062 蟻の巣
ベルド・ダンジョンの地下5階でスロンエイブ(飛礫猿)の群れに遭遇した。スロンエイブロード(魔獣猿)に率いられた群れで、数は三十頭ほどだ。
猿たちもこっちに気付いたらしい。あちこちから鳴き声が聞こえる。
風切り音を立ててこちらへ何かが飛んで来た。飛礫だ。バリアに当たって次々と光を発した。
「心配するな。猿たちは石で攻撃してくるが、すぐに魔力が尽きて攻撃は止まる。問題は魔獣猿だ」
どうやらマルグは俺が怖がっていると思って声を掛けてきたようだ。しかしそれは見当外れの声掛けだ。たしかに俺は少し不安に感じたことがあるが、それはマルグたちが魔獣猿と戦って無事でいられるのかと心配しただけだ。
やがて猿たちの飛礫は途絶えた。猿たちの飛礫くらいではマルグたちのバリアは破れない。いよいよ魔獣猿との戦いだ。
そいつが姿を現した。距離は約50モラだ。マルグたちがその飛礫攻撃に耐えることができるかが問題だ。
魔獣猿は「グゥワオゥー」と咆えて両手を高く上げた。もうこのシーンは何度となく見てきた。魔獣猿の攻撃パターンはだいたい同じだ。
魔獣猿からサッカーボールくらいの大きな岩が数十個一斉に放たれた。すべてが誘導弾だ。俺にも5個か6個が向かってくる。俺は自分に飛んでくる岩に対して蜂落としのスキルで全弾破壊した。
マルグたち三人は誘導弾が飛んでくると同時に一斉に魔獣猿に向かって走り始めた。筋力強化や敏捷強化の魔法で体を加速しているが、誘導弾の方が速い。何発かが彼らに当たってバリアが明るい色を発した。吹き飛ばされて倒れているのはエドリーだ。バリアの色が灰色に近くなって、今にも破れそうだ。
女性が傷付くのは見たくない。俺はエドリーに向けてバリア回復の魔法を放った。ブルノという太めの兄ちゃんも危ない感じだ。攻撃に必死で自分が危なくなっていることに気付いていないようだ。仕方ないからこいつも回復させた。
マルグにも岩が一発当たったが、まだ大丈夫そうだ。
三人は魔獣猿に接近して脚を狙っている。マルグとブルノの剣は魔獣猿の脚を切り裂いたが、エドリーの剣は魔獣猿の剛毛に弾かれた。魔獣猿は「ギャウォー!」という咆え声を上げて片膝を突いた。
マルグとブルノは魔獣猿を剣で突きまくっている。時々魔獣猿が振り回す腕が二人のバリアに当たって危なくなるが、エドリーがバリア回復役に回って支援していた。ここまで来たら放っておいても大丈夫だろう。
15分くらい戦って、ようやく三人は魔獣猿を倒した。ラストアタックはブルノが取ったようだ。
「やった! やったぞ!」
ブルノは嬉しそうにガッツポーズをしている。魔獣猿を倒したブルノの魔力が〈2〉だけ上がって〈142〉となった。
「ダイル殿、後ろで見ているだけでは強くなれませんよ」
ブルノが調子に乗って俺に説教を垂れてきた。エドリーも頷いている。こいつら、自分のバリアが危なかったことに気付いてないな。マルグはブルノの言葉に苦笑しただけで何も言わず、倒した魔獣猿の後始末を始めた。
………………
