045 大地の神様の信奉者
王城からマイモン公爵の公邸までは1ギモラほどだ。早朝の王都の通りには商人や農夫、ハンターたちの姿がちらほらと見え始めた。俺が駆け抜ける姿を見てギョッとして足を止める者もいたが、無視して走り抜けた。
公邸の正門は固く閉まっていて、まだ起き出している気配はない。高さ3モラほどの塀を飛び越えると広い庭に出た。広大な広さだ。芝生が一面に生え揃っていて美しいが、それを楽しんでいる余裕はない。
ロードナイトの位置は掴んでいた。一番大きな城館が公爵の住まいで、ロードナイトは四人いる。この中の一人が公爵だろう。魔力が一番高いヤツが〈260〉だ。別館に十八人のロードナイトがいる。護衛たちだな。
マントとバンダナを外した。戦闘準備オッケーだ。
別館で眠るロードナイトを一人ずつ無力化していった。十三人目の部屋に忍び込んだところで気付かれた。こいつも女だ。どうも苦手だ。
「盗賊だーっ! みんな起きろーっ!」
女は大声で叫びながら俺に剣を打ち込んできた。戦闘用のバリアを既に張っているから、目覚めて異変に気付いていたのだろう。女の魔力は〈162〉。狭い部屋の中は戦い辛いが、いつものように「手枷」を発動して相手の攻撃ができないようにしてから無力化した。
問題は女の叫び声を聞いて部屋から飛び出してきたロードナイトたちだ。通路に五人いる。ほかに一般の兵士や召使いたちもいた。
流れ弾とかが当たったら危ないから一般人は眠らせておこう。広範囲に眠りの魔法を放った。そして庭に飛び出した。
俺を追ってロードナイトたちも走り出てきた。全員が男たちで俺よりも魔力は低い。何やらそれぞれ呪文を唱えているが、先手を打たせてもらおう。俺は「手枷連射」を放った。五人の手に手枷の蜘蛛糸が絡んでいく。
さらに「雁字搦め」で五人を蜘蛛糸でグルグル巻きにする。その最中に、騒ぎを聞き付けて公爵がいる建物のほうから何人かが飛び出してきた。ロードナイトが二人いる。この二人にも「手枷連射」を放ち、俺を攻撃できないようにした。
合わせて七人のロードナイトが庭で倒れたり、手に絡まった蜘蛛糸を外そうと暴れている。そいつらを一人ずつ無力化していった。ほかの兵士たちも庭で眠らせたが、何人かが逃げていった。
公爵がいる城館に入った。兵士や召使いなどの一般人は手当たり次第に眠らせていく。公爵がいる2階へ上がる。最初に開けた部屋には魔力〈60〉のロードナイトがバリアも張らずにベッドの上で起き上がっていた。公爵の娘さんだろう。15歳くらいで可愛い顔をしている。俺を見て叫び声を上げそうになったので眠らせて無力化した。
残りのロードナイトは公爵一人だ。魔力は〈260〉だ。公爵は一緒に寝ていた中年の女の手を引いて逃げ出そうとしていた。女は奥方かもしれない。公爵はガウン姿だし、女の方は下着だけだ。まさか賊が自分の部屋まで押し入るとは考えてもいなかったのだろう。
バリアも張ってなかったから、二人ともすぐに眠ってもらった。女はベッドに移して寝具を掛けておく。ちょっと刺激的すぎる姿だったからな。
そして公爵のロードオーブを停止させてから、公爵を目覚めさせた。話をするためだ。
公爵は何やら喚いていたが、しだいに冷静になって話ができる状態になった。俺が王様の依頼で公爵と部下のロードナイトたちを無力化したと告げると、また顔を真っ赤にして喚きだした。
「おまえたちには今の危険な状態が分かっておらんのだ! 人族は神族だけに頼って魔族と対立して生きておるが、それがどれだけ危険なことか誰も理解しておらん! おまえもワシが言っておることが分からぬのか?」
「分からないな。このブライデンは神族に頼らず国を営んでいるだろ。それをどうしてあんたは壊そうとするんだ?」
「ワシはこの国を壊そうなどとしてはおらん! ただ、今のダンテ王ではダメだっ! 魔族と対立すると人族はやがて滅びる。そのことをワシが繰り返し説明しておるのに、あの王は聞く耳を持たぬのだ」
「どうして魔族と対立すると人族が滅びるんだ?」
「それがこの世界の理だからよ」
「ことわり?」
「そうだ。この世界の理だ。つまり、このウィンキアを支配する大地の神様の思し召しということだ。この世界で人族が生き残るには大地の神様に縋るしかないのだ。魔族や魔物が人族を殺そうとするのは大地の神様の思し召しなのだ」
