060 三人の関係
「それなら、こうしましょ」
フィルナは何を言うつもりだろうか? さっきは三人の関係について「心の友でいましょ」なんて言ってたが、ハンナが「体の関係を我慢するなんてできない」と言い出したからフィルナも妥協するのかもしれない。俺は口には出してないが、心の中ではハンナを応援しているのだ。
「体の関係なんて言うと、ダイルがイヤらしいことを想像するから、ここまでならユウナさんも許してくれるよねっていうのを、この三人の間ではっきり決めるのよ」
どういうこと? 訳が分からないまま、フィルナの主導で話が進んでいく。ハンナも俺と同じようにポカンとした顔をしている。
「それで、まずダイルに聞いておきたいのだけど、ユウナさんとはどこまでの関係だったの? その……、最後まで行ったの?」
それがこの話とどう関係するのか分からないけど、俺は素直に頷いた。
「そぅ! それなら私たちが許されるのはお互いに抱き合うくらいまでよね」
フィルナよ、なんでそうなる? フィルナが聞いてきたのは、ぶっちゃけ、あれだ。Aまで行った? Bまで? Cもやっちゃったの!? たしか、Cが最後まで行くことで、Bは曖昧で覚えてない。Aはキスだったかな?
フィルナの言う「お互いに抱き合う」ってのはどれだろ? B辺りか? それともA止まりなのか?
「それは、裸で抱き合うのは許されるってこと?」
ハンナさん、あんた、俺と心が通じ合ってるぞ!
「違うわよ。服を着たままで抱き合うくらいまで。それだったら、ユウナさんも許してくれると思う。ダイル、どうかしら?」
それ、Aよりもレベル低いぞ!?
「ええと、キスは?」
「ダメに決まってるでしょ!」
「でも、あたし、ダーリンと抱き合っておでこにキスをしちゃったわよ?」
ハンナの言葉にフィルナがキッと俺を睨んだ。
「違うって。俺が朦朧としてるときに、ハンナが俺の額にキスをしたんだ」
「それなら、キスは額か頬までは許されるってことにすればいいわね。それ以上は手を出しちゃダメってことよ。それで決まり! いいかしら?」
フィルナは最後まで仕切りきった。ハンナは少し考えてニコッと笑みを浮かべて頷いた。
「うん。あたしはそれでいいよ。ダーリンを抱き枕にして寝るのはいいんだよね?」
「えぇっと、それ、いいわね。寝間着を着てるのなら、抱き枕にしてもいいし、布団にしてもいいってことになるのよね。そのときは私も一緒に寝てダイルを抱き枕にするわ」
「それならダーリンを挟んで三人で、あたしが左腕を……」
「私は右腕ね……」
フィルナとハンナでキャピキャピと話が弾んでいる。「シッポ」とか「猫耳」とかも聞こえてきて、俺は気が遠くなりそうになった。
とにかく、俺は絶対にイヤだ! 寝間着を着たまま美女二人に抱き枕にされて、そこから先は何も無しって! 蛇の生殺しだ。
さっきまでの「今夜は天国かも」って気持ちがどこかにぶっ飛んで、俺は意気消沈してふら~っと立ち上がった。外の空気でも吸って来よう。
俺が歩いて行こうとするのを、誰かがシッポを掴んでグイッと引き戻した。
「シッポ。垂れてるよ! 元気を出して、ダーリン!」
俺は力が抜けたままシッポを引かれて、ハンナの上に座り込んだ。
「可愛いわ。あたしのダーリン」
ハンナが後ろから俺をぎゅっと抱きしめて耳元で囁いた。
「やだっ! ハンナさんだけ、ズルイ!」
フィルナはそう言って、隣の椅子に移って来て俺を抱き寄せた。頬にキスをしてくる。
「ふ、二人ともちょっと待てっ! 俺は抱き枕にはならないぞ!」
俺はなんとか立ち上がって、テーブルを挟んで前の椅子に移った。
「いいか。俺はおまえたちとは別に寝る。おまえたちの抱き枕にも布団にもならない。分かったか?」
俺の強い口調に二人ともきょとんとした顔だ。
「仕方ないわね、今夜は」
「あたしも今夜は我慢する」
なんか、分かってもらえてない気がする。俺はガクッと項垂れた。
………………
今夜はもう寝ようということになって、それぞれの部屋に分かれようとしたとき、ハンナが俺たちを呼びとめた。
「なんだ? 俺を抱き枕にする件なら、絶対にイヤだからな!」
「違うのよ。ダーリンもフィルナさんも聞いて。相談があるの」
さっきと違ってハンナは真剣な表情だ。
「ハンナさん、どうしたの?」
「ゾンビ症の話よ。さっきの女の子のようにゾンビ虫が脳に入ったら、あたしでは助けることができない。あたし、明日からどうしたらいいの?」
「そのときは、さっきみたいに私やダイルが治療するよ?」
フィルナがお姉さんっぽい表情でハンナに語りかけているのが可笑しい。
「そうね。フィルナさんやダーリンがいたら調伏魔法で治療してもらえるけど、ザイダル神様の仕事でどこかへ行くんだよね? そうしたら、あたしだけになるでしょ? どうしたらいいの? 今のままならゾンビ症を発症した人を見殺しにすることになってしまう……」
