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047 優しいエルフおばさん

 ソニア王女と仲良くなれたことに満足しながら、俺はベアルが寛いでいるという部屋へ向かった。部屋に入っていくと、ソファーに座っていたベアルが立ち上がった。顔をストールで巻いた俺の姿に警戒しているようだ。


「あなたは?」


「俺はあんたの奥さんから頼まれてここへ来た。あんたを奥さんのもとへ連れ戻しに来たんだ」


 ベアルに今までの経緯を説明した。半信半疑という感じだが、俺と一緒にレオラのところへ帰ることは同意してくれた。


 ベアルとの話が終わった頃に部屋の中に王様が入ってきた。王様という地位にあるなら、もっとどっしりと構えて偉そうにしているのかと思っていたが、このダンテ王は精力的に動くたちのようだ。


「文官を連れてきたぞ。そなたが話していた人捜しの件はこの男が手配する」


 俺はその文官に優羽奈の特徴を説明した。文官は俺の説明を聞きながら筆で似顔絵を描いていく。なんとか優羽奈に似ている絵が出来上がったが、この絵だけで捜し出すのは難しいかもしれないな。


 城を出るときに王様からブライデンの身分証を渡された。俺とベアル、レオラの三人分を作ってくれていた。ジュリは赤ん坊だから今はまだ要らないらしい。身分証は以前にアイラ神がくれたものとほぼ同じで、刻まれているマークだけが違っていた。ちなみにブライデンのマークは髑髏と剣だ。


 私掠認可証でも身分証の代りになると思うが、ちょっと大げさだからな。普通の身分証があったほうが助かる。


 王様に礼を言って、俺たちは隠れ家に向けて出発した。移動中はほとんどベアルは話しかけて来なかった。たぶん不安なのだろう。俺の方からも必要なことを話すだけで、会話らしい会話は無かった。


 ほぼ走って移動して、出発して4日後にモーイット村を通り過ぎた。もう日が沈んでいたが、それでもベアルは走った。気持ちが分かるから、俺も黙って後ろから続いた。


 親子が住んでいた小屋を通り越してからは俺が案内して隠れ家に着いた。ベアルは俺を入口に置いたまま転げるような勢いで隠れ家に入っていった。


 俺が後から中に入っていくと、二人は抱き合っていた。


「レオラ、無事でよかった……」


「あなたも……」


 二人の邪魔をしたらダメだよな。俺はもう一度入口まで戻り、雑木に蜘蛛糸でハンモックを作って横になった。


 夜。大きな満月が中天に懸かっている。川の音と虫の鳴き声を聞いていると、俺が小さい頃にお袋に連れて行ってもらった田舎の実家を思い出した。あの頃はお袋も元気だったが、俺が中学を卒業する前に病気で死んでしまった。今はその顔も朧になりかけてるな……。


 ………………


「ダイル! ねぇ、ダイル。起きて」


 うん……? あれ? また、眠ってしまったようだ。


「主人のこと、ありがとう。なんてお礼を言っていいのか……」


 見ると、レオラがベアルと肩を寄せ合いながら俺に声をかけていた。


「おれもお礼を言いたいけど、その前に謝らないとね」


 ベアルが頭を掻きながら俺に向かって一生懸命に話そうとしている。どうやら頭を掻くのはクセのようだ。


「おれ、レオラに会うまであなたが言ってることが本当なのか分からなくてね。失礼な態度を取ってしまった。あなたはおれたちを助けてくれた人なのに、おれの態度は酷いよね。謝るよ。ごめんよ」


 そう言うと、ベアルは軽く頭を下げた。


「それと、お礼とかうまく言えないけど、感謝してるよ。見ず知らずのおれたち親子のために、あなたは命がけで助けてくれた。あなたは自分の失敗が事の起こりだって言ったそうだけど、ここまでしてくれる人はいないよ。ありがとうを何回言えばいいのかな?」


 思わず笑ってしまった。しっかり者のレオラと子供のようなベアル。


「ありがとうは1回だけでいいさ。あんたの気持は分かったから。さぁ、中に入って飯を食って、それからジュリの捜索やこれからのことを相談しよう」


 ………………


 翌朝。俺たちはモーイット村へ出かけた。ジュリを捜すためだ。ジュリを連れ去った男たちが商隊に戻り、その商隊がモーイット村へ入ったことは確認できている。たぶん村で何かがあって、ジュリは行方不明になったと思われる。


