063 ゾンビの巣
蜘蛛糸移動で側壁に沿って進んでいくと横穴はすぐに見つかった。これが蟻の巣に通じている横穴だろう。地面から20モラくらいの高さにあって、穴の直径は2モラくらいだ。
俺は恐るおそる横穴に入った。穴は斜め下に向かって緩やかに伸びている。この穴を掘ったのは蟻なのかもしれないが、今は蟻やゾンビの姿は無い。穴を数百モラ進むと、やがて傾斜がなくなり、探知魔法で前方に大きな空間があることが分かった。これが蟻の巣だろうか……。
その空間に近付くと、探知魔法で内部の状況が掴めるようになった。空間はやはりドーム状になっていて、底の直径は50モラほどだ。その中に蟻たちがひしめき合っている。魔獣蟻が一頭。ゾンビやグール、ワイトもいて、その中にワイトロードが一体いる。こいつが一番危険だ。
〈知識〉によると、ワイトとはゾンビの一種だが、頭が良く言葉を話す。魔法も使うようだ。そいつがロード化したのがワイトロードだ。魔力は〈360〉だが、どんな魔法を使ってくるのかは分からない。普通の魔獣と違って攻撃パターンが読めないから恐ろしい。
そのワイトロードの隣に人族のロードナイトが二人いる。マルグとブルノだろう。眠っているようだ。
さて、これからどうすればいいだろ? 偵察だけならここまでで終わっていいかもしれないが、あの二人をどうしようか……。マルグは嫌いだが、だからと言って見殺しにするのは後味が悪い。仕方ない。助け出せるかどうかは分からないが、やれるだけやってみよう。
穴からの出口は蟻の巣の底から天井までの中間くらいの位置にあった。底までは20モラほどだ。俺が出口から下をそっと覗くと一面に蟻たちが蠢いていて、ぞわっと鳥肌が立った。蟻は嫌いだ!
俺は爆弾の魔法を次々と放った。マルグたちがいる場所だけは外して、絨毯爆撃だ。「グヮーン! グヮーン!」と爆発音が響いて火柱が何本も立っていく。20秒ほど連射した。蟻たちは数百匹いたが大半は殺せただろう。ドームの底は穴だらけになったはずだ。
土煙がもうもうと沸き起こっていて何も見えない。だが、探知魔法で魔獣蟻やワイトロードの位置は把握している。マルグたちもまだ生きている。
数分で火が消えたので、俺は蜘蛛糸移動で一番近くの難敵に向かって空中を渡り始めた。まずは魔獣蟻だ。着地すると、生き残ったゾンビや蟻たちが俺に向かってきた。斬りまくりのスキルを発動して魔力剣でゾンビや蟻たちの頭を落としていく。
土煙が薄らいできて視界が利き始めると、魔獣蟻が毒砲を放ってきた。十発以上の誘導弾だ。俺は蜂落としのスキルでそれに熱線を放ち、瞬時に毒砲弾を沸騰させて無効化した。
魔獣蟻まで10モラ、ワイトロードまで20モラの距離だ。俺は手枷連射のスキルを発動した。ワイトロードが何かの呪文を唱えようとしていたからだ。手と指を蜘蛛糸で縛っておけば俺に攻撃魔法は放てないだろう。
魔獣蟻へも手枷が飛んで蟻の触角に蜘蛛糸が絡み付いた。途端に魔獣蟻の動きが鈍る。すかさず俺は「雁字搦め」を発動して魔獣蟻を蜘蛛糸でグルグル巻きにした。とりあえず魔獣蟻はこれでしばらくは動けないだろう。魔獣蟻にトドメを刺すのは後にして、先にワイトロードだ。
見ると、ヤツはこちらに背を向けて走り出していた。逃げるのか? 距離は30モラ。なんとヤツの後ろから横たわった男が空中に浮いたまま付いていく。念力魔法を使っているのだろう。マルグかブルノか分からないが、眠ったままだ。
不意にワイトロードもその後ろの男も消えてしまった。目を凝らして見ると、直径3モラくらいの暗い穴が空いていて、そこに入ったようだ。俺はその場所に駆け寄って中を覗いてみたが、何も見えなかった。その穴は斜め下の方向にどこまでも続いている感じで、探知魔法でも何も反応が無かった。
俺は引き返して、眠っているもう一人の男に近付いた。マルグだった。首をゾンビが噛んだ跡があり、検診の魔法で調べるとゾンビ虫が入り込んでいた。まだ脳には達していない。キュア魔法で駆除した。ただし、ゾンビの噛み跡は記念に残してやった。
魔獣蟻にトドメを刺して死体を土に戻した。マルグはまだ眠ったままだ。ここで目を覚ましたりすると鬱陶しいから、もう少し眠らせておこう。俺は眠りの魔法をたっぷり浴びせてやった。副作用とかは無いはずだ。よく知らないけど。
