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053 荒んだ王国

 国境を出てから魔樹海の中の街道で時々難民らしき一団と擦れ違った。十人から数十人の集団だ。たぶん何組かの家族でベルドランを脱出してブライデンへ向かっているのだろう。驚いたことにロードナイトは一人もいなかった。護衛なしで運に任せて魔樹海の街道を進んでいるのだ。


 俺とハンナはそういう一団を探知する都度、魔樹の陰に身を隠した。難民との余計な摩擦を避けるためだ。


 国境を出た数日間はほとんど難民と出会わなかったが、ベルドランに近付くにつれ、その集団の数は多くなってきた。貴族や商人などの金持ちではなく、普通の庶民が逃げ出しているのだろう。しかし、途中で魔物に襲われて大半の者が命を落とすことになるはずだ。中には女性や子供も大勢いた。国境まで辿り着ける者はほんの僅かな人数なのだと思う。可哀そうだが俺にはどうしようもない。それはハンナも分かっているようだ。


「あの人たちのために、あたしはなんにもできない……」


「この魔樹海の中で彼らを助けるのはムリだ。俺もあんた一人を守るのが精一杯だからな」


 ハンナは俺の手を取ってぎゅっと握った。


 ………………


 国境を出て17日目の早朝。俺たちはようやく魔樹海を抜けた。トンネルの出口のような明るい光が街道の先に見えたとき、俺たちは歓声を上げた。


 魔樹海から出ると一面の草原が広がっていた。原野のような起伏は無く平坦な土地だ。よく見ると耕作したような跡があるから、以前は畑だったのだろう。だが今は荒れ果てていて、膝くらいの高さまで雑草が生い茂っている。


 南に向かってその平野は広がっていて、遠くに霞んで街壁らしい輪郭が見えた。あれがベルドランの王都だろう。


 自分の知識からベルドランの国土が広くないことは知っていたが、予想していたよりもずっと狭いようだ。平野はあるがブライデンに比べるとずっと狭いし、荒廃していた。


 街道は草原の中を王都に向かって伸びている。俺たちはまた街道を進み始めた。


 街道沿いには所々に村があったが、どこも廃墟になっていた。村の中に人の姿は見えず、畑には野生化した穀物と雑草が入り混じって生えていた。畑を手入れする者がいなくなったのだろう。村々は捨てられて、誰も住んでいないようだ。


 俺たちが街壁だと思っていたものは実は街壁ではなかった。高さ3モラほどの土塀だった。その土塀はかなり昔に作られたもののようだ。所々で崩れかけた土塀がどこまでも続いている。土塀には門があり、木でできた両開きの分厚い扉が街道に向かって開いる。だが、その扉は打ち破られ朽ちていて、門の柱も天井も崩れていた。


 俺は土塀の内側にゾンビがウヨウヨいることに気付いていた。土塀の300モラほど手前のところから探知魔法に反応があったからだ。種族はゾンビだ。元はここの住人だったのだろうが、ゾンビ虫に体を乗っ取られてしまったのだ。既に人族ではない。ソウルは体から離れ、完全なゾンビになっていた。


「いるわね?」


 ハンナもゾンビの存在に気付いたようだ。


「形は人族だが、ゾンビだ。殺すしかないな」


「そうね……」


 ハンナも悲しそうに頷いた。


 門の周辺には誰もいなかった。そこを抜けると1ギモラほど先に街壁が見えた。街壁までの間には畑地と土造りや石造りの家が点在している。ここから見える家や畑も荒れ果てていた。


 異様なのは道や畑、窓から見える家の中、庭などに人の姿が見え、そいつらがゆっくり歩いていることだ。みんなゾンビだった。


 一番近くにいるのは20モラほど先の畑にいるゾンビだ。中年の男のゾンビで服はボロボロだ。手に何か小さな生き物を持ってそれを貪り食っていた。ネズミか?


