068 魔獣の巣窟 その1
誰かに抱かれているような気がしたが、それが夢なのか現実なのか分からなかった。ただ、夜中に誰かが俺のシッポを触っていたと思う。それは俺の勘違いではない。そのせいで意識が朦朧としていたのだ。
「なんだか情けないかっこうね」
フィルナの声で目を覚ました。自分がシッポを股の間に挟んで丸まって眠ていたことに気付いた。こんな寝相で寝ていたことは今まで無かったから、きっと俺の本能的な防御姿勢なのだと思う。
俺が目覚めたと知って、ハンナが俺のところへ飛び付いてきた。俺の頭を胸に抱えて、豹耳をグニグニしてくる。ネグリジェ越しに生のボリューム感が伝わってくる。
「このモフモフ感が堪らないの。素敵よ、ダーリン。チュッ!」
ハンナが俺の頭にキスしてきた。俺はハンナの胸に挟まれて窒息しそうだ。
「ハンナ姉だけ、ずるいっ!」
フィルナが俺の頭を赤ん坊のように自分の胸に引き寄せて抱きしめた。
「お耳が可愛い」
フィルナも俺の耳をグニグニし始めた。
「ふたりとも、いい加減にしてくれ!」
今のままではこっちが変になりそうだ。俺が手を出さないと約束しているものだから、好き勝手に俺をオモチャにしている。
女たちの匂いに頭がクラクラしてきた。ふらつきながら寝室を這い出て小屋の外に出た。丸太小屋は霧に包まれていて、10モラ先も見えないような状態になっていた。後で分かったことだが、この最下層は雨が降らない代わりに時々霧が出て、その霧がすべてを覆い尽くして草地も森もぐっしょり濡れるのだ。
外の空気を吸ったおかげで頭の中のモヤモヤした霧は晴れてきた。小屋の周りの霧も1時間後には晴れた。
………………
俺はその日の夜からハンナとフィルナから自分の身を守る対策を講じた。それはバリアの二重掛けだ。キャンプ用のバリアを部屋の中全体に張って俺たち三人を外敵から守る。同時に自分の体には普通のバリアも張り巡らして寝る。これでハンナたちから突然に襲われる心配は無くなった。ハンナもフィルナも俺のシッポや豹耳に触れなくなったとブツブツ文句を言ってたが無視した。
………………
俺たちは丸太小屋を拠点にして、それから毎日、偵察に出た。逃げたワイトロードを捜し出すことやゾンビ禍の元凶がほかに無いか調査するためだ。だが、それだけでなく、この最下層がどうなっているのか調べるのと、自分たちの訓練もここでやろうと俺は考えていた。
フィルナだけでなくハンナもこの最下層に連れてきたのは、彼女たちの強引さに勝てなかったこともあるが、ここが戦いの訓練や実戦の経験を積むのに都合が良いと考えたからだ。ここなら魔獣が多いだろうし、ザイダル神やその関係者に気を使うことなく訓練ができる。
しかし、この丸太小屋を拠点に4日間ほど周辺の調査を行ったが魔獣には全く出会わなかった。ワイトロードも見つからない。魔物には時々遭遇したが、魔獣の影が無いのは完全に期待外れだった。
それでも剣の訓練はできた。三人の中で剣を使った戦いが一番上手いのはハンナだ。以前にハンナがゾンビを次々と倒したのを見ていたから、剣が得意だと分かっていたが、一緒に訓練をしてみて、これほど腕の違いがあるとは思わなかった。俺とフィルナはハンナを師匠と仰いで、剣の訓練をみっちり行った。
「この場所がダンジョンの最下層だとしたら、どうして魔獣がいないのか不思議よね。もしかすると、私たちがいるこの場所は最下層ではないのかもしれないわね?」
「そうかもしれないけど、でも、あたしたちがまだ調べてない場所もたくさん残ってるのよ。そこに魔獣がいるって気がするわ。あたしの勘は当たるのよ」
訓練の合間の休憩でフィルナとハンナの何気ない会話を聞きながら、俺も同じようなことを考えていた。
魔物が魔獣に変異するのはダンジョンの最下層だと聞いている。この丸太小屋を拠点に日帰りで行けるところまではほぼ調べた。この峡谷はほぼ1ギモラの幅でずっと続いているようだ。ここが最下層だとすれば、その先に魔獣に変異する場所があるのかもしれない。
ほかにも調べてない場所がある。それは断崖絶壁で見つけた横穴だ。この丸太小屋は絶壁のすぐそばに建っているが、それとは反対側の絶壁にその横穴はあった。横穴と言うよりもトンネルと言ったほうがいいかもしれない。地面からそのまま入って行ける位置にあって、まるでどこかへの通路のように見えるからだ。穴の形は半円形で、その幅も高さも3モラくらいだ。
絶壁には同じようなトンネルが3つあった。絶壁はずっと続いているから、トンネルはもっとあるのかもしれない。
一番近いトンネルはこの丸太小屋から歩いて20分ほどのところにある。そのトンネルの先には何があるのだろう?