魔獣猿を倒した後も別のドームで魔獣と遭遇した。歩いていると突然に地面が泥沼になった。マドワルムロード(魔獣ミミズ)がその中に潜んでいた。地面を泥沼化してその中に獲物を引き摺りこんで食らい付く魔獣だった。空中に飛礫を十個以上出して誘導弾を放ってくるので厄介だった。マルグたちは事前に察知していたので浮上走行と熱線を駆使しながら辛うじてこれを倒した。俺はここでもバリア回復の魔法で支援したが、相変わらず彼らは気付いていない。
さらに別のドームではジャドゲオグロード(魔獣ムカデ)に襲われた。俺は初めからこの魔獣を探知していたが、マルグたちは気付かずに歩いていた。彼らに気付かせるために、40モラ先の茂みの中に潜んでいるムカデに対して熱線を一発放った。それが命中したのか、ムカデが牙をガジガジと鳴らしながら飛び出してきた。マルグたちはそれでようやく気付いた。
魔獣ムカデは十発以上の毒液の砲弾を放ってきた。それも誘導弾だ。だが、上手く誘導できていないのか俺たちには一発も当たらなかった。たぶん、俺が放った熱線がどこかに当たっていて、それで制御が上手くできないのだろう。
体長が10モラ近くあるムカデが頭をもたげて威嚇してくるが、マルグたちは果敢に挑んでいった。戦いは20分くらい続いた。のたうちまわるムカデにトドメを刺したのはマルグだ。この戦いの後もマルグたちは俺に冷たい目を向けた。ムカデもマルグも大嫌いだ。
………………
地下5階に入ってからすでに十数個のドームを通り過ぎた。あるドームに入ったとき、マルグが土壁を指さした。
「ここからは見えないが、このドームを右方向に側壁に沿って200モラほど行った辺りに横穴があるはずだ。土壁に開いた横穴だから分かりにくい。地面から20モラくらい上だ。その横穴から目指す蟻の巣へ行ける。今回の偵察ではいつになく魔獣が多いから油断するな」
マルグは誰にともなく言った。ここもジャングルと草地が入り混じったドームで視界は利かない。
なんとなく嫌な感じだ。いままでのドームは魔獣はいなくても、魔物は数えきれないほどいた。襲ってくるヤツはマルグたちが一撃で倒していったが、このドームは魔獣どころか魔物もいない。探知にも反応が無い。明らかに異常だった。
突然、探知魔法が警告を発した。どこだ? マップ上には魔獣も魔物も探知できていない。いや……、いた! 下だ。地面の中。俺たちのすぐ真下に魔獣と魔物が急速に迫っている。蟻たちか!?
「気を付けろ! 地面の中だ!」
俺は叫ぶと同時に側壁に向けて蜘蛛糸移動を発動した。ほぼ同時に地面が崩れた。それぞれが立っていた場所にポッカリと穴が空き、土と一緒に三人がゆっくり落ちていく。
とっさに手枷のスキルを発動して、俺は蜘蛛糸を放った。捕まえることができたのは一人だけだ。穴の中に入ってしまって見えないが、たしかに誰かを捕まえている。この蜘蛛糸を離してはいけない。
俺が右手から出した蜘蛛糸でぶら下がっているのは側壁の高さ10モラほどの位置だ。そして、左手から出した蜘蛛糸で一人を吊り下げている。誰かは分からないが、早く引き上げないと危ない。
シッポから蜘蛛糸を出して俺は自分の体を固定した。そして、素早く蜘蛛糸を手繰り寄せた。出てきたのはエドリーだ。どうやら気絶しているらしい。
エドリーの後を追って蟻が数匹出てきたが熱線で片付けた。
さて、どうしようか?