 男がこっちに気付いた。手に持っていたネズミの死骸を捨てて「ギャーッ!」と叫び声を上げて、俺たちに向かってきた。動きは緩慢だ。


「ハンナ、あんたが殺るんだ」


 ハンナは頷くと火砲の呪文を唱えてゾンビに向けて放った。距離は15モラほどだ。命中。大きな爆発音とともにゾンビは燃え上がった。


 その音で周りにいたゾンビが俺たちに気付いた。あちこちから集まって俺たちに向かってくる。男も女も子供もいるが、全部ゾンビだ。俺はそいつらに飛礫つぶて連射のスキルを発動した。拳大の石が見える範囲のすべてのゾンビに向けて飛んでいく。自動追尾だ。全弾命中してゾンビたちは昏倒した。


「今さらだけど、あんたの魔法はとんでもないね」


 ハンナが呆けたような顔で呟いた。


「ゾンビたちは倒れているが、まだゾンビ虫は生きてるはずだ。一体ずつ殺していくぞ」


 全部で二十頭以上いたが、頭に向けて熱線魔法をぶち込んで確実に仕留めた。ゾンビの魔力は〈3〉で俺たちの敵ではないが、数が多いから鬱陶しい。


 ゾンビは死んでいてもその体内にはゾンビ虫がウヨウヨいるから後始末が面倒だ。清浄の魔法でゾンビ虫を駆除して、それからゾンビの死体を分解の魔法で土に戻していく。


「火砲は爆発音がうるさいから、熱線か電撃魔法がいいだろう。ゾンビが複数いたら電撃のほうが広範囲に効くからいいかもしれないな」


「そんな魔法より魔力剣がいいわ。あたし、こう見えても剣は得意なのよ」


 ハンナがにっこり微笑む。こういう場合は任せておくしかないな。


 それから街道を進みながら押し寄せるゾンビを退治していった。ゾンビ退治はすべてハンナの仕事になった。退治方法は魔力剣だ。ハンナは右手と左手に魔力剣を出して、まるで舞を舞うような華麗な動きで確実にゾンビを仕留めていった。俺は専らゾンビの死体の後始末だ。


 探知魔法で300モラ離れたところで人族を発見した。街道からは西側に外れている。一人だけだ。ゾンビたちに追われているようだ。どこかに隠れていたがゾンビに見つかって逃げ出したのかもしれない。


「ダイル! 助けに行くわよ!」


 ハンナはそう叫ぶと先に駆けだした。途中でゾンビに出くわすと、ハンナはそいつを倒しながら進んでいく。だが、間に合いそうにない。探知魔法で見る限り、既にその人族はゾンビの群れに飲み込まれている。とても無事だとは思えない。


 その場には俺が先に着いて、何かに群がっているゾンビたちを念力で放り投げていった。それをハンナが魔力剣で切り倒していく。最後の五頭が何かに食い付いていて離れない。


 見ると、その何かは若い女性だった。ゾンビたちが首筋や腕、腹、脚などに食い付いていて、女性は既に死んでいるようだ。俺は一頭ずつゾンビの頭に熱線を撃ち込んで殺していった。


「あたしたちがもう少し早く来てれば、このは助かったかもしれないね」


 ハンナは悔しそうに唇を噛んだ。俺たちは死体の始末をして街道に戻った。途中でゾンビが別のゾンビを襲っているのを見かけた。食い物が無くなれば共食いをするようだ。


 街壁の近くまで来ると、それが石造りで高さが15モラほどあることが分かった。ブライデンのときも万里の長城のような石壁の存在感に驚いたが、ここの街壁も同じだった。右側も左側も途切れることなくどこまでも続いているように見えた。この内側が本当の王都のようだ。


 内側を探知魔法で探ると人族が大勢いることが分かった。王都の中は無事なようだ。


 街道は街壁に作られた門に続いている。だが、金属製のその大門は固く閉ざされていて誰もいなかった。浮遊魔法で街壁を飛び越してしまおうかとハンナと相談していると、上の方から俺たちに向かって火球が飛んできた。火球は俺たちのバリアに弾かれて消滅した。


