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085 奇跡

 翌日の午後。俺は宿屋の自分の部屋でぐったり横になっていた。隣のベッドではハンナとフィルナが眠っている。


 実は、あの後も大変だった。桟橋でリーナに全身キュアを掛けてから、その後の話だ。


 船の甲板で待っていたハンナに念話で話しかけて、ソニアとフィルナを呼びに行ってもらった。その間、俺はリーナの心臓マッサージと人工呼吸を続けた。俺のキュア魔法では何度やっても蘇生しなかったのだ。


 念力で心臓を動かして血液を送り出し、口から息を吹き込んでは空気で胸が膨らんでいるのを確認した。


 心肺停止の状態では、とにかく脳に新鮮な酸素を送り続けることが大事だと、どこかで習った。蘇生方法も教えてもらったはずだが詳しいことは忘れてしまった。だから、俺がやってる心肺蘇生の処置は自己流だ。そんな訳で、血液が脳に送り込まれていることを検診魔法で時々確認しながら蘇生処置を続けた。


 警護のロードナイトや兵士たちが走り寄って来ようとしたが、念力魔法を使って桟橋には近付けないようにした。力ずくで近寄ろうとしたロードナイトに対してはそいつのロードオーブの魔力を切って、俺たちに干渉できないようにした。


 野次馬たちからは遠く離れているし、夜で明かりも無いから俺の姿は見られないと思うが、気になるのでバンダナとマントで耳とシッポを隠した。


 しばらくすると、ハンナがソニアとフィルナを連れて戻ってきた。念話でリーナの心肺停止を伝えると、ソニアは「リーナが死んでしまった」と言って泣き始めた。


 しかし、俺が蘇生処置を行っているのを見て「生き返るの?」と不思議そうに尋ねてきた。この世界では心臓と呼吸が止まってキュア魔法で蘇生しなければ、死んでしまったと諦めるようだ。


 だが、俺は諦めない。絶対に諦めない。


 俺は彼女たちに色々と手配を頼んだ。船の中に捕らえているガルーダロードたちの護送や、負傷して気絶しているエドリーの治療などだ。ついでに、野次馬の排除と周囲の警護も依頼した。


 ソニアからは、謀反を起こしたロイドとカルムたちを捕らえるよう手配したことを聞いた。


 それからは延々と蘇生処置を続けた。


 手配を終えたソニアたちが戻ってきたが、俺は無言で処置を続けた。


 心肺蘇生をどれくらい続けたろう。1時間か2時間か、もっとか……。


 とにかく、リーナは死なせない。絶対に死なせない!


 王様やソニアたちを助けるために、たった一人で立ち向かった少女を死なせてたまるか!


 俺は無心で心肺蘇生を続けた。


 そして、やっと待っていた人が現れた。


 アイラ神だ。


 フィルナにアイラ神へ連絡して至急来てもらうように依頼していたのだ。


 アイラ神はワープで空中に現れ、飛行魔法で近付いてきた。このときばかりは後光が差している天使に見えた。


「ダイルっ! 元気? 遅くなってごめんね」


 いつものようにアイラ神は軽い。だが、俺の方は軽口を返せるような状況ではなかった。「絶対に死なせない」という一心で同じことを繰り返していたが、正直なところ、心が折れそうになるくらい疲れていた。だから、アイラ神の姿が見えたときは涙が出そうなほど嬉しかった。


『来てくれてありがとう』


 俺は心からそう言った後、念話で事態を説明してリーナへのヒール魔法を頼んだ。


 神族だけが使えるヒールという魔法があることを俺は知っていた。ヒールというのはどんな怪我や病気であっても健康な状態に即時回復させることができるという凄い魔法らしい。ただし、1日に数回しか使えないという制限があるから神族自身やその使徒が瀕死の状態になったときにしか使わないそうだ。神族であっても普段はキュア魔法を使うのだと聞いている。


 アイラ神は俺の求めに応じて快くリーナにヒール魔法を掛けてくれた。


 リーナは息を吹き返した。右腕は見る見る再生し、焼け爛れていた皮膚も綺麗になっていく。


 神族の能力はすごい! 目の前で見て、あらためてその力を実感した。


 近くで見ていたソニアは空から現れたアイラ神を神族だと知るとひれ伏した。目の前でリーナが自分で呼吸を始めて、元の綺麗な姿に戻っていく様子を見て、涙を流しながら祈り出した。


 たしかに俺も、アイラ神が奇跡を起こす様子を目の当たりにして、鳥肌が立つような感動を覚えていた。


「また、いつでも遠慮なく呼びなさいね。ダイルのためなら最優先で駆け付けるから」


 アイラ神は軽く言ってワープで帰っていった。俺は感謝と感動で胸が一杯になって返事もできなかった。俺の隣で心配そうに様子を見ていたフィルナやハンナも同じ気持ちだろう。


