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094 ハンターを助ける

 巨大サソリがこっちへ迫ってくる。それを俺たちは亜空間シェルターの中から呆然と見つめていた。


 とにかくデカイ。大型トラックが猛スピードで迫ってくる感じだ。それが近くまで来て急に足を止めた。


 えっ!? こいつ、俺たちが見えてるのか? いや、見えてるはずがない。


 巨大サソリは止めた足をまた動かして、ゆっくりと俺たちの方に近付いてきた。その迫力に俺の心臓はバクバクして今にも破裂しそうだ。


「たぶん、ニオイだな。それが、この辺りで消えたから俺たちを探しているのだろう。この中にいれば大丈夫だ」


 俺はそう言いながら、フィルナを引き寄せた。フィルナは少し震えていたが、俺が抱きしめると震えは止まったみたいだ。俺自身もフィルナを抱いて落ち着いてきた。


 巨大サソリはこちらへゆっくりと近付いてきて、俺たちの体を通り抜けて後ろの方へ進んでいった。


 サソリの大きな口と牙が自分の頭を飲み込みそうに迫ってきたとき、フィルナは「キャッ!」と悲鳴を上げて俺にしがみ付いてきた。大丈夫だと分かっていたが、俺も思わず目を閉じてしまった。


 サソリが俺たちを通り抜けたとき、僅かにザワザワとした接触感があったが、サソリの方は俺たちに気付かなかったようだ。そのまま巨大な柱に向かって進んでいった。


 数分後にはサソリの姿は岩の柱の向こうに隠れて見えなくなった。そのとき、俺たちは抱き合っている自分たちの体が強張っていることに気付いた。互いに顔を見合わせてぎこちなく微笑んだ。


「暖かいお茶を入れるわね」


 フィルナは亜空間バッグからポットを取り出して魔法でお湯を沸かした。フィルナが入れてくれたのは紅茶だ。少し甘くて、気持が落ち着いてきた。


「こんな危ない場所でも美味しいお茶が飲めるんだな。このシェルターとフィルナのおかげだ」


 俺たちはシェルターの中で1時間ほど様子を見た。見える範囲からは魔獣の姿は消えている。シェルターを解除して探知魔法で探ったが、俺の探知範囲には魔獣はいなかった。巨大サソリが付近を通ったから、ほかの魔獣は逃げ散ったのかもしれない。


 あらためて目の前にそそり立つ巨大な柱に目を向けた。目の前と言っても250モラほど離れている。これだけ近付くと、その岩の柱に窪みがあるのがはっきり分かった。いつも見ていたワープゾーンの窪みと似ているようだ。


「ほら、あの窪みが見えるだろ? あの奥にワープゾーンがあるのかもしれないな」


 俺が巨大な柱に刻まれた窪みを指さすと、フィルナもそれをじっと見つめた。


「行ってみる?」


「調べてみよう」


 俺たちは巨大な柱に向かって歩き始めた。近寄ると、窪みの幅は10モラほどで徐々に狭まって、幅が3モラくらいの通路になっていると分かった。通路は緩やかに右へ曲がりながら奥へ続いているようだ。この形状から言うと、ここはほぼ間違いなくワープゾーンだ。それも、ワープの入口側だ。


 そのとき、俺の探知マップに魔獣の反応が現れた。この巨大な柱の反対側だ。柱の周囲に沿って凄い速さでこっちへ近付いてくる。この速さは……、あの巨大サソリか!? 俺たちのニオイを覚えているのかもしれない。


 ともかく、この場所は危険だ。


「あのサソリが来るぞ! 窪みの奥へ逃げ込もう。ワープゾーンがあるはずだ」


 俺はフィルナの手を取って窪みの通路に向かって走り始めた。


 柱の影から巨大サソリが現れた。俺たちとの距離は100モラ。5秒で追い付かれてしまうはずだ。


 俺とフィルナが窪みの通路に走り込んだ直後、巨大サソリが窪みの入口に突進してきた。しかし、通路には入れない。巨大サソリの横幅が大き過ぎるからだ。


 サソリは通路の入口で足を止めた。尾を高々と振り上げて、針先を俺たちの方へ向けてきた。毒砲か火砲を撃ってくる気だ。


 俺はそれを見届けることなく通路を走り切って、フィルナと一緒に正方形の部屋に走り込んだ。


 風景が一気に変わった。周りには大木が聳えている。樹の高さからその大木は魔樹だと分かる。俺たちは魔樹に囲まれた草地にワープしていた。草地は直径50モラほどの円形だ。


