072 この仕事はやばい
俺たちは久しぶりにベルドランの西門村の家に戻ってきた。ここに戻るまでに北門村を通ったが、ゾンビの気配は全く無かった。2か月前に俺たちがベルド・ダンジョンに初めて入った頃は北門村にはゾンビがウヨウヨと徘徊していた。それがまるでウソのような静けさだった。確実にゾンビ禍は終息に向かっているようだ。
俺たちは隣の家のセルド魔医を訪ねた。ダンジョンから2か月ぶりに戻ってきたので、一緒に昼飯を食べながらゾンビ禍の状況を聞こうと思ったのだ。
セルドは少し痩せたようだが、俺たち三人の顔を見てホッとしたような顔をした。
「フィルナ様も師匠もご無事で何よりでした。そなたも、よく戻ってきた」
セルドは俺をオマケのように扱う。まぁ、いつものことだが。
俺たちがゾンビ禍の元凶を根絶させたことを話すと、セルドは顔を伏せて肩を震わせた。
「そうか……。ありがたい……」
そう呟いて顔を上げたセルドの目には涙が浮かんでいた。その気持ちがなんとなく分かった。
ベルドランのゾンビ禍がどうなったのか、セルドがその状況を説明してくれた。2か月前から軍に所属するロードナイトたちが一斉に動いて、王都および隣接する村々のゾンビとゾンビ虫の駆除を進めてきたそうだ。その結果、まだゾンビが残っているのは北流民村だけになった。それも後2週間か3週間もあればすべて駆除できる見通しだと言う。
セルド魔医は最初の数週間はゾンビ虫が脳に達した患者の治療でてんてこ舞いだったようだ。このベルドランで調伏魔法を使えるロードナイトは、俺たちを除けばセルドしかいない。だから、セルド魔医は自宅の診療所での治療だけでなく、王都や各村の隔離施設を回って、半ばゾンビ化した患者を相手にゾンビ虫の駆除を毎日夜遅くまで続けていたらしい。セルドが少しやつれた感じがするのは彼が患者たちのために頑張った証だな。
昼飯を食べながら色々な話をした後で、フィルナとハンナが食事の後片づけをしているときに、セルドが何かを思い出したのか違う話を切りだした。
「忘れるところだったが、そなたを訪ねて半月ほど前にブライデンから客が来ていたぞ。人族の男と熊族の男だったな」
俺を訪ねてきた熊族の男というのはベアルだろう。セルドは二人に対して、俺たちがゾンビ禍の元凶を根絶するために3か月間ほどベルド・ダンジョンに潜ったままだと説明したそうだ。それでは、ダンジョンから戻る頃を見計らって、また訪ねてくると言い残して帰っていったらしい。
ベアルが訪ねてきたということを聞いて、俺は思い出したことがある。ブライデンを出発するときに王女のソニアが語っていた話だ。父親のダンテ王がベルドランの混乱がブライデンに及ぶことを心配して、対策部隊を新たに編成してベルドランへ派遣するという話だった。たぶん、ベアルはその部隊と一緒にベルドランへ来たのだろう。
それにしては変だな。ブライデンの対策部隊はこっちに来てないのだろうか? もし、対策部隊が新たに立ち上がったとすれば、ブライデンのロードナイトが何人か助っ人としてベルドランに来ているはずだ。セルドに聞いてみたが、そんな話は知らないと言う。
俺は変だなと思いながらも、午後はフィルナと一緒に軍令本部へ出向いた。軍令大臣のガイザへゾンビ禍の元凶を根絶したことを報告するためだ。ハンナはセルド魔医とゾンビ症の症例を話し合うと言うので残してきた。
………………
軍令本部に入ると、すぐにガイザ大臣とマルグが会議室に現れた。3か月の予定が2か月で戻ってきたから少し驚いているようだ。
俺たちは会議用のテーブルを囲んで、ベルド・ダンジョンの最下層を調査して分かったことと、ゾンビ禍の元凶を完全に殲滅して浄化したことを報告した。
ダンジョン最下層の構造や魔獣が変異するドームのことを説明すると、ガイザたちは「なんと!」と声を上げて驚いていた。さらに俺がゾンビ禍の背後に人族の国がいるらしいと言うと「なに!? 本当か、それは!」とガイザ大臣もマルグも声を荒らげて憤った。
俺が二人に説明したのは、どこかの人族の国が最下層に村を作っていて、その国がワイトロードを使ってゾンビ塔や孵化場を作っていたこと、そして、その国の狙いがベルドランを崩壊させることだと分かったということだ。
ガイザ大臣は怒りを何とか沈めて、「ザイダル神様に報告するから少し待て」と言って目を閉じた。念話で今の話を報告しているのだろう。
突然、会議室に黒っぽいマントを着た男が現れた。
こいつがザイダル神か。ガイザ大臣から報告を聞いてワープしてきたのだ。俺は初めてザイダル神の顔を見たが、30歳くらいで少し暗い感じの男だった。
「フィルナ、元気そうだな。そして、おまえが……、名前はなんと言ったか忘れてしまったが」
ザイダル神が俺に目を向けた。細長の鋭そうな目だが、何を考えているのか分からないようなイヤな目だ。俺が返事をしようとしたらフィルナが横から口を差し挟んできた。
「ザイダル神様もお元気そうで何よりです。彼はダイルという名前で、今回のゾンビ禍の件では十二分に働いてくれました」
「そうか、ダイルだったな。フィルナもダイルも、その調子でこれからもおれのために働いてくれ」
ザイダル神はフィルナと俺を完全に自分の持ち駒と思っているようだ。腹立たしい。何か言い返してやろう。
