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077 新たな友達

 ――――――― フィルナ ―――――――


 リーナ様はダイルを食い入るように見つめたまま動かない。時間が一瞬止まったようだ。


「バブバブ」


 レオラさんに抱かれていたジュリの声が沈黙を破った。先に口を開いたのはダイルだった。


「あのときは手荒なまねをしてすまなかった」


 ダイルの言葉にリーナ様は目を見開いた。


「やはりあなただったのですね。わたしの家に押し入ってお父様を捕らえた賞金稼ぎは……」


「賞金稼ぎ? あんたからは、そう見えてたのか……」


「あなたの……、あなたのせいで、お父様は罪を着せられ処刑されてしまったのよ!」


 リーナ様はダイルを睨んだままだ。いったん口を閉ざし、また絞り出すように言葉を続けた。


「マイモン家とマイモン商会は取り潰され、おかあさまは……、お母様は自害して、わたしは奴隷の身分になってしまった。なにもかも、何もかも全部、あなたのせいです!」


 その重い言葉を受けて、みんなは固まってしまった。リーナ様は物静かなお姫様だと思っていたけど、それだけではないみたいだ。ただのお姫様ではなくて、王族の迫力のようなものが備わっている。


 私がそんな場違いなことを考えてると、ハンナ姉がリーナ様に向かって静かな口調で話し始めた。


「それは違うよ、リーナ様。あなたは大きな勘違いをしてる。ダイルは王様の依頼に従っただけよ……」


「待って、ハンナさん。そこから先は私から言わせて。あの事件があってから、ずっとリーナに会わせてもらえなくて……。本当はもっと早く私からリーナに話しておくべきだったのに……」


 ソニア王女に言われて、ハンナ姉は頷いた。


「リーナ、ハンナさんの言うとおりよ。ダイルにマイモン公を捕らえるように依頼したのは私の父上なのよ。あなたにこんなことを言うのは辛いのだけど、あなたのお父様は……、いえ、マイモン公はね、色々な罪を犯していたの」


 ソニア王女は言葉を選びながらマイモン公爵が犯していた罪を説明した。マイモン公爵が魔族と関係していたこと、盗まれたはずのソウルオーブを裏で大量に魔族に売っていたこと、国民に対して横暴を極めていたことなどだ。それを聞いていたリーナ様の顔色がしだいに青ざめていった。


「そんな……、お父様がそんなことをしていたなんて、ソニアお姉様の言葉でも信じられません」


「たぶん、あなたのお父様は裏でしていたことをすべてあなたには隠しておられたのでしょう。あなたのお母様や周りの人も同じね。私もあなたのお父様の悪い噂は聞いていたけれど、あなたには話さなかった。あなたが気を悪くして仲違いをするのが怖かったから。でも、私が浅はかだったわ」


「あの優しいお父様が裏でそのようなことを……。本当なのでしょうか?」


 リーナ様はまだ信じられないようだ。顔を伏せていたが、何かを思い付いたように顔を上げた。


「ソニアお姉様、わたしに自分で確かめさせてくださいませんか?」


「確かめるって……。どうするの?」


「カルム様にお聞きします」


「カルム様って、あなたを奴隷として買った商人でしょ?」


「そうです。でも、わたしを奴隷として扱わずに自分の娘のように優しくしてくださいました。お父様とも親しかったと仰ってましたから、きっと本当のことを知っているはずです」


 その後も色々と話したが、結局、リーナ様がご自身でカルムさんの家に行って聞いてくることになった。ハンナ姉も同行すると言って一緒に出ていった。


 二人が出ていった後、ダイルが口を開いた。


「ソニア、そして、おまえたちも、すまなかった。俺が顔を出したばかりに暗くなってしまったな」


「ダイルったら何を言ってるの! あなたが悪いんじゃないよ。私やお父様がリーナにちゃんと話をしてなかったことが原因なの。謝るのは私の方よ」


 ソニア王女は両手を組んで謝る身振りをした。ベアル子爵とレオラさんはポカンとした顔だ。


「ダイル、ベアルさんたちにも事情を説明しないと……」


 私がそう言うと、ダイルもソニア王女もベアル子爵たちに説明が足りなかったことに初めて気付いたようだ。「ごめんなさい」と言って、ソニア王女がマイモン公爵の事件でダイルが関わった経緯を語った。


