049 王様と王女様のお友だち
モーイット村を出る前に村長の家に寄って、ハンナさんは自分が旅に出ることと、家をベアル親子に譲ったことを話した。村長は村から魔医がいなくなるのは困るとぼやいていたが、ハンナさんを強引に引き留めるようなことはしなかった。
俺たちは村を出発して6日後の夕刻にブライデンの王都に着いた。街壁の正門で身分証を提示すると、ここでも途端に兵士たちの対応が丁寧になった。ハンナさんもエルフン王国の身分証を持っているので問題なく通ることができた。
兵士に宿を紹介してもらって、正門近くの宿屋で部屋を3つ確保した。ベアル親子、ハンナさん、そして俺は夕食後にそれぞれの部屋に入った。
実は、俺には今夜の内にやっておきたいことがあった。それは王様に会うことだ。約束などしてないから押し掛けていくことになる。
俺はマントとバンダナを身に着け、ストールで顔を隠して、部屋の窓から外に出た。屋根伝いに王城へ向かう。夜だから人に気付かれることはないだろう。
王城の正門で兵士に取り囲まれたが、私掠認可証を見せると将校が出てきて王様の部屋へ案内してくれた。王様は寝室にいたが、まだ起きていた。
「どうした?」
人払いをした後、王様は俺に用件を尋ねた。俺はジュリが見つかったことを話した。
「おぉ、それは良かった。村人の中にも情の深い者がおるのだな」
王様が勘違いしそうなので、ジュリを保護してくれたのがエルフであることや、村人の中にはまだ根強い獣人への差別意識が残っていることを話した。
「通達を出しただけではダメか。どういたすかな……」
この王様は案外まじめなようだ。
「その件はあんたに任せるとして、ベアルたちが住む家はどうなった?」
「おぉ、その件か。家ならば用意できておる。明日の朝、誰かに案内させよう」
この王様は俺に対して誠実だ。約束をきちっと守るヤツは信用できる。尤もこの国の命運を俺が握っているから、王様は嫌でも俺に誠実に応対するしかないのだが。なにしろこの国のロードナイトの大半は、俺がそのロードオーブを自在にオンオフできるのだから。
この王様とは長い付き合いになりそうな気がする。ということで、俺は王様に顔を晒すことにした。顔に巻いていたストールを外した。
「ほぅ。顔を見せてくれるのか?」
「あんたは信用しても良さそうだからな。俺の要求にも応えてくれたしな。礼を言うよ。ありがとう」
「礼を言うのはこちらのほうだ。なにしろ、そなたのおかげで余はロードナイトたちの多くを完全に掌握できたのだ。余に逆らったり逃げたりすれば彼らのロードオーブを停止すると言ってあるからな。それに目の上の瘤も取り除いてもらった」
瘤と言うのはマイモン公爵のことだな。
「捕らえた公爵や手下たちはどうなった?」
「取り調べている最中だが、大半の者は死罪となるだろう」
やはり、ハンナさんの言ったとおりのようだ。
「そうなのか……」
「反逆罪だからな。ただ、困ったことがあるのだ」
「困ったこと?」
「マイモン公爵の奥方と娘の処遇だ。奥方は余の妃と仲が良かったのだ。妃は1年前に病で死んでしまったがな。娘の方もソニアとは姉妹のように仲がいいので困っておる。しかし、いくら仲が良くても反逆者の家族だ。奴隷に落とすしかないのだが、ソニアに泣き付かれてな……」
ソニアというのは、たしか王女様の名前だった。王様は王女様に弱いようだな。
「だが、それを俺に言われても、こっちも困る」
「そうだろうな。なぜか、そなたを他人とは思えないのだ。余にとってそなたは特別な友人だ。そなたも余のことをそう思ってくれ」
「あ、あぁ」
あれ? もしかして俺って王様に押されてるのか?