 見上げると、街壁の上から誰かが顔を出してこっちを見ていた。俺たちに火砲の魔法を放ったのはこいつだろう。


「おまえたち! ゾンビではなさそうだな!? そこで何をしている? この北門からは王都へは入れないぞ。入るなら西門へ回れ!」


 こいつは見張りをしている兵士のようだ。その兵士が言うには、この北門の村はゾンビに支配されてしまったそうだ。そのため北門は封鎖されていて、出入りは禁止されているとのことだ。西門の村はまだ通れるそうで、兵士はその道順を教えてくれた。


 ただし、兵士の話では王都へ入れるのは許可されている者だけだそうだ。俺はザイダル神から呼び出されたのだから、許可された者になるのかな……。


 ゾンビを倒しながら兵士が教えてくれた道を進んでいくと、3モラほどの高さの土塀と木製の門が見えた。土塀や門にはゾンビが数十頭群がっていた。土塀の内側には大勢の人族がいるようだ。ゾンビたちはその気配に惹き付けられて群れているのだろう。しかし、土塀や門を越えることはできないようで、土塀を叩いたりウロウロしたりしているだけだった。


 門の上には見張り台があって男が二人立っていた。これが西門の村への入口だと思うが、ゾンビたちがいるので入ることができない。


「ダイル、殺るわよ!」


 俺が返事をする前に、ハンナは魔力剣を掲げてゾンビの群れに突っ込んでいった。ゾンビの死体が見る見るうちに増えていく。俺は仕方なくその後始末を続けた。そして周囲からゾンビの姿が消えた。


「あんたら魔闘士様か? すごいな!」


 見張り台の男が声を掛けてきた。


「ここを通してくれるか? 俺たちはブライデンから来た旅人だ」


 俺はそう言って身分証を掲げた。男が誰かに合図を送ると、門が開いて別の男が出てきた。


「こんなところに来るなんて、あんたら、変わってるな」


 男は俺とハンナの身分証を確認しながら声を掛けてきた。兵士ではなかった。普通の村人のようだが、痩せていて目がギラギラしている。


「ブライデンの身分証を持っている豹族の魔闘士様と、もう一人がエルフの魔女様だって? あんたら、やっぱり変わってるな。何の用があってベルドランへ来なさった? ここはゾンビ症が蔓延はびこっていて大変なことになってるんだ」


「あぁ、分かってる。ここに来るまでにも大勢のゾンビを殺したからな。俺たちはこの国のゾンビ患者の治療に来たんだ。このエルフの女性はロードナイトで経験豊かな魔医だ」


「なんだって!? それなら、あなた様はゾンビ症の治療もできるので?」


 男はハンナに向かって話し始めた。


「できるわよ」


 ハンナを堂々と魔医として宣言したのには訳がある。俺はハンナとあらかじめ打ち合わせておいたのだ。このベルドラン王国に俺たちはしばらくの間滞在することになると思うが、その理由をゾンビ症の対処ということにしようと。


「そりゃ凄い! 村の者たちも大喜びだ」


 俺たちはすぐに門の内側に招き入れられ、そのまま村長のところに案内された。こちら側の村も畑の中に平屋が点在していたが、今までと違うのはゾンビではなく人族の姿があることだ。畑には雑草も多いが麦や野菜が栽培されていて、所々で男たちが農作業をしていた。


 案内をしてくれた男の話によると、この村は西門村にしもんむらという地名だそうだ。王都に出入りするための門は北門と西門の二つだけだ。そのうち、北門村きたもんむらがゾンビ禍で全滅状態になり封鎖されている。今、王都に出入りができる門は西門だけになってしまった。その西門のすぐ外側にあるのがこの西門村で、そういう意味でここは重要な村なのだと男は自慢げに話した。しかし、それにしては兵士の姿が見えないのは不思議だが……。


