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056 フィルナとの再会

 ザイダル神は憎い仇だ。俺はアイツに殺されたのだ。アイラ神が俺のソウルを豹族の体に移植してくれなかったら俺は完全に死んでいた。そうなったら浮遊ソウルになって、記憶も意識も無くしてどこかを漂っていることだろう。


 ザイダル神は俺を殺した上に、厚かましく俺をこき使おうとしているらしい。なんてあくどい男だ! 俺がもっと強くなったときにザイダル神には必ず借りを返してやるつもりだ。


 だが今はこの復讐心を隠しておくしかない。フィルナが書き残した手紙によると、ザイダル神はフィルナを人質に取って俺にベルドランまで会いに来いと伝言したそうだ。会いたくないが、ここは自分の気持ちを抑えてザイダル神に会いに行くしかない。俺の足取りは重い。


 ベルドランの王都に入る西門に着いた。金属製の大きな門は固く閉まっていたが、その横に小さな金属扉があった。そこに門番の兵士が立っていて、王都に出入りする者をチェックしているようだ。


 俺が門の前に立ったときには出入りする者は誰もおらず、すぐに兵士のチェックを受けることになった。


「許可された者以外は王都へは入れぬ。とっとと立ち去れ」


「ザイダル神様に呼び出されたのだ。どこに行けば会えるか教えてくれ」


 いまいましいが、この街でザイダル神を呼び捨てにするのはマズイだろう。


 俺がザイダル神の名前を出したからか、兵士は驚いたような顔をした。


「あなた様の名前は?」


「ダイルだ」


 俺がベルドランの王都へ来ることは連絡が入っていたようだ。清浄の魔法でゾンビ虫に対する防疫ぼうえき処置が行われ、すぐに王都へ入ることができた。


 案内役の兵士を付けてくれたので、俺はその兵士の後に付いて道を歩きながら街の様子を眺めた。今歩いているところは商業区の目抜き通りのはずだ。その割には人通りがほとんどなく、閉まっている店が多かった。


「住民たちはゾンビ症を恐れて家に閉じこもっているのか? それでは食料や生活用品が買えないから困るだろう?」


 俺の質問に兵士は立ち止って、困ったような顔をした。答えていいか迷っているようだ。


「ええと、2か月ほど前に国からの配給制になっています。おれが話したことは内緒にしてくださいよ」


 兵士が不安そうにしているので、俺は「心配するな」と言ってやった。そして兵士を促して歩き出した。


 今度は念話に切り替えて質問を続けた。兵士は俺がロードナイトだと知って驚いていたが、戸惑いながらも念話で受け答えをしてくれた。


『住民が家に閉じこもっているということは、ゾンビ症が王都の中でも蔓延はびこっているということか?』


『蔓延るというのは言い過ぎですが、時々患者が出たりゾンビが現れたりしてますよ』


『どうしてロードナイトがゾンビ症の患者を治療したりゾンビ虫を駆除したりしないんだ?』


『ゾンビ患者が出た場所ではロードナイト様が清浄の魔法を掛けてゾンビ虫を駆除してくださいます。しかし、患者を治療できるロードナイト様はいないみたいです』


『だが、軍にはロードナイトがいるのだろう?』


『魔力が高いロードナイト様は魔獣への対応で手一杯らしいですよ』


『それは変だな。王都は結界魔法で守られているから魔獣は入って来れないはずだろ?』


『こんなことを申し上げていいのか分かりませんが、結界魔法が弱まることが時々あって、その隙を突いて魔獣が侵入してくることがあるんです』


 話しているうちに商業区と貴族区を隔てる街壁に着いた。ここの街壁も高さ15モラくらいの石壁で築かれていて、金属製の門を通らないと貴族区へは行けないようになっていた。


 案内してくれた兵士が門を守る兵士に説明をして、俺たちは門を通ることができた。


 貴族区に入ると景色は一変した。商業区では2階建や3階建ての石造りの建物が通り沿いに並んでいただけだが、貴族区は緑が多く、公園の中に建物が点在するような感じだった。石畳の広い道を馬車が走っていたり、芝生の上を人が歩いていたりして、穏やかな印象を受けた。だが、商業区と同じように人影は少ない。


