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078 思わぬ情報

 ――――――― ダイル ―――――――


 女性連中はみんなで花摘みに行って一緒に弁当を食べると言って喜んでるが、何が楽しいんだろ? こっちはベルドランに裏から攻撃を仕掛けている敵がどこの国だか分からなくて頭を抱えているというのに……。


 行き詰ってしまった。これから、どうすりゃいいんだ?


 そんなことを考えていると、隣にいたベアルが俺の方を向いて話しかけてきた。


「あ、そうだ。忘れるところだったよ。ダイル、あなたに伝言があったんだ。ロイド隊長が会いたいと言っていた。いつかの詫びを言いたいから、今日の夕方にここに来るそうだよ。いつかの詫びって、何のことだい?」


 ベアルが聞いてくるので、俺はロイドとの出会いで嫌な思いをしたことを掻い摘んで説明した。


「俺は会いたいとも思わないが、来るって言うなら会うしかないな」


 ………………


 ロイドは伝言どおり、日が沈む1時間ほど前に訪ねてきた。女性たちは明日の準備とやらで市場へ買い物に出掛け、ベアルは遠慮して席を外した。部屋にはロイドと俺の二人だけだ。


「ロイド隊長、久しぶりだな」


「いつぞやは失礼をしてしまった。申し訳ない」


 詫びにきたと聞いたが、そっけない物言いだ。


 うん? この男はかなり緊張しているようだ。俺は獣人の体になってから匂いに敏感になっていて、最近になって相手の緊張や興奮の状態が区別できるようになってきたのだ。どうやら、ロイドの用件は俺に詫びるだけじゃなさそうだ。


「ここに来た用件はそれだけか?」


「いや、用件はもう一つあるんだ。あんたも知っていると思うが、王様からあんたと連携してベルドランの救援を進めるよう命令を受けた。それで、おれは部下を動員してベルドランの被害について調べたのだ。すると、意外なことが分かった。あんたにも知らせておいたほうが良いと考えてな。用件はその話だ」


「意外なこと? いったい何が分ったんだ?」


 俺はロイドが話そうとしていることに何となく嫌な予感を覚えた。


「ベルドランの荒廃が進んでいるのはゾンビ禍と魔獣による被害だということは知ってるな? 実はその背後に魔族がいるらしいことが分かったのだ」


「ほぉ。どうしてそれが分かった? それはどこの国の魔族だ?」


 俺はロイドが意外なことを言い始めたから少し驚いた。ロイドはどこまで敵の正体を掴んでいるのだろうか?


「いや、わるいがこの情報をどうやって掴んだのかは言えない。それと、背後にいるのが魔族だとは分かったが、どこの国の魔族なのかは分からないのだ」


「そうか……」


 ロイドが教えてくれた情報は俺が掴んでいることと同じだ。俺ががっかりしている様子を見て、ロイドはまた口を開いた。


「だが、手掛かりはあるぞ。相手の魔族は我が国のマイモン公とも繋がりがあったようなのだ」


 ほぅ。この男はマイモン公爵のことまで調べているらしい。


「だが、マイモン公が魔族と繋がっていたと言うだけでは手掛かりにならないな。マイモン公は断罪されてしまったからな」


「いや、手掛かりはそんなことではない。おれの部下がマイモン公の周辺を探って分かったことだが、マイモン公は4か月に1度の祭りの夜に、ある場所で魔族と裏取引をしていたらしい」


「祭りの夜に?」


「そうだ。次の祭りは明後日だ。湖上の感謝祭という祭りが開かれる」


「しかし、マイモン公爵は処刑されてこの世にはいないぞ。相手の魔族もそれを知っているだろうから、もう取引きは行われないだろ?」


「おれの考えは違う。魔族はソウルオーブを自分たちで作ることができない。だから、喉から手が出るほどオーブを欲しがっているはずだ。今まではマイモン公が4か月に1度の取引きでその供給をおこなっていた。しかし、マイモン公がいなくなった今、魔族は誰か他の者をマイモン公の代りにしてソウルオーブを手に入れようとするはずだ。それも、4か月に1度のペースを守ってな」


