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052 旅のパートナー

 夕食が終わった後でハンナさんに俺の部屋へ来てもらった。パイナッツ村の代官から聞いたゾンビ症のことを話し合うためだ。ところがハンナさんは部屋に入ってくるなり予想外の行動に出た。


 俺はシッポの付け根をゴシゴシされて、思わずベッドに倒れ込んだ。するとハンナさんは、俺の腹の上にうつ伏せで乗っかって、俺の豹耳の裏側を撫で始めた。


「う~んっ、このヘタレ耳、可愛いっ! モフモフ感が堪らないわ。チュッ! チュッ!」


 ハンナさんは俺の頭を引き寄せておでこに何度もキスをした。


 俺と出会ったころのハンナさんはぽっちゃりしたエルフだったが、いつの間にか抜群のスタイルに変貌していた。知り合ってまだ半月だ。その間で容姿がこれだけ変わるのは不思議だったが、事実そうなのだ。彼女からおばさんっぽい雰囲気が消え去って、魅力たっぷりのお姉さんエルフになっている。その彼女が俺にまたがって女の香りをむんむんさせているのだ。


 シッポをゴシゴシしていたハンナさんの手が離れたので、俺の力が少し戻ってきた。頭も回り始める。


 今のままでは危ない。最後まで行ってしまいそうだ。だめだっ! 冷静になれ! 俺は自分のたかぶる気持ちをどうにか押さえ込んだ。なんとか時間を稼ごう。


 俺はハンナさんに眠りの魔法を放った。


「いやっ!」


 ハンナさんはちょっと悲鳴を上げて俺にまたがったまま眠ってしまった。頭を俺の胸の上に乗せて気持ち良さそうに眠っている。栗毛色のショートカットの髪を俺はゆっくり撫でた。さっきのお返しをしているのではなく、本当に彼女が可愛いと思ったからだ。


 何度か深呼吸をすると、自分の気持ちが落ち着いてくるのが分かった。俺は体を起こすために、彼女の体を支えながら手を取って抱き起した。


 突然、メニューにメッセージが出てきた。


 〈配下登録機能が使えるようになりました。この者を配下にしますか?〉


 少し慣れてきたが、これには本当にいつも驚かされる。今度は何だろう?


「ロードナイト機能一覧」の中に「配下登録機能」というのが新たに表示されていた。ヘルプを読むと、相手を自分の配下として登録すると、その者にはイージーモードの特典が与えられるとあった。


 イージーモードになると、属性に関係なく魔法が使えるようになるし、スキルの登録も簡単になる。それに呪文は短い省略形を唱えるだけで魔法を発動できるようになる。つまり、この機能を使って俺の配下として登録すると、その者は簡単に魔法やスキルの能力を高めることができるということだ。


 配下登録をするためには、その者がロードナイトであることと、その者を眠りの魔法で眠らせて手を触れること、その者が自分に対して敵意を持ってないことが必須条件だ。敵意とか、そういう感情をどうやって読み取って判定しているのか分からないが、とにかくロードオーブはその判定ができるみたいだ。


 登録できる配下は二十人までで、それ以上登録するためには登録済みの者を外さなければならない。また、1年に1回は登録の更新が必要だ。それを怠るとロードオーブ機能の停止というペナルティが付く。つまり、イージーモードになったからと言って俺から離反すると困った状態になるということだ。ちなみにペナルティの解除ができるのはその上司だけ、つまり俺だけだ。


 それと、配下となった者に対してはいつでもそのロードオーブ機能を停止できる。これは「ロードオーブ停止機能」と同じことができるということだ。だから、もし自分に逆らうような配下が現れたら、そのロードオーブを使えなくすればよいのだ。


 この機能は自分の部下を増やして色々な仕事をさせるのに使えそうだ。天の神様もそれを狙ってこの機能を設けたのだろう。


 さて、ハンナさんに対してこの機能を使うかどうかだが、俺がハンナさんの意思を無視して勝手に自分の配下にするのはダメだろう。


 それならば、ハンナさんに「俺の配下になる?」って聞いても「なに、それ?」となることは目に見えている。もし配下にするなら俺自身のことをちゃんと説明しておかないといけないが、ハンナさんをそこまで信じていいのかまだ分からない。ハンナさんは素敵な女性だと思うが、知り合って日も浅い。もうしばらく様子を見てからでも遅くはないだろう。


