039 豹族の女を助けよう
俺は急いで探知偽装を使った。これで俺の魔力は〈130〉に見えるはずだ。
雑木の枝から蜘蛛糸移動で飛び降りる。小屋までの距離は300モラだ。浮上走行の魔法で小屋の方に脚を引きずりながら歩いていくと、男が気付いた。男の探知魔法の範囲に入ったのだ。こちらも男の魔力を掴んでいた。〈186〉だ。
男が俺の方を見た。距離は180モラ。俺の魔力が〈130〉で脚を怪我していると分かったのだろう。男は躊躇なく浮上走行で茂みの上を走ってきた。
俺が驚いて逃げる素振りを見せると熱線を撃ってきた。俺のバリアが眩い光を発した。バリアが30%ほど削られたが、すぐに回復する。走りながら命中させてきたところを見ると、男は何かスキルを持っているのかもしれない。戦士としての腕は確かなようだ。
俺は立ち止って振り返った。手を上げて降伏するような仕草をすると、男が走り寄ってきた。勝ち誇ったような表情でニヤついている。
「今日のおれはツイてるぜ。女とやれて盗賊も捕まえたからな」
「いや、勘違いするな。おまえはツイてないんだ。女とやれないし、盗賊も捕まえられない。それに、俺は盗賊ではない。俺を攻撃すれば、おまえは死ぬことになるぞ」
「てめぇ、なに言ってんだ!? ころすぞ、こらぁ!」
男はそう言うなり剣を振り上げて打ち込んできた。本気で殺しにきている。男からは俺の魔力が〈130〉に見えているが実際はこっちが上だ。普通に剣で打ち込んでも俺のバリアの回復力が勝っている。
男は何度も攻撃を繰り返し、俺は動かずにそれを受けていた。そのうち、男も何かが変だと思い始めたらしい。
「ど、どうなってるんだ? どうしてバリアが壊れないんだ?」
「さあ、どうしてだろうな?」
男は剣での攻撃を止めて、俺から10モラほど離れた。たぶん熱線魔法でも撃ってくる気だろう。呪文を唱え始めた。俺はこのタイミングを待っていたのだ。
男に向かって雁字搦めのスキルを発動した。蜘蛛糸が男に向かって瞬時に絡まっていく。このスキルは蜘蛛糸の魔法と念力の魔法を組み合わせたスキルだ。相手やこちらの動きに関係なく、自動追尾でどんどん蜘蛛糸が相手に巻き付いてグルグル巻きにしていく。相手がバリアを張っていても、その上から糸が巻き付いていくのでバリアは役に立たない。
男は呪文を中断して蜘蛛糸を外そうと、もがきはじめた。そんなことでは蜘蛛糸は外れない。俺は男にバリア破壊魔法を撃ち込んだ。バリアが「パリン」と音を立てて壊れると男は悲鳴を上げた。
「なんでもするから助けてくれ。俺が持ってるソウルオーブも金も全部やるから。た、たすけてくれるよな?」
「俺が言ったとおりになったな。ツイてなかっただろ?」
俺はそう言って男に眠りの魔法を放った。そして小屋へ歩いていった。眠っている男は念力魔法で運んだ。
小屋に着くと、横たわった女が引きつった顔で俺を睨んでいた。
「あなたは誰なの? 盗賊なの?」
「違う。それは後で説明する。それよりあんたの治療が先だ」
俺は女の脚や全身を検診の魔法で調べた。左脚の大腿骨が折れてるのと、脚や腹部に酷い内出血がある。脚を普通の向きに戻し、木の枝と蜘蛛糸で固定した。そして全身にキュア魔法を掛けた。
「キュア魔法で治療した。たぶん数日で治ると思う」
「あ、ありがとうございます。でも、呪文を唱えずにどうやって? それに、あなたも怪我をしているみたいですけど……?」
女の顔は不信感に満ちている。間違いなく俺のことを疑っている顔だ。
「あぁ、俺は呪文を唱えずに魔法を発動できるんだ。このことは内緒にしてくれよ。それとこれは昨日の傷だ。キュア魔法を掛けたから明日か明後日には治るはずだ。盗賊と間違われて、この男たちに傷付けられたんだ」
俺は自分の訓練中にミスしたことが原因で今の事態になったことや、たまたまこの小屋の周辺を偵察していて一部始終を目撃したことを説明した。
「そういう事情であんたたちには迷惑を掛けてしまった。本当に申し訳ない。連れ去られたご亭主と赤ん坊は俺の傷が治ったらすぐに救いに行くよ」
「救うって、どうやって?」
「あの男たちは話して分かるような連中ではない。だから、こっそり助けるか、力ずくで救い出すかだな」
「それは難しいと思います」
女はまだ俺のことを信じていないようだ。
「難しいって、それはどうして?」
「商隊の人数が百人くらいだとすれば、その中の十人ほどが護衛です。それも全員がロードナイトで、魔力は〈50〉から〈250〉くらいあります。あなたがどれほど強いロードナイトなのか分かりませんが、一人では絶対に勝てません。私も主人も商隊の護衛をしていたから分かるんです」
なるほど。この夫婦も商隊の護衛をしてたのか。
「それがどうして、こんな場所で赤ん坊を連れてひっそり暮らしてるんだ?」
