070 最下層の村 その1
ベルド・ダンジョンの最下層に下りてきて13日目。俺たちは小さな森を迂回しようと歩いていて、その村を探知した。森の反対側にその村はある。俺たちから350モラほど離れた場所だ。
村の手前に数多くの牛や馬が探知できた。牧場だろうか。そこには人族も何人かいた。
ダンジョンの最下層にある村。なぜ、こんな場所に人族の村があるんだ?
フィルナたちには待ってもらって、俺は探知偽装でステルスモードにして村まで近付いた。距離が300モラほどになって、村にいるのが人族だけではないと分かった。人族のロードナイトが三人いて、そのすぐそばにワイトロードが一体。丸太小屋から逃げたヤツかもしれない。
人族のロードナイトとワイトロードが一緒にいるって、これはいったいどういうことだろう?
俺はフィルナたちのところに戻って探知で分かったことを説明した。
「村にいるロードナイトたちがワイトロードを捕えたってことかな?」
「もしかすると、ワイトロードと結託している人族の村かもしれないわよ?」
フィルナやハンナが言うように色々なことが想定できる。ともかく、調べるしかない。
「俺は村にもっと近付いて調べてくる。フィルナとハンナは牧場の方を調べてくれ。人族がいるが声を掛けたり姿を見られたりするなよ。敵の村かもしれないからな」
「分かったわ。ダイルも気を付けてね」
二人を牧場の近く残して、俺はステルスモードのまま村に近付いた。
………………
俺は今、森の中で木の枝に身を潜めて村の様子を見ている。石造りの小屋が50戸ほど不規則に散らばって建てられていた。その村にいるのは、武器を携えた兵士たちと村人と思われる男や女たちだ。
遠視の魔法でつぶさに見ていくと、ここから見える村人たちは男も女も全員が首輪をしていることが分かった。〈知識〉によるとこれは従属の首輪だ。全員の首輪は赤い色をしているから奴隷のようだ。
兵士たちのほうは服装も武器もバラバラだが、全員が首か腕に黄色の布切れを巻いていた。兵士かハンターかは分からないが、ともかく統率された組織の下で、どこかの国か私掠兵団などに属しているのだろう。
つまり、この村にいるのは、どこかの組織の兵士とその奴隷たちということだ。
俺はロードナイトたちとワイトロードを探した。見つけた。どうやら小屋の中にいるようだ。窓が開いていて、ロードナイトの一人が見えた。中年の男だ。遠視魔法の焦点をそこに絞って話し声を聞いてみた。視界が通れば望遠鏡で覗くように遠くを見聞きできるのだ。
1時間ほど聞き耳を立てていたが、雑談ばかりでこれといった会話が無い。そこへ別のロードナイトが小屋に入ってきた。
「ギルダス殿、牧場の孵化場は異常なしだ。安心してくれ」
「そうか。我らの卵さえ無事であればそれでよい」
ギルダスというのは、あの逃げたワイトロードの名前のようだ。
「それで、わしが見回りに行っている間に、上に報告する内容はまとまったのか?」
「まだだ。ギルダス殿にも加わってもらって報告内容を相談したが、魔闘士一人にゾンビ塔が全滅させられ、ワイトロードたちも倒されてしまったというだけでは報告にならぬだろう。こんなことを上に報告して信じてもらえると思うか?」
「いや、無理だろうな。ワイトロードが四体も一気に倒されるというのは普通ではない。しかも、相手はたった一人だ。魔力が高くて手練れの魔闘士だと言っても、たった一人に倒されるなど信じてもらえるはずがない。いや……、もしかすると、その魔闘士は神族の使徒かもしれぬな」
「しかし、そのような凄い使徒がいるなど聞いておらぬぞ。ベルドランの神族の配下にはろくな使徒が残っていないはずだ」
「ギルダス殿。その魔闘士の特徴を何か掴んでおらぬのか?」
「すまぬ。ワイトとして恥ずかしいことだが、あのときは逃げるのに精一杯だったのだ。相手の顔や姿を見ることもできなかった」
「敵のことが何も分からぬと言うことでは報告書も作れぬ。いつまでもこの基地に閉じ籠っていても埒が明かぬぞ。誰かがゾンビの塔まで行って、その魔闘士の正体を探るしかなかろう」
「それなら、おぬしが行けばどうだ?」
「いや、わしのような者ではとても手練れの魔闘士には敵わぬ。我らの中では貴殿が一番強い。貴殿が行かれてはどうか?」
「強いかどうかで言えば、ギルダス殿が一番強いぞ。それに、そもそもあの地はワイトロードたちに任されていたのだ。ギルダス殿に行ってもらうのが筋だろう。どうだろうか、ギルダス殿」
「あぁ、私が行こう。我らワイトは死を恐れぬ。私がここに逃れてきたのも貴殿らに事態を知らせるためだからな。貴殿らはこの地で我らの卵さえ守ってくれれば、それでよい」
「おぉ、そうか。ギルダス殿が行ってくれるか。ゾンビ虫の卵の管理は我らに任せてくれ」
「たのむ。もしあの魔闘士がまだいたら、密かに近付いてその正体を探って来よう。いなければ、すぐにでもゾンビの塔に我らの拠点を作り直すとしよう。それでは私は孵化場のゾンビを何体か連れてすぐにでも出立しよう」
「では、お願いする。ゾンビ塔に繁殖の拠点を作り直せるなら、もう一度始めればよいのだ。その素材も食料もここにはたっぷりあるからな」
「貴殿の言われるとおりだ。わしもそう思う。もう一度やり直せばよいのだ。あの国はもう崩壊寸前まで来ている。このゾンビ作戦を続ければベルドランは必ず崩壊するはずだ」
「それは分かっておる。だがな、今、問題なのは上への報告をどうするかだ」