 アイラ神。可愛くて素敵だ。アイラ教とかいうのがあれば入信してしまうかもしれないな。


 リーナはまだ眠ったままだ。検診魔法で調べてみてた。リーナの体は完全に回復していて、心配していた脳へのダメージも無さそうだ。目覚めるまで、このまま眠らせておこう。


 ソニアは跪いてまだ祈りを続けていたが、リーナを王城へ運ぶよう手配を依頼した。


 ………………


 俺たちはベアル邸に戻った。少しだけ眠って、夜明け前。ベアル邸に王様とソニアがお忍びで訪ねてきた。俺が王城へ出向くのは目立つから、ベアル邸で会うことにしていたのだ。


 まずは俺の方から昨夜の出来事を詳しく説明した。取引現場の魔空船に踏み込んだが、それが俺を捕らえるためにロイドが仕組んだ罠だったこと。俺とは別にリーナとハンナも捕らえられたこと。ロイド兄弟は謀反を起こして、リーナを王位に就けようとしていたこと。リーナは謀反には加担してなかったが、王都を爆撃すると脅されて誰にも謀反のことを告げられなかったこと。俺はハンナを人質に取られたため止むを得ずロイドの脅しに従い、数分の間、味方のロードナイトたちの魔力を停止させたこと。隙を見つけて俺は反撃に移り、ガルーダロードたちを捕らえて、味方のロードナイトたちの魔力を回復させたことなどだ。


 ちなみに、俺のオーブAが潰されてしまったことや、オーブBに救われたことなどは伏せた。これが実はロードオーブデュアル機能だったのだ。これは絶対に人に知られてはいけない。


 俺は勘違いしていたが、ロードオーブデュアル機能は二つのオーブを同時に使える機能ではなく、今回のように一方のオーブが破壊されるなどで使えなくなったときに他方が代替する機能だったのだ。言わば俺の土壇場の非常手段だ。それを俺は自分でも知らないうちに実装していたということだ。


 話を戻そう。王様からはカルムと謀反に加わったロードナイト十五人をはじめ、ロイド隊の一般兵士たちや魔空船の船員たちを捕らえたが、ロイドと数名のロードナイトは逃がしてしまったと聞かされた。


 ロイドたちは主要な大臣や軍の幹部たちを拘束するつもりで城内に突入したそうだが、警護していたロードナイトたちと戦闘になって大半が捕まったらしい。


 あのとき、王城の位置は俺の「ロードオーブ停止機能」の範囲外だったからな。王様が俺の能力を吹聴したのをロイドがに受けて、ロードナイトは全員が無力化されていると思い込んでいたのが幸いしたようだ。


 しかし、王城を警護するロードナイトが反撃してきたのを見て、ロイドはすぐに自分の誤解に気付いたのだろう。部下が戦っている間に逸早く逃れて行方をくらましたそうだ。ロイドらしい抜け目なさだ。


 カルムとその部下たちは祭り会場の舞台の近くで捕らえられた。


 そのカルムやガルーダロードは王都防衛隊で厳しく尋問されているそうだ。


 王様の話では、謀反の計画はカルムがあっさりと吐いたらしい。俺を捕らえて国中のロードナイトたちを無力化し、祭り櫓で王族たちを爆殺する。その後は、大臣や軍の幹部を捕らえて指揮系統を押さえることで王都全体を混乱させ無抵抗状態にする予定だったようだ。そして、王都の上空からガルーダロードが威圧魔法で国民の抵抗心をねじ伏せた上で新たにリーナが王位に就いたことを布告して、ロイド兄弟が国の実権を握るつもりだったという話だ。


「それと恐ろしいことに、計画が破綻したときは、ガルーダロードが空から王都を爆弾魔法で破壊し尽くすことになっていたらしい。今回の謀反も、どうにか大事に至らずに押さえ込むことができたのは、ダイル殿、そなたがガルーダロードを捕らえてくれたおかげだ。余は心から感謝しておる」


 王様は気持ちが高ぶったのか目に涙を浮かべて俺の手を握ってきた。だが、今回の謀反が余ほどショックだったのだろう。顔には苦悩が滲んでいた。


「お父様。そもそも、ガルーダロードのような妖魔をすんなり王都の港にまで入り込ませてしまったのが大きな問題です」


 傷口に塩を塗るようなことをソニアに言われて、疲れ切った表情の王様はさらに萎んだようになった。


 だが、ソニアが言うのも尤もなことだ。神族に支配されている国であれば、神族が国守りの結界魔法を常時発動しているから魔族や魔物は結界内に入って来れない。それは妖魔や魔獣も同じだ。だが、このブライデン王国は神族による支配を受けていないから国守りの結界魔法は施されていない。その代りにロードナイトの育成に力を注ぎ、数多くのロードナイトがこの国を魔族や魔物の侵入から守っているのだ。


 話がまた横道に逸れるが、ブライデン王国を守っている有名な部隊がグリフォン隊だ。グリフォンは翼を持ち、頭が鷲で胴体がライオンのような姿をした魔物だ。地上を駆けるときは四足で馬よりも速く、空を飛ぶときはドラゴンに匹敵する速さだと言われている。


