088 プレゼント
ザイダル神からまた次の仕事を依頼された。ベルド・ダンジョンの最下層にバーサット帝国の近辺と行き来できるようなワープゾーンが有るかどうかを確認して、もし有るのならその場所を特定してもらいたいという依頼だ。
どこへワープするのか実際に行ってみないと分からないし、戻って来れるかどうかも分からない。危険で難しい調査となるだろう。
「それで、あんたの部下は調査に同伴するのか?」
「いや、今回は貴殿ら二人で調査をしてほしい。行きと帰りのワープゾーンが特定できたら、マルグたちが同行してそれが間違いないか確認する」
「相変わらず、俺たちを使い捨てと考えてるんだな」
俺の言葉にガイザ大臣はニヤリと口を歪めただけだ。
「返事は無しか? まぁ、いい。引き受けるしかないからな。その代り、きっちり報酬はもらうぞ。ソウルオーブ500個だ。五条受諾の契約でアイラ神が毎年500個ずつのソウルオーブをザイダル神に支払う契約になっているだろ。要はその1年分を免除するってことだ。それと、調査の期限は無しってことにしてくれ。戻ってくるのに時間が掛かるかもしれないからな」
「高いな。だが、報酬を決めるのはザイダル神様だ。それで承諾してくださるか伺うから少し待ってくれ」
ガイザは目を閉じてザイダル神と念話を始めた。そして、それほど時間が掛からずに目を開けた。
「ザイダル神様は承諾された。調査が成功したら貴殿の言うとおり1年分を免除しようと仰っておられる。期限は無しでも構わないが、ザイダル神様か私がフィルナ様の首輪に触れないとフィルナ様は1年で首輪に殺されるそうだ」
「えっ? そうなのか?」
俺がフィルナに尋ねると、辛そうな顔をしてフィルナはコクリと頷いた。
「それなら、フィルナは残そう。今回の調査は危険過ぎるからな」
「いや、フィルナ様には貴殿と同行していただく。いざというときにアイラ神様の助けを得られる。そうすれば成功する可能性が高まるからな」
そうか。ザイダル神とガイザ大臣はアイラ神を徹底して利用する腹づもりのようだ。
「つまり、実質的な期限は1年ってことか?」
「そういうことになるな」
「分かった。調査途中でも、できるだけ戻ってくるようにする」
………………
俺とフィルナは食材やキャンプ道具などの調達をして、ベルド・ダンジョンへ向かった。
ハンナへは手紙を出して、今回の依頼の概略と、いつ戻れるか分からないからブライデンで留まって待っているように書いた。セルド魔医にも同様のことを伝えて留守を頼んだ。もしかすると、ハンナが手紙と入れ違いに戻ってくることも考えられるからだ。
そういう手配を済ませてから俺とフィルナはベルド・ダンジョンの蟻の巣を通って最下層に下りてきた。
まず、マルグたちが駐屯している丸太小屋に立ち寄って、ガイザ大臣が直筆した依頼書を見せながら今回の仕事を説明した。マルグの協力を得るためではなく、邪魔されたくないためだ。マルグも今回の仕事の場所が最下層のドームの中で、しかもワープでどこへ飛ばされるか分からないと聞いて「頑張ってくれ」と言っただけだ。我関せずのつもりらしい。
早々に丸太小屋を出発して村へ向かった。だが途中で霧が出てきたので、適当な場所でキャンプすることにした。地上では夜になっている頃だ。
テントの中を魔法で明るくして寝床の準備をしていると、不思議そうな顔をしてフィルナが聞いてきた。
「今度の仕事は危険なのに、ダイルったらなんだか嬉しそうね?」
「えっ? 俺って嬉しそうな顔してるか? ええと、ほら、初めてだろ? フィルナと二人っきりになるのは……」
俺に言われて初めて気付いたのか、フィルナは恥ずかしそうに俯いた。顔が赤くなってるのが可愛い。ちなみにテントは一つだ。当然、俺はフィルナの隣で寝ることになる。
三人で同居を決めたときに約束したことがチラッと頭をかすめた。服を着たままで抱き合うくらいまでというのが三人の取り決めだったが、あれはフィルナとハンナがお互いに牽制し合っていたからだ。二人っきりになったら、そんな取り決めは無視するに決まってる。
「ねぇ、ダイル。優しく抱いてね……」
フィルナは上目遣いで俺を見つめて小さな声で呟いた。
やったっ! フィルナもその気になっているようだ。よしっ! 今夜こそ、最後まで頑張るぞっ!!