「つまり、魔族はマイモン公の代りに誰か違うオーブ商を相手にして取引きを継続すると言うのか? しかも、4か月毎に行われる祭りの夜に?」


「おれはその可能性が高いと考えている。魔族どもはソウルオーブを定期的に仕入れたいはずだからな」


「それで? マイモン公に代る新しいオーブ商が誰なのか掴んでいるのか?」


「それは分かっていない」


「祭りの夜に取引きが行われる時刻と場所は?」


「それも、まだだ」


「と言うことは、ロイド隊長、今の話はあんたの仮説にすぎないってことか?」


「いや、そうではない。明日になれば、情報提供者から取引きの詳細が得られる手はずになっている。オーブ商の名前や取引時刻と場所も分かるはずだ」


 俺はこのロイドという男を少し見直していた。かなり仕事ができる男だ。


「その情報提供者というのは?」


「それは言えない。だが、取引きの詳細が分かったら、あんたにも知らせるよ。戦力がほしいからな」


「取引きの現場に踏み込んで一網打尽にするということか? そこに俺も?」


「そうだ。その場には、おれたちベルドラン救援隊だけでなく、あんたにも加わってもらいたい。そうすれば、あんたと連携してベルドランを救援すべしという王様からの命令に沿うことになるからな。敵を一網打尽にできればベルドラン救援の大きな功績となるはずだ」


「なるほど……。分かった。取引きの現場へ一緒に行こう」


 その後は、明日もう一度会う約束してロイドは帰っていった。


 明日になれば情報提供者から詳細が得られるということだが、それが何時になるか分からないらしい。詳細な情報が分かったら、ロイドが直接、俺の宿屋を訪ねてくることになった。


 つまり、明日は終日、俺は宿屋でロイドが訪ねてくるのを待たねばならないということだ。


 ………………


 女性陣が買い物から戻ってきたので、ベアルにも声をかけて、ロイドから聞いた話を掻い摘んで説明した。


「ということで、明日、俺は宿屋で待機だ。花摘みに行けなくなったのは残念だけどな。おまえたちだけで楽しんで来てくれ」


 俺の言葉にフィルナたちが一斉にブーブー言い始めた。


「私が作った美味しいお弁当をダイルに食べてもらおうと思ってたのにぃ~」


「私もお花畑でダイルと一緒にお弁当を食べるのを楽しみにしてたのよ」


「あたしはダーリンのネコ耳に花飾りを付けたかったな」


 フィルナやソニアが言うように弁当を一緒に食べるのは良いが、ハンナが言うような耳に花飾りを付けるのは勘弁してほしい。想像しただけで恐ろしい。


 そんなことを考えていると、ソニアが何かを思い出したようにニコニコ顔でリーナの顔を見ながら口を開いた。


「さっき買い物の帰り道でね、リーナの元同級生たちと偶然出会ったの。みんなリーナのお友達で、もうすぐリーナが学校へ戻るって言ったらね、みんなすごく喜んでくれたのよ。私も嬉しくなって、明日のお花摘みによかったら一緒に行きませんかって誘っちゃった。そうしたら、みんな喜んで行きますだって。だから、リーナのお友だちのお弁当も用意しなきゃいけないのよ」


 上機嫌で話すソニアを見て、リーナも本当に嬉しそうだった。


「よかったな、リーナ。ところで、その友達って、何人来るんだ?」


「ええと、たしか十二人……よね。男の子が七人で、女の子は五人だったわ」


 リーナの代りにソニアが答える。


「そりゃ弁当作りが大変だな」


「そうなのよ。だからね、もう一回買い出しに行かなきゃお弁当の材料が足りないのよ。でもね、リーナさんのお友だちがみんなで来てくれるって言うのだから、頑張ってお弁当を作るわよーっ!」


