059 心の友
少女の体にいたゾンビ虫はすべて駆除が終わったから、後は村長に任せよう。その手配のためにハンナが村長の家に向かった。
少女は治療が終わって牢屋の中で眠ったままだ。俺とフィルナは牢屋から出て、フィルナは木の椅子に座った。俺は石のテーブルの上に腰を下ろして脚をブラブラさせている。
『フィルナ、一つ聞いていいか? おまえがハンナの家に入ったとき、俺のことを恋人って言ってただろ?』
『それは……、ククル兄が女の人と抱き合っているのを見たら、私、混乱して……。恥ずかしいけど、そんなことを口に出してしまったの……』
そうか。フィルナはククルを忘れられないのだろう。このククルの体もフィルナを見ると胸がドキドキするから、彼女のことが忘れられないみたいだ。きっと相思相愛だったのだ。
『俺がククルの体をもらったばかりに、おまえには辛い思いをさせてしまったな』
『ちがう、ちがうよ! 私は辛くなんかない。ダイルがククル兄の体に入ってくれて本当に喜んでるの。ククル兄も好きだけど、ダイルのことも好きよ』
フィルナは潤んだ瞳で俺を見上げている。本気なのか? 俺もフィルナのことは嫌いじゃない。と言うか、優羽奈のことが無ければ恋人にしたいくらいフィルナに惹かれている。
『だが、俺は……、俺には優羽奈という恋人がいる』
『それは分かってるわ。私はそれでもいい。あなたと一緒にいたいの』
フィルナは俺の目をまっすぐに見つめた。彼女の強い気持ちが伝わってくる。
『俺は、ダリナさんに誓った。おまえと一緒にいて、おまえを守るって。でも、正直言って怖いんだ』
俺もフィルナの瞳に語りかけ、そして目を逸らした。
『何が怖いの?』
『このククルの体はおまえのことを好きというか、なんて言うか……、愛しているんだと思う。フィルナがそばにいると、このククルの体がそう感じているのが俺にも分かるんだ。それに……、俺もフィルナが好きだ。だから、怖い』
『どうして、怖いの?』
『俺には優羽奈がいる。俺は優羽奈を捜し出す。そして、彼女と結婚する。それは優羽奈と約束したことなんだ。でも、おまえと一緒にいると、その気持ちが揺らぎそうで……、だから怖いんだ』
言ってしまってから俺は自分の気持ちに驚いていた。フィルナのことを本気で好きになっていたのだと口に出して初めて気付いたからだ。でも、ここまで言えばフィルナも俺が怖がっている理由を分かってくれるだろう。
顔を上げてフィルナを見ると、彼女は不思議そうな表情で俺を見ていた。
『あの……、ダイルが怖いって言ってるのが分からないの。ユウナさんを捜し出して結婚したらいいと思うけど? でも、そのときは私も恋人としてダイルのそばに一緒にいさせてほしい。それだけよ?』
『えっ?』
話に付いていけないぞ。どういうことだろ?
『つまり、あなたがユウナさんと結婚した後も、私は恋人か第二夫人か、ともかく一緒にいるってことよ。何か変かしら?』
何か変かと聞かれれば、日本人の感覚からすれば変だ。一夫一婦制だからな。だがウィンキアの世界は違う。一夫多妻も一妻多夫も普通らしいのだ。
『そうか。俺はウィンキアにいるのだから、結婚は一対一なんてことを決め付ける必要はないってことか?』
『ええ。結婚はお互いの気持ちしだいよ』
そういう意味では、ここは俺にとって好い世界だ。なんだか、ヤル気が出てきたぞ。だが、待て。ここで喜んではいけない。大きな問題がある。
『問題は、優羽奈が承知してくれるかってことだな。俺がほかに恋人を持ったりしたら優羽奈は絶対に怒るよな……』
さっきのヤル気が急激に萎んでいくのが自分で分かった。
『それはダイルがユウナさんを説得するしかないわね。ダイルはユウナさんを第一夫人にするんでしょ?』
『え? 結婚相手に第一とか第二とか考えたことがないから答えられないけど、結婚するなら優羽奈を妻にするって決めてるからな』
『私だったら第一夫人するって言われたら、すぐに承諾するけどな……。ユウナさんはそうじゃないのかな?』
『第一夫人になったら何か好いことがあるのか?』
『ええと……、私からは言いたくないけど、妻が何人もいるときは第一夫人の言うことにほかの妻は従うのが普通よ。何事も第一夫人が最優先ということなの』
『でも、そんなことくらいで優羽奈が納得するかな?』
『後は、ダイルとユウナさんの話し合いというか……』
そこへハンナが村長たちを連れて戻ってきた。
………………
治療はすべて終わって少女は眠っている。後のことは村長と迎えにきた家族に任せて、俺たちはハンナの家に戻った。居間のテーブルを囲んで三人で夕食を取った。夕食と言っても、じっくり料理をする気になれなかったから旅のキャンプ食と同じだ。俺たちは黙って食事をして、後片付けをした。
そして今はテーブルを囲んで座り、三人で食後のお茶を飲んでいる。ハンナが横目でフィルナを見てから俺に顔を向けた。
「話を聞くわ。ダイル、どういうことなの? ちゃんと本当のことを話して」
ハンナの目力に気圧されそうだ。フィルナに会うまではハンナは俺のことを「ダーリン」と呼んでいたのに、今は「ダイル」に戻してる。些細なことだが、雰囲気が違うぞ!?
