一種の船酔いだな。イルドがぼやくのも分かる気がする。念力で掴まれているとは言っても、ずっと空中を不安定な格好で上下しながら運ばれてきたのだ。荒波に揉まれている船に乗っているような感じだったろう。
昼飯を食べながら、俺とフィルナは景色を楽しんだ。船酔いで苦しんでいるイルドたちには申し訳ないが、ここから見える風景はなかなかのものだ。吹き渡る風も心地よい。俺たちがいる丘の上からはレングランの王都とその向こうにキラキラ光るクドル湖が見えていた。
「よし! 昼飯で腹いっぱいになった。出発するぞ。あと30分も走れば平地に出るから、そこまでの我慢だ」
「かんべんしてくれーっ!!」
「また、空中なのーっ!」
二人は叫び声を上げたが、それを無視して俺たちはまた浮上走行で走り出した。
原野の終わりに近付いてきたとき、遠くに検問所が見えた。その数百モラ手前で原野の中の小道に降り立った。イルドたちが船酔いで青白い顔色をしているのでキュア魔法で治療した。
原野が途切れて草地を少し歩いた所に検問所はあった。フィルナとイルドたちはすんなり入れたが、俺は時間が掛かった。身分証を持ってなかっただけでなく、俺が獣人だったからだ。
「夫は旅の途中で身分証を無くしたのです」
フィルナが説明すると、検問所の兵士はニヤリと笑った。
「不法に入国しようとするヤツらは皆そう言うのだ」
検問所でチェックをする兵士は二人いたが、俺を見下したように笑った。横で見ていたイルドが見兼ねたのか口を挟んできた。
「原野で火毒サソリに襲われたところをこの魔闘士様に救われたんだ。この方は凄い魔闘士様だぞ。あんたらも言葉に注意した方がいい」
イルドの気持ちは有難いが、ちょっと口が軽いな。
「ほぉ! 凄い魔闘士様なのか? これは失礼した。そのような方がこんな原野の小道から我が国へ来られたことが今まで無かったからなぁ」
「だが、相棒。凄い魔闘士様が来たときは隊長に知らせる決まりだぞ」
「おっ、そうだったな」
兵士の一人が隊長を呼びに行った。俺のことを馬鹿にしていて、イルドが言ったことも全く信じてないようだ。
しばらくすると、兵舎から兵士たちがぞろぞろと出てきた。
「凄い魔闘士様というのはおまえか?」
髭面の隊長らしき男が俺をジロジロと見て問いかけてきた。俺は黙って頷いた。
「おまえのような若い獣人が凄い魔闘士様とはなぁ。ウソを吐くならもっとそれらしいウソを吐いたらどうだ?」
「何を言ってるの! ウソではないわ!」
フィルナは怒り心頭だ。
「まぁ、そう言うなら証明してもらおうか。その方法は、どうするかな……」
「隊長、あの雑木林が邪魔だから切り倒すことになってますぜ。あれを魔法で取っ払ってもらったらどうっすかね?」
兵士の一人が俺を見てニヤニヤしながら言った。
その兵士が指をさしているのは原野が始まるところに立っている雑木林だ。何十本かの雑木が固まっていて、それぞれ高さは20モラくらいあるだろう。ここから雑木林までは300モラ以上離れている。
「そうだな。では、あの雑木林の樹を取り払ってみろ。何本でもいいぞ」
隊長や周りの兵士たち全員がニヤニヤしている。完全に俺を馬鹿にしてるな。
俺は呪文を唱える振りをして爆弾の魔法を連射した。林の中に次々と着弾して火柱が上がり太い雑木を吹き飛ばしていく。ズシン、ズシンという爆発の衝撃波がここまで伝わってきた。濛々と黒い煙が立ち上って視界が悪くなった。
さっきまで笑っていた隊長や兵士たちは口をあんぐりと開けて呆然としていた。イルドたちも同じような顔をしている。ちょっとやり過ぎたな……。
数分後、土煙が晴れて雑木林のあった所が見えてきた。すべての樹が根こそぎ吹き飛ばされてバラバラになっていた。見えるのは穴だらけになった地面だ。
「分かってもらえたか?」
隊長と兵士たちは青い顔をして一斉にコクコクと頷いた。言葉も出ないようだ。
「では、通るぞ?」
俺が歩き出そうとすると、横からイルドが声を掛けてきた。
「魔闘士様。この先も検問所がありますよ。ここで在留許可証をもらっておいた方が都合が良いと、おれは思いますが……」
遠慮がちにイルドは言ったが、それはグッドアイデアだ。
「良いことを教えてくれた。助かるよ。では、隊長さん。その在留許可証というのを出してくれるか?」
「は、はい。ちょっと、お待ちください、魔闘士様」
隊長は走って建物の中に入っていった。兵士たちも我先に隊長を追って走っていく。中には何人か転んでいるヤツもいた。俺から逃げてるのか? 魔物ではないぞ、俺は。
数分して、隊長が出てきた。
「先ほどは失礼しました。魔闘士様ほどの方であれば、このような在留許可証などではなく、我が国の王都民になれますぞ。本官がお伴して……」
「いや、この国の国民になるつもりはない。数日でこの国から出ていく予定だ。その間の在留許可があれば良いんだ」
「そうですか。残念ですなぁ」
隊長はそう言いながら、俺に一枚の紙を手渡した。
「これが在留許可証でして、ここに魔闘士様の名前と特徴を記載すれば完了です。本官の署名は済んでおりますから」
「フィルナ、書いといて」
俺はそのままフィルナに渡した。
「いいわよ、あ、な、た」
フィルナは女房気取りで紙に書き込み始めた。
「ええと、名前はダイルで、特徴は豹族でヘタレ耳。妻はカイエン共和国の人族で美人のフィルナっと。はい、できました」
フィルナは紙を隊長に見せた。フィルナに任せて良かったのか……。
「はい、問題ありませんな。これがあれば我が国には最長一ヶ月間の滞在ができます。もし何か困ったときや、気が変わって我が国の国民になりたいとお考えのときは遠慮なく本官のところへお出でください」
さっきまでの態度をコロッと変えて調子がいいことを言うやつだ。
俺たちは検問所を出発して、畑の中を1時間以上歩いて街壁の北門から王都に入った。街壁の北門にも検問所があったが、在留許可証を見せるとあっさり王都に入ることができた。
イルドたちは王都で評判の宿屋まで案内してくれると言う。その途中で、イルドが3階建ての建物を指さした。
「あの建物がおれたちの隊舎です。この王都でも名の知れたサレジ隊というハンターですから、隊の名前を言えばここに案内してもらえますよ。何かあったら、いつでも訪ねて来てください」
イルドたちは親切だった。宿屋の前まで送ってもらって別れた。
「もう会うことは無いと思うけど、あの二人に出会えて良かったね」
別れた後で、フィルナがそう呟いた。俺もそう思ったが、まさか、また数年後に会うことになるなんて、このときは夢にも思ってなかった。
※ 現在のダイルの魔力 オーブA〈424〉、オーブB〈328〉。
※ 現在のフィルナの魔力〈324〉。
※ 現在のハンナの魔力〈280〉。




