054 真面目な魔医
ゾンビ症の患者たちをハンナが治療したのだが、顎髭を生やしたロードナイトが怒鳴り込んできた。どうやらこの男に知らせずに勝手に患者を治療したことを怒っているようだ。
「これはセルド魔医。今、お知らせに行こうとしていたところでした」
村長の態度が馬鹿丁寧だ。俺たちへの対応と全然違うな。
男はセルドという名前らしい。村長を蔑んだような目で見つめ、セルドは目をハンナに向けた。セルドは魔力〈60〉のロードナイトだった。探知魔法が使えるのは魔力が〈100〉以上必要だから、この男にはハンナがロードナイトかどうかの区別もつかないはずだ。
「魔医というのはそなたか?」
「そうだけど? あんた! 治療のジャマだから外に出なさいっ!」
ハンナはセルドの威圧にも負けてない。
「なにをっ! う、うぬっ、誰に向かって言ってるのか分かってるのか!?」
「分かってるわよ。魔力が〈60〉のロードナイトさん!」
「ぬっ!」
その会話だけで、セルドは自分が相手をしているエルフの女性が魔力〈100〉以上のロードナイトだと分かったはずだ。
俺はすかさずセルドに向かって話しかけた。
「セルド魔医、あんたに話があるんだが」
俺の呼びかけにセルドは視線を俺に向けた。
「そなたは誰だ?」
「俺はダイル。こっちが魔医のハンナだ。あんたも分かっていると思うが、俺もハンナもロードナイトだ。ハンナはあんたよりも魔力はずっと高いぞ。治療するのはハンナだけで、俺はハンナの……、言ってみれば助手だ」
居心地が悪そうにセルドはハンナを見て、俺に視線を戻した。
「それで? 私に話とは何だ?」
「ハンナが治したゾンビ症の患者がいるのだが、本当に治療が終わってるか診てほしい。村長が心配そうにしてるから、ぜひ、あんたに診立ててもらいたい」
「おぉ、そうだな。セルド魔医、わたくしからもお願いいたします」
「ゾンビ症の治療が終わっただと? 体に入ったゾンビ虫を魔法で駆除したってことか? 本当か? それなら診てやろう」
セルドは村長の懇願に答える形で牢屋の外に出た。ハンナと一緒にいたくないのは明らかだ。なにしろ、自分より格が上のロードナイトに怒鳴り込んでしまったのだ。
村長はまずお婆さんの牢屋へ案内した。セルドがお婆さんを検診の魔法で調べていく。
「ゾンビ虫はいないようだ。内臓の病にもキュア魔法が効き始めているな」
ほぉ。こいつは意外にも真面目な魔医かもしれない。本当のことを言っている。
「と言うことは、あのエルフの魔医様は本物ということで?」
「あぁ、優れた魔医のようだな」
「それは素晴らしい! これでこの村は救われます!」
「わるかったな! 私の腕がナマクラで!」
「いえいえ、セルド魔医のご尽力とお診立てがあればこそ、この村は今までゾンビ症で全滅することなく何とかやってこれたのです。セルド魔医のおかげでございますよ」
「そ、そうか?」
さすが村長になるだけあって、口は上手いようだ。
セルドは村長に案内されて痩せた男の牢屋に入った。診断が終わると頷いた。
「この男も大丈夫だ。ゾンビ虫は駆除されている」
セルドのお墨付きが出て村長も安心したようだ。セルドは村長の安堵したような様子を見て言葉を続けた。
「村長、この男やさっきの婆さんを家族のもとに帰してやったらどうだ? それと、さっきの女の子も見て来てくれ。私はこのダイルという男と少し話がある。それが済んでからそっちへ行く」
「セルド魔医はさすがでございますな。いつも弱い民のことを気にしてくださるのはありがたいことです。では、先に失礼して……」
村長はセルドに一礼して痩せた男を連れて牢屋から出ていった。牢屋には俺とセルドの二人きりだ。
「話ってなんだ?」
俺が問い掛けると、不審げな目付きでセルドは俺を見た。
「そなたたちは何者だ?」
「さっきも言ったように魔医とその助手だ」
「村長は騙せても、私は騙されんぞ! こんな物騒な国に来るには何か魂胆があるはずだ」
このセルドという男はなかなか鋭いようだ。しかし俺とハンナはベルドランに入ったら当然この質問が出ると予想して、その対策を考えていた。
「ゾンビ症に対処するために来たのは本当だ。俺たちはブライデンの王様からそれを頼まれてこの国へ来ただけだ」
王様から頼まれたと言うのはウソだが、ハンナがゾンビ症患者の治療をするのは本当のことだ。
「ブライデンの王様がそなたたちに頼んだだと? ナゼだ? そなたたちをこの国に寄こして、ブライデンの王様に何の得があるのだ?」
「何の得もない。ブライデンの王様は恐れているのさ……」
俺がセルドに説明したのはブライデンが抱えている大きなリスクについてだ。
何が危険なのか? それは、ベルドランが崩壊して、その国民がブライデンへ押し寄せることだ。
今はまだ、ブライデンへ逃げてくるのは貴族や商人の家族が大半だ。しかし、このままだと普通の庶民も逃げ出すようになる。現に俺たちが通ってきた魔樹海の街道では庶民と思われる一団と何度も擦れ違った。何かのきっかけがあればもっと大勢がベルドランへ押し寄せるだろう。