俺の探知魔法ではマップを描けるのは水平方向だけだ。だから、今は地下5階のマップは分かっているが、地面の中がどんな構造になっているのかは分からない。しかし、地面の下であっても60モラほどの範囲にいる生物は識別できるのだ。だが、先ほど襲撃を受けたとき、俺は直前まで蟻たちに気付けなかった。
蟻たちが急速に接近してきたということは地面のすぐ下に蟻の縦穴があったということだ。地表を通る者を引き摺り込むための罠を蟻たちが作っていたようだ。
とりあえず気絶しているエドリーは側壁に蜘蛛糸で固定した。俺は地面に降りて探知魔法で地中を探った。しかし生物の反応は無い。
マルグとブルノが生きている可能性は低いかもしれないが、生きているなら救い出さなければならない。どうやって確かめようか……。
縦穴は4つ開いていて、その大きさはそれぞれ直径が3モラほどだ。これに潜るのは気が進まないが仕方ない。俺は蜘蛛糸を使いながら、ゆっくりと穴を下りていった。だが、30モラほど下りたところで穴は塞がっていた。掘削魔法で辺りを掘り返してみたが穴の続きは見つからなかった。探知魔法にも反応は無い。
この場所ではこれ以上捜すのは難しい。俺は地上に引き返した。そしてエドリーを地面に下ろして目覚めさせた。
「気が付いたか?」
「ここは? あっ! ブルノは? あの人はどこなの?」
何があったか思い出したのだろう。エドリーは立ち上がって辺りを見回した。
「いやぁーっ!」
エドリーはその場で泣き崩れた。穴を見て何が起こったか悟ったのだ。
「あんたを助けるのが精一杯だった」
「あの人をたすけて……。おねがい……。ブルノを助けてください」
泣きながらエドリーは頼み込んできた。やけにブルノにこだわるが、何かあるのかな?
「あんたとブルノは何か深い関係でもあるのか?」
エドリーは困ったように顔を伏せた。
「すみません。周りには内緒にしていたのですが、わたしはブルノと結婚の約束をしてるんです。軍の規律に反するので隊長にも話していないのですけど……」
そういうことか。俺はエドリーに穴の底まで潜って彼らを捜したが見つからなかったことを告げた。
「たぶん、ブルノたちは蟻の巣へ運ばれたと思います。これは隊長から聞いた話ですが、蟻たちとゾンビは結託しているそうです。蟻もゾンビも動物や人間を生きたまま蟻の巣へ運び込みます。運び込まれた中で強い者はゾンビやグールになり、弱い者はゾンビや蟻たちのエサになるって聞きました」
「それなら、その蟻の巣にいるゾンビや蟻たちを掃討すればゾンビ禍を解決できるってことか?」
「いえ、その作戦は一度実施したのです。我が国のロードナイトたちを集めた総力戦で、何人もの犠牲を出して蟻の巣にいたゾンビも蟻たちも全滅させました。でも、ゾンビや蟻たちはすぐに現れてしまったのです」
「つまり、蟻の巣を潰しただけではダメで、まだほかに拠点があるってことだな?」
「そうなのです。蟻の巣からさらに続く通路があって、それがこのダンジョンの底に通じていると隊長は言ってました」
「そういうことか……」
「そうなのです。ですから、今、助けに行けばブルノも隊長もきっと生きています。でも、無理ですよね……。わたしたち二人で蟻の巣へ行くのは死にに行くようなものですもの……」
「そうだな……」
俺は考えていた。ゾンビ発生源の除去というのがガイザ大臣からの依頼だ。これを解決できれば五条受諾の契約期間を3年分軽減して12年にできる。これはぜひ成し遂げたい。だから、ここでこの依頼を諦める気は全くない。
考えるべきことは、ここで引き返してフィルナを連れて出直してくるか、それとも先に進んで蟻の巣を見てくるか、ということだが……。
「俺は蟻の巣を偵察に行く。だが、あんたはここに残れ」
「そんな……。行くのなら、わたしもご一緒します」
「いや。あんたがいたら足手まといだ」
「でも、こんな場所にわたし一人残されても……」
「それなら手を出して」
俺の言葉にエドリーは素直に手を出した。俺はそれを握って眠りの魔法を掛けた。バリアを張っていても手を触れば魔法が効くのだ。崩れ落ちそうになる彼女を抱えて、俺は蜘蛛糸でドームの天井へ移動した。そして、眠ったままのエドリーを蜘蛛糸でグルグル巻きにして天井にぶら下げた。ここなら安全だろう。
次は蟻の巣の偵察だ。マルグが話していた横穴を見つけよう。探知偽装を使って種族も魔力も探知できないようステルスモードにした。蟻の巣に何がいるか分からないからな。用心するに越したことはない。
※ 現在のダイルの魔力〈294〉。
※ 現在のフィルナの魔力〈150〉。
※ 現在のハンナの魔力〈220〉。