 西門村の村長はラルドという名の大柄な男だった。髭面で40歳くらい。厳つい顔をしていて、機嫌が悪そうな感じだ。魔医だと言えば喜ばれると思ったのに変だな。


「あんたが魔医でゾンビ症を治せると聞いたが、本当なのか? 疑ってわるいが、今までも騙す奴がいたのでな」


 なるほど。村長が険しい顔つきをしているのはそういう訳か。


「それなら、患者を連れてきたらどうだ? それが一番手っ取り早いぞ?」


 俺の言葉に村長はニヤリと笑った。


「実はこの家の近くに隔離小屋があるんだが、行くか?」


「治療は早いほどいいのよ。すぐ行きましょっ!」


「ほぅ。元気のいい魔医さんだな。よし! こっちだ」


 村長の案内でその場所へ行った。隔離小屋というのは石造りの家だった。入口の扉が金属でできていて外からカギが掛けられていた。そのカギを外して中に入ると部屋がいくつかあって、一つひとつが牢屋になっていた。


「治療の前に清浄の魔法を掛けるわよ。この小屋の中のゾンビ虫を殺しておかないと、またすぐに噛まれてしまうからね」


 ハンナはそう言うと、広範囲に清浄の魔法を掛けた。清浄の魔法は体の汚れを取るだけでなく殺菌もできるのだ。ゾンビ虫のような寄生虫も殺してしまう。


「ここにはゾンビ症の者が三人いる。魔医様、治療を頼みます」


 ハンナが清浄の魔法を掛ける様子を見て、これは本物だと村長は思ったようだ。ハンナへの態度が変わって「魔医様」とか呼び始めた。


 一人目の患者は中年の痩せた男で牢屋の隅で膝を抱えていた。俺たちが牢屋に入っても反応が無い。ハンナは眠りの魔法を放って男を眠らせた。検診の魔法で全身を調べていく。


「ゾンビ虫は脳に達してないわ。大丈夫よ、治るわ」


 ハンナはキュア魔法を全身に掛けて、男に眠り解除を放った。


「はい、治療はおわり! ゾンビ虫は駆除したからもう大丈夫。美味しいものを食べたら元気になるわよ」


 ハンナは男に向かってそう言ったが、男は何が起こったのか分からずにぼんやりしていた。


「しかし、本当に治ったか分からんな。しばらくの間、ここに入れておいて様子を見るか……」


「村長、そんな方法しかないのか? 誰か診断ができる者はいないのか?」


「いや、国から派遣されてくる魔医様がいるにはいるのだが……」


 村長の話によると、男のロードナイトが一日おきに治療のために村に来るそうだ。その男は魔法でゾンビ症に感染しているかどうかの診断はできるが、魔法での治療はできないらしい。そのため、体内に潜り込んだゾンビ虫をナイフを使って外科手術で取り除くという荒技の治療をするそうだ。その治療で助かる者は半分くらいで、その中には腕や脚を切り落とされた者もいると村長は言った。


 その男が魔法でゾンビ虫の駆除ができないということは、男の魔力が〈100〉より低いためだ。なぜ、ベルドランの政府はそんなロードナイトを寄こすのだろう? そんな治療しかできないのなら庶民は国から逃げたくもなるよな。


「ともかく、今は治療を続けましょ。次の人は?」


 二人目はお婆さんだった。俺たちが牢屋に入っていくと泣き喚きだした。


「いやだよぅー! 殺さないでおくれよぉー!」


 その騒ぎを聞いて隣の牢屋からも泣き声が聞こえ出した。子供の声だ。


 ハンナはテキパキと診察と治療を行ってお婆さんに声をかけた。


「はい、治療できたよー。もう大丈夫。体の中にいたゾンビ虫は退治したからね」


「ほんとうかね? あたしゃ治ったのかい?」


 お婆さんの問い掛けにハンナはにっこり微笑んで頷いた。


 三人目は8歳くらいの女の子だ。泣き続ける女の子を魔法で眠らせて、ハンナが治療をしていると、外が騒がしくなってきた。


「勝手に村人の治療しているのはうぬらかっ!?」


 30歳くらいの男が怒鳴り込んできた。顎髭を生やしていて図体もでかい。そのせいか威圧感があった。この男は村長が言ってたロードナイトだろう。


 ※ 現在のダイルの魔力〈294〉。

   (道中の魔樹海で魔獣を倒したため、その魔力の1%分ほどが増加)

 ※ 現在のハンナの魔力〈220〉。


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