万一、ベルドランが崩壊したらそんなレベルでは済まない。十万人規模の人族がブライデンに向かって移動を始める。魔樹海に棲む魔獣や魔物もそれを食いきれるものではない。そうなったら数万人はブライデンとの国境に到達し、その人族の波は国境を乗り越えてブライデンの王都に達するだろう。その中にはゾンビ症の感染者やゾンビそのものも大勢含まれているはずだ。ブライデンもゾンビ禍に見舞われることはほぼ確実だ。そのときはブライデン王国も崩壊するのだ。
だからブライデンの王様はベルドラン対策の部隊を新たに立ち上げようとしている。王様もその危険性について気付いているのだ。
俺もハンナもその危険性を鳥肌が立つような思いで感じ取っていた。それをブライデンの王様からの依頼という形でセルドに語ったのだ。
「たしかに今のベルドランを見ていると、そうなっても不思議ではないな。ブライデンの王様が危険だと考えるのは頷ける話だ。だが、どうして魔医と助手しか寄こさないのだ?」
「ブライデンがどんな対策を講じているのかは俺は知らない。俺たちは王様からベルドランへ行ってゾンビ症への対処をしろとしか言われてないからな」
「なるほど。ブライデンはほかにも何か仕掛けているだろうな。だが、ナゼ、そんなコソコソと動くんだ? 国と国の間で正式に支援内容を取りきめて正々堂々とベルドランを支援すればどうなんだ?」
「それはブライデンの王様に聞いてくれ。国家間での腹の探り合いに時間を掛けるような余裕が無いんじゃないか?」
俺の説明にセルドは頷いた。納得したようだ。その様子を見て俺は話を続けた。
「ともかく、今俺が説明した話はあんたの腹に納めておいてほしい。俺たちがブライデンの王様から依頼されてここに来たことは、あんたが信用できそうだから話したことだ。それと……」
「それと?」
俺は言葉を続けようとして、今から話すことはハンナや村長にも一緒に聞いてもらったほうがいいことに気付いた。話を中断してハンナたちのところへ行くと、既に女の子の治療は終わっていた。セルドが治療結果を診断して「大丈夫だ」と頷くと、村長の顔色がぱっと朗らかになった。出会ったときの厳つい顔とは別人のようだ。
治療が終わった女の子を家に帰した後、俺たちは村長の家に戻った。セルドも一緒だ。俺はさっき中断した件を再び話し始めた。
「ハンナがゾンビ症を治せる魔医だと分かってもらえたと思うが、いいか?」
俺の問い掛けにセルドも村長も頷いた。
「それでセルド魔医と村長に頼みがあるんだ。それは、ハンナがゾンビ症への対処をするのに協力してやってほしいってことだ」
「協力? 具体的には何をすればいいんだ?」
「セルド魔医、あんたにはゾンビ症についての情報を教えてほしいんだ。ゾンビ症の感染はどれくらい広がっているんだ?」
俺の質問に対してセルドは答えてくれようとしたが、俺もハンナもベルドランの王都の地理について何も知らないことが分かると、まず、王都がどのような町割になっているかを簡単な地図を描いて説明してくれた。
王都はベルドラン湖の北岸に半円状の形で広がっている。その半径は約2ギモラ。二重の半円になっていて、内側が貴族区、外側が西農業区、商業区、北農業区、軍事区という配置になっている。軍事区は王都の東側にあって、魔樹海と接している。魔空船の発着場はこの軍事区にある。各地区は高さ15モラの街壁で仕切られていて、地区間を移動するには厳重に警戒されている門を通らなければならない。この街壁と門は王都内でゾンビ症が広がるのを防ぐための重要な防波堤となっている。
ベルドランでは王都を囲む街壁に沿って結界が張られているらしい。この結界魔法を発動しているのはベルドランの神族だ。王都内の神殿から魔族や魔物が嫌う波動を出しているため、結界内には魔族や魔物は侵入してこない。ゾンビ虫やゾンビも入ってこないそうだ。
ベルド神が生きていた10年前まではもっと広い範囲で結界を張っていたとセルドは言った。しかし、ベルド神が不慮の事故で亡くなり、その息子のザイダル神が跡を継ごうとしないため、今はベルド神の第一夫人とその娘だけで結界魔法を発動している。セルドは言葉を濁したが、ザイダル神が神族としての仕事を放棄していることがゾンビ禍の原因になっていることは間違いないようだ。それで多くの国民が苦しみ命を落としているのだから、ザイダル神の罪は非常に重い。
話を地図に戻そう。王都の外側には村が配置されている。西流民村、西門村、北門村、北流民村だ。王都の外側に住んでいるのは身分証を持っていない流民が多い。つまり、ベルドランの国民とは認められていないのだ。ただし、村長など一部の者だけは国から身分証を与えられているようだ。
「それぞれの村は高さ3モラほどの土塀で仕切られている。だが、この土塀だけではゾンビ虫の侵入を防ぎきれないのだ」
セルドはそう言った。
「で? ゾンビ禍はどこまで広がっているんだ?」
俺の質問にセルドは辛そうに顔を伏せた。
※ 現在のダイルの魔力〈294〉。
※ 現在のハンナの魔力〈220〉。




