073 ザイダル神の誤解
ザイダル神からの指示で、俺とフィルナがブライデンへ出向いて、ブライデンがベルドランの敵かどうかを調べることになった。敵でないことは分かり切っているのだが、俺がそれを言えるはずはない。
ブライデンへ行く前にやっておかなきゃいけないことが色々あって、日々は慌ただしく過ぎていった。
あの日、ザイダル神からの指示で方針が決まった後、すぐにダンジョンの最下層に派遣される部隊が編成された。隊長はマルグで、以前に一緒にダンジョン調査を行ったブルノも部隊に参加していた。だが、なぜかエドリーは参加してない。ほかにも六人の魔闘士と八人の兵士が加わっていた。魔闘士は全員が魔力〈100〉以上であり、ベルドランの精鋭部隊と言っていいだろう。
フィルナとハンナは王都でのゾンビ駆除のために残して、俺はマルグ隊を案内してベルド・ダンジョンの最下層まで下りていった。マルグたちが最下層の風景を見て言葉を失ったり、魔獣の巣窟であるドームに行って大魔獣に遭遇して逃げ帰ったり、色々あったが省略しよう。
ともかく、ゾンビ塔にも村のほうにも敵の姿は無かった。むろん、ゾンビやゾンビ虫も残ってないことが確認された。
何も問題が無いことを確認するのに2週間ほど掛かってしまった。俺はその間、マルグに断って一人で偵察に出た。実は偵察と言いながら、魔獣の巣窟へ出掛けて、魔獣退治をしていたのだ。目的は少しでも魔力を上げることだ。その間に魔獣を十頭ほど殺すことができた。もちろん、大魔獣に見つからないようにコソコソと隠れたり逃げたりして、厳しい戦いだったが、魔樹海よりもずっと効率がいいからな。
………………
ベルド・ダンジョンに潜って半月後に俺は一人でベルドランの王都に戻ってきた。最下層の村やゾンビ塔はマルグとその部下たちに引き継いだ。マルグからはガイザ大臣宛ての報告書を預かってきた。その報告書にはゾンビやゾンビ虫が残っていないことを確認したと書かれているはずだ。
西門村の家には寄らず、軍令本部に直行した。ガイザ大臣に会って、マルグから預かった報告書を渡し、俺の方からも口頭で状況を報告した。
「ご苦労だった。では、さっそく明日にでもブライデンへ発ってくれるか? 魔空船を用意してある。それから連絡役としてエドリーが同行する。マルグの部下だから、貴殿も知っているはずだな?」
エドリーがマルグの小隊にいなかった理由はこれか。危険なダンジョン最下層での駐屯部隊には隊長のマルグが必須だ。だから、その代りにエドリーを俺の連絡担当としたのだろう。
「分かった」
「それから今回の依頼について報酬を決めてなかったな。今回は危険が少ないから、こちら側で決めさせてもらうぞ。経費を含めて大金貨100枚でどうだ?」
ガイザに言われて俺も報酬を決めてなかったことに気付いた。今回の依頼は俺にとって頭を抱えたくなるような難題だったから、報酬の件まで頭が回らなかったのだ。
大金貨100枚は100万ダールだ。新品のソウルオーブ10個に相当する。円に換算すれば2000万円だから結構な金額だな。前回の報酬がソウルオーブ1500個だったから、それと比べると圧倒的に少ないが、1500個は俺がもらうのではなくアイラ神の負債を3年分棒引きしただけだからな。
俺の亜空間バッグには魔獣を倒したときにゲットした大魔石がたくさん入っているし、ブライデンで稼いだソウルオーブや大金貨も持っている。だが、自分の実収入が増えるのは有難い。
「了解だ。ただし、調査の成否に関わらず大金貨50枚は前金でもらおう」
「良いだろう。成功したら残りの50枚を渡そう。では、ブライデンでの調査をよろしく頼む。エドリーには手を出さないようにな」
ガイザ大臣はそう言ってニヤリと笑った。誰が人の恋人に手を出すものか。
………………
俺たちを乗せた魔空船はその3日後にブライデンの王都近くまで達した。俺の同行者はフィルナとハンナ、そしてエドリーだ。
魔空船に乗船するときはベルドランの軍事区に設置された高さ100モラ以上ある発着場から乗り込んだが、下りるときはそうはいかなかった。魔樹海の上空を旋回する魔空船の上から浮遊魔法を使って俺たちは飛び降りた。ベルドラン軍の魔空船がブライデンの発着場に入港することはできないからだ。
俺たちが下り立ったのはブライデンの王都まで歩いて半日ほどの場所だ。朝の9時。天気は曇り。俺たちは魔樹海に接する草藪の上を浮上走行の魔法を使って王都を目指して歩き始めた。
昼過ぎにブライデンの王都に入った。俺たちはベルドランで発行してもらった身分証を持っていた。それを見せると王都へは問題なく入ることができた。俺はブライデン王国の身分証も持っているが、それをエドリーの前で見せるわけにはいかない。
俺たちは以前に泊まったことがある正門近くの宿屋に部屋を取った。エドリーは別の部屋だが、俺たち三人は同じ部屋だ。
