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066 ちょっとした儀式

 ハンナから「あたしの弟子のことでダーリンにちょっとしたお願いがあるの」と言われて、その話を聞いた。


 ハンナが言い始めたのは、セルド魔医の魔力を〈100〉以上に高めるのを手伝ってほしいということだ。さらに、セルドを俺の配下にしろと言う。魔力が〈100〉以上になれば、キュア魔法でゾンビ虫を駆除できるようになる。ついでに〈配下登録機能〉で俺の配下にすればイージーモードになるから、調伏魔法も使えるようになる。そうすれば、ハンナがいなくてもセルド魔医一人でゾンビ症の治療はすべてできるってことだ。


 う~ん、どうしようかなぁ……。たしかに、セルドは好いヤツだ。誠意があってヤル気もある。俺もセルド魔医のことはちょっと尊敬している。だが、セルドに俺の〈配下登録機能〉や自分のことを説明するのはちょっと早いよなぁ……。


「分かった。フィルナにも手伝ってもらうぞ」


「えっ? 私も?」


「フィルナはセルド魔医には会ったのか?」


 俺の問い掛けにフィルナが少し困った顔で頷いた。横からハンナが話し始めた。


「昨日の朝にね、フィルナをセルド魔医のところへ連れていったの。アイラ神様の使徒だって紹介して、調伏魔法の話をしたのよ。そうしたら……」


 ハンナによると、アイラ神の加護の件を少し大げさにセルド魔医へ話したようだ。フィルナが祈祷したおかげで、ハンナがアイラ神の加護を得て調伏魔法を使えるようになったと。それを聞いたセルドは跪いてフィルナを拝み始めたらしい。セルドが異常なのではない。この世界の人族は、神族やその使徒に対して畏敬の念がそれだけ強いということなのだ。


 アイラ神の加護なんて嘘っぱちなのだが、その話は都合が良い。ちょっと利用させてもらおう。


「加護の件をセルドが知ってるのなら話がし易い。さっそくセルド魔医のところへ行こう」


 セルドの家は隣だ。まだ朝が早かったからセルドは家にいた。


「おはようございます。フィルナ様、師匠、昨日はありがとうございました」


 俺たちが家に入っていくとセルドが礼を言ってきた。たぶん、ハンナたちがゾンビ症患者の治療をしたことに感謝しているのだろう。それにしても、いつの間にかセルドがハンナのことを「師匠」とか呼び始めてる。ハンナのやつ、すっかりセルド魔医を手懐けてしまったようだ。


「セルド魔医、喜んでくれ。フィルナの祈祷が通じて、あんたもアイラ神様の加護を得られることに決まったぞ」


「えっ?」


 セルドは何のことか分からないって顔をした。


「準備ができたら呼びにくるから、しばらくの間はハンナと一緒に患者の治療をしていてくれ。俺はフィルナと一緒に加護を授かる準備をしてくる。準備に半日くらい掛かるから、ハンナ、後は頼んだぞ」


 俺の言葉にハンナは手を振って「気を付けてね」と言った。俺が何をするのか見当がついているようだ。セルドはポケッとした顔のまま固まっていた。


 俺とフィルナはその足で西門村を出て魔樹海に向けて走った。魔樹海に近付くと、俺はフィルナに祭壇を用意するように言った。アイラ神の加護を得るための儀式用の祭壇だ。


 俺はちょっとした儀式をやろうと考えている。完全な嘘っぱちの儀式だが、セルドにそれらしく見せるための儀式だ。フィルナにその用意は任せて、俺は一人で魔樹海に入った。儀式で使う魔獣を捕らえるためだ。


 魔樹海の中に入ると俺は魔獣を捜しまわった。3時間くらい経ってジャドブンガロード(魔獣蜂)を探知した。何十匹ものジャドブンガ(毒砲蜂)を自在に操り、その上、誘導された毒砲弾まで連射してくるが、俺の敵ではなかった。俺の蜂落としのスキルで仲間の蜂や誘導弾をすべて落とし、雁字搦がんじがらめのスキルを使って魔獣蜂を蜘蛛糸でグルグル巻きにして魔法で眠らせた。


 その眠らせたままの魔獣蜂をフィルナのところへ運んだ。数時間前までは雑草が生い茂っていたところに石積みの小さな神殿ができていた。フィルナが〈土〉属性の魔法を駆使して作ったのだ。屋根はなくて石の柱が何本も立っている。その柱に囲まれて石のテーブルがあった。長さ10モラ、幅3モラくらいの大きなテーブルで、供物を載せるための供物台のようだ。その奥には色々な野の花や果物が階段状に飾られた祭壇があった。