 レオラは張り切っているようだ。みんなで弁当を作ると言っても、実質的に調理するのはレオラなのだろうな。


 リーナを囲んでほんわかしているアットホームなムード。こういうのも、なかなかいいもんだ。


 ………………


 翌日。フィルナとハンナは朝早くに起きて、弁当を作るためにベアル邸へ出掛けていった。


 俺はエドリーにロイドから昨日聞き出した情報について説明した。ロイドから聞いた内容を話して、今日もロイドが訪ねてくる予定だと言うと、エドリーは心配そうな顔をした。


「ブライデンは我が国の敵である可能性が高いのですよ。それなのに、その男の話を信用していいのですか?」


「それは、明日の祭りの夜に、あんたが俺たちの後をつけて、取引現場を見て判断してくれ」


 エドリーの心配は尤もだが、俺は楽観的だった。ブライデンは敵ではないことが分かっているからだ。それに、思わぬ情報をロイドが持ち込んでくれた。ロイドのことは気に食わないが、その話は辻褄が合っている。これで行き詰りの状況を打開できるだろう。


 ………………


 ロイドが宿屋に俺を訪ねてきたのは昼過ぎだった。


「詳しいことが分かったぞ。魔族と取引きするのはオーブ商のドーダルだ。ブライデンでは中堅のオーブ商だな。取引きの時刻は明日の夜7時。祭りの真っ最中だ。場所は湖畔の港に停泊している船の中らしい。船の名前はミルガントだ」


「湖畔の港と言うのは、王都から遠いのか?」


「いや、王都のすぐ近くだ。それも湖の祭りやぐらのすぐそばだ」


「祭り櫓って?」


「知らないのか? 湖の上に石で作られた高さ50モラの櫓がある。それが湖の祭り櫓だ。街壁の一部が湖に迫り出た形になっていて、毎年、祭りの夜にはその櫓の上で王族が感謝祭の儀式を行う習わしになっている」


 そう言えば、ソニアがそんなことを話していたな。


「それで、取引きの現場へ踏み込むときの手はずだが、部下のロードナイト二十人全員を現場の周囲へあらかじめ配置しておく。敵を逃がさないためだ」


「そんなことをすれば、敵の魔族に探知されてしまうぞ?」


「いや、祭りの夜は櫓の周辺には魔闘士がウヨウヨいるのだ。王族を警護するためにな。だから、おれの部下たちが現場の周辺にいても警護のためだと思うだろう」


「なるほど、そういうことか」


「これは推測だが、取引きの現場に現れる魔族は魔力がおれたちよりずっと高いヤツだと思う。そうでないと、おれたちの探知魔法に引っ掛かってしまうからな。だから、戦いになったら、敵は手強いと覚悟しておいたほうがいいぞ」


 ロイドの推測はたぶん当たっているだろう。油断は禁物だが、俺なら勝てると思う。


「ならば、俺が踏み込もう。まかせてもらえるか?」


「いいのか?」


 俺は頷いた。それからは明日の夜の細かい段取りなどを話し合って、ロイドは帰っていった。


 ………………


 夕方になってフィルナとハンナが宿屋に戻ってきた。お花摘みが楽しかったとか、お弁当が美味しかったとか言って二人ともご機嫌だった。リーナの友人たちが加わったことで一段と賑やかな花摘みになったようだ。


「それでね、ダーリン。お花摘みの最中にベアルさんが素敵なことを言い出したのよ」


「素敵なこと?」


「うん。ベアル邸は庭とか別館が手入れもされずに放置されたままでしょ。その別館を学校の寄宿舎にしたらどうかって、ベアルさんがそう言ってくれたの。学生の中には遠くの村やほかの国から来ている子供たちも多くいて、みんな高い家賃を払って街中で一人暮らししてるらしいわ。お花摘みに来ていた子供たちも半分くらいがそうだって言ってた。

 ベアルさんの話を聞いて、リーナさんも寄宿舎に入るって言い出してね。一緒に来ていた子供たちもすごく喜んで、自分たちも入りたいって一気に盛り上がっちゃって。それを見たソニアさんが……」


 ソニアは諸手を挙げてそのアイデアに賛同したらしい。王様や学校の関係者とすぐに調整するとベアル夫婦に約束したそうだ。ソニアは行動力があるから、この件は着実に進んでいくだろうな。