「そういうことで、リーナはダイルのことを公爵邸に押し入った賞金稼ぎか何かと勘違いしているのよ」


 ソニア王女の説明を聞いて、ベアル子爵もレオラさんも頷いた。


「そうだったの……。でも、ダイルが王様から頼まれてマイモン公爵を捕らえに行ったのは、元はと言えば私たち親子を助けるためよね?」


「そうだね。レオラの言うとおりだ。ダイルはおれたちを助けるために危険を冒して一生懸命にやってくれたんだ。ダイルがおれたちに謝ることなんてないよ。むしろ、おれたちはあなたに恩返しをいっぱいしなきゃいけない。だから、リーナ様をおれたちが預かるのは当たり前だよね」


 ベアル子爵もレオラさんも思いやりのある人柄のようだ。


「ありがとう。リーナは本当はとても優しい娘なの。さっきは勘違いしてきつい言葉を口にしたけれど……。しばらくの間、リーナをお願いします」


 ソニア王女もほっとしたような表情で二人に語りかけた。


「任せておいて。ねぇ、あなた」


 レオラさんの言葉にベアル子爵はニコニコと頷いている。どうやら主導権はレオラさんにあるようだ。


「リーナは王族の身分に戻れるのか?」


「ええ。2日後に湖上こじょうの感謝祭があるの。その祭りでは多くの国民が集まるから、お祭りの会場でお父上がリーナの王族復帰を宣言するそうよ」


「湖上の感謝祭?」


 ダイルが尋ねると、ソニア王女が湖上の感謝祭について説明してくれた。ブライデン王国では年に3回、4月と8月、12月に大きな祭りが開かれるそうだ。その一つが湖上の感謝祭だ。8月の満月の夜、湖に迫り出して作られた祭りやぐらの上に王族が上り、ブライデン湖の恵みに感謝する儀式を行う。大勢の国民が湖の畔に集まり打上花火を見物したり、夜店で飲み食いしたりで、それはそれは楽しい祭りだと王女は語った。


 しばらくしてからリーナ様とハンナ姉が戻ってきた。


「ソニアお姉様、ごめんなさい。お姉様が仰っていたとおりでした。お父様が影でそんなことをしていたなんて……。これから私はどうしたらいいのか……、お母様の後を追ったらいいのでしょうか?」


 リーナ様はそう言って顔を伏せた。


「バカなことを言わないの! マイモン公に罪はあったけど、リーナには何も罪は無いのよ。あなたが自死なんかしたら私が許さないからね! あなたは王族の一員に戻ってブライデンのために尽くすこと。それがこれからあなたが為すべきことよ」


