076 反逆者の娘
俺はソニアの案内でピリル村へ向かっている。監視役のエドリーも一緒だ。
王都を出て草原の道を30分ほど歩くと、左右に延々と続く土塀が遠くに見えてきた。ソニアの話では、あの土塀の内側に広大な畑地があり、その真ん中にピリル村があるそうだ。王都の周りには同じような村がいくつかあって、王都へ食料を供給しているらしい。
土塀の門で兵士のチェックを受けて内側に入った。その兵士にロイド隊の宿舎の場所を聞くと、村を挟んだ反対側の畑地の中に宿舎と演習場があるそうで、そこまでの道を教えてくれた。
教えられた通りに畑地の中の道を歩いていくと、農作業をしている村人がいたのでロイド隊について聞き込みをした。真面目に調査をしている振りをしないといけないからな。
「あぁ、あの部隊のことかい? なんでもベルドラン王国へ支援に行く部隊だと聞いたな。よその国など助けに行くくらいなら、おれたちの畑仕事を手伝ってもらいてぇよ」
この男だけでなく他の村人にも聞いたが、誰もが同じようなことを言っていた。
しばらく歩くと畑の中に石造りの3階建ての建物と運動場のような広い空き地が見えてきた。そこには多数のロードナイトがいることが探知魔法で分かった。だが、300モラ以内に接近するのは避けなければいけない。相手の探知魔法の範囲に入ってしまうからだ。
俺たちは道を歩きながら建物や運動場を監察した。塀が無いため内部が丸見えだ。隊員たちは建物内にいるのか、ひっそりしている。
「特に変わった様子はないし、ここからでは何も分かりませんね」
エドリーの言うとおりだ。ここの偵察で何も分からないのは、初めから予想していたことだが。
さて、帰るとするか。
来た道を引き返そうとして、擦れ違った数人の村人たちに呼び止められた。
「おまえたちは、どこの誰だ?」
「そう言うあんたたちは?」
「おれたちはベルドラン救援隊の者だ。不審者を取り締まるために巡回している」
一般の兵士が村人を装っていたようだ。こいつらはロードナイトではないから、俺の探知魔法に掛からなかったのだ。
エドリーがいるから、兵士たちの前でソニアの身分を明かすわけにはいかない。だが、下手に誤魔化すと却って厳しく取り調べられるかもしれない。ある程度本当のことを言うしかないか……。
「俺たち二人はベルドランから来た。ブライデン王国がベルドランを支援すると言ってきたが、本当かどうか確かめるために調査をしているのだ。こっちの女性はブライデンで雇ったガイドだ」
俺はベルドランから支給された身分証を提示しながら答えた。エドリーは俺を睨みながらシブシブ自分の身分証を兵士たちに差し出した。
「なるほど。では、我が隊にご案内します。隊長はあいにく留守ですが」
「いや、俺たちは宿へ帰る。機会をあらためてそちらの隊長と会うから、今日の案内は不要だ」
兵士たちは俺たちを引き留めようとしたが、半ば強引に別れを告げて引き返した。連絡先を聞いてきたので、仕方なく宿屋の名前を教えた。
帰り道でエドリーは極秘の調査ができなくなったと文句を言っていたが、俺は全然気にしていない。むしろ、ラッキーと言えるかもしれない。エドリーの目の前でロイド隊との繋がりができたから、今後はエドリーに隠れてコソコソせずにロイド隊と堂々と接触ができるようになったのだ。
そういう意味では、俺たちがこの村に出掛けてきたのは、思いもよらない繋がりができて上手くいったと言っていいだろう。
もう一方のフィルナたちは例の件を上手く進めてくれただろうか? 今ごろはリーナを連れてベアルの家に向かっているはずだが……。
――――――― フィルナ ―――――――
私とハンナ姉はリーナを買い取ったというカルム商会に来ていた。大きなオーブ商だと聞いていたから、さぞかし立派な店構えなのだろうと想像していたけど、その入口は普通の家と変わらなかった。3階建ての石造りの建物だ。後で聞いたことだが、カルム商会はソウルオーブの小売りはしてないそうだ。
出てきた召使いに王家からの使いで来たと言うと、テーブルがある部屋に通されて主人らしき男が出てきた。35歳くらいのぽっちゃりした男だ。