「ここも、どこかのダンジョンの中かしら?」


「いや、地表にワープしたみたいだ」


 俺は上を指さした。頭上にあるのは天井ではなく本物の青い空だった。フィルナも眩しそうに空を見上げている。


 マップで位置を確かめると、俺たちはクドル湖から北西に80ギモラほど離れた魔樹海の中に居ることが分かった。


 いったん外に出てしまったら、ドームの中に戻るワープゾーンを探すのは不可能に近い。どこか近くの街へ出て、そこから魔空船でベルドランへ戻るしかないだろう。


「ここから一番に近い国はレングラン王国だな。まずは、その王都へ行って、それからダールム共和国へ行こう。フィルナが生まれた街も見てみたいからな。ダールムの街へ行けばベルドランへ戻る船を見つけることもできるだろ?」


「お父様にお願いすれば船は簡単に手配できるから心配しないで」


 フィルナは久しぶりに実家に戻れるので嬉しそうだ。


「レングラン王国は隣のラーフラン王国と戦争ばかりしていて、評判の良くない国よ。そんなところに行かずに、まっすぐダールムへ行かない?」


 レングラン王国はクドル湖の北岸に位置していて、ラーフラン王国は南岸に位置している。俺の〈知識〉によると、レングランとラーフランは昔からクドル湖の西岸にある平野の領有権を奪い合って戦争を続けているらしい。


 フィルナの故郷であるダールム共和国はクドル湖の東岸に位置している。商人と職人の街であり、戦争には関与してない。


「でも、偶然だけどせっかく近くに来たんだし、レングランにも寄って街の様子を見てみたい」


「仕方ないわね、ダイルに付いてくわ。でも、ブライデンとベルドランの身分証は使えないわよ。レングランとは敵対してるから、その身分証を見せたら捕まってしまうから注意してね」


 そうなのだ。ブライデン王国はソウルオーブの原材料であるオーブ玉をフォレスラン王国やラーフラン王国に輸送するルート上に位置していて、中継貿易の重要拠点となっている。その取引相手となっている両国とは親密な関係だ。しかし、輸送も取引きも行っていないマリエル王国、メリセラン王国、レングラン王国とは敵対している。自国の私掠兵団に海賊行為を許しているのだ。


 ベルドラン王国はどの国からも嫌われている。なぜなら、ザイダル神が自分の私掠兵団を作り、相手がどこであろうと見境なく海賊行為を行っているからだ。ただし、最近はゾンビ禍の一件でブライデン王国とだけは良好な関係になりつつあるが……。


 つまり、俺はレングランでは自分の身分証を見せた途端に敵として捕らえられてしまうってことだ。


 ただし、フィルナはカイエン共和国の身分証を持っているから問題ない。カイエン共和国は魔空船で使う特殊な布をクメルン王国から輸入し、加工して輸出するという取引きをどの国とも行っていて良好な関係を築いているからだ。もちろん海賊行為もしていない。これもアイラ神が優れた指導者である証だな。


「フィルナはカイエンの身分証を使えるだろ? 俺はレングランではフィルナの護衛ってことにしておくよ」


「いえ、私たちは夫婦で、私はあなたの妻ということにしましょ。あなたは身分証を旅の途中で無くしたことにすればいいわ」


 フィルナは嬉しそうだ。


「なるほど、それでいこう」


 俺たちはレングランに向けて足を踏み出した。魔樹海の中は油断ができないが、魔獣の密度はドームに比べたらずっと少ないし、何よりも大魔獣に襲われる心配が無いから気分は楽だ。薄暗い魔樹海の底を浮上走行の魔法で走りながら移動した。夕暮れになり、亜空間シェルターの中にテントを張ってキャンプをした。そして、翌日の午前中に魔樹海を抜けることができた。この魔樹海で遭遇して倒した魔獣はジャドネイガロード(魔獣蛇)一頭だけだった。