ハンナがどうして困っているのか分かって、フィルナは頷いた。
「それならアイラ神様を呼び出して、ハンナさんを使徒にしてくださいとお願いしてみましょうか? 私が属性に関係なくどんな魔法でも使えるようになったのはアイラ神様の使徒になったからよ。お願いすればハンナさんも使徒にしてもらえるかもしれないわ」
そこまで聞いて俺は思い出した。俺もハンナをイージーモードにできるぞ。配下登録機能を使えばいいのだ。いつだったか、宿でハンナさんに襲われそうになって彼女を魔法で眠らせたことがあった。そのときに見つけた機能だ。
この機能を使って俺の配下として登録されると、その者はイージーモードに切り替わるのだ。つまり、俺の配下になると属性に関係なく魔法が使えるようになるってことだ。
「ハンナ。別のもっと簡単な方法があるぞ。俺の配下になるんだ」
「え?」「どういうこと?」
二人が一斉に俺へ顔を向けた。俺は配下登録機能について説明した。
「で? どうする? 俺の配下になる?」
「もちろん、なるわ。あんたに支配されるってことよね!?」
なんだかハンナは微妙に勘違いしてる気がするが、まぁいいか。
「ハンナを配下にするためには、魔法で眠らせてから手を取って……、とにかく手順があるんだ。今からやっていいか?」
「あたしを眠らせて、キスしたりするんでしょ? いいわよ。やって!」
やっぱり勘違いしているが、まぁいいや。ハンナをテーブルの上に寝かせて眠りの魔法を掛けた。隣ではフィルナが眼を大きく見開いて見ている。
俺は眠っているハンナの手を取って配下登録機能をオンにした。メニューに〈この者を配下にしますか?〉というメッセージが出て、俺はハンナを登録した。
ハンナを眠りの魔法から目覚めさせて椅子に座らせた。ハンナはまだぼんやりしている。
「ハンナ、終わったぞ。あんたは俺の配下になった。今まで使えなかった魔法が使えるようになったはずだ。何か試してみたらどうだ?」
「ありがと……。ええと、何の魔法がいいかな?」
まだ、ハンナはぼんやりしているようだ。
「それなら、これっ!」
そう言って、ハンナは呪文を唱え始めた。蜘蛛糸の魔法だな。
ハンナが壁に向かって右手の指先を向けると、そこから蜘蛛糸が幾筋も伸びて壁に張り付いた。蜘蛛糸魔法は〈水〉属性の魔法だ。ハンナは〈火〉属性を取っていたから〈水〉属性は今まで使うことができなかったのだ。
「やったっ!」
ハンナはガッツポーズをしようとして、蜘蛛糸が手から離れずに四苦八苦している。俺がそれを蜘蛛糸分解の魔法で消し去ると、ハンナは俺に飛び付いてきた。
「ありがとう。今まで使えなかった魔法が使えるようになったわ。ダーリンに支配されちゃったのね?」
ハンナは俺を抱きしめながら言葉を続けた。
「あぁ、あたしはこれで身も心もあなたの物になってしまったの」
なんか違うが……。まぁ、いいか。
「ハンナさんだけって、ずるい! ダイル、私にも支配機能を使って!」
隣で見ていたフィルナが変なことを言い始めた。
「支配機能じゃなくて配下機能だぞ? それに、おまえはイージーモードになってるから必要ないよな?」
「そういう問題じゃないの! ダイルって女の気持ちが分からないの!?」
そんなの分からないって。
「じゃあ、フィルナも横になって」
俺はフィルナに眠りの魔法を掛けて、配下登録機能を発動した。しかし、〈この者は別の契約があるため配下登録できません〉というメッセージが出て、フィルナは俺の配下にできなかった。
「フィルナ、残念だが俺の配下にはできなかった。たぶん、おまえがアイラ神と使徒の契約をしているからだな」
フィルナを目覚めさせて俺はそう説明した。
「私もダイルとの絆がほしい……」
フィルナは俯きがちに目尻の涙をぬぐいながら呟いた。
「絆って……、おまえがくれたククルのこの体がおれたちの絆だろ?」
俺の言葉にフィルナは「ありがとう」と言ってコクリと頷いた。
さっきからハンナがまた、スケッチブックに何かを描いていたが、それをフィルナに差し出した。
「フィルナさん。これ、もらってくれる?」
見ると、そこには三匹の猫が描かれていた。真ん中にヘタレ耳の大きな猫がいて、左右の子猫二匹をシッポでくるんでいる。右の子猫は大きな猫の耳を甘噛みし、左の子猫は大きな猫に抱かれて幸せそうに眼を閉じていた。いつものように可愛い字が添えられている。
『いつも一緒。ずっと一緒だよ』
フィルナはそれを見て、また涙を零した。
「ありがとう。こんな素敵なプレゼント、初めてもらった気がする……」
嬉しそうな顔をして、フィルナはいつまでもそれを眺めていた。
明日からは軍令大臣のガイザから頼まれた仕事が始まるから、早く寝なくちゃいけないのだが……。
※ 現在のダイルの魔力〈294〉。
※ 現在のフィルナの魔力〈150〉。
※ 現在のハンナの魔力〈220〉。




