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055 魔医とヒマワリ

 セルド魔医に説明してもらって、ベルドランの王都の町割についてはだいたい分かった。


「で? ゾンビ禍はどこまで広がっているんだ?」


 俺が尋ねると、セルドは辛そうに少し顔を伏せながら説明を続けた。患者たちの治療に苦労しているのだろう。


「ゾンビ症は北流民村から広がり始めた。ゾンビだらけで近付けないから状況が分からないが、たぶん北流民村は全滅したろう。ゾンビ症は隣の北門村にも広がって、村人たちは逃げたか死に絶えたと思う」


「俺たちはそこを通ってきたが、見かけた人族は一人だけで、その人もゾンビたちに食い殺された。ゾンビだらけだったな」


「そうだろう。それで、同じような事態にならないように、私はこの村で全力を尽くしているんだ。この西門村ではゾンビ症の患者は出るが、罹った者はすぐに自己申告してもらって、隔離して私が治療している」


「だが、自己申告しない者やゾンビ虫が体に入っても気付かない者もいるだろう? どうするんだ?」


「そういう者は突然発症することになる。発症したときは脳にゾンビ虫が食い込んでいるから、私では手の施しようがない。可哀そうだが本当のゾンビになる前に殺すしかないのだ……」


 セルドは唇を噛んで俯いてしまった。本当に悔しそうだった。


「魔力が〈100〉以上のロードナイトで調伏ちょうぶく魔法が使える者はいないのか?」


 ゾンビ虫が脳に寄生してしまって、ソウルがまだ体から離れてない場合であれば、調伏魔法でゾンビ虫を撃破できるのだ。


「いないな。調伏魔法を使うためには〈魂〉属性の魔法を使えないといけないが、そんなロードナイトはこの国にはいないのだ。私だって、なんとかしたい。だが、どうしようもないのだ」


「ゾンビ禍が広がっているのはこの西門村までか?」


「いや、湖側の西流民村にも広がってる。私も治療に行ってるが、こっちの西門村よりも状況は酷いな」


「王都の中はどうだ?」


「商業区と北農業区に感染者が出ていると聞いている。ゾンビになった者も何人かいて咬まれた者もいるそうだ。それで金を持っている商人や貴族たちは家族を他国へ逃がしていると噂になっている」


「その多くがブライデンへ逃れているようだな。ロードナイトもその護衛として国外へ出てしまったと聞いたぞ?」


「そうらしい。王都に残っているロードナイトは数えるほどしかいない。軍や私掠兵団には配置されているらしいが、私には分からない」


「ベルドランの政府は何をしてるんだ?」


「国は私のような魔医に命じて治療をさせている。王都の内側で三人、王都の外側で一人。つまり、私だ」


「それで、ゾンビ症の広がりは抑えられているのか?」


「この村では今のところ均衡状態だ。だが、隣の西流民村は危ないな。治療が追いついてない状態だ。ゾンビ症に罹ったりゾンビになったりする者のほうが多くなってきている……」


 セルドは言葉を切って目を伏せた。それからハンナに向かって話し始めた。


「だが、ハンナ魔医、あなたが治療をしてくれたら状況は変わる。いや、変えられるんだ。頼む。協力してもらえないだろうか」


「だから、あたしたちは初めからそのつもりよ。ねぇ、ダーリン!」


 ハンナは俺の手を取ってニッと笑った。くそっ。明らかにわざと言ったのだ。俺とハンナはもちろん、そういう関係になってない。


「ダ、ダーリンって!? 二人はそういう関係なのか?」


「い、いやっ……」


「ええっ、そうよっ! そういう関係なの。見たら分かるでしょ!」


 ハンナが俺の手をぎゅっと掴む。痛いって!


「あたしもダーリンも協力します。だから、村長。家を提供してくださいねっ!」


「ええと、俺が村長に頼みたかったことも家の手配だ。ハンナの住居を提供してほしいんだ。診療所も兼ねるから少し広めの家がいいな」


「あたしの住居じゃないわよっ! あたしとダーリンの住居でしょ!」


「ともかく、村長、家の手配を頼めるだろうか?」


 俺が村長に向かって言うと、意外にもセルドが横から口を出した。


「村長、そう言うことなら私の家の隣が空いてるぞ。あれなら手頃な広さだし、ハンナ魔医には私の診療所を使ってもらえれば、協力するのに都合がいい」


「おぉ、そうですな。セルド魔医のお宅は診療所を兼ねているから、その場所をそのまま使えばいいですな。隣の家も村が用意している官舎です。うん、そこを使ってもらいましょう」


 セルドと村長の間で話がトントンと進み、俺たちはセルドに案内されて彼の家に向かった。途中で気付いたが、どの家も周囲に幅1モラほどの溝を掘って水を張っていた。


「あの溝は?」


 俺は何気なくセルドに尋ねた。


「あぁ、あれはゾンビ虫の侵入を防ぐための溝だよ。私が村長や村人たちに言って掘らせたんだ。ゾンビ虫は水を嫌うし、泳いだりしないからな」


「効果はあるのか?」


「もちろんだ。溝に水を満たした家へは私が出向いて、清浄の魔法を掛けてゾンビ虫を駆除して回った。家の中に居るときくらい安心させてやりたいからな。処置済みの家ではゾンビ虫に噛まれた村人はいないぞ」


「えっ! 一軒ずつ回ったのか? 大変だったろ?」


「そんなことを言ってられるか! 人の命には変えられぬ」


 俺は驚いた。セルドの魔力は〈60〉だから清浄の魔法を使っても狭い範囲しかゾンビ虫は駆除できないはずだ。家の中を全部駆除するには相当の忍耐力と時間が掛かる。この村や隣村に家が何軒あるのか知らないが、それを全部やるというのは想像ができないくらい大変なことなのだ。


「あんた、凄いね」


 ハンナが感嘆の声を上げた。俺も尊敬の目でセルドを見つめた。なんて好いヤツなんだ!