 魔樹海を抜けると、大きな起伏がある原野に出た。肩の高さくらいある草藪の上を浮上走行で進んでいく。色々な魔物たちやゴブリンの一団が探知マップに表示されるがすべてを無視して走り抜けた。俺たちにとっては、どの魔物やゴブリンも雑魚だ。戦って時間を無駄にしたくない。中には俺たちを追ってくる魔物もいたが、そういうヤツは威圧魔法で懲らしめた。どの魔物もシッポを巻いて逃げていった。


 原野で1時間ほど走ったとき、俺の探知マップ上に人族の印が現れた。人数は五人で、俺たちから400モラほど離れている。ロードナイトはいないが、全員がソウルオーブを装着していた。マップ上では五人の近くに魔物のボンジャスピガ(火毒サソリ)が表示されてるから、五人はそいつと戦っているようだ。


 実際の姿は雑木林が間にあって見えなかった。無視して通り過ぎようとしたが、300モラまで近付いたところで、いつの間にか人数が減っていることに気付いた。マップ上で見ると三人に減っているのだ。つまり、二人はサソリに殺されたってことだ。


 サソリは生きた餌を好む。獲物を毒針でマヒさせて、生きたままの餌を腹から食うらしい。


 このまま見捨てるのは寝覚めが悪い。仕方ない。助けるか……。


 俺はフィルナに声を掛けて、一緒に走りながら現場に近付いた。雑木林を回り込むと、100モラほど先で火毒サソリを相手に戦っている男たちの姿が見えた。


 サソリの体長は4モラくらいで、尾を高く上げて火砲と毒砲を針先から放っていた。三人ともバリアが淡い灰色になっていて、今にもバリアが破れそうな状態だ。


 男の一人が何かに躓いて転んだ。サソリは素早く近寄って、男の足をバリアごとハサミで掴んで持ち上げた。男は頭を下にして宙吊りになった。サソリが尾の毒針を振り上げると、男が悲鳴を上げた。


 二人目の男が危険を顧みず剣を振りかざして飛び込んでいった。サソリのハサミを切り落とすつもりのようだ。だが、剣は硬い外殻に跳ね返され、その男も転んでしまった。


 後方にいた三人目の男……、ではなく女は男たちを魔法で援護しているようだ。バリア回復魔法だろう。だが、損傷の方が速く進んでいるのかバリアが回復している様子は見られない。


 サソリは転んでいる男を足で押さえ込み、ハサミで挟んだ男の腹に毒針を近付けた。男は悲鳴を上げ続けているが、しだいに弱々しくなってきた。


 俺は10モラのところまで駆け寄っていた。間に合うか!?


 だが、サソリが男の腹に毒針を刺し込むのが一瞬早かった。俺はその直後、魔力剣でサソリの頭を切り飛ばした。


 サソリは毒針に男を刺したまま数歩進んで、ドウッと横向きに倒れた。


 念力魔法を使って毒針から男を引き離し、急いで解毒魔法とキュア魔法を掛けた。だが遅かった。すでに男は死んでいた。


 もう一人の男も怪我をしていた。サソリに踏まれたときにバリアが破壊されたらしく、右腕から血を流していた。フィルナがキュア魔法を掛けると出血は止まった。


「ありがとう。助かりました。おれたちは狩りに来ていたのですが、突然、火毒サソリに襲われてしまって……」


 体格の良いキリッとした顔つきの青年だった。どうやらハンターらしいが、それにしては弱いな。


「イルド副長、大丈夫ですか?」


 走り寄ってきた女が青年に声を掛けた。


「あぁ、ちょっと右腕を怪我をしたが心配ない。ラウラ、おまえこそ怪我はないか?」


 男はイルドで、女はラウラという名前のようだ。


 ※ 現在のダイルの魔力 オーブA〈424〉、オーブB〈328〉。

 ※ 現在のフィルナの魔力〈324〉。

 ※ 現在のハンナの魔力〈280〉。


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