079 取引現場
湖に向かって歩いていくと、湖畔に面した商業区は祭り一色に染まっていた。特に海賊街と呼ばれる昔からの狭い通りや広場には祭り見物の人が溢れていて、出店で買い食いをしたり大道芸に群がったりしていた。
これらの人々は夜店を楽しみながら夜の8時頃から始まる祭り櫓の儀式と、その後の花火大会を待っているのだ。
湖畔沿いの街壁には湖に向かって階段状に座席が設けられていて、王都の民が湖上で行われる儀式や打上花火を見物できるように配慮されているらしい。ちなみに、打上花火は魔石と呪文書を組み合わせて作られていると聞いた。この世界では火薬は発明されていないようだ。
俺も祭りを楽しみたいが、今夜はそれはムリだ。儀式と同じ頃にソウルオーブの裏取引が行われるからだ。
手筈どおり俺の後をエドリーが尾行している。距離は50モラほど離れている。雑踏の中で俺を見失う恐れはあるが、目的の場所がはっきり分かっているから心配いらないだろう。エドリーも味方の識別オーブを身に付けているから敵と間違われる恐れもない。
海賊街の防具屋の前でロイドが待っていた。ここで待ち合わせると約束していたのだ。
俺に軽く頷いて、ロイドは前を歩き始めた。人混みの中をどんどん歩いていく。やがて、狭い海賊街の通りを抜けて広場に出た。ここも人の群れでごった返していた。
この広場は緩やかな階段状になっていて、その最上段はそのまま湖畔の街壁の最上部となっていた。俺たちは祭り会場の全体を掴むために、その最上部まで上がった。
その最上部は高さが30モラくらいの位置にあって、そこから広場とは反対側に、つまり湖に向かって観客席が階段状に作られていた。今は観客で半分くらいが埋まっている。
その最も底のところに祭の舞台があった。底と言っても、その位置は高さが20モラの街壁上だ。舞台は二つあって、左側の舞台では今、祭りの歌や踊りが行われていて、観客たちが座席で飲み食いをしながらそれを楽しんでいる。
右側の舞台は青白く光って見えるだけで、今は誰もいない。
舞台の反対側は垂直の街壁が湖に落ち込んでいて、20モラ下には港があるそうだ。しかし、俺たちがいるところからはその港は見えない。
俺は今、街壁の最上部から湖側を見ているが、一番目を引くのが湖から突き出るように聳えている巨大な塔だ。これが祭り櫓だ。右側の舞台の奥から湖に向かって石段が長く上に伸びていて祭り櫓の天頂へと続いている。
その天頂は10モラ四方くらいの広さがあって、今夜は王族が全員そこに上って祭りの儀式を行うそうだ。
石づくりの祭り櫓は街壁から150モラくらい離れた湖の中に建てられていて、湖からの高さは50モラもあるそうだ。今夜のメインイベントである打上花火はこの祭り櫓から打ち上げられるらしい。
櫓の天頂がどうなっているのかは俺たちがいる位置からは見えない。だが、櫓へと続く石段は明かりで照らされてはっきりと見えた。
「あれでは、王族が魔法で狙い撃ちされる恐れがあるな。王族たちはそれぞれがバリアを張っているだろうが、強力な攻撃魔法を受けたら一撃でバリアは破壊されるかもしれない。危険だぞ」
俺が石段の方を指さしながら言うと、ロイドはニヤリと笑った。
「その心配はない。あの舞台も石段も、それから祭り櫓のてっぺんも強力なバリアで守られているからな。要人警護用の移動式バリアが要所要所に設置されているのさ」
「移動式バリアって?」
「知らないか? 付呪魔法を使ってバリア魔法を付呪した魔具だ。2モラくらいの金属棒で、それを穴に差し込んで発動すればバリアが張れるっていう仕組みなのだ。複数設置すればバリアが屋根のように連続して張り巡らされるようになっていてな、あの右側の舞台と石段、それと祭り櫓の上は、そうやってバリアの屋根ができているのさ」
「耐久度は大丈夫なのか?」
「まず、問題ないな。王様たちが持っている移動式バリアは魔力が〈300〉もあるそうだから、攻撃魔法や弓矢などは軽く弾き返す。この辺りに出没する魔獣が襲って来ても大丈夫だ。
それに、バリアを通れるのは通行証を持った者だけだ。つまり、王族やその護衛たちだけが通れるってことだ。おれたちも通れないくらいだから、儀式の守りは心配いらない」
ロイドは俺がまだ心配そうな顔をしていると思ったのだろう。右側の舞台を指さした。
「ほら、よく見てみろ。移動式バリアは特殊な色を発しているから見えるはずだ」
なるほど。言われてみれば、確かに薄暗い中で右側の舞台も石段も青白く光っている。祭り櫓の天頂は分かり辛いが、まぁ、大丈夫なのだろう。
俺たちは祭り会場の全体を見渡した後、広場の入口に引き返した。そして、広場の横にある魚屋通りを通って港に向かった。この通りには名前のとおり魚屋や定食屋が立ち並んでいて、新鮮な魚介類が売られていた。