「それとね、お花摘みが終わって丘の麓に下りたら、もう一つ良いことがあったのよ。カルムさんが私たちに嬉しいプレゼントを用意してくれてたの」


 カルムとその奉公人たちが麓にテントを張って待機していて、甘いかき氷や冷やしたフルーツをみんなに振る舞ってくれたそうだ。カルムはリーナから花摘みに行く話を聞いたらしい。今日は天気が良く、汗ばむような暑い日だったから、その気配りにみんなは驚き、喜んだそうだ。


 カルムは新興のオーブ商と聞いていたが、なかなかのやり手だな。王家に取り入ろうとしていることは見え見えだが。


「それでね、カルムさんが私たちを祭りの見物に誘ってくれたのよ。湖畔の観客席の中に特別室が何部屋かあるらしいんだけど、カルムさんはその特別室を確保してるんだって。御馳走を食べながら目の前でソニアさんたちの儀式や打上花火が見れるから、ぜひ一緒に見物しましょうって。でも、明日の夜は裏取引の現場に行って敵を捕まえるのよね?」


「あたしは敵を捕まえに行くよりも、カルムさんのお誘いを受けて、近くでソニアさんやリーナさんの晴姿を見てみたいな。ねぇ、ダーリン。カルムさんと一緒にお祭りの見物をしても構わない?」


 フィルナもハンナも言い方は違うが、祭りの見物に行きたいっていうのが本音のようだ。


「ああ、二人とも祭りの見物に行っていいぞ。裏取引の現場に踏み込むのはロイドたちと俺が行けば十分だから心配するな。おまえたちは祭りを楽しんでくれ」


 俺がそう言うと、二人は本当に嬉しそうな顔をした。


 ………………


 俺はその夜、王城へ行って王様に会った。ベアルが「王様が今夜会いたいと言ってる」と宿屋まで俺を呼びにきたのだ。ベアルは子爵の身分なのだが、本人にはその意識は希薄なようだ。


「呼び立ててすまなかった。余もロイド隊長から報告を聞いた。明日の夜、そなたと協力し合って敵を捕縛するとな。それで、そなたに渡しておきたい物があるのだ」


 王様はそう言って小さな革の袋を俺に手渡した。一見すると神社のお守りのように見える。俺が怪訝な顔をしているのを見て、王様は話を続けた。


「その袋の中には味方を識別するための魔具が入っている。探知魔法で識別できるのだ。余の配下の魔闘士には全員、これを持たせてある。だから、これを持っている魔闘士は味方だ。逆に持っていない魔闘士は敵かもしれないということだ。これは我が国の魔法ギルドが付呪魔法を使って……」


「いや、細かい説明はいらない。すぐに試してみるから」


 俺は王様の説明を遮って、探知魔法で周囲を確認してみた。すると、王城の中にいるロードナイト全員が青い色が付いて識別できた。この色が味方の印なのだろう。これがあれば、現場で誰が怪しいヤツなのか分かるから混乱が軽減されるな。良い物をもらった。


「誰が味方なのか一目瞭然だな。余分があれば、あと3個もらえないか?」


 フィルナとハンナ、エドリーにも同じ物を身に付けさせておかねばならない。そうしないと、敵と間違われるかもしれないからだ。


 王様から同じ袋を3個受け取ると、俺は宿屋に戻った。


 ………………


 そして祭りの当日。フィルナとハンナはカルムと一緒に祭り見物をすることになっているから、二人とも着飾って上機嫌で出掛けていった。


 俺は夕方、日が沈む前に宿屋を出た。ブライデン湖に接している商業区では通りに面した店毎に色とりどりの飾り付けが行われている。広場には出店が立ち並び、多くの大道芸人が出ていた。俺は祭り見物の人波を掻き分けながらブライデン湖の港へ向かって歩き始めた。


 いよいよ今夜、敵の正体を暴くことができるのだ。


 ※ 現在のダイルの魔力 オーブA〈384〉、オーブB〈302〉。

 ※ 現在のフィルナの魔力〈282〉。

 ※ 現在のハンナの魔力〈280〉。


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