『ダイル、あなたはできるだけ話さないほうがいいわ。ザイダル神様とゴタゴタを起こしたくないから』
『分かった……』
俺の顔色を見たのか、フィルナはすばやく念話を送ってきた。
「ほぉーっ! フィルナが〈282〉でダイルも〈260〉だと!? フィルナもダイルも魔力がかなり高くなったようだな?」
ザイダル神は俺たちの魔力を探知魔法で確認したようだ。俺はそういうこともあろうかと、予め自分の魔力を〈260〉に偽装しておいたのだ。
「はい。ダンジョンの最下層でワイトロードと戦ったり魔獣と戦ったりしましたから。私たちだけでは苦戦したのでアイラ神様にも助けていただきました」
「なるほど。おまえはアイラ神の使徒だからな。おれとアイラ神は相思相愛ってやつだから、アイラ神がおれの国を助けて当然なのだよ。フフフッ」
フィルナは黙って苦笑している。ザイダル神の今の言葉をアイラ神が聞いたら戦争になるかもしれないな。おっと、口に出そうになった。あぶない、危ない。
ザイダル神は真顔になって、その後すぐに本題に入った。
「おれがここにワープしてきたのは、この国を狙っているという敵国の件だ。問題はその国がどこかということだな。
ゾンビ禍を仕掛けてきたのが人族の国で、しかもワイトロードを使っているとなると……、やはり、怪しいのはブライデンだな」
「はい、ザイダル神様。私もそう思います。半月ほど前にブライデン王国から使者が来て、ゾンビ禍を鎮めるために部隊を派遣すると言ってきたことがあります。あのときはザイダル神様に相談して断りましたが、あれは我が国への侵攻作戦の一環だったのでしょうな」
「そのとおりです。ガイザ大臣が言われるとおりで、我が国にロードナイトを二十人も派遣してくるというのは過剰な戦力です。どう考えても怪しいですよ」
マルグがザイダル神やガイザ大臣にへつらうように言った。
そうか……。ブライデンはベルドランへゾンビ禍の対策部隊を送り込もうとしたのだ。それをベルドラン側が断ったからブライデンのロードナイトが誰も来てなかったのだ。俺は一人納得した。
マルグの言葉を受けて、ガイザ大臣が話を続けようとしている。
「それに……、ブライデンにはテイマーも多いと聞いております。これは、裏で魔物や魔族を誑かして我が国に侵略を仕掛けておいて、表では素知らぬ顔で援助すると言ってきたのでしょう。たぶん、ゾンビ禍で弱ったところに付け込んで一気に我が国を占領する作戦だったと思われます」
ガイザ大臣の話にはそれなりの説得力があった。俺も何も知らなければ納得したかもしれない。
ブレイデンにはテイマーが多いのは事実だ。テイマーとは調教した魔物を自在に操る魔物使いのことだ。魔力が〈100〉以上のロードナイトで、しかも〈魂〉属性の魔法が使える者がテイムの技能を修得して初めてテイマーになれるらしい。各王国の中でテイマーを養成する学校があるのはブライデン王国だけなのだ。そういう意味では疑われても仕方ないだろう。
ガイザ大臣の推測が間違いであることを俺は知っている。しかし、この場で「それは違う」と言うわけにはいかない。そんなことをすれば逆に俺も疑われてしまうだろう。
ザイダル神はガイザ大臣の意見を聞いて何か考え込んでいたが、顔を上げて話し始めた。
「実はブライデンにおれが懇意にしていた貴族がいたのだ。マイモンという名前の公爵で、ブライデンでは有力な商人でもあった。だが、数か月前に捕らわれて処刑されてしまった」
「えっ!? 何があったのですか?」
ガイザ大臣がザイダル神に尋ねた。マイモンという名前が出た途端、俺は身を竦めた。冷や汗が背中を流れていく。
「なぜ捕らわれて処刑されたのか、その理由は分からぬ。だが、ブライデン王国がこのベルドランを狙っているとすると、マイモン公爵が処刑された説明が付く。マイモン公爵はブライデン王国でおれに情報を流していたし、ブライデン王を排除しようと色々と工作していたようだ。それが発覚したのかもしれぬな」
「そうなると、ブライデンが我が国を狙っているというのは、ほぼ間違いないですな」
「うむ。敵がブライデンである可能性は高いが、もっと調べる必要があるな」
ザイダル神は意外に冷静だ。
「それならフィルナ様とダイル殿にブライデンへ出向いてもらい、ブライデンが真の敵かどうかを調べてもらったらいかがでしょうか。
ゾンビ禍のほうはベルド・ダンジョンの最下層にマルグの小隊を派遣してゾンビやゾンビ虫が残ってないか確認させます。問題が無ければマルグ小隊をその場に駐屯させて監視させたいと存じます」
ガイザの提案にザイダル神は満足そうに頷いた。
「ガイザ、それで進めろ。後はおまえに任せるから、何か分かったらまた報告するのだ。では、おまえたち、頼んだぞ」
そう言ってザイダル神は消えていった。
俺は心の中で頭を抱えていた。新たな指示だが、この仕事はやばい。今のままでは、ブライデンで俺が仕出かしたことがザイダル神にばれるかもしれない。マイモン公爵を捕えたのが俺だとばれたらどうなるんだ!?。
※ 現在のダイルの魔力 オーブA〈356〉、オーブB〈302〉。
※ 現在のフィルナの魔力〈282〉。
※ 現在のハンナの魔力〈280〉。