 俺たち三人はモーイット村の入口で兵士たちに止められた。俺はストールやバンダナ、マントはすべて外していて、普通の豹族の姿をしている。


「待て! 今は盗賊騒ぎで、この村に余所者よそものは入れない。特に獣人はな」


 まだ王様からの通達はこの村に届いていないようだ。俺は黙って身分証を示した。


 〈ブライデン王国身分証……この身分証を緑に発光させる者はブライデン国王によって身分を保証された当人である。当人はブライデン王国の国民であり、ブライデン王国によって保護されていることを証明する。 ブライデン国王 ダンテ・ブライド〉


 俺が持った身分証は緑に光っている。


「この身分証はっ! こ、これは失礼いたしました」


 兵士は慌てて村長を呼びに行った。別に何も頼んでないのだが。


 ダンテ王から聞いてはいたが、王様が身分を保証するのは王家にとって特別な者だけだそうだ。その者へ粗略な対応をすると罪に問われることもあるらしい。


 村長が飛んで来て、頭を手で抱えた。これは謝罪の動作だろうか?


「王様が身分を保証された尊い皆様、モーイット村へようこそお越しくださいました。旦那さま方はどのようなご用件でこちらへ?」


「そんなに畏まらなくていいぞ。俺たちは獣人だぞ?」


「いえいえ、王様が身分を保証されるのは、身分の高い貴族様か高位の魔闘士の方々だけ。いずれにしても特別な身分の方とお見受けいたします」


 こういう対応をしてくれると話がしやすい。俺は村長にこの村に来た用件を話し、レオラも赤ん坊の特徴を必死に説明した。


「あなた様の赤ちゃんですか……。この村で獣人盗賊団の騒ぎがあったときというと……」


 村長は白い顎髭のお爺さんだ。首を捻って考えていたが、ポンと手を打った。


「そう言えば、村外れに住んでいるハンナさんが赤ん坊を授かったと聞きましたな。ご案内しましょう」


 ハンナさんは数年前からこの村に住み着いているエルフだと村長は言う。この村のどこが気に入ったのか分からない。魔力が高い魔女であり、すごく優秀な魔医まいだそうな。魔医というのはロードナイトで、魔法を使って病気や怪我を治すことを稼業にしている者のことだ。つまりこの世界の医者だな。


 エルフと聞いて俺はドキドキした。映画や小説に出てくる種族で、自分の気持ちの中になんとなく憧れがあるからだろう。


 村長の案内で歩き始めてすぐに、そのエルフの居場所が分かった。俺の探知魔法に反応があったからだ。魔力〈120〉のエルフと、そのそばに豹族。これがジュリだな。


 レオラも自分の赤ん坊を探知したのだろう。「ジュリ!」と叫んで、いきなり走り始めた。一緒に歩いていたベアルと村長が目を丸くしている。


 ベアルはレオラの後を追って走っていったが、俺は村長に事情を話してゆっくりと歩いた。エルフの家までは200モラほどだ。


 家の前まで来ると、赤ん坊を抱きしめるレオラ、そのレオラを抱きしめるベアルの姿があった。良かったな、赤ん坊が無事に見つかって。


 少し離れた所でエルフらしき女性が親子の再会をじっと見ていた。身長は180セラくらい。目は切れ長で耳が少し尖ってる。綺麗な顔だが体形がぽっちゃりしたおばさんだった。そのエルフっぽくない姿に思わず微笑みそうになったが、彼女の瞳に涙が浮かんでいるのを見て、俺は自分を殴りたくなった。


 そうだった。彼女もこの何日間かはお母さんだったのだ。


 村長が何か話しかけると彼女は頷きながら聞いていた。ハンカチで涙をぬぐった後、俺に向かってにこっと微笑んだ。


可笑おかしいよね。たった数日、赤ちゃんの世話をしただけで情が移っちゃうなんてね……」


 このエルフおばさんは優しい人のようだ。


「どうぞ家の中に入って。お茶を入れるわね」


 村長には礼を言って帰ってもらって、俺たちはエルフおばさんの家に入った。石壁で作られた平屋で、家は小さな畑と草花や樹木に囲まれていた。


 居間のテーブルを囲んで腰を落ち着けた。彼女は専門の魔医ではないが、村人から頼まれたらこの部屋で治療をしているそうだ。


 お互いに自己紹介をして、俺とレオラが今までの経緯を掻い摘んで説明した。


「そうだったの。ともかく、ご主人とあなたが無事でよかったわね。赤ちゃんには本当のお父さんとお母さんが何より必要だもの……」


 ハンナさんがレオラに向かってそう言った。でも、なんとなく寂しそうだ。


「どうしてジュリがこちらに?」


 レオラが尋ねると、ハンナさんが何があったか説明してくれた。


 マイモン商会の商隊がこの村に到着した日。二人の男がハンナさんを訪ねてきた。男たちは担いできた大きな袋から赤ん坊を取り出した。ハンナさんはその乱暴な扱いに驚いた。赤ちゃんはグッタリしている。脱水症状を起こしているようだ。


