037 魔樹海の街道で事故った
俺は河原で3日間キャンプをして全方位視界とテイル機能の訓練を続けたが、全方位酔いは克服できなかった。
フィルナが人質に取られていることを考えると、同じ場所で訓練だけしているわけにはいかない。俺は再び原野の小道を進み始めた。その2日後、街道に出た。
街道と原野の小道との違いは道幅が倍近く広がったくらいだ。それでも街道の道幅は2モラ程度しかなく、雑木の枝が道まで迫り出していたり大きな岩が転がっていたりして、国と国を結ぶ街道としては少しお粗末な気がした。
街道を南へ向かうと、道はすぐに魔樹海の中に入った。魔樹を避けるため、道はウネウネと曲がりくねりながら続いていく。魔樹海の中は薄暗く、昼間でも星明かり程度の明るさしかない。俺は暗視魔法を常時発動しながら街道を進んだ。
〈知識〉によると、この街道は北のエルフン王国から南のブライデン王国へ至るオーブ街道の一つだ。つまりソウルオーブの原材料を輸送する街道なのだ。
ソウルオーブは簡単には手に入らない。一攫千金を狙う冒険者やオーブ商の商隊が、ソウルオーブの原材料を求めてドワーフの国であるドワフン王国へ行き、そこでオーブ石を購入する。そのオーブ石をエルフの王国であるエルフン王国へ輸送して売る。エルフン王国ではオーブ石をエルフン樹から取った新鮮な樹液を使ってオーブ玉に加工して販売している。冒険者や商隊はそのオーブ玉を購入して、神族が支配する各王国の神殿へ輸送して売る。神殿では神族が種族固有の魔法を使ってオーブ玉をソウルオーブに加工して、最後にオーブ商へ卸されるのだ。
ドワフン王国は魔樹海の南方、エルフン王国は魔樹海の北方にあり、どちらも魔樹海の奥地だ。両国は1500ギモラくらい離れていて、その道中の大半が原野と魔樹海だ。途中で魔物や魔獣、魔族や盗賊などに襲われてオーブ石やオーブ玉を奪われたり殺されたりする者が多いらしい。しかも、オーブ石やオーブ玉の取引きは両国とも輸送人一人当たり200個までで、その輸送人は10年に1回だけの取引きに制限されている。
例えば、エルフン王国にたどり着いた商隊の人数が十人だとすると、購入できるオーブ玉は2000個まで。しかもその十人の者は今後10年間はソウルオーブの原材料を輸送したり取引きしたりすることができない。命がけの大冒険の割に少しのオーブ玉しか持ち帰れないということだ。だからソウルオーブは貴重なのだ。
しかしこのオーブ玉を無事に持ち帰って取引きに成功すれば、一人当たり800万ダールくらいの利益が上がるらしい。円に換算すれば1億6千万円くらいだ。
1億6千万円か……。その金がゲットできれば、この世界でも楽に暮らしていけるだろう。俺もソウルオーブの原材料を求めていつか旅をしてみようか。一瞬そう思ったが、止めにした。その旅に自分の命を懸けることになるのは嫌だ。
だが、オーブ商にとってはこの魔樹海でのオーブ石とオーブ玉取引きは美味しい商売のようだ。奴隷と優秀な護衛で百人規模の商隊を組んでオーブ街道を旅するのだ。もし百人全員が無事に帰還できれば8億ダールの利益となる。円で言えば160億円だ。
今、俺が進んでいるオーブ街道はそういう道なのだ。
この街道はエルフン王国からブライデン王国へ至る道であり、オーブ玉を持ち帰ることができた成功者たちが通る道だ。エルフン王国でオーブ玉を入手した冒険者や商隊はブライデン王国へ向かって進み、ここで魔空船に乗り換える。そして、フォレスラン王国やラーフラン王国などに向けてオーブ玉を運んでいくのだ。
ブライデン王国は言わば成功者が凱旋してくる港であり、通行税が安いため、ブライデンの王都を利用する商隊や冒険者は多いらしい。
しかし、実はこの街道は非常に危険なのだ。道が魔樹海の中を通っているという理由だけではない。海賊や盗賊たちが頻繁に出没する道であるからだ。盗賊たちから言えば、この街道は一番美味しい獲物が通る道だ。なにしろ、この道をブライデンへ向かって進む冒険者や商隊はオーブ玉をポケット一杯に詰め込んでいることがほぼ確実だからだ。
だから、ここを通る冒険者や商隊はいつ襲われるかと常にピリピリしながら進んでいるのだ。
そういう街道を俺はうっかり進んでいた。そして、その事故が起こるまで、俺はこの街道がそういう意味で危ない道だと気付いてなかった。
街道に入って12日目。俺の〈知識〉にある地図によれば、もうすぐモーイット山に出るはずだ。この山は魔樹海の中に突き出た独立峰で広大な裾野を持つらしい。人族が住む村もあるはずだ。
ともかく、この鬱陶しい魔樹海から早く抜け出したい。暗くてじめじめしていて、いつ魔物や魔獣に襲われるかもしれない。俺はこの街道にいい加減うんざりしていたのだ。
もう一つ。全方位視界の訓練にもうんざりしていた。テイル機能と組み合わせてずっと訓練しながら街道を進んできた。嫌になるほど訓練を続けたおかげで、ようやく全方位酔いになることも少なくなってきて、体のふらつきやめまいを起こすことも減ってきた。
魔力も少しずつ上がっている。街道に入ってからも魔樹海に分け入って魔獣を2日間で一頭の割合で倒していったから、俺の魔力は〈265〉になっていた。
その事故の切っ掛けは、俺が街道を歩きながら全方位視界で背後の茂みの中の低木を的にしてシッポから熱線を放ったことだ。いつもの訓練と同じで距離は50モラくらいだった。訓練のおかげで全方位視界の命中率も高まっていて95%は超えているのだが、このときは的を外してしまった。訓練を長時間続け過ぎていたから、少し全方位酔いになっていたのだと思う。
外れた熱線は、普段であれば別の雑木に当たったり、時には魔樹に当たって跳ね返されるくらいで特に問題はないのだが、今回は違った。俺の後ろから街道を進んでくる商隊の方向へ外れた熱線が飛んでいったらしい。
そのとき俺は後ろから商隊が来ていることに気付いてなかった。その商隊は俺の探知魔法の範囲内に入ってなかったのだ。
俺が探知魔法で気付いたときには、五人のロードナイトが凄い速さで俺の方へ迫っていた。すぐに後ろのほうから大きな叫び声が聞こえた。
「いたぞー!! こっちだ!」
俺のことか? 何が起こったんだろ?