俺はチラッとフィルナを見た。くそっ! ニヤッと笑って視線を外しやがった。
なんだか、あれだ。まるで浮気が見つかって、古女房の前で浮気相手を連れて弁解しているような、そんな気持ちになってくる。だけど、俺は何も悪いことはしてないぞ。
「ハンナ。実は俺はこのウィンキアとは違う別の世界の人間だ。豹族でもない……」
ハンナは黙って俺の話を聞いていた。俺が地球から召喚されてきたこと、優羽奈という名前の婚約者が一緒に召喚されたが行方不明になったこと、アイラ神の支援でロードナイトになり、行方不明になってしまった優羽奈を捜し出そうとしていること、俺が天の神様と同じ異世界で生まれたために無詠唱で魔法を使えること、イージーモードでソウルオーブを使えることなど、すべて本当のことを話した。
フィルナと知り合った経緯も話した。ダリナさんとの約束、ククルとフィルナの関係、俺がザイダル神に殺されたこと、アイラ神がククルの体に俺のソウルを移植してくれたこと、フィルナがザイダル神の人質になったこと、それで俺もザイダル神の仕事を受けざるを得なくなったこと、そんなことを話し続けた。俺は何度もお茶のおかわりをした。その間はフィルナが俺の話を補足して喋った。
「まるで何かの物語を聞いているようだったわ。ダイル、あんたはあたしが思ったとおりの面白い男だわ。素敵よ」
ハンナがニッコリ微笑んだ。可愛い笑顔だが、このパターンは何度か見てきた気がする。要注意だ。
「それで? あんたとフィルナさんの関係は? 友人? 兄弟? 恋人? どうなのよ?」
「ええと、その全部……だな」
俺はさっきフィルナと相談したことをハンナにも掻い摘んで話した。つまり、俺は優羽奈を捜し出して結婚する。そして、優羽奈が許せばフィルナも恋人か第二夫人として一緒にいるということだ。
「そういうことで、ハンナ。このフィルナもこの家に一緒に同居させてほしい。寝室が二つあるから、ハンナとフィルナがそれぞれ使って、俺はそこの事務室で寝るから」
「うん、いいよ」
ハンナはにっこり微笑んだ。やけにあっさり承諾したが、きっと何かあるな。
「ただし、条件があるの」
やっぱり! そうくると思った。
「なんだ?」
「あたしをあんたの恋人か第三夫人にすることよ」
「「えーっ!!」」
フィルナと俺は同時に声を上げた。
「ハンナさん、恋人っていうのはお互いにそういう気持ちが必要なのよ。あなたはダイルのことを本当に好きなの? 面白いっていうだけなら止めた方がいいわよ」
フィルナは真剣な顔でハンナに話しかけている。まるで思い付きで「好き」って言った女の子に道理を言い聞かせている小学校の先生のようだ。でも、おまえが相手をしているのは百戦錬磨で50歳くらいのエルフだぞ。
「もちろん好きよ。あたしが生まれて初めて惚れこんだ男。それがダイルよ。ね、ダーリン」
え? そうなのか? そんなこと初めて聞いた気がするが……。それに、その呼び方……。
「ダ、ダーリンって!? 今までもそんな風に呼んでたの?」
フィルナの問い掛けに、ハンナは「そうよ」と言ってにっこり微笑んだ。
「それで、ダイルの気持ちはどうなのよ?」
フィルナはキッと俺を睨んで矛先を向けてきた。
「ええと……」
言葉を詰まらせていると、ハンナがスケッチブックを取り出して何やら描き始めた。俺もフィルナもそっちに視線が移る。こんなときに何を描いているんだ?