「店主のカルムでございます。王様からのご使者と聞きましたが、私どものような商人にどのようなご用件でしょうか?」
穏やかな口調だ。カルムさんは優しい人柄のようだ。
「実はカルム様が購入された奴隷の件でお願いがあって来ました」
私が話すと、カルムさんは少し考えるような素振りをした。
「私どもが購入した奴隷と言うと、リーナ様のことですか?」
「そうです。王様はリーナ様を王家の近くに戻したいとお考えです。王様からカルム様宛の手紙を預かって来ました」
私はそう言いながら、ソニア王女から預かった封書をカルムさんに渡した。封書はダンテ王の印璽で封印されている。その手紙にはリーナ様を奴隷の身分から解き、その身柄を使者に引き渡すよう書かれているそうだ。
カルムさんはその文面を一読すると頷いた。
「リーナ様をお呼びします」
そう言って、カルムさんは奥へ入っていった。
しばらく待っていると、カルムさんが若い女性を伴って戻ってきた。
この方がリーナ様……。15歳くらい。瞳が大きくて可愛らしい顔立ちだけど、首には従属の首輪をはめられている。首輪は赤い色だ。奴隷の身分であることを現わしている。何とも痛々しい。
「リーナ様には王様からの手紙の内容をお話し申し上げました。では、王様からの要請に従いまして、リーナ様を自由の身にいたします」
カルムさんが呪文を唱えると、リーナ様の首輪が外れた。
「カルム様、今までありがとうございました」
リーナ様はカルムさんに向かって静かに礼を言った。目には涙を浮かべているようだ。
「カルム様は奴隷のわたしを自分の子供のように大切にしてくださいました」
「いえ、リーナ様のことを奴隷などと思ったことはございません。王族のお姫様を一時お預かりしていただけでございます」
私はカルムさんの言葉に胸を打たれた。
「カルムさんのように親切な人もいるんだねぇ」
ハンナ姉も小さな声で私に呟いた。
「それで、リーナ様はこれからどのように?」
カルムさんが心配そうな声で私に聞いてきた。この人なら私が知っていることを話しても大丈夫だろう。
「リーナ様はベアル子爵に預かっていただくことになっています。王女のソニア様がリーナ様のことをたいへん心配されていて、王様が今回の決定をされたのもソニア様が王様を説得されたからです」
「ソニアお姉様……」
その後の呟きは聞こえなかったが、リーナ様の瞳から涙がこぼれた。
「私どももリーナ様の行く末を気に掛けております。時々ベアル様のお宅に伺って、リーナ様にお会いしてもよろしいでしょうか?」
カルムさんが私に向かって聞いてきた。リーナ様を心配する気持ちは分かるが、どうしたものだろう? 私が返答に困っていることを察したのかハンナ姉が口を開いた。
「それはあたしたちではなく、リーナ様がお決めになることです。どうしますか、リーナ様?」
ハンナ姉の質問にリーナ様は頷いた。
「カルム様がわたしを尋ねてくだされば心強いし嬉しいです。カルム様、これからもよろしくお願いいたします」
リーナ様はそう言って胸の前で両手を組んだ。
「畏れ多いことです。リーナ様をお助けするのが私どもの役目と心に決めております。それが親しくしていただいたリーナ様のお父上への僅かばかりの恩返しでもございます」
その後、カルムさんは家の外まで見送りに出てくれて、もう一度丁寧に別れの挨拶をした。
「それでは、リーナ様をよろしくお願いいたします」
商人の中にも良い人はいるのだとあらためて思った。
私たちはリーナ様を伴ってベアル邸まで歩いた。私はベアル子爵とは会ったことがないし家の場所も知らないから、ハンナ姉が道案内をしてくれた。
「あっ……、学校の近くなのですね?」
ロードナイト養成学校の前を通り過ぎたとき、リーナ様が声をあげた。
「ベアル邸は学校のお隣ですよ。リーナ様もこの学校の生徒なのですか?」
「はい。生徒でした。あの事件が起こるまでは……」
「あら、あたしったら、変なことを聞いたかしら。でも、リーナ様。気を落とさなくて大丈夫ですよ。あたしがきっと学校に戻れるようにしてあげます」
ハンナ姉がにっこりとリーナ様に微笑みかけながら言った。
でも、ハンナ姉ったら、そんなことを言って大丈夫なのかな? いったいどこからそんな自信が湧いてくるのだろう?