「気を付けろ! こいつは豹族だ。魔力〈130〉の魔闘士だぞ!」
俺は探知偽装で自分を魔力を常時〈130〉に見せ掛けていた。たいした理由ではないが、魔力を低く見せておいたほうが万一の戦いに有利になるだろうと単純に考えたからだ。
五人は俺を取り囲んだ。魔力は俺よりも低く、男Aが〈224〉、男Bが〈212〉、男Cが〈186〉、男Dが〈175〉、男Eが〈165〉だ。
俺は何があったのか分かってなかったが、五人が放つ緊迫感というか殺気のような圧力を感じていた。とにかく危険だ。こいつらと戦って勝てるだろうか? やってみないと分からないが、たぶん負けないだろう。だが、余計な敵を作るべきではない。
「おい、豹人! おれたちの商隊を狙って熱線を撃ってきたのはおまえだな?」
あっ!? 外れた熱線が後ろから来ていた商隊に当たったのか? 俺はそのとき初めて自分のミスに気が付いた。魔樹海の街道で事故ってしまったのだ。
「すまない。俺が練習で撃った熱線があんたたちに当たったのなら謝る。だが、バリアは張っていたのだろ?」
「何を寝ぼけたことを言ってる? おれたちを攻撃したってことは、おまえは盗賊ってことだ。おまえの仲間はどこだ?」
どうやらこの男たちは商隊の護衛らしい。俺を盗賊と間違えてるようだ。
「俺は盗賊ではないし、仲間もいない」
「ふん。しらを切る気だな?」
「いや、ホントのことを言ってるだけなんだが……」
「生け捕りにして白状させるぞ。殺すなよ!」
五人が一斉に俺に向かって攻撃を仕掛けてきた。連携プレイで三人が少し離れたところからバリア破壊魔法を放ち、残りの二人が剣で俺を攻撃している。
衝撃はほとんど無いが、俺のバリアが一気に削られていく。反撃するか!? いや、俺のミスが原因だから反撃するべきじゃない。こんな事態になるなんて、全方位酔いの影響が痛い。
ここで捕まれば、おそらく拷問で自白を強要されて盗賊として殺されるだろう。
逃げよう! 蜘蛛糸移動だ! 俺はスキルを発動して近くの魔樹の枝に移動しようとした。
スキルを発動するまでのほんの一瞬の迷い。それがどれほど危険なことか、俺は身を以って知ることになった。
俺のバリアが破られて「パリン」という音が響いた。
蜘蛛糸の張力で俺の体が上方へ高速移動を開始するのと、誰かの剣が俺の太腿を切り裂くのが同時だった。
右脚に激痛が走った。あまりの痛さに意識が飛びそうになったが、ここで気を失うわけにはいかない。俺はそのまま魔樹の枝に向かって移動した。早く治療をしなければいけないが、それより遠くへ逃げる方が先だ。
「逃すな! 追え!」
下の方からロードナイトたちが何やら叫んでいる声が聞こえてくる。俺はその声からできるだけ遠ざかろうと朦朧とする意識のまま蜘蛛糸移動を続けた。
どれくらいの時間、移動を続けたのかはっきり分からない。だが、もうこれ以上は動けそうにない。俺は魔樹の太い枝の上に腰を下ろした。そして、自分の太腿の傷を調べてキュア魔法を掛けた。傷口は塞がり出血は止まったが、かなりの血液を失ったみたいだ。体がフラフラする。
しかし、こんな魔樹海の中で血の臭いをぷんぷんさせながら気を失ったら、間違いなく魔獣の生き餌になる。俺は自分に清浄の魔法を掛けて体に付いた血の汚れを落としたが、革の服に付いた血までは落とせない。
ここに居ては危険だ。一刻も早く魔樹海から出ないといけない。南の方向へ移動すれば、あと少しでモーイットの山や原野に出るはずなのだ。俺は気を取り直して蜘蛛糸移動を再開した。
※ 現在のダイルの魔力〈265〉。
(色々魔獣を倒したため、その魔力の1%分ほどが増加)