街壁の門を抜けると、すぐ目の前に港があった。港は街壁と祭り櫓へ続く石段の壁に囲まれるように作られていた。いくつも桟橋が付き出ていて、そこに多くの船が係留されている。どの船も10モラくらいの長さで、意外に小さい。ほとんどが漁船のようだ。
その中に30モラくらいの船が数隻見えた。
「大きい船は魔空船だ……」
ロイドが言うには、軍が運用している魔空船発着場が魔樹海に隣接して作られているが、発着場は数が少ないし軍が優先して使うことになっているそうだ。だから、発着場が空いてない場合にはこっちの港を使うことになる。その場合、魔空船は魔樹海の無いところを飛ばねばならないから魔力の消費が激しい。魔力タンクはすぐに空になるから、魔空船は短時間しか飛ぶことができないそうだ。
「それで、ミルガントという船は?」
俺が尋ねると、ロイドが石段の壁のすぐ近くに係留されている魔空船を指さした。
「昨日、港に着いた。ラーフラン王国のオーブ商の持ち船らしい」
やっぱり、あの船か。港に向かって歩いてくる途中からずっと、俺の探知魔法に妖魔の反応があったのだ。一人のガルーダロードが港にいることが分かっていた。あの船の中だ。
俺の〈知識〉によると、ガルーダロードの魔力は〈400〉。バリアに半分の〈200〉を使うから、こいつの魔法攻撃の出力は〈200〉だ。
と言うことは、王様たちの移動式バリアなら出力が〈300〉らしいから、こいつに攻撃されても大丈夫だな。
ガルーダロードは知能も高く、もちろん言葉も話すし魔法も得意とする。姿は人族に似ているが、背中に翼を持っていて、空を飛ぶことができるらしい。こいつと戦うことになれば強敵だ。
もし戦うとなれば、ミルガントが停泊しているのは最悪の場所と言っていい。なぜなら、すぐ隣に祭り櫓があって、同じ頃に王族全員が集まって感謝祭の儀式が行われるからだ。距離にすれば直線で100モラも離れていないだろう。しかも、港の真上にある観客席には大勢の見物客がひしめき合っているのだ。
戦いになれば、ガルーダロードは空中に舞い上がって戦おうとするだろう。そうなると王族や見物客を巻きこんでしまう恐れがある。見物客に俺が戦うところを見られたくもない。どうしようか……。
ここは、俺が一人で船の中に踏み込んで先制攻撃をするしかないな。ガルーダロードに空中戦を絶対にさせてはならないからだ。
「どうした?」
俺が考え込んでいると、ロイドが声を掛けてきた。
「前にあんたが言ってたが、船の中には魔力が高い妖魔が潜んでいる可能性が高いのだろ? それなら、俺が一人で踏み込んで不意打ちを仕掛ける。俺に任せてくれ」
「だが、不意打ちはムリだろう。探知されちまうぞ?」
ロイドが疑問を抱くのも尤もだな。仕方ない、俺のことを少しだけ話しておくか……。
「実は、ある神族から授かった加護を持っているんだ。探知魔法を誤魔化すことができる。こんなふうに……」
俺はそう言いながら、探知偽装で種族も魔力も探知できないようステルスモードにした。
「そ、そんなことまでできるのか?」
俺が何をしたのか分かったのだろう。ロイドが驚きの声を上げた。
「分かった。ここはあんたに任せる。おれたちは周囲で待機しているから、合図をくれ。あんたの合図でおれたちは踏み込む」
ロイドとその段取りを相談して、俺たちは敵が動き始めるのを待った。
港の中の石畳や湖畔の岸辺には多くの人たちが散策したり座り込んだりしている。こちらの場所は街壁の上にある観客席よりずっと薄暗いから、打上花火を見にきたカップルには好まれるのだろう。
ロイドとその部下たちは、その中に混じって警戒を続けていた。探知魔法で周囲を調べてみると、敵の船の半径100モラ圏内に三十人ほどのロードナイトがいるようだ。その半数以上はロイドの部下たちだろう。残りは王族や見物客を警護しているロードナイトたちだ。
普通に考えれば、これだけ警戒が厳しい中では悪巧みはしないはずだが、魔族たちはこの国を舐めているのだろうか? いや、違うな。何か魂胆があるはずだ。企みが露見したときに王族たちや見物人たちを攻撃して、その隙に逃げるとか……。
俺がそんなことを考えながら見物客に混じって歩いていると、前を歩くロイドが声を掛けてきた。
「問題のオーブ商が来たぞ。船に入っていく。三人だな」
ロードナイトはいない。三人とも一般人だ。ソウルオーブの裏取引が行われるはずの7時までは、まだ10分ほどあるが、敵の役者は揃ったようだ。
「では、行ってくる」
俺はロイドにそう声をかけて、船に向かって歩き始めた。取引現場に踏み込んで先制攻撃を仕掛けるのだ。
※ 現在のダイルの魔力 オーブA〈384〉、オーブB〈302〉。
※ 現在のフィルナの魔力〈282〉。
※ 現在のハンナの魔力〈280〉。