「今日はこれから、あのトンネルに入ってみないか? ハンナの勘が当たってるかもしれないぞ?」
俺の言葉に二人は少し緊張した面持ちで頷いた。
………………
トンネルはずっと水平で真っすぐに1ギモラほど続いていた。魔獣にも魔物にも出会わなかった。そのトンネルを抜けると広大な空間に出た。
この空間は今まで俺たちがいた峡谷とはかなり違っていた。まず目を引くのは天井に向かって伸びる何本もの巨大な柱だ。その天井は300モラくらいの位置にあって、光を発している。
地表は遥か遠くまでずっと草原が続いているようだ。所どころに樹木や大きな岩も見える。
そして、その大岩の影にそいつはいた。
ボンジャスピガロード(魔獣サソリ)だ。今まで戦った魔獣の中では最強で、魔力は〈480〉もある。
俺は探知魔法でこの魔獣サソリを察知すると直ちにフィルナとハンナを待避させることにした。この魔獣は尾に二つの攻撃針を持っていて毒砲と火砲を交互に連射してくるらしい。全弾が誘導弾だ。フィルナの魔力は〈150〉しかないから、誘導弾が一発当たっただけで彼女のバリアは破壊される恐れがある。
『魔獣サソリが向こうに見える大岩の影にいる。危険だ。距離は約300モラ。相手はまだこっちを察知してない。おまえたちはトンネルの中に隠れてろ。トンネルの中なら誘導弾は飛んで来ないし、あの大きさの魔獣は入って来れないからな』
『ダイルはどうするの?』
フィルナが心配そうな顔で聞いてくる。
『俺は魔獣サソリを倒す。心配するな、大丈夫だから』
俺の言葉にフィルナは泣きそうな表情になった。魔獣との戦いで母親のダリナを失ったことやククルが石化してしまったことを思い出しているのかもしれない。
『私も一緒に行って手伝う』
『フィルナ、ダメよ! 魔獣サソリは本当に危険なのよ。あたしたちが一緒に行ったらダイルの邪魔になるだけよ。あんたはダイルを死なせたいの!?』
『ハンナ姉……』
フィルナはハンナのひと言で素直にハンナと一緒にトンネルの中に姿を隠した。ハンナはフィルナの本当のお姉さんみたいな感じになってきたな。
魔獣サソリはまだ大岩の影にいて、こちらには気付いていない。今がチャンスだ。アイツが見える位置まで回り込んで遠距離攻撃を掛けるとしよう。
ちょうど良いスキルがある。狙撃のスキルだ。これは遠視魔法と熱線魔法を組み合わせたスキルで、まるでライフルスコープで狙うように遠くにいる敵に照準を定めて狙撃できるのだ。
魔獣サソリが見える位置まで回り込んだ。サソリはゆっくり動いている。大きさははっきりしないが、たぶんその体長は8モラ以上あるだろう。全身が黒っぽい色で、体の上に持ち上げている太い尾と左右の大きな鋏は凄い迫力だ。こんなヤツと戦って勝てるのか? 見ているだけでこっちの戦意が萎えてくる。
俺は姿勢を低くして地面に膝を立てた。「狙撃」を発動し、右手を魔獣サソリに向けて照準を定めた。狙うのは尾の先端。針の部分だ。
最大出力で熱線を発射。命中! だが、尾の硬い殻に当たって熱線は跳ね返されてしまった。遠距離攻撃で倒せるほど甘くはなかった。
魔獣サソリは俺に気付いた。尾を高く振りかざして俺に向かって突進し始めた。300モラの距離が見る見る詰まってくる。凄いスピードだ。
※ 現在のダイルの魔力 オーブA〈307〉、オーブB〈180〉。
※ 現在のフィルナの魔力〈150〉。
※ 現在のハンナの魔力〈220〉。