 貴族区ではゾンビ症は出てないのだろうか? 兵士に聞いてみたが貴族区のことは知らないようだった。


 やがて3階建ての石造りの大きな建物に着いた。兵士が言うには、ここはベルドランの軍令本部ぐんれいほんぶだそうだ。軍令本部というのはベルドラン軍を動かすための最高機関で、軍令大臣がそのトップだと兵士が説明してくれた。


 ちなみに、ベルドラン軍に対する最高の指揮命令権を持っているのは、なんとザイダル神だそうな。ベルド神が亡くなるまではベルドランの王様がその最高指揮権を持っていたのだが、10年前にベルド神が亡くなるやいなや王様からすべての軍権を取り上げてザイダル神自身が軍の最高指揮官となったとのことだ。


 そして、軍令本部のトップである軍令大臣はそのザイダル神から任命され、ザイダル神を補佐して軍事作戦の立案や指揮命令を行うらしい。


 俺は兵士から促されて軍令本部の建物に入った。入口でチェックを受けて、別の兵士の案内で3階に上がった。部屋に入って待つように言われたが、ここにザイダル神が来るのだろうか?


 30分ほど待った。俺の探知魔法は近くの部屋に魔力〈235〉と〈212〉の二人のロードナイトがいることを告げている。〈235〉の方は驚いたことにイージーモードだ。俺の探知魔法ではモードまで分かるのだ。


 アイラ神の使徒であるテオドやフィルナもイージーモードだったから、この〈235〉も神族の使徒かもしれない。たぶんザイダル神の使徒なのだろう。しかし、残念ながら探知魔法では肝心のザイダル神がいるかどうかが分からない。神族は普通の人族として探知されるからだ。


 ちなみに俺の〈知識〉によると、一般的な探知魔法では、神族だけでなく神族の使徒も普通の人族として認識されるらしい。だから例えば、誰かが探知魔法を使ってフィルナを調べたとしても普通の人族だと認識してしまうはずだ。ただし、さすがに神族は使徒を識別できるようだ。そして、俺もイージーモードを判別することで神族の使徒らしい者は推定できる。これも地球生まれのソウルを持つ者の特権なのだろう。


 話を戻そう。俺は探知偽装の機能を使って自分の魔力を〈230〉に見せ掛けていた。これはザイダル神が俺を殺した当時の俺の魔力だ。だから〈235〉のロードナイトは俺の魔力が〈230〉だと気付いているはずだ。


 待ち始めて1時間が経った。兵士が入って来て別の部屋に案内すると言う。連れて行かれた部屋は二人のロードナイトがいた部屋だった。


「待たせたな。私は軍令大臣のガイザ。こっちはマルグだ」


 俺は二人の男たちをじっくり見た。軍令大臣のガイザは見た目は50歳くらいだから、実際はもっと年齢は高いのだろう。痩せていて鉤鼻かぎばな。目付きが鋭い。滲み出てくる威圧感と魔力が〈235〉もあるところから、現場で叩き上げて大臣まで出世して、ついにザイダル神の使徒になったというところか。


 もう一人のマルグという名のロードナイトは35歳くらいで、こいつはガッシリした体格だ。腕や首筋のはち切れそうな筋肉は暑苦しさを感じさせるほどだ。この男も魔力が〈212〉もあるから、この国では高位のロードナイトなのだろう。