フィルナはいつものようにネグリジェに着替えていて、俺の胸に顔を埋めてきた。俺はフィルナを思いっ切り抱きしめた。
彼女の匂いを感じた。俺は獣人の体になってから匂いに敏感になっていて、フィルナが発情してるのが分かった。俺のムラムラ感はマックス状態だ。
フィルナが目を閉じたまま顔を上げた。可愛い唇が目の前にある。俺が軽くキスすると、彼女は力を抜いた。口がちょっと開いて俺が舌を入れる。その後はお互いに貪るように舌を絡み合わせた。どんどん一体感が増していく。
頭の中にチラッとハンナの顔が過ぎった。ごめんな、先にフィルナと済ませることになっちゃいそうだ……。
キスをしながらそんなことを考えていると、不意にフィルナが体を離した。
「あっ、忘れてた! ハンナ姉から預かってた物があるの。ダイルと二人っきりになったら開けてって言われてた」
フィルナが亜空間バッグから取り出したのは革の袋だ。何か板のような物が入っていて、袋の口が糸で縫い付けられている。
「何だろ? ハンナから俺たちへのプレゼントか?」
フィルナが糸を解いて、中から一枚の薄い板を取り出した。板には紙が張り付けられている。あっ、ハンナが描いたスケッチだ。
これはハンナの自画像だな。ネグリジェを着て胸から上が描かれている。絵の中でハンナは微かに微笑んでいる。
絵と一緒にメモが入っていた。
『あたしが居なくて寂しいと思うので、この絵を代わりに飾ってください。いつもあたしはダーリンとフィルナのそばにいます。
追伸。必ず寝床が見えるところに飾ってね。ええと、それから、この絵にはエルフの魔法が掛かっているから粗末に扱ったり、違う場所に置いたりしないでね。取り扱いに注意しないと危ないです。てへっ(舌)』
何が「てへっ(舌)」だよ!
俺とフィルナは顔を見合わせた。
「さすが、ハンナ姉よね」
「これ、飾っとかないと祟りがありそうだな」
俺はテントを支えている壁際の柱に絵を掛けた。ここならハンナも文句を言わないだろう。
俺たちが寝泊まりしているテントは三人がゆったり寝られるように4モラ四方の広さがある。テントは土魔法で整地した地面の上に張っていて、床にはフワフワの毛皮を敷き詰めて寝るから快適だ。テントを包むようにバリアを張っているから、魔物や虫などは侵入できないし、風雨も防げて温度調整もバッチリだ。
「じゃあ、気を取り直して、もう一度……」
俺はキスをしようとして、フィルナの顔の向こうにハンナの顔が見えることに気付いた。
「フィルナ、ごめん。ちょっと、寝る場所を変えよう。ハンナに見られている気がして、この場所はなんだか落ち着かないんだ」
フィルナも振り向いてハンナの絵を見た。
「ホントだ。ハンナ姉がこっちを見てるね。目がバッチリ合っちゃった」
俺たちは布団替わりの毛皮を持ってテントの奥から入口近くに移動した。
「ここなら大丈夫よね」
フィルナはそう言いながらハンナの絵を見て、眉を曇らせた。
「あらっ? やっぱりハンナ姉はこっちを見てるけど、どうして?」
たしかに、ハンナの目は俺たちをしっかり見つめている。そう言えば以前、こんな絵を見たことがあったな。どこから眺めても絵の中の人物が自分を見ているように感じる絵だ。あれはたしか、有名な絵で……。
「ハンナ。あんたはモナリザか?」
まさか、ハンナがあの絵を知っているはずがないが、絵の中のハンナはポーズも微笑みもモナリザによく似ていた。
「モナリザ? それって何なの?」
俺の呟きを聞き取って、フィルナが敏感に反応した。
「いや、たいしたことじゃない。俺の元の世界にモナリザっていう有名な絵があって、その絵もハンナの絵と同じように、どこから見ても視線が追い掛けてくるんだ」
「ふーん。でもハンナ姉に見つめられると、何だか……」
たしかに、気分が削がれるよな。ハンナの狙いはこれか。なかなか考えたな。でも……。
「こうすれば絵は見えないから」
俺は照明の魔法をキャンセルした。テントの中は薄暗くなった。
「見えなくなった? えっ! キャッ! なに?」
フィルナが俺にしがみ付いてきた。絵の方を見ると、ぼぅーっと淡い光を発している。ぼんやりとハンナの顔が浮かんで見えた。
「なっ! なんだ!?」
暗くなると絵自体が光るような魔法が付呪されているようだ。
ハンナさん、ほとんど枕元に浮かぶ幽霊になってるよ。勘弁してほしい。
俺は急いで明かりを点けた。
もちろん、気分は削がれたままで、それ以上の進展があるはずもなく、俺たち二人は毛皮を頭まですっぽり被って眠りに就いた。
「ハンナ姉、お願いだから夢の中にだけは出て来ないで……」
眠りに落ちる前に、フィルナの呟きが聞こえたような気がした。
※ 現在のダイルの魔力 オーブA〈10〉、オーブB〈302〉。
(オーブAには新しいソウルオーブを装着しているがソウルは未格納)
※ 現在のフィルナの魔力〈282〉。
※ 現在のハンナの魔力〈280〉。