「はい、ダーリン。これをあげるわ」
ハンナが手早く描いたスケッチを俺に差し出してきた。見ると、いつものように何かの絵が描かれている。黄色っぽい太めの軸が一本、大胆なタッチで下から上へニョキッと伸びていた。何だろ? ツクシかな? 所どころに黒っぽい斑点があって、軸の先端が少し太くて丸くなっている。
『あなたが好きです。強いところも弱いところも、みんな好き』
しっかりした文字が添えられていた。この絵は俺のあそこかっ!?
フィルナが覗き込んできた。
「なんだか卑猥な絵よね」
「どうして俺のシッポが卑猥なんだ?」
俺はフィルナとハンナを交互に見ながら急いで亜空間バッグにそのスケッチを仕舞い込んだ。
「どうしたの? 顔が真っ赤よ?」
何も知らないフィルナが俺に聞いてくる。ハンナはニヤッと微笑んでピースサインを送ってきた。ハンナに俺の肝ならぬシッポを握られていることを思い出した。完敗だ。あんたには勝てない。
「お、俺もハンナが好きだ。ハンナを守るって約束したんだ」
「あなた……、誰でも見境なくそんなことを約束してるんじゃないの!?」
フィルナが俺に詰め寄ってくる。
「そんなことはない。優羽奈とフィルナとハンナだけだ」
俺の言葉にフィルナとハンナは無言で見つめ合っている。部屋の灯りを消したら飛び交っている火花が見えるかもしれない。俺は一瞬そんなことを考えた。
「ダイルにその気持ちがあるのなら、私は従うわ」
「あたしも、いいよ」
二人は互いの目を逸らさずに言った。なんだか心から喜べないがナゼだろう?
「これからは私もハンナさんもダイルの恋人ということで一緒に暮らす。そういうことで約束よ。いいわね?」
俺は頷いた。ハンナも頷く。
もしかすると今夜から美女二人を相手に天国の日々が続くのだろうか。優羽奈、おまえには悪いが、思いがけなくこんなことになった。許してくれ。俺は心に中で優羽奈に呟いた。さっそく今夜から……、と考えただけで鼻血が出そうだ。
「ただし……」
うん? フィルナは何を言うつもりだ? あ、ホントに鼻血が出そう……。
「ダイルはユウナさんを捜し出すことを第一優先にする。そしてユウナさんと結婚して第一夫人にする。そういうことよね?」
「そうだ」
鼻を押さえながら俺は頷く。ハンナもそれは了解しているから、同じように頷いた。
「それなら、私たちがダイルの恋人になるにしても、第二夫人や第三夫人になるにしても、ユウナさんの許しがいるわ」
「それは……、そうだ」
俺が言うと、ハンナも頷く。
「だから、優羽奈さんの許しがもらえるまでは心の友でいましょ」
心の友? 友だち以上恋人未満ってやつか? それじゃあ、今夜のことはどうなるんだ? 俺の期待とか色々膨らんでるけど、どうしてくれるんだ? 鼻血は治まったけど鼻水が出てきた。
「そんなのイヤッ! それって体の関係は我慢しなさいってことでしょ?」
ハンナさん、フランクぅ! いいぞっ。もっと言うんだ!
「そうね、そういうことはユウナさんの許しをもらってからになるわね」
「フィルナさんの言うことは分かるし、そのとおりだと思うけど……。たぶん、あたしは我慢できないと思う……」
ハンナ、あんたは正直でエライっ! 俺は「うん、うん」と頷いた。
それにしても、この二人は可笑しい。18歳の娘っ子を前に50歳くらいのお姉さんがモジモジしているのだから。
「ダイル! ニヤニヤした顔はみっともないわよ! で、ハンナさん。気持ちは分かるけど……。それなら、こうしましょ」
フィルナは俺を叱り飛ばしてから、ハンナに向かって自分の考えを述べ始めた。
※ 現在のダイルの魔力〈294〉。
※ 現在のフィルナの魔力〈150〉。
※ 現在のハンナの魔力〈220〉。