疑問に思っていたことを尋ねると、女は少し躊躇いながらも自分たち親子のことを話してくれた。こうして話し合っているうちに気持ちが解れてきたのかもしれない。
豹族の女の名前はレオラ、熊族の男の名前はベアル。二人はクメルン王国の出身で同い年だそうだ。
クメルンは獣人の国であり、このセルシア大陸の西の端にある国だ。人族の国からは遥か遠くに離れて豹族と熊族だけで国を作っているらしい。
二人は王立のロードナイト養成学校を卒業した。卒業前には二人とも魔力〈30〉のロードナイトになっていた。クメルン王国の中ではエリートの中のエリートだ。普通はそのまま王国軍の士官になるそうだが、二人は軍には入らず一緒に旅に出た。原野や魔樹海で修行して、もっと強いロードナイトになるという夢があったからだ。
しかし原野や魔樹海はそんなに甘くなかった。たかが〈30〉くらいの魔力では魔獣どころか魔物を倒すのにも苦労した。それで、二人は商隊の護衛として雇われながら魔力を高める機会を窺った。護衛を8年間続けて、ベアルは魔力が〈88〉に、レオラが〈64〉になった。
だが、商隊がブライデン王国の手前まで帰ってきたとき、二人はクビになってしまった。レオラがベアルの子供を宿していて、産気づいてしまったからだ。
ブライデン王国やモーイット村でも獣人への風当たりは強い。差別が酷いのだ。
それで仕方なくこの場所に小屋を建てて子供を産み、親子三人でひっそり暮らしていたという話だった。
「あんたたちのことは分かったけど、さて、どうするかな……。まずは、この男をどうしようか?」
「この男は殺すべきです。私に暴力を振るい手込めにしようとしました。それに、生かして帰したりすれば、きっとあなたの邪魔をします」
さすがにウィンキアの住人は敵に対して容赦が無い。でも、俺のことも考えてくれて殺すべきと言ってるようだ。俺に対する不信感は消えたみたいだ。
「言っておくが、この男を殺せば、あんたたちはここで住めなくなるぞ?」
「それは、あなたが主人やジュリを取り戻したとしても同じでしょ? どちらにしても、もうここでは住むことはできませんから」
「それなら、どうするんだ?」
「主人と三人でまた旅に出ます」
「もし、ご主人や赤ん坊が戻らなかったら?」
レオラは悲しそうに目を伏せて、それから潤んだ目で俺を見た。俺はその表情を見て余計なことを聞いてしまったとすぐに後悔した。
「あなたも豹族ですよね。私よりも少しだけ若い感じだけど、二人で……」
俺はレオラが言おうとすることを遮って彼女の手を取った。
「わるいことを聞いちまったな。俺、頑張ってご主人と赤ん坊を取り戻すから」
レオラの手を握りながら励ました。うん。絶対にベアルとジュリを取り戻そう。
レオラが嫌いとかそういうのではない。彼女は背の高さは俺と同じくらいで、スタイルは良いし、小顔で可愛い顔をしている。豹耳もとても似合ってる。だけど、ロードナイトとは言え、魔力の低いレオラを連れて魔樹海の街道を進んでいくのは想像するだけで大変そうだ。
いや……、それはちょっと違うな。俺は自分の考え違いに気が付いた。レオラの魔力を高めることはできるぞ。
「ええと、あんたの名前を呼び捨てにしていいか? 俺のことはダイルって呼び捨てでいいぞ」
レオラは少し驚いたような顔をしたが、にこっと微笑んで頷いた。
あれ? 誤解させたか?
「じゃ、レオラ。今からあの男を殺す。ヤツの魔力は〈186〉だ。あんたが殺るんだ。ヤツはバリアも張ってないし、眠っているから簡単だ。心臓を一突きにすればいい。意味は分かるな?」
レオラはまた驚いた顔をした。ホントにビックリした顔をしている。
「本当? あの男はそんなに凄いロードナイトなのですか? それをあなたは簡単に倒したけど……。私が殺したらその魔力は私が受け継ぐことになりますよ? それでもいいの?」
「あぁ、いいんだ。俺の魔力はもっと高いから大丈夫だ。あんたがラストアタックを取ってくれ」
それを聞くと、レオラは本当に嬉しそうな顔をした。
「人を殺すことになるけど、大丈夫か?」
「そんなの平気です。護衛のときに盗賊といつも戦っていて、今まで何人殺したか忘れたくらいですから」
俺よりもレオラの心臓の方が強いみたいだ。レオラはベアルが使っていた薪割り用の斧を手に取ると、男のところへゆっくり歩いていった。
「蜘蛛の糸が……」
「あぁ、消すよ」
俺は蜘蛛糸分解の魔法を男に向けて放った。男の全身を覆っていた蜘蛛糸があっと言う間に消えた。
斧を振り上げたと思ったらレオラは何の躊躇いも無く振り下ろした。俺は思わず目を逸らした。
レオラは俺よりずっと強い心臓を持っている。間違いない。
近くに木箱が現れた。男が亜空間バッグに保管していた木箱だ。これが現れたってことは男が死んだということだ。
※ 現在のダイルの魔力〈265〉。