「いや……、処置が間に合わなかった家も多かったんだ。清浄の魔法を掛けられなかったために、多くの村人がゾンビ虫に噛まれてしまった。そういう家の者からは怒鳴られたり石を投げられたりした。私の治療が拙くて死なせた者も多い。自分の力の無さに嫌気がさしているよ」


 いや、あんたは凄いヤツだ。俺は心の中で呟いた。が、ハンナがもっと単刀直入に言った。


「あんた! あたしはあんたを気に入ったよ。弟子にしてあげる」


 その言葉にセルドは固まってしまった。何と返事をしていいのか分からないのだろう。その間が気まずかったのか、ハンナは俺に向かってこう言った。


「ね! ダーリン、いいよね!?」


「勝手にしてくれ」


 俺はそう言って歩きだした。セルドの家は村長の家から500モラほど離れた場所にあった。西流民村との境界の近くで、すぐそばに村境むらざかいの土塀が見える。


「私は西門村と西流民村の両方を担当しているからな。行き来するのに、この場所が都合がいいんだよ。国から派遣されてきた私のために村が用意してくれたんだ。さぁ、中に入ってくれ」


 セルドはそう言いながら家のドアを開けて中に入っていった。


 この家は石造りの平屋だ。家の横に小さな庭があって、そこにはヒマワリのような花が何本も植えられていた。青い空に黄色の大きな花が映えて美しい。


「まぁーっ! なんて綺麗なのーっ!」


 ハンナが歓声を上げて花の近くへ歩み寄った。その声を聞いたセルドが家から出てきた。


「あぁ、その花は切り倒そうと思ってる」


「どうして!? どうして、そんなことをするの?」


「妻を……、妻のことを思い出してしまうんだ」


「どういうこと?」


 ハンナの問い掛けにセルドは俯いて言葉を詰まらせた。


「私は……、付いてくるなと言ったのだが、妻は一緒に行くと言って、こんな危険なところへ来てしまった。この家で一緒に住んで、私がゾンビ患者の治療をするのを手伝い出したんだ……」


 セルドは何かを思い出したのか、俯いたまま口をつぐんだ。


「ごめんなさい。辛いことを聞いてしまったみたいね。無理して話さなくていいのよ」


 ハンナが小さな声で言うと、セルドは顔を上げてヒマワリの花に目を移した。


「妻は……、患者に噛まれてしまったんだ。ここに来ていた患者だったが、突然暴れ出して……。その患者はゾンビ虫に脳をやられていたんだ。妻は首を噛まれていて……、私では手の施しようが無かった」


 セルドはヒマワリに近寄って、大きな花に手を触れた。


「妻が育てた花だ。王都に家があってこの花を育てていたんだ。ここに移ってきたときに苗を植えて、妻は花が開くのを楽しみにしていたよ。でも、一月前に逝ってしまった。自ら命を絶ったんだ。私を苦しませたくないと……、彼女の日記に書いてあった」


 セルドの話に俺は掛ける言葉が無かった。ハンナは目じりの涙を拭って、何かを取り出した。スケッチブックだ。


 セルドは花を見ながら言葉を続けた。


「この花には思い出が多過ぎるんだ。この花を見ると妻との思い出が……」


 セルドはそう言って遠い目をして花を見つめた。そこには青空に映える黄色のヒマワリの花が揺れていた。


「セルド魔医、元気を出しなさいっ! この花は切ったりしちゃダメよっ! それと、これ、あげるわ」


 ハンナが差し出したのはスケッチだ。見ると、大きな陽だまりのようなヒマワリの花が描かれていた。そこには可愛い文字で言葉が添えられていた。


『思い出にしないで……。いつもあなたのそばにいるから……』


 セルドはハンナから渡された水彩画と絵言葉を見て、目を見開いた。その目から涙があふれてスケッチの上に落ちた。「ううっ」と嗚咽を漏らして花の根元にしゃがみ込んでしまった。


「こらっ! 弟子のくせに師匠の前で泣かないのっ! さ、立って! 家の中に入るわよ。お茶でも入れなさい!」


 ハンナはセルドを抱き起して家に連れて入った。俺はヒマワリを見ながら立ち尽くしていた。


 ………………


 ハンナが村から貸し与えられる家はセルドの家の隣にあった。窓からはあのヒマワリの庭が見える。石造りの平屋で、台所と居間、二つの寝室があって、それとは別に玄関を入ったところに広めの事務室があった。セルドの家も同じ間取りで、セルドは事務室を診療所として使っていた。


 ハンナは家の掃除を俺に任せて、セルドと一緒にゾンビ症の治療に出掛けてしまった。俺はささっと掃除を済ませて清浄の魔法を掛けた。俺も行かなければならない場所があるのだ。それは王都の中。ザイダル神のところへ行かねばならない。俺は家を出て王都へ入るために西門へ向かった。


 ※ 現在のダイルの魔力〈294〉。

 ※ 現在のハンナの魔力〈220〉。


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