「なんてことするの!? 赤ちゃんは荷物じゃないのよ!」


「こいつは盗賊が連れていた赤ん坊だ。元気がないからキュア魔法を掛けたんだが良くならない。あんた、魔医だろ? なんとかしてくれ」


 聞くと、男たちは商隊の護衛で、襲って来た盗賊の仲間を捕えた。それがこの赤ちゃんの父親であり、今は眠らせたまま親子をブライデン王都まで護送しているところだと言う。


「赤ちゃんを護送するなんてムリ! 途中で死んじゃうよっ!」


「それなら、あんたが一緒に付いて来てくれ」


 ハンナさんが治療する様子を見て、男の一人が頼んできた。


「そんなのお断りっ! 赤ちゃんに罪は無いのよ!」


「しょうがねぇなぁ。連れてっても死んじまうなら、どっかに捨ててくるか?」


 ハンナさんが護送の同行を断ると、男たちは相談を始めた。が、聞こえてくるのは赤ちゃんを捨てるとか売るとかいう話ばかりだ。


「こんな可愛い赤ちゃんによくそんな酷い仕打ちができるわね! それなら、あたしが買う!」


 こうしてハンナさんは男たちから赤ちゃんを買い取ったそうだ。そして、もし赤ちゃんの母親が現れなかったら自分の子供として育てよう、ハンナさんはそう考えていたと言う。


 話の途中からハンナさんはまたハンカチを手に取った。涙を浮かべて語るその横顔が輝いてた。俺は心から綺麗な人だと思った。


「ジュリ。優しい人に巡り会えてよかったな」


 ベアルが赤ん坊を抱っこしながらそう言った。俺もそう思う。


「どうやってお礼をしたらいいのか……」


 レオラがそう言った。ジュリをいくらで買い取ったのか尋ねても、ハンナさんは教えてくれないし、そんなお金は要らないと言うばかりだ。


「お礼なんかは要らないけど、あたしからお願いしたいことがあるのよ。あんたにね」


 ハンナさんが俺に向かって言った。なんだろ?


「さっき、あんたは今までに何があったのかを説明してくれたでしょ。その中で、レオラさんの魔力を高めて〈180〉を超えたって言ってたよね? それなら、だんなのベアルさんの魔力も何とかしてあげなさいよ。女房だけが強くなっちゃったら、夫婦仲がこじれるかもしれないでしょ」


「ええっ!? それは……。ダイルさんにここまで親切にしてもらった上に……。いやいや、そんなムリなお願いを……」


 思ってもみないハンナさんから要請にベアルはしどろもどろだ。


「そうね。ハンナさんの言うとおりだわ。ダイル。私からもお願い。主人の魔力を高めるのを手伝ってもらえないかしら?」


 こういう場合は女の方が厚かましくて強いようだ。言いたいことをはっきり言う。逆に男は弱い。言いたくても遠慮してしまう。その女が二人して俺に迫っている。勝てっこない。


「わ、分かった。まずは、ベアルたちの小屋に戻ろう……」


 ハンナさんも俺たちと一緒にベアルの小屋へ行くと言う。ベアルの魔力を高めるところを自分の目で見たいのだそうだ。それを口実に少しでも長く赤ん坊と一緒に居たいってことかもしれないな。


 ハンナさんの家を出て村の入口まで来ると、村人たちが集まって壁に張られた何かを見ていた。兵士に聞くと、王様から緊急の通達が届いてそれを掲示板で周知しているのだそうだ。


 その内容を見ると、俺が王様に要求したことだった。獣人盗賊団の騒ぎが誤りであったことや、今後は獣人を人族と同様に手厚く保護しそれに反した者は罰すること、ジュリの捜索などが記されていた。それとは別にマイモン公爵の関係者の捕縛と残党の手配も通達が出ていた。尋ね人として優羽奈の似顔絵も張られていた。


 村人の中には王様の通達を見た後も俺たちの姿を見て顔を顰めたり舌打ちをしたりする者が多かった。


「獣人なんぞ信用できるものか!」


 そんな囁き声が聞こえてきたりした。獣人差別を無くすのは簡単ではないな。まだまだ時間が掛かるのだろう。


 ………………


 俺たちはベアルの小屋に戻ってきた。さて、ベアルの魔力を高めなきゃいけないけど、どうしようか……。


 ※ 現在のダイルの魔力〈265〉。


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