 ソニア王女が少し強い口調で語りかけると、リーナ様は小さく頷きながら顔を上げた。頬を伝う涙の跡が一筋見えて、リーナ様の気持ちが伝わってきた。


「まず、リーナが最初にすることはダイルに謝ることだと思うわ。ダイルはね、私の父上にリーナの身分を奴隷から解くように助言までしてくれたのよ」


「ソニア、そんなことをリーナさんに無理強いしないでくれ。俺は謝ってほしいなんて思ってないし、リーナさんだって頭では理解して分かったとしても、感情は別だと思うぞ」


「いえ、ダイルさん、私が勝手な思い込みをしてました。本当にごめんなさい」


 リーナ様は謝った後、顔を少し上げて言葉を続けた。


「ソニアお姉様と皆様は友達として付き合っておられるとか。どうか、私も皆様の友達の一人にしていただけませんか?」


「リーナさん、みんな喜んであなたと友達になると思うけど、まず、その言葉遣いを改めないといけないわね」


「うんうん。ハンナ姉の言うとおりよ」


 私がハンナ姉に同調すると、リーナ様はにっこり微笑んだ。


「それなら、これからはソニアお姉様なんて呼ばずにソニア姉って呼んでもいいでしょうか? 私のこともリーナって呼んでください。あっ、そう呼んでね」


 言い直すところが可愛らしい。みんなもニコニコと頷いている。新たな友達ができて私も嬉しい。


「それで、ハンナ。カルムさんは何か知っていたのか?」


 ダイルが尋ねた。ハンナ姉がリーナさんと一緒に出掛けたのは、マイモン公がどの国の魔族と裏取引をしていたのか、カルムさんがその裏事情を何か知らないか聞くためだ。


「カルムさんはマイモン公爵とオーブの取引きで親しくしてたみたいね。だけど、それは普通の取引きで、マイモン公爵が裏でどの魔族とどんな取引きをしていたかは知らないそうよ。でも、何か思い出したことがあったら連絡をくれるって言ってた」


「まぁ、そうだろうな」


 ダイルは頷きながら言葉を続けた。


「リーナ、これからはリーナって呼ぶぞ」


「はい、ダイル兄」


「うっ! まぁ、いいか。それで、リーナ自身はマイモン公が裏でやってたことで何か心当たりは無いのか?」


 ダイルからの単刀直入な質問にリーナさんは悲しそうな表情をした。


「ごめんなさい。ホントに何も思い当たらないの……」


「リーナが謝ることなんてないわよ。父上がね、マイモン公爵の部下やマイモン商会の関係者を調べさせているから、きっと何か新しい情報が出てくるわ」


 ソニア王女は明るく言ったが、ダイルは渋い顔だ。そんなダイルを見て、ソニア王女は突然何かを思い出したような顔をした。


「あ、そうだっ! リーナ、お花摘みに行きましょう」


「うん? 連れション? ソニアはリーナを連れてトイレに行きたいのか?」


「ダイルったら!」


「ダーリン!」


「王女様になんて失礼なことを言うの!」


 私も含めて女性から一斉に非難の声が上がった。ダイルは時々、訳が分からないことを口走ったり変な所作をしたりする。リーナさんから手掛かりが得られなくて、ダイルはおかしくなってしまったのかしら?


「なに、それ? 違うよ! 湖上の感謝祭で祭壇に供える花が必要なの。その花はね、王族の女性が用意することになっていて、毎年、リーナと一緒にその花を摘みに行ってたのよ。だから、今年もリーナと一緒に行こうと思って誘ったのだけど?」


 ソニア王女はさすがだ。ダイルの無神経な言葉を気にする様子もない。


「なんだ、そういうことか。どこでお花摘みをするんだ?」


「王都から1時間くらいのところに野の花が咲く丘があって、今の時期はその一面がお花畑になっているのよ。昔からの習わしで、その丘でお花を摘むことになってるの」


「ソニアさん、あたしたちも一緒に行っていいかな?」


「でも、ハンナ姉。お花を摘むのは王族の女性だってソニアさんが言ってたから、遠慮したほうがいいよ」


 私が言うと、ハンナ姉は「そうだったね」と照れ笑いをした。


「いえ、みんなで一緒に行きましょう。お弁当を持って」


 ソニア王女が嬉しそうに言う。本気のようだ。リーナさんも眩しいくらいの笑顔を浮かべている。


 結局、明日の朝、みんなでお花摘みに行って、丘の上で一緒にお弁当を食べることになった。ダイルはなんだか嫌そうだけど……。


 ※ 現在のダイルの魔力 オーブA〈384〉、オーブB〈302〉。

 ※ 現在のフィルナの魔力〈282〉。

 ※ 現在のハンナの魔力〈280〉。


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