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051 国境の村

 パイナッツ村には身分証を見せるとすんなり入れた。村の入り口を守っている兵士が代官のところへ案内してくれると言う。ハンナさんには一足先に宿屋へ行ってもらい、俺だけが兵士と一緒に代官がいる役所へ向かった。


 この村はブライデンのホルド男爵の領地だ。男爵は王都に住んでいてここにはめったに来ないから、代りに代官が村の統治を行っているそうだ。


 役所というのは城館の隣にあった。城館のほうは男爵が来たときだけ使っていると案内の兵士が話してくれた。


 王様から連絡が入っていて、代官の応対は思いのほか丁寧だった。さっきの駐屯地の隊長とは大違いだ。


 こっちの世界では下手したてに出ると相手になめられるだけだ。相手が誰であろうと俺は卑屈にならずに話をすることにしている。


「ベルドランの状況を教えてくれるか?」


「分かりました」


 代官は俺のことを王様が派遣した調査官か何かと勘違いしているのかもしれない。嫌がらずに話をしてくれた。


 代官の話では、ベルドランは荒廃が進んでいて、金を持っている貴族や商人は自分の家族を国外へ逃がそうとしているらしい。加えて、普通の庶民の脱出も始まっているようだ。ところが魔空船は使えない。定期便は既に運行が止まっているし、貴族や商人が所有している船はすべて国が強制的に借り上げてしまっているからだ。だから、国外へ逃れるためには徒歩で原野や魔樹海の街道を歩くしかない。金持ちでも庶民でも原野や魔樹海の街道を自分の足で歩くことになるのだ。


 街道と言っても原野や魔樹海の道はほとんど整備されてない。踏み跡をたどりながら歩くような場所もあるらしい。特に魔樹海の中は暗いから道を見失って魔樹海の中をさ迷ったり、魔物や魔獣に襲われたり、食料や水が尽きてしまったりと、歩き通せる者はほんの一部だけだ。金持ちも庶民もボロボロの難民となって、隣国との国境へたどり着くことになる。


 難民が目指すのはブライデン王国かカイエン共和国だ。あるいは魔樹海の中に点在する島々かもしれない。島と言うのは魔樹海の中に突き出ている山塊のことで、島には人族が住む村もある。だが、それらの村々はどれも小さく貧しい。聞いた話では、どの村も難民の受け入れを拒んでいるようだ。


 アイラ神が支配しているカイエン共和国なら難民を受け入れるかもしれないが、カイエンは小さな国だから受け入れには限度があるはずだ。もし、カイエンで受け入れを拒まれれば難民は行く先を失う。カイエンの先には人族の国が無いから難民たちは引き返すしかないのだ。そういう理由から、カイエンを目指す難民は少ないそうだ。つまり、大半の難民はブライデンを目指すということだ。


 その難民たちは必然的にこの村を通ることになる。ルートがこの街道しかないからだ。運よくここまで辿り着いた者は国境の検問所で入国審査を受ける。入国審査で身元が確認できなければ5年間の従属契約を課せられて、開拓地で5年間の強制労働をすることを条件に入国が許される。そして、身元が確認できた者もできなかった者も全員が国境収容所に数日間収容される。それはベルトランで流行っている恐ろしい病気に感染していないか確認するためだ。


 聞きたかったことはこれだ。この病気のことだ。俺は代官に質問した。


「ベルドランで流行っている恐ろしい病気とは何だ?」


「ご存じないですか? 病気はゾンビ症。それが急速に広がって災害級となるのがゾンビ禍ですよ」


「ぞんびか?」


「そうです。ゾンビ禍。本当に恐ろしい災害です」


「詳しく説明してくれるか?」


 さすがに最前線でゾンビ禍を防いでいるだけあって、代官は詳しく知っていた。


 ゾンビ禍の原因はゾンビ虫だ。ゾンビ虫はゴマくらいの小さな虫で、この虫が皮膚を食い破ったり傷口から人体に入り込むのだ。体に入ると血流に乗って移動して脳に寄生する。2日~3日後に突然発症してゾンビ虫に体を乗っ取られる。乗っ取られた者は1日~2日くらいでそのソウルが体から追い出されて浮遊ソウルになってしまう。つまりその人は死ぬということだ。


 ゾンビ虫は乗っ取った体の脳に寄生すると、そこから栄養と知識を得て急速に成長する。ソウルを追い出した後、乗っ取った体を自在に操るようになる。この状態になったのがゾンビだ。ゾンビは食える物は何でも食う。人族や亜人を敵視していて襲いかかって食いつく。ゾンビの体内ではゾンビ虫が増殖していて、ゾンビに咬まれるとその傷口からゾンビ虫が入って感染することになる。ゾンビ症が急速に広がる原因がこれだ。ゾンビが次々と人を襲い、感染した人がゾンビになってまた別の人を襲う。その地域で獲物がいなくなるまでそれが続く。これがゾンビ禍だ。


 たいていのゾンビは知能が低いため、食い物が無くなると餓死する。寄生していたゾンビ虫も死ぬ。しかし、中には知能が高くなったゾンビがいて、仲間のゾンビを操って集団を動かすことがある。こういうゾンビはずる賢く、グールと呼ばれている。さらにその上位のワイトと呼ばれるゾンビは言葉を話し魔法を使ってくるそうだ。