「おかえりなさい。その獲物は?」


「魔獣蜂だ。予想以上に立派な神殿と祭壇ができたな」


 俺の言葉にフィルナはにっこり微笑んだ。


「アイラ神様に念話で相談したら、こんな感じにしたら、それらしくなるよって言われたの。面白そうだからアイラ神様も来たいって仰っていたのよ。でも、そんなことしたらセルド魔医が腰を抜かすから遠慮していただいたわ」


 アイラ神はフットワークが軽いからな。本気で来たかったのだろう。遠慮させられたアイラ神がちょっと可哀そうな気もするが、まぁいいか。


 その後、フィルナにはこの神殿で魔獣の見張りをしてもらって、俺はセルド魔医とハンナを呼びに行った。


 ………………


「では儀式を始めよう」


 俺が告げると、供物台の手前にフィルナが立って、祭壇に向かって何やら訳の分からない言葉を呟き始めた。祈祷のつもりらしい。


 そこへ、俺が眠ったままの魔獣蜂を念力魔法で運び込んで供物台に載せた。魔獣蜂の体長は3モラ以上あるから、なかなかの迫力だ。


 フィルナは祈祷を続けている。俺が合図を送ると、ハンナが供物台までセルド魔医の手を引いて来て立たせた。


「これは生け贄にする魔獣蜂だ。あんたが殺してアイラ神様へ供えるんだ」


 俺はセルドに剣を渡しながら耳元で囁いた。セルドは青い顔をして固まっている。


「大丈夫だ。この魔獣蜂は弱らせているから襲って来ない。頭と胴の繋ぎ目を剣で断ち切るんだ」


 俺の言葉にセルドは頷いた。覚悟を決めたのか剣を振り被って、力強く振り下ろした。見事に狙った場所を切り裂いて「カキーン」という音が響き渡った。力余って剣が石のテーブルに当たったのだ。


 魔獣蜂は死んだ。


「セルド魔医、ソウル格納の魔法を唱えるんだ」


 俺の言葉に従って、セルドは魔獣蜂のソウルを自分のロードオーブに取り込んだ。


「すごいっ!」


 自分の魔力が高まったことが分かったのだろう。セルドが驚きの声を上げた。それを聞いたフィルナの祈祷の声が一段と大きくなった。


 そこへ、なんと! アイラ神が現れた。祭壇の上に浮いている。羽衣のような薄い衣を身に纏って、風に長い髪と羽衣をなびかせている。その背後からは四方に眩い黄金の光が放たれている。よく見ると、後ろの柱の陰に誰かいて、魔法で風や光を調整しているようだ。あぁ、あれはテオドだな。しかし、セルドはそんなことに気付かず、アイラ神の姿を呆けたように見つめていた。


「おぉっ! アイラ神様」


 雷に打たれたようにセルドが驚きの声を上げ、両腕を上げて拝むような動作を繰り返した。ハンナは少し離れたところで何やら必死にスケッチをしている。


『こころ正しき者よ。われの加護を与えん!』


 アイラ神の念話が全員の頭の中に厳かに響いた。俺は同時にセルドへ眠りの魔法を放った。崩れていくセルドの体を念力魔法で持ち上げてテーブルの上に横たえた。すぐに「配下登録機能」を使って、セルドを俺の配下として登録した。


 これで、セルドは魔力が〈140〉でイージーモードのロードナイトになった。


 セルドは眠らせたままにしておいて、俺はアイラ神に話しかけた。


「あんたも好きだな。わざわざそんな衣を用意して出てくるなんて、ヒマとしか思えないぞ」


「そうでしょ? あたしはイヤだって言ったのよ。でも、どうせやるなら徹底的にやるべきだとかテオドが言いだして、こんなかっこうをさせられたの」


「でも、アイラ神様。なかなかのお姿でしたぞ。おれも思わず拝みたくなっちまいました」


 テオドが出てきてニヤニヤ顔で言う。


「アイラ神様! 儀式には参加しないと仰ってたのに……」


「驚いたでしょ。でも、ここに来たほうが、ほら、あたしが与えることになってる……、なんだっけ? 加護って言うの? その有難味が増すじゃない」


 フィルナに向かってアイラ神は天真爛漫な表情で言った。


「しかしな、アイラ神。有難味のことを言うなら、あんたは喋らない方がいいぞ」


 俺の言葉にアイラ神はぷくっと頬っぺたを膨らませた。思わず可愛いと思ってしまう。


「あのぅ、ダーリン。あたしのこと、アイラ神様に紹介してほしいな」


 ハンナが横からそっと俺に囁いた。あ、そうだった。ハンナはアイラ神とは初顔合わせだった。


「ハンナさんでしょ。知ってるわよ。ダイルからも聞いてるし、フィルナからもダイルを一緒に抱き枕にできるくらいハンナさんと仲良くなったって聞いたわよ。あたしとも仲良くしてね」