ここで引き返したら文句を言われるだろうか? たぶん、エドリーには泣かれるだろうな。いや、恨まれるかもしれない。どうしてブルノを助けてくれなかったのかと、きっと恨み言を聞かされる。好きで選んだわけじゃないが結果的にマルグを助けてしまった。何も知らずに俺の隣で口を開けて眠っている男を見ていると腹が立ってくる。
「くそっ!」
マルグの頭を殴りたくなる衝動を堪えて、代わりに蜘蛛糸でグルグル巻きにした。俺が戻ってくるまで、エドリーと同じようにマルグを天井に吊るしておくのだ。だが、この蟻の巣をよく見ると天井や側壁にたくさんの穴が空いていて、そこから蟻たちが戻ってくる恐れがある。まさに蟻の巣だ。ここにマルグを置いていくのは危険だ。
「このヤロウ! 面倒くさいことをさせやがって!」
俺はブツブツ言いながら、蜘蛛糸に包んだマルグを念力魔法で地下5階のドームまで運び上げた。そしてエドリーの隣に吊るした。マルグを守るために30分以上のロスをしてしまった。
その作業を終えて俺は蟻の巣に戻り、ワイトロードが入った穴の前に立った。気が進まないが後を追うしかなさそうだ。
穴は斜め下に向かって真っすぐに続いていた。かなり強い風が穴から吹き上げてくる。角度が急過ぎて歩いて下りるのは危険だ。俺は浮遊魔法を発動して穴の中をゆっくり下り始めた。
この穴は蟻が掘ったものではない。側壁や天井が崩れないように石壁で補強されていたからだ。おそらく人族か魔族が作ったものだろう。
………………
穴に入ってから1時間くらい経った。斜めに下っていく真っすぐな一本道で、分岐点は一つも無かった。たぶん2ギモラくらいは下りているはずだ。ゾンビの発生源はこんな地下深くにあるのか?
不安になってきた頃、俺の探知魔法に穴の出口らしきものが映り、その先に多数のゾンビがいることが分かった。たぶんこれがゾンビの巣だ!
出口近くになると、穴は真っすぐ下に伸びて、その先に明かりが見えた。あれが出口だな。俺は側壁に蜘蛛糸を張り付けて、そこからゆっくり出口に下りていった。頭を下にしてぶら下がり、出口から頭だけを出して部屋全体を見渡した。
このゾンビの巣は円錐形の部屋だった。底の直径が50モラくらいで、俺が今いる穴の出口が円錐の頂点になっていた。頂点までの高さは30モラくらいだ。底には藁のようなものが敷かれていて、ゾンビたちが横たわったりエサのようなものに噛みついたりしている。人族のゾンビが大半だが、犬や馬、牛など動物のゾンビもいる。
探知魔法で探ると、この部屋にいるのはすべてゾンビと少数のグールやワイトだった。つまり、生きている者は誰もいないということだ。ブルノもいない。もしかするとこの中でゾンビのエサになっているのかもしれないが、その場合はブルノは死んでいるということだ。
この部屋を見渡して俺はここが元凶だと直感した。ここはたぶんゾンビ虫を殖やすための苗床だ。ゾンビの体でゾンビ虫を殖やして、そのゾンビ虫を空気の流れに乗せてここから地上に流しているのだ。俺がさっき通ってきた穴は、言ってみれば煙突だ。煙を流すのではなくゾンビ虫を流すための煙突なのだ。
ゾンビ虫は空気の流れに乗ってこの煙突から蟻の巣へ流れ込み、そこから蟻の穴を通って魔樹海に多数開いた縦穴から地上に流れ出ていくのだ。それが風に乗ってベルドランの王都へ流れ込んでいく。
つまり、この場所が元凶ということだ。俺はそこまで考えると、爆弾の魔法を連射した。さっきの蟻たちと同じようにゾンビたちを殲滅するのだ。爆発音が立て続けに起こり、煙と炎が俺がぶら下がっているところまで届いた。しかし、それもバリアがすべて防いでくれる。蜘蛛糸も大丈夫のようだ。
だが考えが足りなかったことにすぐ気が付いた。蟻の巣と違ってゾンビの巣は燃えやすい物が多かったようだ。息苦しくなってきた。煙と熱が煙突の中にどんどん入ってくる。俺のバリアは煙や熱は防いでくれるが酸欠は防げない。
急いで俺は掘削魔法を使って横穴を掘り始めた。10モラほど向こうに広大な空間が空いていることが探知魔法で分かっていたからだ。だが、なかなか掘り進めない。岩盤を掘っているからだ。土よりずっと時間が掛かる。なんとか意識が持ってくれ……。
朦朧とした意識で必死に掘り続けた。穴の大きさは俺が四つん這いでどうにか進める程の狭い穴だ。何分経ったか分からない。俺の3モラ先に小さな穴がぽっかり開いて、そこから新鮮な空気が流れ込んできた。そこで俺は意識を手放した。
※ 現在のダイルの魔力〈296〉。
(魔獣蟻を倒したため、その魔力の1%分ほどが増加)
※ 現在のフィルナの魔力〈150〉。
※ 現在のハンナの魔力〈220〉。




