067 素敵な山小屋
あの儀式の4日後、俺たちはベルド・ダンジョンの最下層まで下りてきた。フィルナだけでなくハンナも一緒だ。
ダンジョンへ出発するまでの数日間は忙しかった。ゾンビ症の治療をセルド魔医に任せるために彼の教育をしたり、俺たちが地下に潜って数か月間生きていけるように食料などの買い出しを行ったからだ。
セルド魔医が調伏魔法を使ってゾンビ虫のソウルを撃退できるようになるまで、フィルナやハンナが治療方法や戦い方を教えたり、一緒に手伝ったりした。
その教育が一通り終わってから、セルドには俺たちの予定を説明した。数か月の間、ゾンビ禍の元凶を調査し根絶させるために留守にすることを話したのだ。
「だから、ハンナの分までゾンビ症の治療を頼む」
俺がそう言うと、セルドは俺の手を取った。
「それは私にまかせろ。そなたたちの役目の方がずっと難しい。ゾンビ禍を根絶やしにできるかどうかは、そなたたちに掛かっている。頼んだぞ」
セルドの手を通してその熱い思いが伝わってきた。セルドは視線をフィルナたちに向けた。
「フィルナ様、師匠とダイルをよろしくお願いします。お気を付けて」
セルドはフィルナが一番強くて、ハンナや俺はそのお供のように考えているようだ。まぁ、いいけど……。
………………
ベルド・ダンジョンの最下層に下りて来るまでに蟻の巣を通った。フィルナとハンナは累々と横たわる死骸を見て悲鳴を上げたが、それを土に戻す作業をやると聞いて、さらに大きな悲鳴を上げた。三人で3時間ほど掛けて蟻の巣の中の死骸を処分した。
そこから煙突を通ってゾンビの巣まで下りてきた。この場所は蟻の巣よりももっと無残だった。焼けた臭いはバリアで防げるが、灰の中に横たわる焼死体の姿は嫌でも目に入ってくる。フィルナとハンナは悲鳴を上げる元気もなく、黙々と土に戻す作業を行った。その作業は1時間ほどで終わったが、まだ作業は残っていた。ゾンビの巣の中を清浄の魔法を使って浄化したのだ。生き残っているゾンビ虫がいるとは思えないが念のためだ。これにも1時間ほど掛かった。
そして、ゾンビの巣の扉を開けて俺たちは外へ出た。
その風景にフィルナもハンナも歓声を上げた。息が詰まるような場所から解放されて新鮮な空気を胸一杯に吸い込むことができたから嬉しさもひとしおだったのだろう。
周りを見渡すと草地が広がっていて遠くには森や丘が見え、その間を川が蛇行しながら流れている。その先には高さ1ギモラくらいの断崖絶壁が聳えていた。
「ダーリンから聞いてはいたけど、見ると聞くとは大違いって、このことね。なんて素敵なところかしら」
「それに、ハンナ姉。きれいな山小屋まであるわ。入ってみましょうよ」
フィルナがすぐそばの丸太小屋に向かって駆けだした。ワイトロードが住んでいた小屋だ。ハンナも後を追って走っていく。好きなようにさせておいて大丈夫だろう。探知魔法で小屋の中や周りに危険が無いことは分っているからな。
フィルナとハンナは何も気にせずに丸太小屋の中に入っていった。だが、おかしいな? どうして気味が悪いとか思わないんだろ? あ、考えてみれば、この小屋のことをフィルナたちには説明してなかった……。
俺がゆっくり歩いて小屋に近付くと、フィルナが扉を開けて小屋から出てきた。
「ダイル、あなたが私たちのために用意してくれたの? 居間は広いし、寝室も3つあって、素敵な山小屋よ」
そう言えばそうだった。寝室の数が3つなのは偶然だ。
丸太小屋の中に入っていくと、ハンナの声が寝室の一つから聞こえてきた。
「ダーリン、あたしの部屋はここにするよーっ」
その部屋に入っていくと、ハンナがベッドに横になって気持ち良さそうに枕に顔を埋めている。
「ハンナ姉だけ先に部屋を決めるなんて、ずるい! それなら私はこっちの部屋にするね」
フィルナも自分の部屋を決めて、ベッドにダイブして寝転んだ。
「わぁー、気持ちいいーっ!」
二人がここを気に入ってくれたのは好いんだけど、臭ったりしないのか?