「俺はダイル。ザイダル神に呼ばれてこの国に来た。ザイダル神はどこだ?」


「おいっ! ザイダル神様を呼び捨てにするとは不敬だぞ!」


「まぁ、待て。ダイル殿はこの国の国民ではないし、今、そんなことを言っては話が進まぬ」


 マルグがいきり立つのを大臣のガイザが抑えた。


「ザイダル神様は今は国外に出ておられて留守だ。代わって私が貴殿に仕事を依頼するよう言付ことづかっている」


 ガイザが俺に仕事を依頼するって? だが、ザイダル神が留守ならば俺は仕事を受ける必要はない。俺はフィルナをザイダル神に人質に取られているからここに来ただけなのだ。


「フィルナはどうした?」


「もうすぐ来るはずだ。使いを出して1時間になるからな」


 言われてみれば、俺の探知魔法で魔力〈150〉でイージーモードのロードナイトが近付いているのが分かっている。フィルナだろう。ガイザも気付いたのか「来たようだな」と頷いた。


「ダイル! 来てくれてありがとう!」


 フィルナは部屋に入ってくるなり俺に飛び付いてきた。


「私、うれしい。来てくれないかと思ってたから……」


 そう言ってフィルナは目尻の涙を拭った。


「すまない。遅くなってしまった」


「いいのよ。来てくれただけで、私は嬉しいの」


 フィルナは俺の手を取って離さない。


「再会の感激に水を差して悪いが、話を続けていいかな?」


「あら、ガイザ大臣。そこにいたのね?」


「フィルナ様も人が悪いですな。あなたを呼び出したのは私ですぞ」


 どうやらこの二人は仲が良くないようだ。と言うか人質のはずのフィルナが一国の大臣にデカイ顔をしているのが不思議だった。


「話というのは仕事の依頼のことか?」


「そうだ」


「俺はザイダル神から呼び出されたんだ。あんたから仕事を依頼されるのは筋違いだな」


 俺の返答にガイザは顔をしかめた。


「大臣。こんなノラネコに仕事を依頼する必要はありません。おれたちに任せてください」


 マルグは汚い物でも見るような目で俺を見てからガイザに言った。こいつは俺とは相性が悪そうだ。


 ともかく、何も情報がないままガイザから仕事の話を聞くのはマズイ。受けていいか判断できないからだ。


「ガイザさん。あんたから仕事の話を聞く前に俺はフィルナと二人だけで話がしたい。フィルナと話をさせてくれ」


「ガイザ大臣、ダイルの言うとおりよ。いきなりあなたから仕事の話をされてもダイルは戸惑うだけよ」


 俺やフィルナからの要請にガイザは表情を固くし、マルグは文句たらたらだったが、しぶしぶ了解した。俺とフィルナは別の部屋に移動して、二人だけで話し合った。声が漏れるとマズイので念話での会話だ。


 俺はフィルナから細かく話を聞いて、あのとき……、俺がザイダル神に殺されたときに何があったのかを初めて知った。フィルナがザイダル神の人質になった理由やアイラ神が五条受諾の契約を受けざるを得なかった理由なども分かった。契約を受けるにあたってアイラ神が色々と条件を付けてザイダル神と交渉したことも聞いた。そのおかげで、フィルナは人質と言っても今のように自由に振る舞っていられるし、俺もククルの体にソウルを移し替えてもらって生き続けることができたのだ。


 だが、アイラ神が五条受諾の契約を果たすまではフィルナは人質のままであるし、俺がザイダル神からの仕事を受けないとフィルナに危害が及ぶことも本当のことらしい。


『本当にごめんなさい。あなたに迷惑ばかりかけてしまって……』


『いや、俺が生きているのはおまえがククルの体を提供してくれたおかげだ。辛かったろ?』


 フィルナは潤んだ瞳で俺を見つめて、胸の中に飛び込んできた。


『ククル兄……。ダイル、少しの間だけこうしていさせて……』


 俺は黙ってフィルナを抱きしめた。胸がドキドキしているのが分かる。フィルナと俺の心臓がまるで共振しているようだ。温もりと女の香りで心の中まで満たされた。こんな思いになるのはククルの体がそう感じているせいなのかな?


 不意に何かが現れて、ボンヤリした俺の意識を現実に引き戻した。


 ※ 現在のダイルの魔力〈294〉。

 ※ 現在のハンナの魔力〈220〉。


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