あのベルド・ダンジョン最下層の丸太小屋で泊まるようになってから、一つの部屋で三人一緒に寝ることが多くなった。バリアの二重掛けで俺はハンナたちから自分の身を守っていて、かろうじて「こころの友」の関係が続いている。だが、朝起きたら時々、自分がハンナとフィルナに挟まれて抱き枕になっていることに気付く。どうやるのか分からないが、そのときはハンナがしっかり俺のシッポを握って眠っていたりする……。
………………
その日の夕方。俺はブライデンのダンテ王に会うために王城へ出掛けた。フィルナとハンナは俺とダンテ王の関係を承知している。しかし、エドリーにはそれを知られてはマズイので、俺はブライデンの友人に会いに行くと言っておいた。
城に入る前に、俺はいつものようにバンダナとストールで顔を隠し、マントでシッポも隠した。城門の兵士に私掠認可証を見せると、奥の部屋に案内されて、すぐに王様が現れた。王女のソニアも一緒だ。
「おぉ、ダイル殿。よく戻られた。ベアル子爵たちと一緒にベルドランから帰還して来られたのだな?」
「えっ? どういうことだ?」
王様が言うには、1週間ほど前にベアルたちが魔空船でベルドランへ向けて出発したらしい。
「ベアルたちには何度も来てもらって申し訳ないことをしたな」
俺はそう呟いた。1か月くらい前にも彼らは俺を訪ねてベルドランへ来てくれていた。前回は俺がベルド・ダンジョンに潜っていて会えなかった。今回は完全な擦れ違いだ。
「ダイルがブライデンへ戻ったと分かったら、ベアル子爵たちもすぐに引き返してくるはずです。だから、ダイル。気にしないでくださいね」
ソニアが優しく言う。
「それより、ベルドランでのご用はもう終わったのですか? これからはブライデンでずっと居られるの?」
「いや、実は……」
俺は王様とソニアに今回の用件を話した。ブライデン王国が密かにベルドラン王国を侵略しようと狙っているのではないか。そのようにザイダル神たちが考えていて、その調査のために俺をブライデンへ派遣してきたと説明した。
「なぜ、ザイダル神様はそのような大変な誤解をしているのだ? こちらからは救援まで申し出ているのだぞ。余には理解できぬ」
王様が疑問に思うのも尤もなことだ。俺はザイダル神がブライデンを疑い始めた経緯を説明した。ザイダル神からの依頼でゾンビ禍の元凶を調べて、俺たちがその元凶を壊滅させたのだが、ゾンビ禍の裏に魔物や魔族を操る人族の国がいると分かったこと。ゾンビ禍と同じ時期にブライデンでザイダル神に情報を流していたマイモン公爵が捕らえられ処刑されてしまったこと。ブライデンが派遣しようとした部隊が救援というには過剰なほどの戦力であったため、ベルドランがゾンビ禍で弱ったところに付け込んで一気に侵略しようとしたのではないかと疑われていること。こういったことを総合的に考えてブライデンが怪しいとザイダル神が考えている。そういうことを説明した。
「ベルドランへ救援部隊を送ったのは、我が国にゾンビ禍が及ばないようにするための対策であったが、それがこのような誤解を招くとは……」
王様は頭を抱えてしまった。
「ところで、ダイルはどうしてザイダル神様からそのような重要な役割を頼まれたの?」
「それは……、前にも言ったかもしれないが、義理を果たすためだ」
ソニアの質問に答えるためにはアイラ神のことを話さざるを得ない。俺がアイラ神やその使徒のフィルナに助けられたこと、その二人から頼まれてザイダル神の依頼を受けていることを説明した。助けられたと言っただけで、その内容は説明していない。
「お父様。ダイルがザイダル神様から正式な依頼を受けて、ブライデンに調査のために来たことは、考えようによっては幸運だったかもしれません。ダイルならこの誤解を解いてくれるでしょう。ダイル、そうよね?」
「おぉ。たしかにソニアの言うとおりだ。ダイル殿、ぜひ、そなたの力でなんとかこの誤解を解いてもらいたい。誤解によってベルドランとの間で戦争状態になるのは絶対に避けねばならぬのだ」
「だけど、今のベルドランは弱体化してるぞ。仮に戦争になってもブライデンは負けないだろ? 魔闘士の数は圧倒的にブライデンが多いからな」
「いや、ダイル殿。それは少し考えが甘いぞ。正面からぶつかったら負けぬだろうが、まず、そういう戦いにはなるまい」
「どういう戦いになるんだ?」
「ダイル殿も知っておるだろう。ザイダル神様は強力な私掠船団を持っておる。もし、我が国を敵だと誤解したままなら、ザイダル神様は我が国の商隊を襲って通商を破壊する戦略を取るだろう。ソウルオーブの貿易は我が国の要だ。商隊が襲われ続ければ我が国は存続できなくなるのだ……」
王様は苦しそうに顔を歪めた。
「ダイル。私からもお願い。ザイダル神様の誤解を解いて、この国を救って」
「俺もザイダル神の誤解を解きたい。そのためにここに来たんだ」
俺はソニアと王様を交互に見ながら言った。
「それで、どうやって誤解を解くの?」
ソニアが俺に尋ねてくるが、それはこっちが聞きたいことだ。
※ 現在のダイルの魔力 オーブA〈384〉、オーブB〈302〉。
(最下層のドーム内で複数の魔獣を倒し、その魔力の1%分ほどが増加)
※ 現在のフィルナの魔力〈282〉。
※ 現在のハンナの魔力〈280〉。