私たちは学校から隣の邸宅に続く石塀に沿って歩いて来て、その邸宅の門のところで立ち止まった。
「ここよ」
ハンナ姉が門の内側を指さした。私はその中を覗いて驚いた。貴族の邸宅だから広いことは分かっていたが、驚いたのは広さではない。貴族の庭なのに、階段状の花壇がすべて雑草で覆われていたからだ。門から城館まで100モラくらいの緩やかな坂道が伸びていて、その左右が石造りの花壇になっていた。きっと以前はここに草花が美しく咲いていたのだろう。
「ソニアさんから聞いていたけど、これは酷いわね。ベアルもちゃんと手入れをすればいいのに……」
城館に続く石畳の道を歩きながらハンナ姉が呆れたように呟いた。
「でも、わたしの居場所には相応しいのでしょう……」
悲しそうにリーナ様が顔を伏せた。
「いえ、違うのよ、リーナ様。誤解しないでね。ベアル子爵のところにリーナ様を預けようと決めたのはソニアさんよ。その理由はベアルたちの家ならリーナ様が気を使わなくていいってことと、ソニアさんも気兼ねなく訪ねてこれるからだと思う。あたしの推測だけどね」
ハンナ姉の言葉を不思議そうな顔をしてリーナ様は聞いていた。
「ハンナ姉ったら、王女様やベアル子爵を気安く呼ぶからリーナ様が驚いていらっしゃるのよ」
「あら、ごめんなさい。でもね、ソニアさんもベアルも友達として付き合うことになってるの。もちろん本人たちの希望でね。その理由? それは……、また後でゆっくりお話ししますね」
私たちが城館の玄関に近付くと、中から獣人の夫婦が現れた。きっとベアル子爵とその奥さんだ。たしか名前はレオラさんと言ったはずだ。レオラさんは赤ちゃんを抱っこしている。
「きゃーっ、ジュリちゃん! うれしーっ。おぼえてるかなーっ? もう一人のお母さんよーっ」
ハンナ姉がいきなりレオラさんに駆け寄った。と言うか、赤ちゃんに頬ずりを始めた。赤ちゃんも「バブバブ」と言ってご機嫌なようだ。ベアル子爵もレオラさんもニコニコ顔で、なんだか不思議な光景だった。そこだけがぽかぽかした暖かな陽射しに包まれているような、そんな感じがした。
そう感じたのは私だけでない。リーナ様にも伝わったようだ。お互いに自己紹介をした後、硬くなることも無くて、まるで何年も前からの友達のような和やかな雰囲気で私たちは家の中に入っていった。
………………
私たちが赤ちゃんを囲んでリビングルームでくつろいでいたら、ソニア王女が入ってきた。
「あら、ソニアさん。お帰りなさい。リーナ様もさっき来られたところよ」
レオラさんが声を掛けた。ソニア王女はレオラさんに頷き、リーナ様を見つけて駆け寄った。
「リーナ。あなたにどれだけ会いたかったか……」
そう言いながらソニア王女はリーナ様を抱きしめた。
「ソニアお姉様。わたしはもうお会いできないかと思っておりました。こうして奴隷の身を救っていただけたのはお姉様のおかげと……」
「ごめんなさい。あなたに辛い思いをさせてしまって……。父上にリーナを奴隷の身分に落とさないようにって一生懸命にお願いしたのだけど、王が法を曲げることはできないと仰って……。それで、こんなに時間が掛かってしまったの。どうか許してね」
「お姉様……」
後は言葉にならず、二人は抱き合って泣いていた。
「おや? ダイルさんは? 一緒じゃなかったのかい?」
ベアル子爵がソニア王女に尋ねた。
「それが……、ダイルは自分が一緒に家に入ったら再会の喜びに水を差すことになるから遠慮すると言って、外で待ってるのよ」
涙を拭きながらソニア王女が言った。それを聞いたハンナ姉が外に飛び出していった。
しばらくすると、ハンナ姉に手を引かれてダイルが入ってきた。
「久しぶりだな。ベアル、そしてレオラ」
ダイルが何となく恥ずかしそうに言った。
「あっ! あ、あなたは……」
リーナ様の驚くような声が響いた。ダイルに挨拶しようとしたベアル夫婦は何事が起こったのかと振り返ってリーナ様を見た。ソニア王女とハンナ姉はある程度予想していたのか、成り行きを見守っている。
そして、ダイルは悲しそうな目でリーナ様を見つめていた。
※ 現在のダイルの魔力 オーブA〈384〉、オーブB〈302〉。
※ 現在のフィルナの魔力〈282〉。
※ 現在のハンナの魔力〈280〉。