公爵の話を聞いて、俺は「天の神様と大地の神様の争いの神話」を思い浮かべた。神話によると人族は1万年くらい昔に天の神様によって別の世界からこのウィンキアへ連れて来られたことになっている。
「人族は天の神様が守ってくれるのだろ?」
「ふん! おりもせぬ天の神が守ってくれるものか!」
俺の〈知識〉によると、天の神様は人族をこの星に連れてきて植民を始めた直後に行方不明になっている。一方、大地の神様とはこのウィンキアという星に宿っている偉大なソウルのことであり、今もこの星全体を支配していると言われている。このウィンキアソウルは優れた知性と無尽蔵の魔力を持っているそうだ。
元来このウィンキアは大地の神様が支配していたので、外から侵略してきた人族や亜人を敵視して皆殺しにせよと魔族や魔物、魔獣たちに命じているというのが神話の内容だった。
「天の神様は行方不明かもしれないが、代わりに神族がそれぞれの王国を守ってるだろ?」
「そのことだ、問題なのは! 神族は天の神の手下だ。大地の神様とは相容れない存在なのだ。そのような神族に守ってもらおうとするから大地の神様はお怒りになって人族を皆殺しにしようとするのだ。人族は直ちに神族などとは縁を切り、きっぱり排除しなければならぬ。そして大地の神様に許しを請うて、魔族たちと仲良くするべきなのだ。そうすれば、大地の神様はきっと人族を受け入れてくださるはずだ」
どうやらこの公爵は大地の神様の信奉者のようだ。
「言ってることは分かるが、神族に守ってもらっている国では無理な話だな」
「無理と言われようが、このウィンキアで人族が生き残るためにはそうするしかないのだ。神族なんぞを当てにするとベルドランのようになるぞ!」
俺はベルドランの名が出て思わず身を乗り出した。ベルドラン王国はこのブライデン王国の隣国であり、俺がこれから向かおうとしている目的地でもある。フィルナを人質にとり俺を呼び寄せようとしているザイダル神の拠点なのだ。
ベルドランでは10年ほど前にベルド神が不慮の事故で亡くなった。その一人息子のザイダル神が跡を継がず、国を陰ながら支えるという神族としての役割を放棄してしまった。そのため、ベルドラン王国は魔族や魔獣に頻繁に侵略されて荒廃が進んでいるらしい。
「あんたが言ってるのはザイダル神のことか? 神族の仕事を放棄してるらしいからな」
「そうだ。ザイダル神様は偉大だ! 神族に頼ることがどれほど危険なことか身を以って示されているのだ」
え? どうしてザイダル神を称えるんだ? もしかして、公爵のバックにいるのはザイダル神なのか!? そうだとすると、これはやばいぞ! 俺は何も知らないままザイダル神の企てを邪魔したのかもしれない。
「あんたの言うことも分からんではないが、ザイダル神が神族の仕事を放棄しているからベルドラン王国は荒廃して国民は苦しんでるらしいぞ。その話はこのブライデンでも誰もが知っていると思うが」
「それはザイダル神様が悪いのではない。大地の神様を受け入れようとしないベルド神の第一夫人やその娘が悪い。国王や国民も同じだ。だからベルドランの国土が荒れるのだ」
ザイダル神が悪くないというのは本当なのだろうか? それがホントかどうか分からないが、言えることは、公爵が本気でザイダル神に入れ込んでいるということだ。この公爵のバックはザイダル神ということでほぼ決まりだな。
「あんたもザイダル神や魔族と取引きをしているのか?」
「そうだ。しかし、ワシが個人でザイダル神様や魔族と関係を結んだだけではダメだ。このブライデン王国をそのように変えねばならぬ。だが、ダンテ王も大臣たちもそれを理解しようとしないのだ」
そのとき、階下から大勢の足音が近づいてきた。五十人くらいいるが、ロードナイトはいない。探知魔法でこいつらが公邸の外から来たことが分かっている。おそらくこの国の兵士たちだ。公邸の誰かが助けを求めたのだろう。
公爵と話し合いの途中だったが、兵士たちの相手をするしかないな。公爵がダンテ王に背いてこの国を乱そうとしている理由とそのバックが分かったから良しとしよう。バックがザイダル神だったことがすごく気になるが、今はこれ以上考えても仕方ない。
兵士たちに自分の姿を曝したくないから、俺はバンダナとマントを身に着けた。その直後、兵士たちが姿を見せた。
「盗賊め! 武器を捨てるのだ! おとなしくしろ!」
公爵の部屋の入口辺りで一番先頭にいた兵士が叫んだ。鬱陶しいな。
※ 現在のダイルの魔力〈265〉。