「あ、はい。あたしのほうこそ、よろちくお願いいたちます」


 ぷっ! ハンナが噛んだ。アイラ神を前にいつになく舞い上がっているようだ。


「それと……、これを描いたんですけど……。今日の記念にあたしの弟子に、あっ、そこで寝てるセルド魔医にあげようと思うんです。あまりにも神々《こうごう》しかったので、アイラ神様のお姿を勝手に描いてしまいました。この絵を弟子に渡してもよろしいでしょうか?」


 いつものハンナのスケッチだ。見ると、祭壇の上に浮かぶアイラ神の姿が描かれている。羽衣と髪が風になびき、アイラ神からは眩いくらいの後光が差している。それをセルド魔医が両腕を上げて拝んでいるシーンだ。周りには神殿の柱や供物台に載せられた魔獣蜂の姿もあり、驚きの表情を浮かべる俺とフィルナも描かれていた。


『こころ正しき者よ。われの加護を与えん!』


 絵にはアイラ神が発した言葉がそのまましっかりとした字で書き込まれていた。

 

「まぁ! 素敵ねぇ」


 アイラ神が感嘆の声を上げた。


「アイラ神様やダイルたちの顔がはっきり描かれてないところも好いな。だが、おれが描かれてないぞ」


「裏方のあんたを描いてしまったら、この絵は台無しになっちまうだろ!」


 俺が言い返すとテオドはさらに不満気な顔をした。


「ねぇ、あたしもこの絵がほしい。写しをもらっていいかしら?」


 アイラ神がハンナに尋ねた。


「はい。それなら、もう一枚描きます」


「いえ、大丈夫よ。ほら、写したから」


 あっと言う間に同じスケッチがアイラ神の手元にもう一枚現れた。神族は不思議な能力を持っているようだ。


 その後「またねー」と言いながらアイラ神とテオドはワープで帰っていった。


 俺たちは儀式の後片づけをしてからセルドを目覚めさせた。セルドはアイラ神様に礼を言えなかったと残念そうだったが、格段に高まった自分の能力を確認すると本当に嬉しそうにした。しかし、しばらくすると、ナゼかまた落ち込んだ様子になった。


「どうしたんだ?」


「いや、あのとき、この力があったら妻を死なせることがなかった。そう思うとな……」


 俺は言葉を返せなかったが、ハンナは違った。


「こら! くよくよしないのっ! アイラ神様の加護をいただいたのだから、前を向いて強く生きなさい! それと、これ、あんたにあげるわ。アイラ神様も気に入って同じ絵をお持ちになったのよ」


 ハンナからスケッチを受け取ると、セルドはまじまじとそれを見つめて滂沱ぼうだの涙を流し始めた。


「あぁ、ありがたい。アイラ神様、伏してお礼を申し上げます」


 何も無くなった祭壇に向かってセルドは跪いて祈り始めた。本当に純真なヤツだ。俺はますますこいつを好きになった。変な意味ではないぞ。


 ………………


 後日談だが、あの絵はセルド魔医の診療室の壁に飾られた。数か月後にゾンビ症が根絶したとき、その絵には「降臨こうりん」という題が付けられて、その後は誰もが知る有名な絵になっていった。


 絵だけでなく、セルド魔医の物語りも有名になった。セルド魔医がある日、神族の加護を得てゾンビ症の治療や調伏を行う能力を授かり、それから、セルド魔医は分け隔てなくゾンビ患者の治療を続けて、数か月後に病を根絶させたという話だ。この話はゾンビ禍が治まってから数か月の間に、まるでお伽噺が語られるように国中に広がっていった。正しい心を持つ者は神の加護を得て世の中を救う人になるっていう話だから、大人たちは喜んで自分の子供たちに聞かせたのだ。


 フィルナが作ったあの神殿にも大勢の人が祈りにやってくるようになった。自分もあやかりたいというわけだ。神殿には天の神様を象った石像が置かれ、屋根も作られた。神殿の周りに人々が集まり、村ができ市が立って賑やかになっていくのは数年後の話だ。


 だが、後々にその話を知って、アイラ神はすごく残念がったらしい。セルド魔医の物語にも神殿の中にもアイラ神の名前が出てこないからだ。ベルドランはベルド神の一族が支配しているからアイラ神の名前は故意に伏せられたのだ。アイラ神は悔しがって名乗りを上げようとしたが、テオドがアイラ神の腰に縋って泣きながら引き留めたと聞いた。テオドが言った話だから、本当かどうか分からないが……。


 ………………


 あの儀式の4日後、俺たちはベルド・ダンジョンの最下層まで下りてきた。フィルナとハンナも一緒だ。


 ※ 現在のダイルの魔力 オーブA〈307〉、オーブB〈180〉。

 ※ 現在のフィルナの魔力〈150〉。

 ※ 現在のハンナの魔力〈220〉。


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