 ゾンビ禍の広がりを止めているのは実は魔樹海だ。ゾンビも魔樹海の中には入って行こうとはしないからだ。しかし、グールは魔樹海の中の街道を通って移動することもあるらしい。また、ゾンビ虫が何かにくっ付いて難民や旅人と一緒に移動することも多い。


 ブライデンの国境で警戒しているのはグールだけでなく、難民や旅人が持ちこむゾンビ虫や入国直前にゾンビ虫に咬まれた感染者だ。だから全員が強制収容されて、その中で体の検診が行われ、すべての持ち物が徹底的に洗浄される。


 ゾンビ虫の駆除や感染者への治療はロードナイトが行う。衣服や体に付着しているゾンビ虫は魔力が〈50〉以上あれば清浄の魔法を使って簡単に駆除できる。体内にゾンビ虫が入り込んでいるかどうかは検診魔法で分かる。体内に入ったゾンビ虫の駆除には魔力が〈100〉以上のキュア魔法が必要だ。ゾンビ虫が脳に寄生してソウルがまだ体から離れてない場合は調伏魔法でゾンビ虫を撃破することが必要になる。


 だが、困ったことに、この調伏魔法というのは〈魂〉属性の魔法であり、キュア魔法が属する〈生〉属性とは相反するのだ。つまり、キュア魔法を使える者は調伏魔法を使うことができないということだ。しかも、調伏魔法には魔力が〈100〉以上必要だ。大半のロードナイトは〈生〉属性を修得するから、〈魂〉属性を使えるロードナイトは少ない。


 それでも、ブライデン王国はロードナイトの数が多いだけあって、この村に派遣されているロードナイト十人の中の二人は調伏魔法を使えるそうだ。


 強制収容所で検診と処置を終えた者はブライデンへの入国を許される。身元が確認できなかった者は開拓地へ送られ、身元が確認できた者は通行税を取られる。この国境では特別に高くて一人5万ダールだそうだ。円で言えば100万円くらいだ。かなり高い気がするが、強制収容所の費用などを考えると仕方ないのだろうか。ちなみに通行税を払えない場合は、この村での強制労働で税を支払うことになるそうだ。この村の人口が多いのもそういう背景があるのだ。


 ここまで代官の説明を聞いて俺は疑問に思っていたことを質問した。


「どうしてベルドラン王国はゾンビ症に罹っている者を治療してゾンビ禍を押さえ込まないんだ?」


「それはロードナイトが足りないからですよ。あの国には元々八十人ほどのロードナイトがいたらしいのですが、貴族や商人の家族が国から逃げるときにその護衛として多数のロードナイトが付いていったようです」


「つまり、ベルドランにはロードナイトがいないということか?」


「いえいえ、軍には残っていると思いますが、侵入してくる魔獣への対応で手一杯なのかもしれませんね。ロードナイトをゾンビ症の治療に回すほどの余力はないのでしょう」


 なるほど。知りたいことはだいたい分かったが、もう一つ代官に聞いておくことがあった。


「ところで、駐屯地にいるロードナイトたちの仕事ぶりを聞きたい。まじめに仕事をしているのか?」


 俺に対する隊長の応対があまりに横柄だったので聞いてみたのだが、代官はぎょっとしたような顔をした。これはやっぱり俺のことを王様が派遣した監察官か何かと勘違いをしているな。


「みなさま、きちっと仕事をしておられます」


「隊長はどうだ?」


「ロイド隊長のことですか? 少し頑固なところがありますが、部下や村人からは慕われていますよ。賊には厳しが弱い者には優しいところがあって、難民にも人気があります」


 あの隊長はロイドという名前らしい。しかし、代官が説明したことは俺の印象とかなり違うな。


 ロイドという隊長が善人であろうが悪人であろうが、どっちにしても俺と敵対しなければ問題ない。スルーするだけだ。


 俺は代官に礼を言って宿屋へ向かった。


 ………………


 その日の夜。夕食が終わった後でハンナさんに俺の部屋へ来てもらった。代官から聞いたゾンビ症のことを話し合うためだ。


「あんたも意外にせっかちねぇ。先にお風呂へ入らせてほしいな。あたしも女だからね。まぁ、あんたがそれでいいなら、あたしもいいけど」


「うん? なんの話だ?」


「やぁねぇ。言わせないでっ!」


 ハンナさんは俺のシッポを両手で掴んでゴシゴシと逆撫でした。


「にゃっ!! にゃにするんだっ!」


 全身の毛が逆立った。にゃん語が出た気がするが、それどころではない。


「まぁ、可愛いっ!」


 ハンナさんは俺のシッポの付け根のほうまでゴシゴシし始めた。


 だめ。だめだ。全身から力が抜けていく。意識が消えかかる。思わずベッドに倒れ込んだ。シッポを握ったままのハンナさんも一緒に俺の上に覆い被さってくる。


「なんて可愛いの」


 顔が近い。


 ※ 現在のダイルの魔力〈276〉。

 ※ 現在のハンナの魔力〈180〉。


今後は数日ごとの更新になります。

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