 ハンナさんは俺のベッドでスヤスヤと眠っている。


 ところで、俺のシッポはどうなっているんだろ? まさか、シッポの付け根をあんなふうに触られただけでヘナヘナになってしまうとは……。


 神話によると、豹族というのは天の神様が人と豹のいいとこ取りをして作ったそうだが、天の神様はシッポの欠点を見逃していたのではないだろうか。


 とにかく気を付けよう。俺のシッポを勝手に触らせないようにしないとな。特にハンナさんはそれを知ってしまったから要注意だ。


 さて、用件を済ませないと……。やらしいことじゃないぞ。


 俺はハンナさんを起こした。


「あれっ? あたし、どうしたんだろ?」


 ぼんやりした顔で俺を見るハンナさん。


「あーっ! あんた、あたしに何をしたのっ!? あたしを眠らせて何したのよっ!?」


「どうして、あんたの発想はそっちの方へ行くかなー? 何もしてないぞ!」


 ハンナさんは疑わしそうに俺を見て、自分の体のあちこちを触りだした。


「ふつう男の前でそれって、しないだろ?」


 俺の言葉を無視して体のチェックを一通り終えたようだ。ハンナさんはにこっと微笑んで「うん、大丈夫みたい」と言った。


 俺はため息をついて用件を話し始めた。ゾンビ症の件だ。


「ゾンビ症? 名前は知ってるけど、そんな恐ろしい病気がベルドランで流行っているなんて話は初耳よ」


「ブライデンでは国民に余計な不安を与えないために情報を抑えているようだ」


 俺は代官から聞いたゾンビ症やゾンビ禍のことをハンナさんに説明した。


「そういうことらしいから、ハンナさん、あんたはこっちに残ったほうがいいぞ。俺と一緒にベルドランへ行ったら、ゾンビ禍の騒ぎに巻き込まれてしまうことは目に見えてるからな」


「あたしは大丈夫。バリアを張っていれば、ゾンビやゾンビ虫に襲われないからゾンビ症には罹らないわよ。もし罹っても自分で治療できるしね」


「つまり、ベルドランへ俺と一緒に行くということか?」


「そうよ。あたしはあんたに興味があるの。面白そうだからあんたから離れないわよ」


 ハンナさんは俺の手を取った。


「仕方ないな。自分のことは自分で守るんだぞ」


「いやっ! 守ってもらうのっ!」


 しまった。また深みにはまっていくところだった。


「もういいから自分の部屋で寝ろ!」


「え? さっきの続きは?」


 勘弁してくれ。俺は無理やりハンナさんをドアから押し出した。


「いやん。お尻を触らないでっ!」


 別に触りたくて触ってんじゃない! 部屋から出て行こうとしないからだ。俺は思いっ切りドアを閉めた。


 ………………


 翌朝、俺たちは村を出発した。国境の検問所を通るとき、少し離れたところから駐屯部隊のロイド隊長がじっと俺を見ていた。あれはさげすみの目付きだな。悔しいが放っておくしかない。


 国境を出ると街道はすぐに魔樹海に入った。それから何日も何日も暗い魔樹海の街道を進んだ。俺は街道を歩かず魔樹の密林に入り込んで、いつものように大半の時間を訓練に費やした。


 国境を出てから5日目のことだ。魔樹海の中の街道を歩いているハンナさんが魔獣に直接襲われた。ケングダンブゥロード(魔獣猪)だ。俺が駆け付けるまでの間、ハンナさんは防御に徹して辛うじて生き延びていた。魔獣猪が放つ針毛の誘導弾が何発かバリアに当たってハンナさんはバリアが崩壊する直前まで追い込まれていたのだ。


 俺が魔獣猪を倒したときに、ハンナさんが抱き付いてきた。


「怖かったよぅ。あんたを信じて魔獣から逃げ回ってたから……。あんたが絶対に守ってくれると信じてたの……」


 ハンナさんは泣きながら俺にしがみ付いてくる。震えているのが分かった。俺も彼女をぎゅっと抱きしめた。こんなときに不謹慎だが彼女に女の匂いを感じた。ハンナさんが俺を頼るなら彼女を守ってやろうと心に誓った。


 ………………


 12日目。俺はブンガドンガロード(魔獣熊)に遭遇した。出くわしたのは今回が初めてで、魔力が〈440〉もあった。こいつはブンガドンガ(蜂熊)がロード化した魔獣だ。この魔獣熊はジャドブンガ(毒砲蜂)やケングダンブゥ(針猪)など複数の魔物を操る手強い相手だった。苦戦したが、俺はこの魔獣を眠らせてハンナさんのところへ持ち帰った。ハンナさんにラストアタックを取らせるためだ。