「台所も素敵ね。あれ? ダーリン、奥に地下室があるわよ」
何やらハンナが台所の奥の方でゴソゴソしている。大丈夫だろうか? しばらくしてハンナが出てきた。手には何かをぶら下げている。
「ダーリン、ほら見て! 台所の奥に地下室があって冷凍貯蔵庫になってたの。こんなに美味しそうな肉がたっぷりあったわ!」
ハンナが持ってきたのは霜降りの赤身肉だった。
「まぁ! 美味しそう。今夜はステーキにしましょう!」
「い、いやっ……。それは食べない方がいいぞ……」
二人が一斉に俺を見た。不思議そうな顔をしている。
「この小屋にはワイトロードたちが住んでいたから……」
ハンナが肉の塊を床に落とした。
「「ギャーッ!!」」
今日最大級の悲鳴が上がった。
………………
結局、丸太小屋の内部は俺一人で全部きれいにした。当分の間はこの場所を拠点にして最下層の探索を行うことが必要だ。フィルナもハンナもこの丸太小屋で寝泊まりするのはイヤだと言ったが、使える物は使いたい。そう言うと、俺が内部を完全に綺麗にして消毒するまでは口を利かないと言って草の上に座り込んでしまったのだ。
冷凍貯蔵室に貯蔵されていた何かの肉はすべて土に戻して処分した。ベッドや寝具、台所用品、テーブル、椅子などワイトロードたちが触れたと思う物はすべて廃棄して燃やした。小屋の中を隅から隅まで清浄の魔法で浄化した。
この小屋には不思議なのだがトイレが無かった。風呂もない。うちのお嬢様方がそれで許してくれるはずがなかった。仕方なく、居間の壁を少し切り取って、その外側に石壁の魔法で作ったトイレと風呂を付け足した。貯水槽や排水槽も当然作ったから大変な工事になってしまった。
これだけやっても、まだ許してくれなかった。ハンナが一人で寝るのは怖いと言いだしたのだ。
「それならフィルナと一緒に寝ればどうだ?」
「ダーリン! あたしたちを守ってくれるって言ったよね!?」
「そうよ! 夜中にワイトロードたちが襲ってきたらどうすんのよ!?」
ハンナの言葉にフィルナも同調して、結局、三人で一緒に寝ることになってしまった。
「三人で寝られるように、あたしとフィルナで寝室をちょっと模様替えするわ。ダーリンは居間で待ってってね」
ハンナとフィルナは1時間以上かけて寝室の模様替えをした。終わったと言うので寝室に行ってみると、部屋の土台を石壁の魔法で作り直して、床も壁も天井も石壁で全部囲っていた。その床一面に、亜空間バッグに入れて持ってきた毛皮の敷物を何重にも敷き詰めている。部屋全体が大きなベッドのようになっていた。
「どうかしら、これなら三人が安心してゆっくり寝られるでしょ?」
三人どころか十人くらいが一緒に寝ても余裕だ。それに部屋の内側をすべて石壁で囲ったのは余計なことだと思うぞ。寝ている間も俺のバリアが三人を一緒に包むから、石壁よりもよっぽど耐久性があるはずなのだ。でも、見えないバリアよりも石壁の方が安心感があるんだろうな。気持ちは分かるけど……。
「この部屋で一緒に寝たとしても、俺は絶対に抱き枕にならないからな!」
「何を心配してるのよ? ダイルを襲ったりしないよ、ね? ハンナ姉」
「まぁね、ふっふっふ……」
ハンナがほくそ笑んでいるのが怪しい。
それから夕食を食べて風呂に入ってから寝た。風呂はもちろん俺一人で入った。
フィルナもハンナも薄いネグリジェに着替えていた。俺との同居を決めたときに、二人揃って仲良くベルドランの街へ出掛けて何着も買ってきたらしい。あのときから一緒に寝るときは二人ともネグリジェを着て俺を挑発してくる。俺を抱き枕にして寝ようという魂胆だ。そこから先は何もさせてもらえなくて、蛇の生殺しにされるのは絶対にイヤだ。
俺は今までその挑発に耐えてきた。そして、今も二人は挑発してくるが無視。相当疲れていたのか、俺はあっと言う間に眠ってしまった。
※ 現在のダイルの魔力 オーブA〈307〉、オーブB〈180〉。
※ 現在のフィルナの魔力〈150〉。
※ 現在のハンナの魔力〈220〉。