「顔を見せてくれたのなら、名前も教えてほしい。友の名前を知らないのは寂し過ぎるからな」
「俺の名前はダイルだ。ただし、顔を見せるのも名前を教えるのもあんただけだ。ほかの者には言うな」
「承知した。じゃが、一人だけは許してくれぬか。余の代りにそなたと応対する者が必要だからな。例えば、明日、家の案内をしたりな」
「なるほど。では、一人だけは許そう」
俺の言葉を受けて、王様はにっこり微笑んだ。
「では、今からその者を連れてまいる。ここで少しの間待っていてくれぬか。人払いをしておるゆえ、茶も出せぬが許せよ」
王様はそう言って部屋から出ていった。王様が言う「少しの間」が長かった。1時間くらい待ったと思う。やっと王様が戻ってきた。
「遅くなってすまぬ。そなたに会わせると言ったら、もう一度風呂に入ると言い出してな……」
意味が分からない。どうして俺に会うのに風呂に入る必要があるんだ?
王様の後ろから部屋に入ってきたのは若い女性で、知った顔だ。王女様だった。
「まぁ、お若いのですね。あなたはもっと年上の方だと思っておりました」
「これ、ソニア。きちっとご挨拶をするのだ」
「いや、堅苦しいことは遠慮する。それより、王女があんたの代りなのか?」
「そうだ。余が家の案内をするわけにはいかぬが、ソニアはお転婆でな。暇さえあれば変装して街に出たり、狩りに行ったりしておる。じゃから、余の代りにそなたの相手をするのにちょうど良いのだ。ロードナイトゆえ自分の身は自分で守れるしな」
たしかに王女は魔力〈160〉のロードナイトだ。
「お顔だけですか? お姿も見せてください。あなたが豹族だということ、ソニアは知っております」
仕方ないな。どうせ、家まで案内してもらうときはそうなるのだから、見せておくか。俺はマントとバンダナを外した。
「あら、可愛い!! お耳とシッポ、触ってもいいかしら?」
こいつ! 俺をネコか何かと勘違いしているみたいだ。
「これっ、ソニア! 失礼なことをするな。ダイル殿は余のたいせつな友人だぞ」
「ダイル様? それがあなたのお名前なの? お父様だけでなく私のお友だちになっていただける?」
「おぉ。それはいいな。余からもお願いする。ぜひ、ソニアの友だちになってやってくれ。お転婆だが可愛いところもあるぞ」
王様とその王女様が俺のお友だち? 王族のくせに、ちょっとフランクすぎるんじゃないか?
「それは構わないが、俺みたいな男と友だちになったりしたら、王女様が迷惑するんじゃないか?」
「迷惑だなんて、そんなこと絶対にありません。私には狩りでご一緒できるような友人がいないのです。でも、あなたとなら街でも狩りでもご一緒できます」
「ソニア。友だちと言わず、いっそのこと恋人になってもらったらどうだ?」
何を言うんだ。この親父は!