 グリフォン隊のロードナイトたちは、自分がテイムしたグリフォンにまたがり、昼夜を問わず地上だけでなく空中から侵入しようとする魔物や魔獣からブライデンの国土を守っているのだ。


 それなのに今回は妖魔の侵入を防げなかったとソニアは言うのだ。


「まさか魔空船に乗って妖魔が侵入してくるとは予想もしておらなんだ。船に対する臨検を強化せねばなるまい」


「お父様、それだけでは不十分です。今回のように魔力が高い妖魔が王都に近寄って来ても、私たちの探知魔法ではその存在を掴むことができません。ですから、強力な探知魔法を付呪した魔具を作ればどうでしょうか?」


 ソニアが言ってるのは、言わば妖魔探知レーダーのようなものだな。今回のように魔力が〈400〉のガルーダロードが近寄って来ても、ブライデンのロードナイトたちはそれより魔力が低いから探知できない。だから、そのレーダーを使って探知しようというのがソニアのアイデアだ。


「ガルーダロードやデーモンロードのような魔力が高い妖魔を探知するための魔具を作れと言うことか? うむむ……。

 ソニア、おまえの意見は尤もだ。しかしな、それを作るためには、付呪の技に優れた高位の魔闘士に付呪をお願いせねばならぬ。だが、そのような魔闘士は我が国には居ない。他国は分からぬが、そのような高位の魔闘士を捜し出すだけでも困難を極めるだろう」


 王様は悲観的な顔をしているが、一方のソニアはにこやかだ。俺の方を向いてニッコリ微笑んだ。


 うん? 何か企んでいるのか?


「でも、お父様。それを助けてくださる方がいます。ね、ダイル!」


「えっ!? 俺に言うのか?」


「あなたのお友だちのアイラ神様よ。ダイルの願いに応えて、死んだはずのリーナを生き返らせてくださったでしょ。この件も相談すれば、魔具を作っていただけるかもしれないと思うの。どうかしら?」


 そう来たか。何でもアイラ神に頼るのは良くないと思うが、この件は俺自身のためじゃなくてブライデンのためだ。だからアイラ神に相談してみても良いかもしれない。それに、ブライデン王国と友好関係を深めるのはアイラ神にとって、いや、カイエン共和国にとって有益だろう。


「ダイル殿、もしアイラ神様に相談ができるのであれば、ぜひ、そなたにアイラ神様との橋渡しを頼みたい。どうであろうか?」


 王様は望みが出てきたことに顔を明るくしている。


「それほど言うのなら相談はしてみる。だけど、断られるかもしれないぞ。それと、費用をブライデン側が全額負担するのは当然として、それだけでなく色々と条件を付けられるかもしれないな」


「それは当然よ。ね、お父様?」


 ソニアの言葉に王様は頷きながら俺を見ている。そんなにキラキラした目で俺を見つめないでほしい。


 ずっと後の話になるが、今回の魔具を作ることが切っ掛けとなって、ブライデン王国とカイエン共和国の間で友好関係が深まっていくことになる。


「今回の事件では、本当にダイル殿のおかげで我が国は救われた。それに、リーナの命まで助けていただいた。あらためてお礼を申す」


 王様もソニアも深々と頭を下げた。


「王様、忘れないでほしいが、今度の事件で一番の功労者はリーナだぞ。自分の命を投げ出して王様やソニアたちを助けようとしたのだからな」


「そのとおりだな……」


 王様は目を閉じた。一筋の涙が目から零れ落ちた。あのときのことを思い出したのだろう。王様は目を開けて話を続けた。


「リーナが湖に飛び込んだとき、何が起きているのか余は分かっていなかった。だが、その直後に爆発が起きて、初めて余は理解したのだ。リーナが自分の身をていして余たちを救ってくれたとな」


「あのとき、バリアは?」


「魔力が回復した直後だったのだ。だから、まだ誰もバリアなど張ってなかった。もしあのときに櫓の上で爆発が起きていたら、あの場に居た者は全員死んでいただろう」


「そうね。王族全員が死んでしまったら、この国は大混乱に陥ったはずよ。リーナは私たちの命を救っただけでなく、この国も救ってくれたのよ」


「そうか……。俺がみんなのロードオーブを無力化して全員のバリアが消えたときに、たぶんリーナは何が起ころうとしてるのか気付いたのだろうな。それで、とっさに判断したのだろう。自分が犠牲になろうって」


「あのとき、リーナは泣いてた。私もお父様と同じで、何が起こっているのか分かってなかったわ。でも今、そのときのリーナの気持ちを考えると胸が苦しくなってくる……」


 ソニアも目に涙を浮かべていた。


 ※ 現在のダイルの魔力 オーブA無し、オーブB〈302〉。

 ※ 現在のフィルナの魔力〈282〉。

 ※ 現在のハンナの魔力〈280〉。


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