「ハンナさん、あんたには自分で身を守れるようになってほしい。そのためには魔力を高めてもらわないといけないからな」


 余計な説明だったかもしれない。蜘蛛糸でグルグル巻きになった魔獣熊をハンナさんは驚きの目で見つめていたが、俺の言葉を聞いて顔を背けた。


「それなら、あたしは魔力なんか高めたくないっ!」


「どうして?」


 聞いてしまった後で、これも余計な質問だったことに気付いた。が、もう遅い。


「あたしはあんたに守ってもらいたいの!」


 俺は追い詰められてしまった。ここで「自分で身を守れ」なんて繰り返すと、ハンナさんは意固地になってラストアタックを取るのを拒むだろう。めったにないチャンスなのだ。仕方ない……。


「分かった。俺はあんたを守る。だけど、俺と一緒に旅をするのであれば、あんたにはもっと強くなってほしい。だから、この魔獣はあんたがラストアタックを取るんだ」


「ほんと? あたしをいつも守ってくれるって約束する?」


「あぁ、約束する」


 ハンナさんには敵わない。俺は素直に頷いた。


「やった! 嬉しいっ! 初めから素直にそう言ってくれれば、あたしはあんたの言うことに何でも従うのよ」


 ハンナさんはにっこり微笑んで、素早く魔獣熊を殺した。ハンナさんの魔力が〈220〉になった。


 素直に言えということなら、ハンナさんのことで俺が不思議に思っていることを聞いてみることにした。


「一つ聞いていいか?」


「なにかしら?」


「あんた、俺と出会った頃はエルフらしくないぽっちゃり体形だったが、今はかなり痩せてしまった。そんなに急激に痩せるのは変だ。何か悪い病気かもしれないぞ?」


 以前のぽっちゃり感が無くなって、今はどこから見ても美人なエルフのお姉さんなのだ。


「なんだ、そんなこと? それは擬態スキルよ」


「ぎたいスキル?」


「そう。活性化の魔法を使ったスキルなの。体の体形や色を変えることができるのよ」


 そうだったのか。すっかり騙されていた。いや、待てよ。


「擬態スキルっていうのは分かったけど、どっちがホントなんだ? ぽっちゃりがホントの姿で、今が俺を誑かすための擬態なのか?」


「あんたねぇ、怒るわよっ! ぽっちゃりが擬態に決まってるでしょ! 女のエルフが人族の村で一人で生活するためにね、おばさんに見えるよう擬態してたのっ」


「それで、どうして擬態を解くんだ? 旅の道中は危険だし、ベルドランは今までいたブライデンよりもずっと危険だぞ」


「それはあたしを守ってくれる人ができたからよ。ね、ダーリン!」


「だ、だれがダーリンじゃっ!!」


 でも、悪い気分じゃないな。何と言ってもエルフの美女を自分の旅のパートナーにできたのだから。


 しかし、まだ騙されてるかもしれないぞ。擬態を解いておばさんではないと分かったけど、エルフの年齢って分からないからな。


「俺よりお姉さんに見えるけど、年はいくつだ? 俺は18歳だけど」


「女性に年齢を聞くなんて失礼よ。でも、ちょっとだけ教えてあげる。あんたよりはちょっと年上。でも50歳にはなってないよ」


 ひぇーっ! つまり50歳に近いってことだよな。でも、エルフは獣人と同じように500年以上は生きるらしいから、人間で言えば成人前の女性って感じかな。よく分からないが、俺よりお姉さんだってことは確かだ。


「ハンナさん、ウソは吐いてないよな?」


「あたしは自分のダーリンを騙したりしないよ! それとハンナさんって呼ぶのは止めてよ。他人行儀でいやっ!」


「じゃあ、どう呼ぶんだ?」


「ええと、呼び捨てでハンナでいいよ」


「あんたがそれで好ければ、そうするよ」


 なんだかハンナと会話をしていると、しだいに深みにはまっていく気がする。 


 ※ 現在のダイルの魔力〈286〉。

   (道中の魔樹海で魔獣を倒したため、その魔力の1%分ほどが増加)

 ※ 現在のハンナの魔力〈220〉。


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