「まぁ、お父様ったら! 恋人だなんて、まだ早いですわ」
親父が親父なら娘も娘だ。
「それではお友だちになったのですから、どうか、これからはソニアとお呼びください。私もダイルと呼ばせていただきます」
「いいけど、その堅苦しい言葉遣いは止めてくれ」
「いいのですか? そうですよね。私も堅苦しいのは嫌いです。これから、よろしくお願いしますねっ! ダ・イ・ルっ」
おいおい、それが地なのかよ!? 王様もソニアもニコニコ顔だ。
その後、俺が泊まっている宿屋を教えて、明日の朝、ソニアに一人で訪ねて来てもらうことにした。
………………
翌朝。ソニアが約束の時間に宿屋へやってきた。髪をポニーテールに括って、ハンター風の姿だ。誰もソニアを王女だとは気付かないだろう。
ベアル夫婦やハンナさんには予め今日の案内役としてソニアという王様の召使いが来ると言っておいた。
「ソニア、家に案内してくれ」
「それでは行きましょう。ダ・イ・ルっ」
何なんだろうか? この王女は……。
………………
俺たちは王様が用意してくれた家までソニアが乗ってきた馬車で移動した。途中にロードナイトを養成する学校があり、ベアル夫婦は興味深そうに眺めていた。ソニアの説明では、この学校にはテイマーを養成する教科もあるらしい。テイマーとは、調教した魔物を自在に操る魔物使いのことだ。各王国の中でテイマーを養成しているのはこの学校だけだそうだ。
その家は学校のすぐ隣にあった。
「この家は私が選びました。おと……、王様に言われて私が探したのです。公爵の家が空いたから、あれでも良かったのですが、少し広すぎますよね? だから、こちらにしたのです。どうかしら」
俺たちはその家の正門の前で口をあんぐり開けて固まっていた。正門は完全に開いていて、小高い丘の上に家が見えた。家と言うよりも館と言った方がいい。
正門から3階建ての石造りの館までは100モラくらいありそうだ。その館まで広い庭の中を石畳の緩やかな坂道が続いている。庭は段々畑のように区切られていて、本来は花壇があったのだろうが、今は雑草で覆われていた。館は城館と言っていいほど堂々とした造りで立派だった。たしかに公爵邸よりは狭いかもしれないが、それでもすごい広さだ。おそらく貴族の屋敷だったのだろう。屋敷の周りは高さ3モラほどの石塀が続いている。
館の隣には別館が2棟あった。これは護衛や召使いの宿舎だろう。館と別館の裏に回ってみると、手入れされていない広葉樹の林があって葉が生い茂っていた。
「ソニアっ! たしかに俺は家を用意しろと王様に言ったが、こんな貴族用の豪邸を頼んだ覚えはないぞ。こんなところに住んで、どうやって家や庭の手入れをするんだ?」
「心配は無用です。召使いと護衛は用意しますし、その費用は王様に出してもらいます。それと、言い忘れていましたが、王様はベアルさんとレオラさんにそれぞれ爵位を用意したそうです。おふたりには子爵を授けるとのことです」
ソニアの言葉に俺たちは絶句した。
「ダイル、これはどういうこと? あなた、王様に何をお願いしたの!?」
先に思考が回復したレオラが俺を問い詰める。そんなこと言われたって、俺にも分からない。
「ダイル、あんたと一緒に居たら、やっぱり面白いわねぇ」
ハンナさん、今は面白がっている場合じゃないのだが……。
「ソニア、ちゃんと説明してくれ」
「ダイル、あなたはブライデン王国にとって無くてはならない人なのです。と言うか、王様にとってそういう存在になってしまった、ということです。どうしてそんなに重要な存在になったのかは、あなたが一番よくご存じですよね?」
俺は頷くしかなかった。ブライデン王国の命運を俺が握っているからな。
「ですが、あなたはブライデン王国に留まるつもりはない。でも、王様はあなたをこの国に繋ぎとめたい。それで、あなたの友人であるベアルさんとレオラさんにその役目をしてもらおう、王様はそう考えたのです」
「つまり、人質ってことか?」
「いえ、誤解しないで! それは違います。ベアルさんたちはダイルへの連絡役ということです。王様とダイルを繋ぐための橋渡し役ということですね。子爵であれば、王様は必要なときにすぐに呼び出せますし、ベアルさんたちも王様といつでも会えるということです」
「ややこしいわねぇ。どうして橋渡し役が必要なのかしら? ダイルが直接、王様からこの家と爵位をもらったほうが話が早いわよ?」
ハンナさんの言うことは尤もなのだが……。
「俺はここに居付くつもりはないし、王様の配下になるつもりもない。やらなきゃいけないことがあるんだ」
「へぇ、そういうこと? だから、あんたは面白いのよね。あたしはあんたにますます興味が出てきちゃった。やっぱり、しばらく一緒にいようかな」
え? だが、今はハンナさんに構っている場合ではない。
※ 現在のダイルの魔力〈268〉。