「ギルダス殿、上への報告は3日後だ。その日が補給日で使者が来る日だ。その日までに報告書を仕上げて、国からの使者に報告書を渡さねばならぬ。よって、貴殿には2日後にはここへ戻っていただきたい。よろしいか?」
「あぁ、大丈夫だ。必ずヤツのシッポを掴んで戻ってくる。心配するな」
俺はそれを聞いただけで力が抜けていく気がした。あのワイトロードは俺のシッポが弱点だと知っているのか!? いや、そんなはずはない。顔も姿も見てないと言ってたからな。俺が豹族であることも知らないようだ。シッポを掴むと言ったのは単なる言葉の綾だろう。
ともかく、この村はどこかの国の基地らしい。その国はゾンビを使ってベルドランを崩壊させようとしているようだ。
それと、もう一つ重要なことが分かった。この村の牧場のどこかにゾンビ虫の孵化場というのがあるようだ。その場所は絶対に潰しておかねばならない。
とりあえず、いったんフィルナたちがいる牧場の近くへ戻って、対策を相談しよう。
………………
フィルナとハンナは牧場が見える森の中に身を潜めていた。ハンナがまた何やらスケッチブックに描いている。
「どうしたんだ?」
「ハンナ姉がね、あの親子を見て何か描き始めたの」
フィルナが指さす方を見ると、若い母親と五歳くらいの小さな女の子が畑で一緒に仕事をしていた。牧場の横に小さな畑があって、二人で土を耕しているようだ。何か話をしながら母親も女の子もニコニコと笑っている。
「幸せそうな風景だな」
「うん。でもね、あの親子の首を見たら……」
それぞれ赤い首輪をつけていて、過酷な現実を物語っていた。
だが、ハンナが描いているのは親子ではなく、森の木々の間でひっそり咲いている紫陽花の花だ。いや……、違うな。
スケッチを見ると、そこには二匹のカタツムリが描かれていた。大きなカタツムリと小さなカタツムリ。二匹が紫陽花の葉の上で寄り添って、その向こうに紫陽花の赤紫の花がほんわりと描かれている。
『いっしょうけんめい生きる姿は美しい』
可愛い文字で言葉が添えられていた。
「描いてみたけど、なんだか悲しいよね」
絵を覗き込んでいる俺に向かってハンナが呟いた。
「あぁ。でも俺たちの手であの親子も救い出してやろう。奴隷から解放してあげることだってできるかもしれないだろ」
そう言うと、ハンナは俺を見て少し微笑んで頷いた。
ともかく気を取り直して、これからどうするかを相談しよう。俺は二人に偵察で分かったことを説明した。
「ゾンビを使ってベルドランを崩壊させるって……。そんなことをして、その国に何の得があるのかしら?」
ハンナが俺の説明を聞いて疑問に思ったことを口にした。
「普通に考えれば自分の領土を広げるってことでしょ?」
「でも、それはちょっと変よ。あたしは何か違う気がするんだけど……」
「何が変なの?」
「領土を広げるためにベルドラン王国を侵略しようと考えるのは近くの国ってことよね? そうすると、東のブライデン王国か北西のカイエン共和国だわね。でも、ブライデン王国には最近まであたしもダーリンもそこにいたでしょ。あの国の王様や王女様はベルドランに対してそんな野望を持っているとは思えないわ」
「ハンナ姉、それを言うならカイエン共和国も同じよ。カイエンはアイラ神様が支配する国よ。絶対にベルドランへの侵攻など考えておられないわ」
「そうよね。アイラ神様がそんなことをするはずがないわよね。それに、もっと変だと思うことがあるの。それはゾンビを使った作戦よ」
「どういうこと? ハンナ姉、私にも分かるように教えてよ」
「だって、もし作戦が成功してベルドランが崩壊したとしても、後に残るのはゾンビだらけの土地と廃墟でしょ。そんな領土、あたしだったら欲しくないわ」
「たしかにそうよね……。それなら、どこがベルドランを狙っているの? 人族が基地を作っているってことは敵は人族ということよね? 私には分からないわ。ええと、念話でアイラ神様に相談してみるわね」
フィルナはそう言うと黙り込んだ。アイラ神と話し合っているのだろう。
「ともかく、ブライデンでもカイエンでもない別の国がベルドラン王国を狙っていることは間違いないな」
俺の言葉にハンナは頷き、念話をしているフィルナに目を移した。フィルナは何やらコクコクと頷いている。アイラ神からアドバイスを受けているのだろう。やがて何か納得がいったのか表情を明るくして、俺たち向かって口を開いた。
「アイラ神様が仰るには、その国は魔族の国か、魔族に支配された人族の国かもしれないって……」
フィルナがアイラ神から聞いた話によると、人族がゾンビやワイトロードを使って他国を侵略するなどあり得ないそうだ。そもそも魔族や魔物は人族や亜人を敵視しているから、魔族や魔物が自発的に人族に協力して一緒に何かを行うことはあり得ない。考えられるとすれば、魔族が人族に協力しているのではなく、人族が魔族に協力しているということだ。そして、魔族に支配された人族であれば魔族に協力している可能性が高いという話だった。
だから、ベルドランを狙っているのは魔族の国か、魔族に支配された人族の国ということになる。アイラ神はそう考えているのだ。
敵が魔族の国か、魔族に支配された人族の国だとすれば、ベルドランを崩壊させる狙いは領土ではない。狙いは人族を滅ぼすか、自分たちの支配下に置くということだ。そうだとすれば、その国とはいったいどこだろう?
※ 現在のダイルの魔力 オーブA〈316〉、オーブB〈230〉。
※ 現在のフィルナの魔力〈243〉。
※ 現在のハンナの魔力〈238〉。




